少女(仮)の生活   作:YUKIもと

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 2020年の10月に、私と彩が出演している「スカイレゾナンスインフィニットブルー」が発売された。

 

 制作側の問題で一度発売が延期され10月に伸びたが、無事に発売された様だ。

 

 発売の延期の報告を受けた時、彩は「歌の練習時間が増えた」と喜んでいたな。

 

 恐らく、彼女は歌の完成度を上げるために時間が欲しかったのだろう。

 

 発売直後の売れ行きは、今の所は好調らしい。

 

 

 

 

 

 

 それから一か月後の11月。

 

 ある日、突然彩が私の家にやって来た。

 

 かなり落ち込んでいる様に見える。

 

 私が感情を感じ、心を読める事など関係無く、誰でも一目見ただけで分かる様な状態だ。

 

 「何があった?」

 

 「クレリアさん……」

 

 ソファに座る彩に問いかけても私の名を呼ぶだけで、俯いて動かない。

 

 しばらく様子を見ていると、彼女が黙ってスマホを差し出して来た。

 

 見ろと言う事か?

 

 私は彼女の差し出したスマホを見る。

 

 「これが原因か」

 

 彩が見せて来たのは、インターネット上に存在する電子掲示板だった。

 

 そこに書かれていたのは、私と彩が共に歌った歌への批判。

 

 「下手」、「クレリアさんだけに歌って欲しかった」、「クレリアの足を引っ張るな雑魚」、「期待して購入したけど、ヒロインの歌にがっかりした」など、ほとんどが私では無く彩の歌への酷評だった。

 

 「他の掲示板でも酷評ばかりだった」とも書いてあるな。

 

 彼女は私と歌う為にかなり努力していたと思う。

 

 勿論、実力不足である事も間違い無いが、ヒロインが最終的に一人で歌った時の歌声は悪く無かった。

 

 ここまで酷評される出来だったかと問われれば、私は否定するだろう。

 

 しかし、ユーザーには納得出来る物では無かったらしい。

 

 多くの者は彼女の歌を受け入れなかった。

 

 「私の歌は駄目でした……」

 

 彼女は小さく呟いた。

 

 「もう、歌わない方が良いのかな……」

 

 泣いてはいないが、その声は震えている。

 

 「お前はまだ成長する。私には届かないかもしれないが、世界の上位に入る事が出来ると思う」

 

 「……本当ですか?」

 

 私にすがるような目を向ける彩。

 

 「本当だ」

 

 今、彼女に言った事に嘘は無い。

 

 私には何となく分かるからな。

 

 ただ、彼女が本格的に実力を発揮するにはまだ時間がかかるだろう。

 

 「お前はまだ新人だ、この一度で諦めるのは惜しいと思う」

 

 酷評している者達は、彩が新人だという事を知らないのだろうか。

 

 そもそも、新人でもっと酷かった者達は大勢いた筈だが……なぜ彼女だけがこうなった?

 

 ……私と共演したからか?

 

 ふとそんな事を考えたが、今更考えても意味は無さそうだ。

 

 今は彼女を何とかしよう。

 

 かなり落ち込んでいる彼女だが、私が励まさなくてもきっと立ち直ると思う。

 

 弱音を吐いてはいるが、諦めるような気配を全く感じない。

 

 最終的な答えは彼女の中で既に決まっている筈だ。

 

 無意識だと思うが、彼女は背中を押して欲しいのだろうな。

 

 「クレリアさんは私の憧れなんです……」

 

 私がそう思っていると、彩が話し出す。

 

 「初めて生の歌声を聞いた時、心が……魂が震える様な感覚を覚えました」

 

 彼女は随分と私の歌を気に入っているようだ。

 

 「クレリアさんがそう言ってくれるなら、歌を続けたい……でも……今はもう……」

 

 彩はこういった事に対して弱いのだろうか?

 

 いや……そうおかしい事では無いか。

 

 普通に暮らしていた彼女は、今回の様に大勢から酷評される事など無かったのだろう。

 

 彼女が自分の気持ちに気が付ける様に、一押しするか。

 

 「レコーディングの用意をしてくれ」

 

 私はメイドに準備を頼む。

 

 「彩、ついて来い」

 

 

 

 

 

 

 レコーディングスタジオでメイドが準備を終えた後、私は歌う為にマイクの前に行く。

 

 「彩、努力は必ず報われるという訳では無い。しかし、お前の努力は間違い無くお前を成長させていた」

 

 彩は黙って聞いている。

 

 「私はこれから、将来お前が辿り着くであろう終着点を聞かせる」

 

 「え……?それはどういう事ですか?」

 

 「まずは聞いてくれ」

 

 「……分かりました」

 

 彩は戸惑っていたが、私の言葉に頷いて聞く姿勢になった。

 

 しばらく無音の時間が過ぎると、彩がゲーム内で歌った曲が流れ……私は歌い始めた。

 

 

 

 

 

 

 クレリアさんが歌い始めた時、私はどんな顔をしていただろう?

