午前中は千穂の家に行き、午後を娘達と過ごした私は、夕食後に風香の自宅を訪れた。
「いらっしゃいませ、お嬢様」
私服のまま、風香がメイドとして迎えてくれた。
「今更だが、今はお前の自由時間だ。もっと言動を崩しても構わないぞ」
「私はこれが普通なので。ただ……凪がかつての私である事は間違い無いですね」
そんな会話をしながら、配信を行う部屋へと移動する。
「配信の準備は出来ていますが、時間までもう少しお待ち下さいね」
部屋に入ると、彼女はそう言いながら紅茶を入れる。
「分かった。では紅茶を楽しませて貰おう」
私がゆっくり紅茶を飲んでいる内に、配信の時間がやって来た。
「こんばんはー!完璧メイドの天津 凪です!」
彼女がいつもの挨拶を行う。
:雑談来たー
:お嬢様、ご機嫌麗しゅう
:こんばんわ!
「お嬢様は現在紅茶を楽しんでおられますので、もうしばらくお待ちください」
:お嬢様だし、紅茶は飲むよな
:俺達だって紅茶は飲むだろw
:間違い無く値段が違う
:今お嬢様が飲んでるのっていくらするんだろ?
「現在、お嬢様が飲んでいるのは英国製の『ウッド・ルージュ』という品ですね。お値段は……大体ティーカップ一杯で2万円程でしょうか」
凪はコメントを拾い、答えている。
:はあ!?一杯2万!?
:なんだその値段!?
:マジのお嬢様やん……
:そんな紅茶あるんか……
:口紅かと思った
「似たような名前の口紅もありますが別物です。それと、この紅茶は値段的に言えば最高という訳ではありません」
:まだ上があるのかよw
:お嬢様ならそっちを飲めるんじゃないの?
「一度お飲みになられましたが、こちらの方が好みだったようです」
:あー……好みか
:それは当然あるよな
:高ければ誰にでも美味しいって訳では無いか
:ちなみに一番高いのはいくらだったの?
「そうですね、お嬢様の好みに合った物がこれだったという訳です。値段は二千円ほどの差です」
:あんま変わんなくて草
:二千円はもう誤差だろw
「どちらも最高級品である事は間違いありません。この紅茶は市販品ですが……物によってはお嬢様の為に専属のプロを雇って生産していますので、皆さんでは手に入らない物も間違い無く存在すると思います」
:は!?お嬢様の為だけに作ってんの!?
:想像の万倍金持ちでそうでビビってる……
:お父さんは石油王かな?
:もしかして月下の親族?
:確かに月下の関係者ならそれぐらいやりそうw
内容から推察されているが、反応しなければ簡単に気付かれる事は無いだろう。
私は紅茶を飲み終え、風香の隣へと移動する。
「お嬢様が紅茶を飲み終わりましたね」
:お!
:二人への質問タイムだ!
:お嬢様もだけど、なぎちゃんにも聞きたい事が増えたぜ
「まずは事前に募集していた物を見て行き、その後コメントの質問を拾って答えて行きたいと思いますが……私が確認し、問題のある質問は読まれる事無くその場でゴミ箱行きとなります」
:やばい捨てられるかもしれん
:何書いたんだよw
:センシティブな質問ですかね
:アウトー!
……センシティブ?
そのまま捉えれば敏感な質問、神経質な質問といった感じだろうが……どういう事だ?
「凪、センシティブな質問とは何だ?」
「えっ!?」
私の質問を聞いた彼女が突然声を上げた。
:拾っちゃったよw
:何やってんだよお嬢!?
:メイドの努力を無にするお嬢様w
:えっちぃ質問やぞ
「……それはあまり大っぴらに口に出来ない様な内容の事を指す、ブイチュバー内での隠語の様な物です。具体的には性的な事柄や、それに類する物、そういった物を想像出来る様な内容の質問の事です」
:なぎちゃんも普通に説明したw
:いきなり不味い事になったぞ!?
