時は流れ、2037年7月。
彩は先月結婚し、姓が水瀬から三代(みしろ)に変わった。
彼女は今の所、子供が出来ても仕事を辞める気は無い様だ。
仕事の際は旧姓の水瀬を使用して活動すると言っていたな。
夫は、三代 達彦(みしろ たつひこ)と言う男で、月下グループの企業に勤務している。
それなりに給料も良く、人類基準で見ても人格は悪くない。
彼の事を調べるのは楽だったとカミラが言っていたな。
彩が結婚してから、私は彼女の家にあまり行かなくなった。
新婚の時はある程度放って置いた方が良い、という過去の経験からの配慮だ。
彼女はいつ来ても良いと言っていたが、しばらくはあまり行かない事にする。
そして、健太と葉子の交際も順調の様だ。
喧嘩をする事もあるらしいが、葉子が以前よりも気持ちを隠さずに健太に伝える様になった事で、長く引きずらなくなったと聞いている。
それに合わせて健太も素直に気持ちを伝えるようになり、かなり関係は良好らしい。
「お母様、謁見をお願いして良い?」
そんな事を考えていると、近くに座っていたカミラが声をかけて来た。
「今回はどこだ?」
「ロシアよ」
「確か、北の方の国だったな」
「ええ、今回はこちらの都合で変わって貰ったわ」
恐らくその国の者が何かを行おうとしたのだろうな。
「そうか、準備が出来たら呼んでくれ」
「すぐに呼び寄せるわ……あ、謁見に来る新しい大統領が謝罪すると思うから、受け入れてあげてね」
「分かった」
その後ロシアの新大統領とあったのだが、彼は酷い顔色のまま震える声で謝罪した。
彼が本気で謝罪している事が分かったので私は謝罪を受け入れ、僅かな時間で謁見は終わった。
「今回の交代は前大統領の行動が原因なのよ」
謁見後、月の談話室でくつろぐ私にカミラが言う。
「そうか」
カミラが強制的に国のトップを交代させたのだから、そんな所だろうと思っていた。
「あれは侍女を拘束し人質にして、お母様を引っ張り出そうとしたのよ」
なるほど。
「実行される前に止めたけれど、例え実行されていても意味は無かったでしょうね」
「だろうな」
「こういった考えをしない様に色々としていたのだけど、駄目だったみたいだわ……」
残念そうな声を出すカミラ。
現在の人類の力で侍女達を拘束する事など、力の差を埋める何かが無ければ不可能だ。
彼女達がその気になれば、人類は侍女一人に抵抗らしい抵抗も出来ず滅ぼされる事になるだろう。
「ある意味、私は前大統領を救ったと言えるわね。もし実行していたらそれ相応の処分をする事になるもの」
カミラはそう言って微笑む。
「確かに」
結果的にそうなっただけだが、問題を起こす前に処理した事で前大統領の処分が重くならなかった……と言う事だろう。
「例え平気でも、妹達に手を出されるのは不愉快だし……今回は各国の代表からも報告があったのよ」
「娘達からの報告だけでは無かったのか?」
「ええ、今回は各国からも報告があったわ」
……どういう事だ?