 

 きっと驚いた顔をしていたんだろうな。

 

 私がそんな顔をした理由……。

 

 それは……彼女の声が、何度も聞いた聞きなれた声……私の声そのものだったから。

 

 でも、私の意識はすぐに歌へと移ってしまった。

 

 これ以上は無い……そう感じてしまう完成度。

 

 自分の声だというのに聞き惚れた。

 

 これが……私が辿り着く終着点……?

 

 将来、私がこれ程の歌を歌える?

 

 今は無理だとしか思えない……。

 

 聞きながらそう思い、ハッとする。

 

 ……今は無理?

 

 あはは……これじゃ、いつか可能みたいな言い方よね。

 

 でも……クレリアさんは私が将来、こうなれると信じて歌ってくれた。

 

 そう思うと、私の心に一気に熱が入って行くのを感じる。

 

 歌いたい……彼女のように世界を魅了する歌を……。

 

 そう強く思った時、クレリアさんが私の熱くなった心を見透かしたようにこちらを見た。

 

 ああ……彼女はまるで見えているかの様に私の心を見透かしてくる。

 

 もう迷わない、立ち止まらない。

 

 私はそう誓って、最高の私の歌を聞き続けた。

 

 

 

 

 

 

 私は歌を終えると彩の元に向かう。

 

 途中で彼女の気配が変わったのは分かっていた。

 

 「クレリアさん!ありがとうございます!」

 

 走り寄って来た彩がそう言って勢い良く頭を下げた。

 

 「この歌のデータは彩に譲る。いつの日か、お前が今日の歌を超える事を期待している」

 

 私がそう言うと、彼女は力強い表情を見せる。

 

 「はい……私は、貴女の私を超えて見せます!」

 

 彼女からは今まで以上の意志を感じた。

 

 もう大丈夫だろう。

 

 

 

 

 

 

 彩に歌を聞かせてからおよそ一か月が経ち、2020年の12月に入った。

 

 あれから彼女は酷評をものともせず、声優として、歌手として実力をつけるために活動している。

 

 今の彼女は忙しそうだが、以前よりも更に充実している様に見える。

 

 そんなある日、綾子から体について会って話したいと連絡があった。

 

 私は了承し、彼女が私の家に来る事になった。

 

 

 

 

 

 

 「何か問題でも起きたか?」

 

 私は正面に座る綾子に聞く。

 

 「それなんですが……治癒力に問題がありまして」

 

 「話してくれ」

 

 「はい……その、治癒力が高すぎて……駄目なんです」

 

 「すぐに治る事が問題だと?」

 

 「はい。数日前、料理中に手を切ったんです……かなり深く」

 

 ふむ……相応の痛みはあるだろうが、問題無い筈だ。

 

 そう思いながら彼女の話の続きを聞く。

 

 「すぐに血を洗い流したんですが……傷口が目に見える速度で治ったんです」

 

 彼女の言いたい事が何となく分かった。

 

 「今の治癒速度ではいざと言う時に目立つ、という事だな?」

 

 「はい」

 

 確認する私に答える綾子。

 

 「もしも大怪我をした場合、血塗れで見る見るうちに傷が治ったら……無傷の時と似た様な扱いになりそうで……」

 

 申し訳なさそうにそう話す綾子。

 

 「分かった、調整しよう」

 

 「良いんですか?」

 

 そう言ってくる綾子だが、なぜ駄目だと思ったのだろうか?

 

 「私はお前の望みを聞くと言った。お前の望むようになっていないのなら調整するのは当然の事だ」

 

 「……ありがとうございます」

 

 それから綾子の話を聞いて「治りはとても速いが異常では無い」治癒力に再調整した。

 

 その後はいつもと同じように話をしながら過ごし、彼女が帰る前にまた何か問題があれば言うように伝えた。

 

 

 

 

 

 

 現在、私は北寄り島で娘達と2020年の年末を過ごしている。

 

 娘達は私と話したり、ビデオゲームで対戦したり、テーブルゲームをしたりと、思い思いに過ごしている。

 

 「こうして過ごすのは何回目かしらね」

 

 炬燵に入っているカミラが言う。

 

 「いつの間にか毎年の恒例になってたね」

 

 娘達の一人がカミラの言葉に答える。

 

 私はその会話を聞きながらみかんを剥き始めた。

 

 「私の個人的な意見だけれど……定期的にお母様と過ごす機会を作るのはとても良い事よね」

 

 カミラがそう言うと、周囲からも肯定の言葉が聞こえる。

 

 「お母さん、ミカンちょっと頂戴?」

 

 近くに座っている娘が言う。

 

 「良いぞ」

 

 私はそう言ってみかんを分けて渡す。

 

 「ありがと、お母さん」

 

 「あ、私もみかん欲しい。誰か取ってー」

 

 ビデオゲームの順番待ちをしていた娘がそう言いながら手を挙げる。

 

 「私のあげる、行くよー?」

 

 「ありがと!」

 

 娘の一人がみかんを投げると、彼女は綺麗にキャッチした。

 

 「みかん触った手でコントローラーは触らないようにしてよね?」

 

 「平気だよ?」

 

 「前に触ったの覚えてるからね?」

 

 「魔法で綺麗にするから……」

 

 私は娘達を眺めながら、みかんを食べていた。

 

 

 




 現在の侍女達は場合によっては砕けた態度を取る事もあります、娘でもあるので。



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