天津 凪(あまつ なぎ)。
主人公の自宅のメイドである嵐山 風香(あらしやま ふうか)のバーチャルニュウチューバーとしてのアバター。
凪が侍を殺し初回の配信が終わった後、私は風香の部屋でくつろいでいる。
「風香、メイド仲間に出演を頼んだ事は無いのか?」
私は正面に座る風香に、ふと思った事を尋ねた。
「一度は頼みました。ですが……生配信で失言をしてしまうと、必死に努力して勝ち取ったこの屋敷のメイドという立場を失う可能性がありますからね。そんな危険を冒してまで出てくれる仲間はいませんでしたね」
ふむ……私の屋敷に居るメイドが失言をするとは思えないが、危険が伴う行動を避けるのは知的生物としては一般的な反応だろうな。
「そうか」
「無理強いはしていませんし、仲間達におもう所もありませんのでご安心を。私も相手の立場であれば断っていると思います」
現在は配信時の勢いが無くなり、屋敷のメイドの風香になっている。
「雇い主にも等しい私に声をかけたのは何故だ?」
「お嬢様は色々と予想出来ない方だと聞いていましたので……もしかしたら、と思いまして」
微笑んで彼女はそう答えた。
「なるほど」
「流石に実際にお誘いするのはかなりの思い切りが必要でしたが、お嬢様が話す様に促して下さったので助かりました」
彼女は胸元に手を置きながら静かに息を吐く。
「私は大抵の場合、聞くだけは聞くぞ?」
「分かっていてもお嬢様を誘うのは覚悟が必要でした。それに、内心では十中八九断られると思っていましたし……駄目で元々でお誘いしたのです」
「僅かな可能性であったとしても、時には上手く行く事もある」
人類の中で、僅かな可能性にかけて実際に努力し行動が出来る者はそう多くないだろう。
多くの場合、「どうせ上手く行かない」と諦めるのではないだろうか。
「とても楽しかったです。お嬢様……また、出て頂けますか?」
「良いぞ」
「ありがとうございます……!」
再び出演する事を約束すると、彼女は控えめに歓喜を現した。
【バーチャルニュウチューバー情報交換掲示板】
1:匿名の名無し
皆からの報告を待ってるよ!
どんどん情報を共有しよう!
2:匿名の名無し
昨日見たブイチュバーの配信に来てたゲストが凄かったよ。
一年以上やってる個人勢。
切り抜きと生配信アーカイブのリンク貼っとく。
「nyutube/XXXXX-XXX」切り抜き
「nyutube/XXXXX-XXX」生放送
3:匿名の名無し
見てみるわ
4:匿名の名無し
俺も見てみよ
5:匿名の名無し
生配信見てたけど、マジで凄かった。
6:匿名の名無し
俺も見てた
普段見てなくて、たまたま見ただけなんだけど幸運だったわ
7:匿名の名無し
今切り抜き見てるけど、何だこのお嬢様……すげぇ。
8:匿名の名無し
これって相手の攻撃にタイミング合わせて弾くんだったよな?
いくら序盤でも初見で出来る事じゃないだろ。
9:匿名の名無し
見てから反応出来るってなんだよ……バトル漫画ですかね?
10:匿名の名無し
発売したばかりのゲームだから、練習してるとは思えないしなぁ……
11:匿名の名無し
練習してても一日でここまではいかないだろ……
12:匿名の名無し
彼女の言葉を信じるなら能力に任せたごり押しという事になるんだけど……出来るもんなのか?
13:匿名の名無し
実際にお嬢様がやってるし、出来るんだろ
14:匿名の名無し
この子……天津凪だけど。
前にちょっと見た事あるけどお嬢様がいた方がずっといいね。
生き生きしてる様に見える。
15:匿名の名無し
ソロだと実力が発揮できないタイプだったのか
16:匿名の名無し
多分だけど、このお嬢様だからじゃないかな?
何と言うか……彼女の言葉使いや態度がお嬢様に対しては本気に感じるんだよ。
主従って言うのもただの設定じゃないかも知れない。
17:匿名の名無し
天津 凪の中身が本当に良い所のメイドで、本物のお嬢様と配信してるって事?
18:匿名の名無し
それは無いわ
19:匿名の名無し
本当かも知れないだろ!?夢をもとうぜ!
20:匿名の名無し
俺はなぎちゃんがいつもと違ってプロっぽい感じだと思ったんだけど。
21:匿名の名無し
何でそう思ったの?
22:匿名の名無し
俺はよくメイド喫茶に行くんだけど、アキバとかにあるメイド喫茶のメイドと明らかに違うんだよ。
確かに色々とメイドらしくない所もあるけど、それはプライベートだからなんじゃないか?
その証拠に、お嬢様に対して時々見せる言葉使いは穏やかで必要以上に主張せず、敬意がこもった言葉に聞こえる。
そっちが本当のなぎちゃんだと思うんだが……。
何と言うか……「選ばれた一流のプロフェッショナル」のように感じるんだよな。
23:匿名の名無し
めっちゃ語ってて草
24:匿名の名無し
正体なんてどうでもいいよ。
面白ければ見る、つまらなければ見ない、それだけ。
25:匿名の名無し
まあ、下手に探って辞める事になったりしたらお互いに良い事無いしな
26:匿名の名無し
彼女達の方から言うなら良いけど、俺達からそういうのはやめておくのが礼儀だろ?
