少女(仮)の生活   作:YUKIもと

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 書き溜めを作る為に減らして行きます。

 ご了承ください。




086-04

 「クレリアちゃん!」

 

 千穂の自宅へと戻った私を見て、千穂と美琴が同時に声を上げた。

 

 「戻ったぞ」

 

 「何処に行ってたの?」

 

 千穂が尋ねて来る。

 

 「健太が戻ったら葉子を起こす、それから説明するから待っていろ」

 

 やがて健太が家に戻って来た。

 

 全力で帰って来たのだろう、息を荒らげ説明を求める健太を「まずは葉子を起こしてからだ」と言って落ち着かせた。

 

 それから私は彼女の部屋に向かい、部屋で寝ていた彼女を起こす。

 

 「ん……っ!?」

 

 目覚めた葉子は飛び起きて周囲を見回し、私を見つけた。

 

 「お姉ちゃん!!」

 

 彼女は私に勢いよく抱き着き、声を殺して泣いた。

 

 そんな葉子からは恐怖と、それ以上の安堵を感じる。

 

 いくら強気でもまだ子供だ、誘拐されていた時間は僅かだったが、それでもかなりの恐怖を感じていたのだろう。

 

 いや……これはこの子に限った話では無いか。

 

 稀に例外も居る様だが、人間は普段と大きく異なる環境に置かれた時、年齢や性別にかかわらず不安や恐怖を感じる様だからな。

 

 私はそんな事を考えながら葉子の頭を撫でていた。

 

 

 

 

 

 

 「もう……大丈夫……」

 

 しばらくすると葉子の小さな声が聞こえた。

 

 私が撫でるのを止めると、葉子がゆっくりと体を離す。

 

 「今日あった事について皆に話をする、お前も来い」

 

 「……ん」

 

 葉子は涙を拭いて私について来た。

 

 一目で泣いていた事が分かる顔だ、他の皆にも気付かれるだろうな。

 

 そう思いながら階下へと降りる。

 

 その後、皆の前にやって来た葉子を千穂、美琴、健太が抱きしめ、再び葉子が泣き始めてしまった。

 

 私は牛乳を飲みながらその様子を眺める。

 

 取り敢えず全員が落ち着くのを待つ事にしよう。

 

 

 

 

 

 

 皆が落ち着きを取り戻した後、私は今回の事を簡単に説明した。

 

 「そう……もう安全なのね」

 

 話を聞いた美琴は、安心した様に息をつく。

 

 「話はついているからな」

 

 「葉子は以前から目をつけられていたのね?」

 

 千穂が私に尋ねる。

 

 「そうだ。東堂会には葉子の周囲の情報が渡っていた、調べた後に計画的に誘拐されたと考えて問題無いだろう」

 

 「何で葉子が……?」

 

 「目をつけられた事自体は偶然で、特に理由は無かった様だ」

 

 「そう……」

 

 千穂は眉をひそめる。

 

 「世界中で起きている誘拐の一つが、偶然葉子に降りかかった、そう考えて問題無いと思う」

 

 今回の事はただそれだけの事。

 

 世界中に存在する犯罪の被害者やその周囲の者達も、恐らく千穂と似た様な事を考えている事だろう。

 

 「俺が守る」

 

 突然、黙って聞いていた健太が呟く。

 

 「もう二度とこんな目に合わせない」

 

 静かに語る健太からは、葉子を守るという強い意志を感じた。

 

 「健太……ありがと……」

 

 葉子は嬉しそうに微笑んで言う。

 

 穏やかな雰囲気になりかけたが……突然千穂の雰囲気が変わり、葉子に話しかけた。

 

 「さて……葉子。私は話したわよね?出来るだけ一人にならない、人気の無い所には行かない、知らない人について行かないって……忘れちゃった?」

 

 明らかに怒っている。

 

 先程までの姿が嘘のような変貌ぶりだな。

 

 「……ごめんなさい」

 

 葉子は俯いて謝った。

 

 説明中に何があったのか聞いた所、葉子は一人で待っていた時に、男に助けを求められついて行ってしまったという。

 

 困っていると思い手を貸そうとしたのだろうが、それが仇になった。

 

 私はそんな彼女の在り方に何も言う気は無いが、上手く悪意を隠す者はあらゆる場所に数多く存在する。

 

 いつかはこの子達もそれらを見抜く事が出来る様になるだろうか?

