2034年11月。
秋の終わりが近づいた、ある日の昼下がり。
千穂、美琴の二人と共に出かけていた私は、途中で見かけたカフェで飲み物を飲みながら葉子と健太の事を聞いてみる。
「私達にも分かるんだから、クレリアちゃんにも当然分かるわよね……」
美琴が困ったような顔をして言い、更に続けた。
「去年の春頃だったかしらね?いつも一緒に学校から帰って来てたのに、別々に帰って来たのよ」
「登校もいつも一緒だったのに、あれからずっと別々なんだよねー」
困った様に千穂が言う。
「お互いに好意を持っているのは間違いない筈だが」
「あ、やっぱりあの子達両思いだったのね」
美琴が私の言葉を聞いて納得している。
恋愛感情による一時的な物なのだろうか?
そうだとしたら私に出来る事はあまり無さそうだ。
「お互いに好意を持っているのにこうなるとは……やはり恋愛とは不思議な物だな」
「確か、クレリアちゃんは私が学生の頃に買ってた少女漫画を読んでたよね?」
私に千穂が問いかけて来る。
「読んでいたな。登場人物の行動を理解出来なかった事を覚えている」
「あんな感じで素直になれないか、すれ違ってるんだろうね」
「好きなら好きと言えばいいだろう」
「相手の気持ちが分からないまま、自分の想いを伝えるのは怖い物なんだよ?」
恐らく私に恐怖は無い、残念だが千穂の言っている事は今後も分からないままかも知れない。
「駄目でも特に問題は無いだろう?」
相手が欲しいのなら、また別の者を見つければ良いだけだと思うが……。
「やっぱりクレリアちゃんには分からないかぁ……」
そう言って苦笑いする千穂。
「ねえ、クレリアちゃんは私と美琴の事好き?」
千穂が突然そんな事を聞いて来る。
「好きだな」
何故今更そのような事を聞いたのだろうか。
「私も好き、勿論友人としてね?」
「そうだな」
二人は友人だ、娘だと思ってはいない。
「……この二人みたいな素直さが、少しでもあの二人にあれば良かったんだけどね」
私と千穂の会話を聞いていた美琴が、そう呟いていた。
それから一か月ほど過ぎたある日の事。
私は葉子に誘われ、買い物に出かけていた。
時々、葉子や健太と遊ぶ事があるのだが現在も二人の関係は変わっていない。
お互いに気まずいのか遊ぶ時は常にどちらか片方だけで、以前の様に三人で遊ぶ事は無くなっている。
「お姉ちゃん!今度はあっち行こう!」
楽しそうにしている葉子だが、感じられる感情には常に影がある。
健太の事が気になっているのが良く分かるな。
「お姉ちゃん……ちょっといいかな?」
食事の為に寄ったファストフード店の隅でいつもと変わらない味の照り焼きハンバーガーを食べていると、正面に座っている葉子から声がかかる。
「何だ?」
私が返事をすると葉子は俯き、何も言わない。
「健太の事か?」
そう言うと彼女の体が軽く跳ね、驚いたように顔を上げた。
「何で……?」
「今の状態に気がつかないと思っていたのか?千穂と美琴も気が付いている。原因が去年の春頃にあった事もな」
再び沈黙する葉子。
「話したい事があるなら話せ。役に立つかは分からないが聞くだけは聞こう」
その後、葉子から聞いた話はこのような物だった。
ある日、学校の友人達から常に健太と共に居る事について聞かれ、お互いに好き合っているのかと尋ねられたという。
健太に思いを寄せていた葉子は知られる事を避けるために慌てて否定し、常に傍に居る健太の行動に対して「迷惑している」と言ってしまったらしい。
この事は直接本人に聞かれる事は無かったが、ある時健太の耳にその話が入り、皆の前で問いただされてしまった。
二人きりの時ならば否定出来た葉子も、大勢の前ではどうしても言えずに肯定してしまったという。
それから健太は葉子から距離を取るようになり、葉子は肯定した時の健太の表情がいつまでも心に残っているという。
そして彼女は自己嫌悪から身動きが出来なくなり、関係が改善しないまま現在に至る……という事らしい。
しかし……幼い頃から共に過ごしていながらその程度でここまで距離が空くとは。
私は今、感情が原因で予想外の出来事が起きる、という実例の1つを見ているのだな。
見ている私としては相変わらず理解不能だが。
私はそう思いつつ彼女に言う。
「本心を話せば良いだろう」
友人か健太のどちらかに本心を言えていれば何の問題も起きなかった筈だからな。
「……言えなかったの。それに……もう私の事を嫌いになってるかもしれないし……」
健太の葉子に対する感情は今も変わらない……いや、むしろ大きくなっているのだが、彼女にそれを知る術は無い。
「そうか、では諦めろ。後悔しないと良いな」
その言葉を聞いて彼女の体が強張ったが、私はそんな彼女に続けて言う。
「思ってもいない事を言うからこうなる」
「どうしよう……」
泣きそうな声を出す葉子。
「二人きりなら素直になれるのだろう?無理矢理にでも連れて来て本心を話せ」
お互いに好意を抱いているのならこれだけで問題無い筈だ。
「でも……」
いつもの様子が嘘の様に弱気だな。
「私はお前と似た様な状況になった者達を数多く知っているが、諦めた者の多くはその事を多かれ少なかれ後悔していた。お前もそうなりたいのか?」
「後悔は、したくない……」
「ならば行動してみろ。いつもの気の強さはどこへ行った」
彼女はスカートを握り締めた。
「無理強いする気は無い、よく考えてみる事だ」