27:匿名の名無し
でも気になる
28:匿名の名無し
気持ちは分かる
あれから私は風香の家に訪れるようになった。
彼女はほぼ毎日何かしらの生配信をしているが、私が出るかはその時の気分次第だ。
同じ部屋に居ても全く話さず、ただ見ているだけの場合もある。
今日は凪がプレイしている「白狼」の第三回目を行うという。
「こんばんは!完璧メイドの天津 凪です!今日は白狼の第三回をやって行きます!」
:こんばんは!
:切り抜き見てきました、今日はお嬢様は居ないんですか?
:果たして今回であのボスを倒せるのか……
次々にコメントが流れて行く。
今日の配信準備中に、風香が以前より配信を見に来る人数が増えたと言っていたな。
「前回はボスまで行きましたが時間切れでしたね。後、お嬢様はいつも私と同じ部屋に居ますが、参加するかはお嬢様の気分次第です」
:いるのかw
:お嬢様!メイドを助けてあげて!
:でも、お嬢様が蹴散らしてもなぎちゃんは結局自分で倒すまでやるんでしょ?
:スーパープレイを見せてくれー
「お嬢様が見守ってくれているので、今日も気合入れてやりますよ!」
:下手するとクビだしな
:ポンコツメイドを優しい目で見守るお嬢様
「ゲームが下手なだけでクビにはなりません!さて……ボスに行こうと思っていたんですが、前回の配信中に取り逃している物があると指摘されていたので、それを先に取りに行こうと思います。ボス戦が楽になるかも知れませんからね」
:そういえば取り逃してたね
:勝つために準備を整えよう
そう話しながらマップを移動していくが、道中の谷を越えようとジャンプした所で狙撃され、谷底に落ちた。
「うわぁぁぁぁ!?」
凪が落ちて行くキャラを見て叫んだ。
:お見事!
:えぇ……前回平気だったやん……
:(お嬢様からの無言の圧力)
圧力などかけていない。
「何でお嬢様が居る時に当てて来るんですか!?」
そう言いながら再び同じルートを進み始める凪。
:敵「お嬢様が見てるんで……」
:草
:敵もお嬢様の前で良い所を見せたいのかよw
「もう失敗はしません!」
そう言った彼女はその後、失敗する事無く取り逃していたアイテムを集める。
:これは出来るメイド
:有言実行!
:沼らなくて良かったね
「よーし!じゃあボス戦行きますよ!」
一度セーブポイントに戻った凪は、先程とは違う道を進んで行く。
少し進むと広い場所に到着し、横の崖から馬に乗った侍が現れた。
「まずは馬!」
多少の被弾はあったが、馬を倒す彼女。
:おお!馬やれた!
:ここまでは前回の終わりに行けてたな
:腕がなまって無くて良かった
「ここからが本番です!」
そう言って挑んだが……まだ攻撃パターンや弾くタイミングが分かっていない様で、動きが悪い。
「あっ……」
私がそう思っている間に凪はあっけなく敗北した。
:全然持たなかったw
:ドンマイ!
:新しい敵が出る度にこうやって死に覚えするゲームだから……
「まだまだこれからですよ!」
そう言って気合を入れる凪は、再びボスの元へと向かった。
「あぁあー!勝てない……」
それから三時間後。
少しづつ上達はしているが、どうしても止めを刺す事が出来ずに惜敗が続いていた。
:さっきのはマジで凹みそう
:あと少しで止めだったのにな
:これ、お嬢様も同じ部屋で見てるんだよな?
:三時間メイドの頑張りを見守り続けるって……お嬢様優しすぎない?
「凪、助言は必要か?」
私は凪にそう問いかける。
:うおぉ!?
:お嬢様が動いた!
:これで勝てる!
私が一言話しただけでコメントが増えたな。
「お願いします、お嬢様。勝てるのなら何でもやりますよ」
:なんでも?
:今何でもって言った?
:まず上着を脱ぎます
:脱がそうとすんなw
「では助言をしよう。お前が対応出来ていない敵の薙ぎ払いと突きだが、予備動作が僅かに違う」
:マジで!?
:どこが?
「……違いましたか?」
「違う。武器を構える所までは同じだが、突きの時はその後に腰が僅かに落ちる」
「確認してみましょう」
彼女はそう言うと再びボスの元へ移動し始める。
:違ったっけ?
:同じに見えたけど……
:俺も確認してみよ
それから彼女はボスと戦闘を開始したが、攻撃はせずに回避と防御に専念し、動きだけを見ていた。
そして、しばらく見ていると声を上げる。
「あっ!?分かりました!確かに落ちてます!……一瞬ですけど」
:見えた!見えたけど気がつくかこんなもん!
:お嬢様に言われなかったら意図的だと気が付かないぞ……
:ホントに一瞬じゃねぇか!?見間違いかと思うわ!
:作った奴気がつかせる気無いだろw
:これ画質悪かったら配信画面じゃ分からなかったな
気がついた視聴者達のコメントが流れて行く。
「お嬢様、いつから気がついていたんですか?」
「最初に薙ぎ払いと突きを見た時だ」
「……お嬢様ですからそういう事もありますよね」
そう言いながらも、彼女の表情は驚いている。
:うそやろお嬢!?
:それって、一度見ただけで気がついたって事か……?
:お嬢様はこのゲームは速度が遅いって言ってたし、それだけの動体視力があれば普通に分かるのか……?
「これで被弾は減り、攻撃する機会も増える筈だ。惜敗していた今の状態なら問題無く勝てるだろう」
「はい!これなら余裕で行けます!」
彼女は改めてボスへと挑んだ。