今回の投稿はこれで最後です。
以前までの量に慣れている方には物足りないかも知れませんが、ご了承ください。
ある日、綾子が我が家にやって来た。
もう彼女はマネージャーでは無いので、今では友人として連絡を取り合っている。
「クレリアさんが引退してから、何だか疲れが溜まりやすくなった気がしますね」
そう言いながら、珈琲を飲む彼女。
現在綾子は誰の担当もしておらず、事務の様な仕事をしている。
仕事量は私のマネージャーであった頃と比べ物にならないほど少ないが、体調はあまり良くない様だ。
「そうだろうな」
以前は私が会う度に体調を整えていたからな。
その機会が減れば影響も出るだろう。
「何か心当たりが?」
綾子が尋ねて来る。
「今までは私が会う度に回復させていた」
「……クレリアさんのマネージャーとして激務をこなしていたにもかかわらず、妙に体調が良かったのはそういう事ですか。クレリアさんが何かやっているのでは無いかと思った事もありましたけど……当たっていたんですね」
彼女はそう言って苦笑いする。
「私が引退し会う機会が減った事で疲れが溜まり、影響が出始めたのだろうな。会った時は回復させていたから、私の家に来た後は体調が良かった筈だ」
「今思えば……確かにそうでした……」
綾子はそう言って何やら考え始めた。
彼女をそのままにして牛乳を飲んでいると、綾子が口を開いた。
「クレリアさん……お礼の話しなんですけど、言っていいですか?」
「良いぞ。私に可能で、許せる事なら叶えよう」
綾子は佇まいを整えて言う。
「私は、ずっと健康なまま生きたいです」
ずっと健康なまま生きたい、か……。
綾子がそんな望みを言うとは予想外だな……。
「本気か?」
「はい。あの……一応確認したいのですが、健康には疲れず、病気にならず、怪我もしないという事になりますか?」
「なるな。どれか一つでも欠ければ健康とは言えないだろう?」
「良かった、駄目だったら考え直そうかと思っていました」
微笑んで答える綾子。
なるほど。
彼女は永遠を望むか。
しかし、それだけだと閉じ込められた場合に無力になるな。
肉体は被害を受けなくても精神は別、という問題もある。
恐らく、ある程度の力が無くては自由には生きられないだろう。
「綾子」
「はい」
「その望みは可能だが、それだけでは問題が起きるかもしれない」
「そうなんですか?」
「そうだ。お前のその体の事を調べるために捕らえようとする者達が現れるかも知れない」
「あ、確かに……病気はともかく、怪我をするような状況になった時、無傷だったら怪しまれますよね」
「だからそれを自力で蹴散らせるだけの力もつけた方が良いと思う」
「必要でしょうか……?」
綾子が首をかしげる。
「恐らく必要になると思うぞ?」
「そうですか……」
「後は食事だ。食べなくても問題の無い状態になるが、食事自体は出来るようにしておく」
「え?」
彼女が突然声を上げた。
「ん?何だ?」
「食べなくても平気になるんですか?」
「当然だ。常に健康であるという事は、栄養失調などにもならないと言う事だ。つまり、食事は不要になる」
「あぁ、そういう事になるんですね……」
私の説明に、綾子が戸惑った様に言う。
「後は精神的な問題だな。今の綾子のまま、永遠を生きるに耐えうる精神構造に変えても良いが……どうしたい?」
「え、永遠!?」
何故か綾子が慌てだす。
「クレリアさん!違います!私は永遠を生きたいなんて思ってません!」
「どういう事だ?ずっと健康なまま生きたいのだろう?」
「……あっ!?そうじゃありません!『ずっと』というのは『寿命で死ぬまでずっと』という事で、永遠の事ではないです……」
慌てふためき、申し訳なさそうに言う綾子。
なるほどな。
それらしい欲求を全く持っていない彼女が、永遠を望むと言った時はどんな考えの変化があったのかと思ったが……私の勘違いか。
「私は綾子の『ずっと』を永遠と考えていた。本来の望みは『寿命で死ぬまでの間ずっと健康で居たい』という事で良いか?」
「そうです……ごめんなさい、もっとしっかりと言うべきでした」
「私以外ではそう起きない行き違いだ、気にするな」
私は既に、自分には寿命が無いのでは無いかと思い始めているからな。
人間などの寿命が存在する種族同士であれば、永遠という考えは始めから存在しない筈だ。
相手が私であった為にこうなった訳だな。
行き違っている事に気がついて良かった、望んでもいないのに彼女を不老不死にする所だったな。
まあ、戻せば何の問題も無いのだが。
「この機会に細かい所を聞いておこう、どうしたい?」
「ええと……それは具体的にはどのような?」
私は、このままだとどんな病気にもかからず、何に巻き込まれても怪我をせず、どんな環境でも問題無く生活出来て、食事を必要としない上に疲れる事も無い状態になる、といった事を説明した。
「凄いですね……漫画の主人公みたいです」
「排泄の有無はどうする?」
「……無しでお願いします」
綾子は少し頬を染めて言った。
「気を付けるべき事もある」
「先程クレリアさんが言った状況の事ですね?」
「そうだ。このままだとお前は明らかに死ぬような事が起きても無傷のままになる。それを他者に知られた場合、恐らくお前は化け物だと思われるだろう」
彼女は私の話しを黙って聞いている。
「細かい事を言えば……健康診断の採血なども受けられない、針が通らないからな」
「あっ……アイドルになったばかりの頃、クレリアさんが健康診断の書類を外部から持って来たのって……」
彼女はそう言って私を見た。
「診断書を偽装するためだ」
「そういう事だったんですね。健康診断を受けないという訳にはいきませんし……どうしましょう」