どうなるかはあの2人の選択次第だな。
現在、私は自宅でバトルグラウンド3をプレイしている最中だ。
アイドルになる前にバトルグラウンドで使用していたアカウントは既に削除している為、現在は新しいアカウントを使用している。
あのアカウントはアイドルクレリアであると判明している為、プレイするとファンが群がりゲーム所ではなくなってしまったからな。
私がプレイしていると知られてからバトルグラウンドの売り上げとプレイ人数は爆発的に増え、一時期はプレイが困難になっていた事もある。
続編も順調に発売されていて、現在は3に到達している。
「カミラ様、配置につきましたがここからでは死角が生じます。千穂さんをこちらに回せるでしょうか?」
ヘッドセットからヒトハの声が聞こえる。
「分かったわ、千穂ちゃんはヒトハの指示に従って死角をカバーして頂戴。お母様は狙撃位置から周囲の状況を引き続き確認して」
「オッケー!」
「分かった」
私はカミラの指示に従い双眼鏡を覗くと、フタバ、ミツハ、ヨツバの三人が操作するキャラクターが見える。
「ミツハ達の分隊も配置についた様だ」
「敵分隊をやり過ごしてこちらとぶつかった後に強襲させて」
そう言った後、カミラは千穂に指示を出し始めた。
私はミツハに通信を繋ぐ。
「ミツハ、敵分隊をやり過ごし、こちらとぶつかった後に強襲しろ」
「はーい」
緊張感の無いミツハの返事が返って来る。
そのまましばらく待機していると、敵の分隊が現れた。
「二時の方向、2分隊」
私は即座にカミラに報告する。
「ミツハに連絡、処理はミツハの分隊に任せるわ。私達は足止めと注意を引く事に力を入れるわよ」
「了解……ミツハ、二分隊居る。こちらで気を引くから攻撃は任せた」
「りょうかーい、こっちは主様の為にってフタバお姉ちゃんとヨツバがやる気満々だよー」
「任せたと伝えてくれ」
そう言って通信を切る。
さて……そろそろぶつかるな、援護しよう。
「見事な勝利でしたね、ご主人様」
フタバが微笑みながら私に飲み物を出す。
千穂は自宅からだが、私達はゲーム部屋で全員揃ってプレイしていた。
見事に勝利しプレイを終了した後、現在は全員で談話室に移動し先程の戦いについて話している。
「カミラ様も隊長に向いてるよな。主様とはまた違う感じだ」
ヨツバがそう言って笑う。
元々ゲームが好きなミツハはともかく、戦闘訓練が大好きなヨツバがFPSに興味を持ったのはいつだったか。
中々気に入ったらしく今では彼女が唯一好んでプレイするジャンルとなったが、皆が驚いたのは大雑把で力押しする傾向が強いヨツバが、ゲームではサイレントキルを好むようになった事だった。
フタバは初めはミツハに付き合ってプレイしていたのだが、ミツハが好んで行っていたナイフキルが気に入ったようで、今ではミツハと共に潜伏してナイフで処理するのがお気に入りになっている。
ヒトハは全体の補佐の様なプレイだ。
見逃しがちな細かな情報を把握し、貢献している。
「カミラは実際に皇帝をしていた事もあるからな。私より遥かに適性があるだろう」
「お母様は色々考えはするけれど、基本的には力で蹂躙する方が好きよね」
カミラはそう言って微笑む。
「私は話し合いで間に合うのならそれで良いと思っているぞ?」
どうするかはその時の状況次第だと思う。
何らかの理由で急いでいるのなら、長々と交渉せずに力を使い短期間でねじ伏せた方が良い場合もあるだろう。
「なんだかんだ言って主様も戦うの好きだよな!」
ヨツバが満面の笑みを浮かべて言う。
「私はヨツバちゃんがサイレントキル出来るとは思ってなかったわ」
フタバが微笑みを浮かべたままヨツバに話しかける。
「最初は色々言われたからなぁ……フタバ姉さんも微笑みながら驚いてたよな」
話しかけられたヨツバは、フタバの方を見ながら言う。
「驚くわよ、普段の戦闘訓練を見てたらそんな事すると思えないもの」
いつもの微笑みを苦笑い気味にしながら答えるフタバ。
「でも戦闘訓練では変わらないんだよねぇ……何で実際の戦闘では出来ないのさ」
二人の会話を聞いていたミツハが呆れたような声で言う。
「何でだろう?」
不思議そうにするヨツバの答えにフタバはいつもの微笑みを返し、ミツハは呆れたような表情をしていた。
年が明け、2035年。
年末年始を娘達と過ごした後、私は葛城、鈴原の両家と初詣に行ったのだが……健太と葉子の様子がまた変わっていた。
「交際を始めたのか」
そう言って歩きながら後ろを振り向くと、お互いに顔を赤らめながらも腕を組み、べったりと寄り添った二人が居る。
そのまま二人の様子を見ていると、私の隣を歩く美琴が口を開いた。
「12月24日のパーティーに健太も参加したんだけどね。その時に葉子ちゃんが無理矢理自分の部屋に連れて行ったのよ」
「なるほど」
私はそう言って正面を向く。
葉子は行動する事にしたのか。
「それで、戻って来た時にはああなってたわ」
「そうか」
「……クレリアちゃん何かした?」
反対側に居る千穂が尋ねて来る。
「葉子に相談された」
「そっか……。ありがとう、あの子の力になってくれて」
「動けない者は誰が何を言おうと動けない。行動出来たのは彼女自身の強さだ」
そう言うと二人は微笑んだ。
「あの二人が長く続いてくれたら嬉しいけど……」
そう呟く美琴に、私は言葉を返す。
「どうなるかは二人次第だ」
心変わりして離れた者達も多くいたからな。