二度目の攻撃で私達がいた場所は消滅し、宇宙空間に放り出された。
同時に私は魔神を隔離する。
『無傷?……何なの貴女?』
冷静になったのか、魔神が落ち着いた声で念話をしてくる。
『もう一度だけ聞いておく、私の提案を飲む気はあるか?』
『馬鹿な奴……魔神の怒りに触れたお前には死しか残されていないわ』
『状況が分かっていない訳ではないだろう?』
既に囚われているというのに彼女は全く動じていない。
『この程度で私の力を知った気になっているのね』
馬鹿にしたような声で言う魔神。
気がついて居ない訳では無いだろう。
つまり、この状況を打破出来る自信があるという事だ。
このまま殺すつもりだったが……魔神を名乗る彼女がどうするのかを見てみたい。
私はそう考え、彼女の次の手を待ってみる事にした。
『もう手加減はしないわ……』
魔神は自らの正面に魔力を集め始めるが……遅い。
待つ事に決めたので問題無いが、隙だらけだな。
私と話していた時も全く警戒していなかったが、これは力を持っていると言う慢心か、それともあまり戦闘経験が無いのか……。
どちらにしても、この戦い方では格下にも負けそうだ。
『これで終わりよ、消えなさい!』
考えている間に準備が終わった魔神は、魔法を私に向かって放つ。
私は油断せずにそれを見守った。
そして……その魔法は私の張っていた隔離障壁に接触し、彼女自身を巻き込んで爆発した。
『アギィィアアアァアアァァーーー!?』
乱れた念話の悲鳴が響き渡る。
どういう事だ……?
私は内心で少し驚いていた。
『アアアァァァ……ァァ……』
やがて爆発がおさまり、彼女の悲鳴が小さくなって行く。
人間の焼死体のような見た目になったが、まだ生きている。
『な……何……が……?』
全く動じていないのは、この程度の障壁は問題にならないからだと思っていたのだが……本当に気が付いていなかったのか。
『二度目の攻撃の後にお前を隔離しておいた……そうだ、転移なども無駄だと思うぞ』
苦痛と困惑が混じった魔神の言葉に、私は説明しておく。
『……そん……な』
実際に彼女は逃げようとしたが、何も起こる事は無かった。
『本当に気が付いていなかったのか』
何か手があるのかと思っていたのだが……。
感じた以上の力や、何かしらの能力を持っている者はあまり居ない、という事かも知れないな。
そう思いながら目の前の魔神を見る。
『ぐ……ぅ……』
私に対する強い悪意を感じる。
しかし彼女は満足に念話する事も出来なくなっている様で、かすれた呻く様な念話を最後に何も言わなくなった。
「ん?……あいつ何であんな力出してんだ?」
俺はあいつ……魔神が力を開放しているのを感じて呟いた。
「おいおい……全力じゃねぇか……どういう事だ?」
聖神としてあの魔神と共に生まれてから大分経つが、お互いに全力を開放する事なんて今まで無かった。
そう思いながら、俺は久し振りに魔神の姿を遠視する。
「へぇ……」
俺は見えた光景に笑みを浮かべる。
あの魔神が無残な姿に変わり、瀕死になっていた。
何をやったか知らねぇが、しくじりやがったな?
馬鹿め、そのまま消えちまえ。
ん……?
俺は魔神のすぐそばに誰かいる事に気が付いた。
誰だありゃ?
黒髪の……あれは魔竺族でも聖朱族でもねぇな。
そう思っていると、その黒髪がこちらを見た。
「ほぅ……」
思わず声が出た。
寒気がする程の別嬪じゃないか……凄いなこれは……。
しかしこいつ……まるで俺が見ているのが分かっているように目を合わせて来るな。
力は感じねぇ……俺達は勿論、聖朱族や魔竺族にも及ばない。
魔神の奴、つまんねぇ罠にはまって自爆でもしたのか?
……向こうに行って魔神を始末して、あのガキは俺が可愛がってやるか。
俺はしばらく考えてそう決める。
そういえば……奴の所に行くのは初めてだな。
そんな事を考えつつ、俺は魔神の住処に移動した。
聖朱族と魔竺族の争いを見ていた僕は、魔神に異常が起きた事を感じる。
どうしたんだろ?
僕は争いを見るのをやめ、魔神の方へ視点を移す。
……なにあの子。
僕が見たのは死にかけの魔神とその前に佇む黒髪の子供だった。
子供……?どうやって魔神の住処に入って来たのかな。
僕は子供に手を伸ばし……ん?
何かに阻まれた?
あれ?……おかしいな。
そう思った瞬間、僕の表面が激しく波打つ。
『ヒッ!?』
僕はすぐに手を引き、知覚を遮断した。
……アレは何だ!?
手を通して一瞬アレの魔力を感じた……。
何だあの量は!?
限界が見えない膨大な魔力……どこからあんなモノがわいて来たんだ!?
不味い……アレは僕が調べようとした事に気がついていた……。
きっとわざと見せたんだ……!
底の見えない魔力を見せて僕に警告したんだ……「止めておけ」と。
あいつらアレがどれだけおかしい存在なのか感じる事が出来てないのか!?
だから手を出したんだな!
馬鹿な事を……!
お前らでアレを何とか出来る訳無いだろ!
そう作ったのは僕だけどこんな事になるなんて……!
あんなの僕じゃどうにも出来ない。
ど、どうしよう!?
と……取り敢えず、聖神の行動制限を変更して……向こうに行くように……!
よし……時間稼ぎにもならないだろうけどやらないよりいい。
後は……引きこもるしかない。
そう決めると、全力で防御を固め始めた。
でも……きっと僕の場所もバレてる。
どうか来ないで……見逃して……!