「複数の国から報告があるという事は、ロシアは隠す気が無かったのか?」
「その事についても分かっているわ。人類の組織の一つに、私達の事を知っている国の代表が所属している『主要国連盟』というのがあるのだけれど……」
「その辺りの事に興味は無い」
「もう……それで、その主要国連盟が行っている会議で色々と言っていたらしいわ」
カミラは少し呆れた顔をした後、続きを話してくれた。
「それならば参加していた国の代表は知っていて当然か」
「ロシア前大統領は問題無いと思ったようだけど、他の国はそうは思わなかったみたいね。不味いと思ったのか、ロシアを除く全ての参加国が報告して来たわ」
「見捨てられたか」
「お母様の怒りを買うだけだと考えたんでしょうね、責任を問われるような事にならない様に報告したんだと思うわ」
「無関係な国に責任を問う気は無いぞ?」
「もし実行されていたら何かしらの報復はするわよね?」
「当然だ」
何もしない、という選択肢は無い。
「彼等はそれに万が一にも巻き込まれたくなかったのよ」
「確かに……巻き込まれないように手を打っておくのは大切だな」
私も似たような事を考える時はある。
それを思えば、出来る限り被害を避けようとする彼等の行動も理解出来る……出来ている筈だ。
そんな事を考えていると、カミラが続きを話す。
「それでね?この報告があったのは少し前の事で、その時点で計画は解体、本人の処分も終えて交代を待つだけだったのだけれど……」
そこで言葉を切るカミラ。
「何かあったのか?」
「次期大統領の事で少し揉めてたらしいわ。こちらとしてはその辺りに手を出す気は無いから放って置いたのだけど、最近ようやく決まったの。それで今回謁見をお願いしたのよ」
「なるほどな……この様子だと、人類が私達の支配から逃れようとするのはもう少し先になりそうだ」
「……そうなると思う?」
彼女が小さな声で尋ねて来る。
「恐らくな」
いつになるかは分からないが、いつかそうなると思っている。
「抑える所を抑えているのは間違い無いわ。でも、それ以外は特に厳しく縛っていない筈だけれど……駄目なのかしら?」
カミラは困った様な表情をして言う。
「今は良くても、ある程度力を付ければきっと人類は不満を持つと思う」
「ああ……『これ程の力を持った私達なら奴等を滅ぼせる』とか『奴等の力を手に入れれば我々は更なる力を得る事が出来る』とか言い出しそうよね」
そう言いながら苦笑いするカミラ。
「私は記憶にないのだが、魔法人類が私達に敵対した理由は何だったか覚えているか?」
「何だったかしら、覚えてないわね……そもそも聞いていたかしら?」
カミラも知らないか。
「完全に忘れているから何とも言えないな」
この話はそれで終わり、私達は別の話をし始めた。
やがて娘達も合流し始め、談話室は賑やかになって行く。
ある雨の降る日、私は東京の自宅でノートパソコンを使い「ニュウチューブ」という動画共有サービスを見ようとしていた。
このニュウチューブは世界最大規模の動画共有サービスで、ユーザー数もそれに相応しい数がいる。
存在自体は私がアイドルをしていた時に世話になっていたので知っているが、今までしっかりと見た事は無かった。
運営会社は月下グループの関連会社の様だが、こうした規模の大きな会社や企業は多かれ少なかれ全て月下グループに関係があるらしい。
そう考えながらトップページを開くと、様々な動画のサムネイルがいくつも並んで表示された。
私は画面上部にある検索欄に「クレリア」と入力し、検索を開始する。
すると、すぐに今まで出した私の曲のプロモーションビデオや今までに行って来たライブの映像などが一覧になって表示された。
妙に多いな。
私はデビュー曲である「ヴァイオレンス」のプロモーションビデオを探したのだが、似たタイトルの物が複数ある。
……なるほど、投稿者が違うのか。
良く見てみると、公式の他に個人的に投稿している者達が多くいるようだ。
私は公式のプロモーションビデオを探し出し、選択した。
やや装飾の多い衣装を着て歌い、踊る私の姿が流れる。
初めてじっくりと見たが……感想は特に無いな。
私は流れていたプロモーションビデオを最後まで見た後に、「動画再生回数やフラワープロダクション公式チャンネルの登録数も大幅に記録を更新している」と聞いていた事を思い出す。
再生回数とチャンネル登録者数を探すと、動画のほぼ真下に表示されていた。
動画再生数は約627億回、チャンネル登録数は約2億人の様だ。
現在のフラワープロダクションは私の影響で芸能事務所として最大手になっている様だが、必要以上に規模を広げてはいないらしい。
理由は聞いていないし、興味も無いが。
そんな事を考えながら、私は表示されている数字を見る。
比較対象が無いとこの再生回数と登録数がどの程度の物なのか良く分からないな。
私はトップページに戻り、機能を探す。
動画を並び替える事が出来るはずだ。
すぐにその機能を見つけた私は、ニュウチューブ全体の動画を再生回数順に並び替えてみた。
……上位には私のプロモーションビデオしかない様だな。
そう思いながらスクロールして見て行くと、他の動画を見つけた。
この動画の再生回数は52億回ほど、チャンネル登録数は1900万人ほどか。
再生回数順で並び替え、私のプロモーションビデオ以外で最初に出て来た物なのでこれが以前の上位の数字だと考えて良さそうだ。
これだけの差があれば話題に上がるのも無理は無いかも知れない。
私はマウスを操作してトップページに戻る。
この機会に他の動画も見てみよう。
ロシアの大統領は変更されました。
主人公と同様に、娘達も特別な理由が無い限り知っていて放置はしません。
その結果、ロシア前大統領は未遂となり扱いが良くなりました。
実行している、していないの差はとても大きいです。