ある日、東京の自宅でいつもの様に過ごしていると美琴から電話が来た。
「何だ?」
電話に出て用を聞く。
「こんにちはクレリアちゃん……」
美琴はそう言った後、黙ってしまう。
おかしい。
いつもなら挨拶をした後、すぐに用を言う筈だ。
「何があった?」
私がそう聞くと、美琴が話し始めた。
息子の視界が突然薄暗く染まるようになった事、色々な検査を受けさせたが健康そのもので原因が分からない事。
そして、頻繁に視界が暗くなる様になったため、日常生活に支障が出始めているという。
息子を救いたいが現代医学では何も分からず、残る希望は私だけ。
また私を頼る自分をどう思ってくれても良いから助けて欲しい……と震える声で話した。
大切な者の為にやれるだけの事を行い、可能性があるのならなりふり構わずに行動する事は私としては好感触だ。
ただ、そこまで気にする必要は無いな。
未だに私の事を大切に思っている美琴からの頼みだ、この程度なら断る気は無い。
「いつ行けば良い?」
「明日の14時に……お願い出来る?」
「近しい者を集めておけ。見てみなければ分からないが……どうなるにしても、身内は知っておくべきだろう」
「分かったわ……」
「健太と葉子には明日私の事も話す。少し早いかも知れないが、どうなっても文句を言うなよ」
「クレリアちゃん!」
そう伝えて電話を切ろうとすると、美琴が大きめな声を出す。
「何だ?」
「ありがとう……」
「大した事では無い」
泣き声になった美琴の言葉に答え、電話を切った。
翌日の14時少し前。
美琴の家にやって来た私は、そのままリビングへと入る。
「お姉ちゃん……?」
「姉貴……?」
二人の言葉を聞き流し、私は空いている席に座った。
「クレリアちゃん、来てくれてありがとう」
座った私に美琴が頭を下げる。
「その感謝は治った時に向けてくれ」
美琴は既にどうにかなると安心し始めている。
これは私に対する信用と信頼から来る物だと思うが、私が絶対に治せるという保証など無いんだぞ。
「早速見よう。健太、そのまま楽にしていろ」
「え?……う、うん……」
私は健太を調べ始める。
視界が暗くなるのだから、まずは目からだな。
「お姉ちゃんってお医者さんだったの?」
葉子が私にそう問いかける。
「今は黙っていなさい」
千穂が葉子を叱るが、何も問題無い。
もう原因は判明したからな。
現代医学では不治の病かも知れないが、魔力的に見れば軽い症状だった。
「医者では無いよ。私は本当は魔法使いなんだ」
「え……?」
「は……?」
私の言葉を聞いた二人の心中は、表層だけ感じても乱れているのが良く分かった。
「お姉ちゃん、何言ってるの?……お母さん?」
葉子は母親である千穂を見るが、彼女は真剣な顔で頷くだけ。
それを見た葉子は俯いて黙ってしまった。
「魔法使いって……姉貴、中二病じゃ無いんだから……」
そう話す健太に、美琴が言う。
「健太、本当よ。クレリアちゃんは魔法使いなの……昔、私の命を救ってくれた……優しい魔法使いなのよ」
優しい?