彼女は悩み始めた。
「その度に私達が手をまわしても構わないが、調整する事も出来るぞ?」
私は悩む彼女に言う。
「調整……ですか」
「例えばだが、肉体の強度は変更せずそれ以外を付与する、といった事も出来る」
「……なるほど」
「ただし、この場合は肉体の強度は変わっていない。注射の針も刺さるし相応の怪我もする、当然死ぬ事もある」
「……なるほど」
綾子は同じ返事を繰り返し、考え込んでいる。
答えが出るまで待っていよう。
そう思い、私は本を取り出した。
私は今まで生きて来た中で一番悩んでいた。
クレリアさんがファンタジー世界の存在であった事を知ってから、私は色々と変わった。
今まで接して来た漫画、アニメ、ゲーム、これらの物をフィクションだと、絶対に存在しない物だと考えられなくなり……自分が小説の中に、物語の中に居る様な感覚が消えなくなった。
そして彼女がアイドルを引退した時、驚くような提案をされる。
《礼として何か一つだけ、私が許す範囲で望みを叶えようと思うが……何が良い?》
あの時、私は一瞬思考が止まってしまったわ……。
プロデューサーはすぐに断ったけど私は素直にお礼を受け取ろうと考え、保留になった後もどうするかを考えていた。
元々サブカルチャーに嵌っていた私は妄想を広げ、異世界転生で逆ハーレム、などという事まで考えたが……すぐに舞い上がって転生を考えた自分の行動に悶えてしまった。
私は可能であっても異世界転生などしないだろう……親、友人、プロデューサー、そしてクレリアさんから離れたくないと思っているのだから。
落ち着いた私はそれから実用的な事を考え始め、最終的には健康を望む事にした。
ちょっと行き違って不老不死にされそうになったけど……気がついて良かった。
クレリアさんが何をどこまで出来るのか知らないけど、不老不死には出来るみたい……この分だと異世界転生も出来そうな気がする。
それはそれとして……現在悩んでいるのはどの辺りまで変えるかだ。
何があっても怪我をしないのはとても魅力的だ。
ただ、バレたら化け物扱いは必至……。
そうならないように生活すればいいんだけど……事故に巻き込まれるのはどうにもならないだろうし……。
ああー、どうしよう……。
もっといい感じの方法は無いかしらね……。
……あ。
私は思い浮かんだ事を、本を読んでいるクレリアさんに聞いた。
「クレリアさん……例えばですけど……普通に怪我はするけど、致命傷にならないようにしたり……出来ますか?」
「出来る」
クレリアさんから肯定の言葉が帰って来る。
これは行けるかもしれない!
こんな機会はもう二度と無いもの!妥協したくないわ!
彼女は私に確認した後、再び考え始めた。
好きなだけ考えると良い。
それからしばらく経ち……綾子が言う。
「では……怪我はしても絶対に致命傷にならず、治りが通常よりも早くなるようにして欲しいです……可能ですか?」
「可能だ」
なるほど、無傷では怪しまれるからか。
永遠に生きるのなら問題のある状態だが、百年程の短期間ならばこの位が丁度良いのかも知れない。
「では確認しよう。疲労、病気、排泄を無効化、飲食も不要だが食事自体は可能。怪我はするが致命傷にはならず、怪我の治癒能力を向上する……これで良いか?」
「はい……何だか、パソコンのオプションを選んでる気分ですね」
苦笑いしてそう話す綾子。
彼女が選んでいるのは体のオプションだが、確かに似ているな。
「そうだ、忘れていたが睡眠はどうする?寝なくても問題は無いが、寝る事は出来るようにしておくか?」
私達には必要無いが、今までずっと睡眠をとっていた綾子には必要かも知れない。
……そう言えばカミラも最近は寝なくなっているな。
「そうですね……では、それでお願いします」
カミラの事を思い出していると、彼女が答えた。
「よし、決まりだな。ではこれから変更するが……構わないか?」
私がそう言うと、綾子は喉を鳴らす。
「はい……お願いします」
「分かった」
私は彼女の体を作り変え、要望通りに変更する。
「終わったぞ」
「……え?」
呆けた表情の綾子。
今の私は娘達の体を作っていた当時の私ではない。
以前は時間をかけていた事も、今では素早く行える。
初めて見る存在ならまだしも、見慣れた人類の肉体の仕様変更程度ならば時間はかからない。
「変更は終わった、恐らく今まで感じていた欲求や感覚に変化がある筈だ。意識してみろ」
綾子は目を瞑り、確かめている様だ。
「凄い……今まで感じていた疲れや軽い空腹感、色々な嫌な感じが消えて、最高に調子が良いわ」
そう呟いて、彼女は自分の手を見つめている。
そこで私はもう一つ説明を忘れていた事を思い出した。
「綾子、すまないが説明を一つ忘れていた」
「え?」
彼女は私の言葉に反応しこちらを向いた。
「子供は作れるが、生まれてくる子に綾子の能力が受け継がれる事は無い。それを忘れていた、悪かったな」
「あ……」
綾子も忘れていたようで、目を見開いて声を上げた。
「これに関しては能力を引き継がせたい、という要望は聞けない。あくまで綾子への礼である事と、人類の進化に大きな手を加える事になるからだ」
「私もすっかり忘れていましたが……異論はありません」
特に問題はない様だな。
「これで綾子の要望通りになった訳だが、力や反射神経などは変わっていない。その辺りは注意しておけ」
「大丈夫ですよ、いつもと同じ生活をするだけですから」
そう言って綾子は微笑む。
「何か問題があれば私に連絡しろ」
「分かりました……クレリアさん、ありがとうございます」
それからはいつもの様に過ごし、遅くならないうちに彼女は帰って行った。