丸一日かけて色々な動画を見続けたが、中々悪くないな。
……もっと早く見ておくべきだったか。
全く見る気にならない物も多かったが、投稿者が色々な事を行う動画類……主にゲームなどの実況プレイ、「弾いてみた」、「歌ってみた」、「踊ってみた」や、物作りなどの動画は問題無く見る事が出来た。
予想以上に楽しめたな。
普段から魔法人類や人類などの知的生命体を観察している私に、他者が何かをしている動画は相性が良かったのだろうか?
様々な「やってみた」動画の中にはアイドルクレリア関連の物も多く存在していた。
それらの動画に出ていた者達のダンスや歌はまだまだの出来だが、皆楽しそうにしていたな。
私がアイドルとして行っていた歌やダンスは人類でも鍛え上げれば出来る範囲に収めているので、やろうと思えば同じ事は出来る筈だ。
友人達も「出来る人は現れるかも知れないね、多分……」と言っていたからな。
無理だとは思っていない様なので問題無いと思う。
そんな数ある投稿動画の中で私の目を引いたのは、二次元のキャラクターを使って動画を投稿している者達だ。
彼女達の事が何一つ分からなかった私は、飲み物を用意していたメイドに尋ねる。
すると、すぐにそういった事に詳しいメイドを連れて来てくれた。
彼女の話を聞いた所、彼女達はイラストや3Dモデルの仮想キャラクターを自分の分身として使用し活動する「バーチャルニュウチューバー」と呼ばれる者達で、一般的には「ブイチュバー」と呼ばれている様だ。
その際、明らかに男性のブイチュバーが少ない事をメイドに聞いてみると「ブイチューバー業界は女性が主流で、男性はあまりいません」という答えが返って来た。
更に、3Dモデルが人の様に動いている事についても聞いた。
専用の機器を使用し、演じる人間の動きに連動させてキャラクターを動かしているという。
アイドルの時に特徴的な服を着てキャラクターを動かした事があるが……あれと似た様な物だろうか。
色々と聞いた後、私は飲み物を一口飲む。
正面には色々と説明をしてくれたメイドが姿勢を正して座っている。
話を聞きたいので座って貰っているが、普段の彼女達はこうして私と座る事は殆ど無い。
「大体聞いたが、まだ聞きたい事がある」
私は飲み物を置くとメイドに問いかける。
「はい、何でしょうか?」
「彼女達が自分自身では無く、キャラクターを使っているのは何故なんだ?」
「私の考えになりますが……良いでしょうか?」
「良いぞ、是非教えて欲しい」
「では……まず、容姿が良い仮想キャラクターの方が受けが良い事が多いからです」
「容姿か……今なら理解出来る」
アイドルになった時に外見が人類に与える影響の大きさを知ったからな。
「他には……年齢を秘匿出来る、顔を出さないので本人に様々な被害が及びにくい、緊張が抑えられ大胆になれる、などの利点がありますね」
「年齢、被害、緊張か……」
年齢と被害の事は良く分からないが、今までに見て来た新人アイドル達が緊張から失敗している様子は幾度も見ている。
彩も最初は緊張から失敗していたからな、それを抑えられるという訳か。
「後は……大胆になる事で本人の個性が出しやすい事でしょうか」
「匿名性の高さが本人らしさを表に出しやすくしているという事か?」
「はい、私が思いつく大まかな利点はこの位ですね」
「まとめると……年齢や容姿に不安のある者達の問題を解消し、動画を公開する上で起こりうる問題の対策も出来る。更に本人の実力も発揮しやすくなる、という事で良いか?」
「年齢や容姿については必ずしもそうだとは言えませんね、単純に顔を出したくない場合もありますので」
彼女は私の言葉に訂正を入れる。
「そうか」
「他は大体仰る通りだと思います」
「他に何か情報はあるか?何でも構わない、知っている事を話してくれ」
私がそう言うと、彼女は語り出した。
「かしこまりました、では私が知っている事をお話いたします。……後にバーチャルニュウチューバーと呼ばれる存在の先駆けが現れたのは2030年の事で……」
「熱くなって話しすぎてしまいました……申し訳ありません……」
バーチャルニュウチューバーの歴史の様な物を話してくれたメイドが、目の前で身を縮めている。