まあいい、美琴は子供達が私を受け入れる事を願って言っている様だからな。
健太は私を見たまま呆然としている。
親から真面目にそんな事を言われて混乱している様だ。
しかし、二人からは私に対する悪意や拒絶の気配はしない。
この様子なら問題無いかも知れないな。
「全員聞け、これから説明をする」
私がそう言うと、全員の意識が私に向いた。
そして私は極簡単に健太の状態について説明を始めた。
健太の目は魔力が見えている事、治せる事、詳しい事は言わず、この二点だけを簡潔に話した。
「良かった……」
説明を聞いた美琴は涙を滲ませ、太一も脱力したように椅子に身を預けている。
「これから治すが、健太に聞いておきたい事がある」
「な、なに……?」
「魔力が見えるのはお前自身の力だ。残すか、完全に消すか選んでくれ」
「残すか……消すか……」
「残す場合、治療後に訓練をしなければならないが、自由に魔力を見る能力を得られるだろう。消せば視界が暗くなる事は無くなるが、魔力を見る事は出来なくなる」
健太は必死に考えている様だが、焦る事も無い。
「もしも考えがまとまらないなら落ち着いて考えてからでも良い。視覚化された魔力で視界が薄暗くなるだけで、放っておいてもそれ以上問題が起きる事は無いからな」
「いや……姉貴、消してくれ」
健太は私を見て言う。
「良いんだな?」
「うん、正直混乱はしてるんだけど……俺はそんな力要らないし。いつもの様に皆と……葉子と一緒に毎日を過ごしたい」
葉子の事を話すあたりで二人の顔に赤みが差した。
「それに、見えた所で何か出来る訳じゃないんだろ?」
「そうだな、お前は見えるだけで使う事は出来ない」
「なら見えても邪魔なだけだよ、消してしまった方が良いと思う」
「そうか、では能力は消す。今から治すが構わないか?」
「お願いします」
珍しく丁寧な健太の言葉を聞き、私は健太の目を治した。
その後、治療を終えた私が帰ろうとすると、健太と葉子に引き止められ質問攻めにあった。
ある程度私の事を教えた後も、この子達は私を恐れる事は無く「凄い!魔法みたい!」と大喜びし、しばらく興奮したままだったな。
千穂達は二人があっさりと私を受け入れた事に対して、苦笑いをしながらも喜んでいたが、美琴だけは二人の言葉に「みたいじゃなくて魔法なのよ」と言っていた。
二人は両親から私の事を他言しないように言われていたが、この子達が勢いで誰かに私の事を話す可能性はある。
恐らく話した所で誰も本気にしないだろうが、もしかするとそれで何か面白い事が起きるかもしれない。
「お姉ちゃん!何か魔法を見せて欲しい!」
「俺も何かみたい!良いだろ姉貴!」
ある日、二人がそんな事を言って来た。
私の事を教えた時はあっさりと私の事を信じたので実演していなかったのだが、実際に見てみたいと思ったようだ。
そして、私が千穂の家に来た事を知って押しかけて来た、という訳だ。
「こら!クレリアちゃんに迷惑かけないの!」
千穂が叱るが、二人は不満そうだ。
二人の気持ちは分かる。
興味を持ち、夢中になる事は私もあるからな。
「二人が飽きるまで、色々と見せてやろう」
「やった!」
二人の声が揃う。
「ごめんね。クレリアちゃん……嫌だったら断ってね?」
申し訳なさそうに言う千穂に私は今まで何度も言って来た言葉を返す。
「私はやりたくない時は何を言われようとやらない。お前も良く分かっているだろう?私が断らないという事は、そういう事だ」
私はこの二人に色々と見せてやる事を嫌だと思っていない。
「あはは、そうだったね。じゃあお願いね?」
千穂は私が伝えたい事を理解したようで、微笑んで言った。
「分かった」
私はそう答えると、二人を連れて葉子の部屋に移動した。
「うわー!凄い!」
「マジでゲームの魔法だな!」
今までと同じ様に魔法の危険性を説明した後、水球を見せる。
二人は宙に浮くハンドボール程の大きさの水球を見て興奮している。
「見せるのは水だけだ、分かっているな?」
私がそう言うと二人が答える。
「十分だよ姉貴!凄いなこれ!」
「綺麗だね……宝石みたい」
二人共楽しんでいる様だ、始めて魔法に触れる者は大抵これで満足しているからな。
危険をしっかりと伝えている事も理由かも知れないが。
「これはただの水だ、触っても問題無いし飲む事も出来るぞ」
「マジで!?」
「私触ってみたい!」
二人は私の言葉に食いついてくる。
そして葉子が人差し指で水球に触れる。
「冷たい……あれ?指が濡れてない……?」
葉子が自分の指を見て、目を丸くしながら呟く。
「付着しないように操作しているからな」
私はそんな彼女の疑問に答えた。
「姉貴、それって飲んでも平気なのか?」
「大丈夫だ。今はこの水球から分離されると制御から解放されるようにしているからな」
「よし!じゃあ行くぜ!」
健太の疑問に答えると、彼は躊躇せず水球に口をつけた。
「何だこれ……?すげぇ美味い……」
今まで飲んだ者達も皆、同じ様な反応をしていたな。
「成分はミネラルウォーターの様な物だからな」
「私も飲む!」
葉子が水球に顔を突っ込もうとする。
「濡れる事は無いが呼吸が出来なくなるぞ」
私はそう言ったが、彼女はそのまま顔を突っ込んで水を飲んだ。
「ホントだ!美味しい!」
そう言ってもう一度顔を突っ込む葉子。
「ずるいぞ!俺も飲む!」
葉子の行動を見て、健太も反対側から顔を突っ込む。
元気な子達だ。