大人しくなった銀色の球体は沈黙を続けている。
言葉を話せる事は既に確認しているが動きが無い。
『あの……僕に何かするつもりで来たんじゃないの?』
どうしようかと考えていると、こちらの顔色を窺うような声が聞こえて来た。
『今の所は危害を加える気は無い』
『い、今の所……?』
私の言葉を聞いて、球体の表面が波打ち始める。
『お前が私と私の周囲に手を出さないのなら何もしない』
『そんな事する訳無いよ……勝てる訳ないもん』
『私はクレリア・アーティアと言う。お前は何と言う名だ?』
名を名乗り、この子の名を聞く。
『え?僕は僕だよ?』
この子……僕と言っているし男扱いで良いか。
彼は、それが当然の様に答えた。
『名が無いのか?』
『そうなの?』
名前が無いと呼びにくいな。
惑星ドーンラグルに似せて……ドーラで良いか。
『ではお前の名はドーラだ』
『ドーラ?ドーラ……うん、そうする……』
ドーラは素直に受け入れてくれた。
この名が嫌になった時は、自分で新しい名を名乗れば良いだろう。
ドーラの恐怖と警戒が薄くなった所で、私は話をする為に周囲に地球に似た環境を作り、椅子とテーブルを出した。
私は声を出して話し始めたが、彼は発声が不可能だった。
念話で良い事を伝え、会話を続けて貰う。
彼が言うには、気が付いた時には既に惑星ドーンラグルの周囲を回っていたらしい。
それから彼は身の安全を守るため、宇宙に漂っていた物を材料に外殻を作り、現在のような状態になったという。
そして一人で長い間、惑星ドーンラグルを見て過ごしていた。
やがて、変わらない現状に飽きた彼は、試行錯誤して二つの存在……後の魔神と聖神を作る事に成功する。
しかし、苦労の末に作り出したその二体も、最初はただ世界を見ているだけで何もしなかったという。
これでは作る前とあまり変わらない。
どうしようかと思っていた時、作った二人が魔神、聖神を名乗るようになり、それぞれ魔竺族と聖朱族を作って争い始めたらしい。
それを見たドーラは大喜びし、今まで彼等の争いを見て過ごしていたのだが……そこに私が現れた。
聞いた話はこの様な物だった。
彼は突然現れた私の事を調べようとして遮断された際、私の底の見えない魔力を覗いてしまい今まで感じた事の無い感情が生まれたという。
「怯えていたのはそれが原因か。それは恐怖という物かも知れない」
『恐怖……?』
「私も詳しくは分からないが、恐らくそうだと思う」
今まで自分以上の相手を見た事が無かった為に、私の魔力を見て恐怖を覚えたのかも知れない。
その後、彼と話したが、彼は私と似た様な力を使いはするが私に近い、という訳では無かった。
私に無い感情が存在し、魔力を生みはするが総量は少なく、体も金属の様な液体で出来ている。
多少共通していると言えなくもない部分があるが、全く別の種だろう。
しかし……大した技術も無く、知識も少ない状態で魔神と聖神を作り出しているのだから将来は有望だと思う。
この先、私に匹敵するかは分からないが……少なくとも現時点で娘達よりも保有魔力が多い。
つい先ほど生み出す魔力が少ないと評価したが、それは私と比べた時の話だ。
暴走した時の発生魔力を娘達と比べると、かなりの量を出している事が分かる。
「そうだ。まだ聞いていなかったが、魔神達が使っていた召喚魔法はお前が教えた物か?」
『……召喚魔法?あの何か呼ぶやつの事かな?』
「そうだ」
『僕はあの二体に何も教えてないよ?』
どうやら嘘では無い様だ。
この件に彼は無関係か。
今の所は私と敵対する気も無い様だし、彼に何かするのはやめておこう。
『あの二体が何かしたの?』
彼は不思議そうに聞いて来る。
「私がここに来た理由を話しておこう」
『あいつら何やってるんだよぉ……』
私の話を聞いたドーラは、球体の表面を揺らめかせ情けない声を出す。
「話し合いで解決するつもりだったが、聞き入れてくれず殺そうとしてきたので処分した。お前には悪い事をしたが、躾が悪かったと諦めてくれ」
『平気、元々暇潰しに作った物だから……』
ドーラにとってもそこまで大事な存在では無かった様だ。
『あの……ごめんなさい』
突然謝って来るドーラ。
「どうした?」
『召喚魔法の事……僕も知ろうと思えば知れたのに、気にしないで放って置いたから……』
「気にするな」
『でも……』
見た目では分からないが、意識をこちらに向けているのが分かる。
私にその事で何かされないか不安な様だ。
「私と出会う前にそれを知った場合、お前はどうしたと思う?」
彼は私と出会ったからそう考えている筈だ。
出会う前であればきっと何も思わなかっただろう。
『……知っても何もしなかったかも?クレリアさんみたいな存在が居るなんて思ってなかったし……』
「何度か言っているが、お前が敵対しない限り私は危害を加える気は無い。もう気にするな」
『ん……分かった』
彼はあの二体を作った事を少し後悔している様だった。
私は後悔もしない様なので良く分からないが、起きてしまった事を後悔してもあまり意味が無い事は知っている。
そもそも、私にとって多くの現象は不可逆では無いからな。