私は今、笑っているのだろうな。
聖神と思われる存在の位置も分かったが、こいつはあまり時間をかけずに対応しよう。
それよりも……もう一つの存在の方が重要だ。
その存在に私は興味を抱きつつある。
今、私を調べようとした力……あれは恐らく知覚領域に近い物だ。
すぐに引っ込んでしまったが。
私と似た様な力を使う者に初めて出会った。
さっさとやる事をやって会いに行こう。
『まだ……わ、たしは……』
隔離障壁の中で苦しそうに呟いている魔神を手早く消滅させた私は、残った聖神の所へ行こうとしたが……どうやら向こうから来た様だ。
『ありゃ?魔神の奴、殺されちまったのか』
現れたのは地球に居たら強面と呼ばれそうな顔をした、筋肉質な人間の男の様な姿をした存在だった。
『おいお前、奴を殺した礼に俺が可愛がってやるよ』
『礼をしてくれるのなら頼みたい事がある』
当初の目的を果たそうと、私はそう問いかける。
『いいから俺の物になれ。それが礼だ』
話が通じないのか?
最後に確認はしておくか。
『お前は私の頼みを聞く気は無い、という事で良いか?』
『ん?まあそういう事だ。この世界の唯一神になった俺がお前を飼ってやると言ってんだ、とっとと足を舐めろ』
ならばすぐに……いや、やはり聞いてみよう。
『お前は唯一神と言っているが、あの惑星に居る存在の事は知っているか?』
私はそう言いながら遠くに見える惑星を指さした。
『……何言ってんだお前?』
知らないか。
『私はお前達の生死に興味は無い、私に構わないのであれば見逃すが……どうする?』
『駄目だ、お前は俺の物にする。嫌なら俺を殺すなり閉じ込めるなりしてみるんだな』
諦める気は無いか。
『そうか、せめて苦しまないようにしよう』
私はこいつの構成を分解する。
『おいおい、俺に勝て……』
恐らく聖神であろう人型の存在は、世界に溶けるように消滅した。
少し処分の方法を変えてみたが中々悪くないな。
もう召喚魔法が使われる事は無くなっただろう。
これで当初の目的は達成した。
では……会いに行こうか。
私は惑星ドーンラグルから見えていた惑星へとやって来た。
地表に降り立った私は地面に目を向ける
本体は地下……惑星の中心に居るな。
恐らく、この惑星は本体を守る防壁の様な物なのだろう。
『聞こえるか?』
私は念話で中心にいる存在に声をかける。
反応が無い、やり過ごそうとしているのかも知れないな。
多少強引に行くか。
そう考えた私は、足元の地面を消滅させながら中心へと落ちて行った。
そのまま自由落下している途中に、声が聞こえた。
『来ないで……来ないで!』
幼い子供の様な、男とも女とも判断出来ない声が聞こえる。
『ごめんなさい……ごめんなさい……』
……何故怯えているんだ?
『消えたくない……!』
敵だと思われていのだろうか。
『落ち着け、私はお前と話したいだけだ』
『来ないで……』
泣きそうな、懇願するような声がする。
すっかり怯えていて話にならない。
直接会って話せば危害を加えないと分かって貰えるだろうか。
しばらく降下を続けると突然広い空間に出た。
周囲を見渡すと、中心らしき場所が遠くに見える。
私は自由落下を止め、そちらへと向かう。
中心部と思われる場所に着いた。
そこには私の障壁とは違う障壁が球状に張られていて、その中にソフトボール程の大きさの銀色の球が浮いている。
その球の表面は時折波打っていたが……恐怖に震えているのだろうか?
『聞こえるか?……私は話に来ただけだ』
魔神や聖神との関係がどういう物であるかは大体予想しているが、こういった事は本人……人では無さそうだが、本人から聞くのが一番だからな。
反応は帰って来ない。
さて……どうするか。
そう思いながら時々波打つ銀の球体を見る。
しばらく此処に居よう、その内慣れてくれるかも知れない。
ある程度の時を待っていたのだが、未だに反応が無い。
……あまり時間をかけると今の友人の寿命が尽きてしまうな。
少し強引だが、私が敵では無いと分からせようか。
私はこの子の周囲の障壁に干渉し始める。
『いやぁ……!』
銀色の球体は必死に抵抗しているが、私にはあまり効果は無かった。
破ろうと思えばすぐに破れるのだが……それでは余計にこの子が混乱するかもしれない。
『うぅ……う……』
……この方法でもあまり変わらないかも知れないな。
この子から湧き出る恐怖を感じながら、私はそんな事を考える。
そして、障壁を半分ほど無効化した時。
『いやあぁああぁ!』
突然の大きな叫びと共に、この子から魔力が溢れ出した。
私は内心で驚く。
この子の魔力は現在のカミラ達よりも強力だ。
……やはり居る所には居るのだな。
『アアアあぁあぁあァァ!』
そう思っている間に魔力が変化し、周囲の空間が歪みだす。
それは急激に広がると残っていた彼女の障壁を消し飛ばし、外側の惑星部分を削り始める。
中々の威力だ。
……私の障壁も今のままでは持たない。
そう判断した私は、自身の障壁を強化しながら声をかけた。
『やめろ、周囲の惑星を消し飛ばす気か』
私は魔力を放出し同じ様に変化させると、そっとこの子の力を相殺して抑え始める。
『あ……あぅ……?』
『怖い思いをさせたな』
銀色の球体にそっと手を伸ばし表面を撫でた。
触り心地は金属のようだが柔らく、温かい。
『あ……』
すると小さな声と共に魔力が減り始める。
やがて空間の歪みも消え……静寂が訪れた。