「気にするな、話してくれてありがとう」
バーチャルニュウチューバーの先駆けである「バーチャルアイドル」が生まれた原因は私だったのか。
彼女の話では「現実の女性ではクレリアを超える事は不可能」と考えたある女性が「これなら勝ち目があるかも知れない」と考えて行った事だったらしい。
その女性は既に引退し現在はどうしているか分からないらしいが、彼女が切り開いた道を今も歩き続ける者達がいる。
それが、現在数多くいるバーチャルニュウチューバー達だ。
様々な分野の数字を見ると、現在も誰一人私に届いておらず、彼女の目的は今も達成されていないらしいが……バーチャルニュウチューバーという新しい存在が生まれるきっかけを作ったその女性の発想と行動は称賛に値すると思う。
「お前は随分詳しく知っていた様だが、今話してくれた事は人類にとっては常識なのか?」
そう尋ねるとメイドは首を横に振り、答える。
「いえ……私が知っているのは好きだからで、間違い無く一般的とは言えないと思います」
「そうか」
色々と話を聞く事が出来た、そろそろ彼女を解放しようか。
そう思っていると、彼女が口を開いた。
「あの……お嬢様はブイチューバーに興味がおありなんですか?」
彼女そう言いながら、何処か期待したような表情で私を見る。
興味か……。
「それなりにあるな。ああいった動画や放送は私と相性が良い様だ」
あくまでも見る側での話だが。
「では……その……お嬢様に提案して良い事では無いと思いますが……あの……」
彼女は言いにくそうに口ごもる。
「何だ?聞くだけなら聞くぞ?言ってみろ」
私がそう促すと、意を決した様に彼女は叫んだ。
「……私と一緒に放送に出て頂けませんか?」
「私がか?」
「はい、可能でしたら是非」
自宅のメイドに出る側に誘われる……今までに無かった事だな。
……ん?
という事は……。
「お前はブイチューバーなのか?」
「恥ずかしながら……天津 凪(あまつ なぎ)という名前で、バーチャルニュウチューバーとして細々と活動をしております」
自宅のメイドの中にバーチャルニュウチューバーがいた様だ。
ただ、名前に聞き覚えが無い。
色々と見ていた時もその名前は無かった。
恐らく、あまり人気がある方では無いのだろう。
「そういった事を禁止した覚えは無いからな。この家の情報を洩らさなければ自由時間に何をしていようと構わない」
「カミラ様からは『情報漏洩が無ければ構わない』と言われております」
「気を付けろよ?場合によってはかなり厳しい処分を受ける事になる」
カミラが許すとは思えないし、私も許す気は無いからな。
「はい、心得ております。危険な情報を漏らさないのはブイチューバーとしての常識ですので、今の所は問題御座いません」
「そうか」
私がそう答えると、彼女はこちらをうかがう様に言う。
「それで、お嬢様……先程のお話は……」
一緒に出るという話か。
「良いぞ」
その言葉を聞いた彼女は一瞬動きを止め、やがて表情が驚きへと変わって行く。
「ほ、本当ですか!?ありがとうございます!」
興味が無かった訳では無いし、嫌な訳でも無いからな。
私がアイドルのクレリアだと知られる可能性もあるが、引退して既に10年以上が過ぎている。
現在なら声だけでアイドルのクレリアだと気付かれる事も恐らく無いだろう。
もし知られた場合、彼女の放送に問題が起こるかも知れないが……東京の自宅に居るメイド達は私がアイドルだった事を知っている。
彼女はそれを承知で誘って来た、つまりその辺りも想定している筈だ。
まあ……例えしていなくとも彼女に罪は無い。
私が共に居る以上、問題にはされないのだから。
「私はお前の隣で見ているだけで、あまり話さないかもしれないが……それでも良いのか?」
「十分です。あっ、でも……時々当たり障りの無い話を振るので、出来れば答えて頂ければ……」
「分かった。答えない事もあると思うが、出来るだけ答えよう」
申し訳なさそうに話す彼女にそう言うと、彼女は笑顔を浮かべて「ありがとうございます!」と礼を言った。
書いている内に主人公が放送に出る事になりました。
出来るだけ違和感なくブイチューバーに興味を持って貰って、そちらの話を軽くでも書きたいです。