私は常に、何処かに私を超える力を持つ何かが居ると考えているのだが、誰もがそう考えている訳では無い。
魔神と聖神の様に、自分こそが頂点であると思いこむ者もいるだろう。
『これからどうしようかな……』
そんな事を考えていると、ドーラが呟いた。
「どういう事だ?」
『僕、今のドーンラグルの状況に飽き始めてたんだ』
「知的生命体の観察に飽きたのか?」
私はそんな事は無いが……彼には合わなかったか。
『今まで魔竺族と聖朱族を見て来たんだけど……あいつら戦争しかしないんだもん。それ以外はただ普通に過ごすだけだし……』
なるほど。
魔神と聖神に作られたあの二種族はお互いを滅亡させる事しか考えていない様だからな。
『また何か作ろうと考えてはいたんだけど……ねえクレリアさん、何か良さそうな物を知らない?』
良さそうな物か……そう言えば、可能になったが本格的に試していない物があったな。
「自由に進化する生命体の作り方、などはどうだ?」
これは地球の生物の進化を見続けた結果生まれた物だが、ドーンラグルの環境ならば可能な筈だ。
彼に使って貰い、その結果によっては改良しよう。
『それってどんなの?』
「周囲の環境や経験などによって多様に変化し、進化して行く生命体だな」
『そうするとどうなるの?』
「様々な生態を持つ世界が生まれる可能性がある。更にそれらが知的生命体になり、様々な物を作り出したり新しい何かを発見したりするかも知れない」
『なんか楽しそう!』
興奮した様な声を出し、丸い体を震わせるドーラ。
言っている事を全て理解している訳では無いと思うが、興味を持った様だ。
「しかし、絶対に上手く行くとは言えない。時には滅びてしまう事もある」
『え……?そうなんだ……もしそうなっちゃったら終わりなの?』
「いや、まだ興味が残っているのなら何度でも作り直して試すと良い。そうすればいつかは知的生命体に辿り着くかも知れない」
『そっか!何度も試せるんだ!』
「時間はかかるが、今の二種族を見ているよりは楽しめるだろう。少なくとも私は飽きる事は無かった」
『なるほどー』
「どうだ、やってみるか?」
『やる!』
「よし、では教えよう」
元気に答えた彼に、私は自由に進化する生命体の作り方を教える事にした。
事前にこの生命の作り方は本格的に試していない事を説明し、彼も了承したので色々と教え始める。
『全部僕が決めて、完成された物を作ったから駄目だったって事かぁ……』
「制限を付ければ付ける程、多様性は無くなる。過剰に管理すると変化が起きなくなるからな」
ドーラは私の教えを次々に吸収し技術と知識を高めて行ったが、教えたのは基礎的な事だけだ。
あまり深く教えていると、以前の様に帰った時には友人が寿命で死んでいる……という事になりかねない。
基礎さえ押さえておけば、彼の努力次第で応用も出来る。
『ドーンラグルの環境も合わせて整えた方が良い?』
「私にはどちらが良い、とは言えないな」
『何で?』
「お前がどうしたいかが基準になるからだ」
『そうかぁ……』
「これはあくまでも参考だが……最初に作る生命は現在の環境に適応させて作り、それ以降は生命の変化に任せる……というやり方がある」
『ふんふん……』
「これは私の居る地球という惑星の生命の進化に近い方法だ」
『へぇー。今、その惑星はどんな感じなの?』
「知性を持つ生命体が溢れている。同じ惑星に在りながら多様な文化を持ち、様々な物を見つけ、作り出し……今も発展と進化を続けている」
『おおー!凄い!』
「進化の過程で、どうしても生き残って欲しい場合は少しだけ手を貸すのも良いだろう。実際に私も手を貸した」
『なるほど……』
「しかし、どういったやり方をするにしても、手を加えすぎると進化の可能性や方向性が狭まる、という事は覚えておいた方が良いと思う」
『むー……』
彼は悩むように唸る。
「私は行わなかったが……上手く行かなければ一度滅ぼしてやり直す、という事も出来る」
『……うーん』
ドーラはまだ唸り続けている。
「お前には一通り基礎を教えた、今後どうするかは自由だ。すぐに生命を作り始めても良いし、更に手を加えて自分なりの何かを見つけても良い。勿論、作りたくなければ作らなくても良い」
何もせずドーンラグルの周囲を回り続ける、という選択を今の彼が選ぶ可能性は低いと思うが、どうなるかなど分からないからな。
『まずはやってみようかな』
唸りながら考え込んでいた彼は、そう言って体の表面を緩やかに波打たせた。
「そうだ、話は変わるが……お前は戦闘訓練はしないのか?」
彼は魔力は多いが、話を聞いた限り戦闘経験が無い。
今回は問題無かったが、今後私の様な何かに襲われればどうなるか分からない。
『戦闘訓練かー、どうやってするの?』
「やる気があるのなら、私が相手になろう」
『……一瞬で僕が負けるだけじゃない?』
何となく拗ねた様な声色で話す彼。
「訓練の時はそのような事はしない」
『……じゃあその時はお願い。でも今はやめとく』
「そうか、ではその気になったら言え」
無理強いする気は無いからな。