 

 千穂に叱られている葉子を見ながら、私はそんな事を考えていた。

 

 

 

 

 

 

 葉子の誘拐が解決してから時が過ぎ、4月になった。

 

 現在、私は彩の自宅に居る。

 

 「最近、またクレリアさんと比較されるんです」

 

 「お前の歌は以前に私が聞かせた歌に近くなっているからな」

 

 彩の自宅のリビングで私達は会話している。

 

 「今でもあの歌は聞いてますから良く分かります……私の歌は未だに貴女に届いていない」

 

 「それだけに固執するなよ?」

 

 私がそう言うと、彩は微笑む。

 

 「分かっています。今まで私が無理をしていた事は無いでしょう?」

 

 「若い頃はそれなりにしていたと思う」

 

 「……30近くなったからでしょうか?あまり覚えていませんね」

 

 私の言葉に、彼女はそう言ってとぼけた。

 

 若い頃の彼女より、今の程よく砕けた彼女の方が色々と上手く行っていると思う。

 

 「今のお前は楽しそうだな」

 

 「そうですか?若い頃も楽しかったですけど……」

 

 「確かに若い頃のお前も楽しそうだったが、何処か不安定で十分に楽しめていない様だったからな」

 

 私はそう言って飲み物を飲む。

 

 「ふふっ……年を取れば皆、ある程度は落ち着きますよ。でも、そう見えていましたか……クレリアさんには隠し事が出来ないですね」

 

 彼女は嬉しそうに言う。

 

 「普段は深く読み取らないようにしているから隠そうと思えば隠せるはずだ。ただ、確かにその気になった私から思考を隠し通すのは難しいかも知れないな」

 

 私がそう答えると、彼女はコーヒーを口にした。

 

 「私は今の所、意味も無く友人を深く探る気は無いが……証明は出来ないからな」

 

 結局は私の気分次第でどうにでも出来る事だ。

 

 つまり、最終的に相手が信じられるかどうかで決まると思う。

 

 「貴方になら知られても問題無いですよ?信じていますし」

 

 「そうか」

 

 彼女は私の正体を知った後も、気を許してくれている。

 

 初めて出会った時に彼女の心を理解したのは私の能力による物であり、当時の行動が彩の為に行った物では無いという事が分かってもなお、彼女の私への好意は変わる事がなかった。 

 

 「クレリアさんが引退してからもう十年以上が過ぎたんですね……」

 

 ふと、彩が手元のカップを見ながら呟いた。

 

 私はその事に対して特に何も言わず、飲み物を飲む。

 

 「貴女が作り上げた記録は、この後もずっと塗り替えられる事は無いと言われていますよ?」

 

 「そうか」

 

 その記録や映像などもしばらくは残るのだろうな。

 

 「今も世界中にファンが残っていますし……気が向いたら一回限りの復活ライブでもしてみたらどうですか?」

 

 彩はそう言いながら、手元のカップから私に視線を移す。

 

 「気が向いたらな」

 

 「もしやるのなら人として生きている期間内にやらないといけませんね。全人類に正体を明かす気は無いんでしょう?」

 

 「今の所その気は無いが、絶対に知られたくない訳でも無いな。今後、突然気が変わる可能性もある」

 

 「んー……クレリアさんのあの人気を見ていると、正体を知られても問題無さそうですよね。特に日本人はそういった事に直ぐ適応しそうです」 

 

 「あれは私が人間であるという前提の物だ。人では無い何かである事を知り、気まぐれで人類を地球ごと消す事が出来ると知った後では同じようには行かないだろう」

 

 私の言葉に彩は少し考えるような仕草をしてから言う。

 

 「平気だと思いますけど……私は信用も信頼もしていますよ?」

 

 「お前の様に全てを知っても平気な者はいるにはいるが、それは極僅かだ。人類規模では難しいと思うぞ?」

 

 「そうですか?貴方が長い間人類を滅ぼさずに過ごしている事実とアイドルとしての人気があれば、何とかなるような気もしますけど……」

 

 彼女はそう言うが、恐らく上手く行かないと思う。

 

 「私は人間では無いが、それでも今まで人類を見て来ている。肌の色、宗教、国……挙げればまだまだあるが、その程度の違いで争っている人類が私を受け入れる事は難しいと考えている」

 

 「……無理でしょうか?」

 

 「恐らくな」

 

 私がそう答えると、彩は溜息を吐いた。

 

 「では、いつか人類が変われば……」

 

 そう言って私を見る彼女の表情は「正体を明かすのか?」と語っていた。

 

 「可能性はある。だが、現在の目的は過度に私の影響を受けていない人類の世界を楽しみ、進化を観察する事だからな」

 

 「スケールが大きな趣味ですね……私には良く分かりません」

 

 「人類はまだ生まれたばかりの赤子の様な物だと思っている。これから先、どこまで成長するのか楽しみだ」

 

 魔法人類が繁栄してしていた期間を把握していない為、現在の人類と比べてどちらが長く存在しているのかは分からない。

 

 ただ、本格的に宇宙に進出していないのならどちらにしても同じ様な物だろう。

 

 「赤子ですか……テレビでも『人類はまだ赤子の状態だ』と言っていたのを聞いた覚えがありますね」

 

 「自覚があるのは悪い事では無いと思う」

 

 彩はそう話す私を見つめ、短く息を吐いた。

 

 「どうした?」

 

 「いえ、何とも言えない気分になりまして」

 

 「そうか」

 

 それから二人で料理をしたり風呂に入ったりして過ごし、一晩泊って翌日の朝に帰宅した。

 

 

 


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