:ほら、知らないと危ないかも知れないから……教育だよ、教育
:滅茶苦茶教育に良くない内容なんですがw
「つまり、人間が性的に興奮するような物をそう呼称し、出来るだけ無関係な者達に知られないようにしている訳か。なるほど、……確かに機密保持には有効だな」
全く関係の無い言葉に関係者だけにしか分からない別の意味を持たせる事は、人類の歴史でもよくある事だ。
:何かお嬢様が感心してるんだけど……
:全く恥じらいが感じられない声ですね
:実は結構年行ってる?
:声は若くて可愛いけど、声優も実年齢はアレでも声は可愛いもんな
:アレって言うなよ!
「答えても構わないが、私はそういった事に一切興味が無い。たいした答えは返せないだろう」
:お嬢様はそういう事に興味が無いってマジ?
:恥ずかしがるお嬢の声が聞きたかったのに
「それはともかく……お嬢様が気にしておられないので今回は見逃しますが……皆さん、前回私が言った事を聞いていましたか?」
突然低い声を出す風香。
ふむ……多少怒っているな。
:やばいマジギレだ!
:すいませんでした!
:ごめんなさい!
:でもお嬢全然平気そう
:駄目な事でもお嬢様が良いと言えば良くなるからな
:なぎちゃん的には不安だったんだろうけど、全然平気そうだよね
「こちらでお嬢様の目に触れない様にしようと思っていたのですが……」
そう言って軽くため息を吐く彼女。
:何か疲れてるw
:お嬢様が拾っちゃったからw
:コメントは見えるから仕方ないね!
「では気を取り直してお嬢様への質問を読んでいきます……『好きな食べ物、好きな飲み物、嫌いな食べ物は何ですか?』だそうです」
:好き嫌いは基本
:当たり障りが無いって言ったらこの辺りは当然だよな
「好きな食べ物は家族が作る料理、好きな飲み物は牛乳だ。嫌いな食べ物は特に無い」
味が悪くても、美味いと感じないだけで嫌いという程では無いからな。
:牛乳w
:最近牛乳好きな子供減ってるらしいけどお嬢は好きなんだな
:家族の料理が一番とか良い子過ぎやろ
:成長に必要だから……色々とね?
:嫌いな物無いんか、健康的だな
「次は……『身長、体重を教えて下さい』との事です」
アイドルであった頃もこんな質問をされた覚えがあるな。
「身長は約130㎝だ。体重は……そう言えば最近確認していないな、だが記憶では30㎏程度だった筈だ」
変更する事も可能だが、言う気は無い。
:ロリお嬢様来たー!?
:本当だったら最高だな!
:お子様じゃねぇか……良いね!
:超人強気ロリ美少女お嬢様……属性盛り過ぎじゃね?
「では次の質問に……」
そう言いかけて風香は一瞬動きを止め、何か作業をし始めた。
そして再び口を開く。
「では次の質問に行きます」
:今の誰か捨てられただろw
:無言で捨てられたw
「『素晴らしい動体視力と反射神経をお持ちのお嬢様ですが、運動は得意なんでしょうか?』という質問です」
「身体能力を使用する物であれば、スポーツ、ゲーム問わず得意だと言えると思う」
:能力によるごり押しだと……!?
:でも身長と体重から推測すると、お嬢まだ10歳前後でしょ?同年代よりは多少上って感じかな?
:同年代より多少上程度であの白狼のプレイが出来るとは思えないんだよなぁ……
:あっ……確かに
:じゃあ……どういう事……?
:超人なんだよ(白目)
:激ムズゲーで無双する美幼女が居るらしい
:じゃあ苦手な事は何だろう?
「お嬢様、『苦手な事は何か』という質問がありますが……何かありますか?」
風香がコメントの質問を拾う。
「恋愛関係は苦手……と言うよりも理解出来ない。後、これは苦手とは少し違うかもしれないが……大きく運が絡んだり、システムに縛られている物に対しては基本的に実力が発揮出来ないと思う」
:娘に恋愛はまだ早い!
:パパは許さないぞ!
:お嬢様はメイドと結婚するんだろ?
:運か……ボードゲーム系かな?
:お父さんが湧いてて草
:百合なら構わないぜ!
:ゲームは全部システムに縛られてるよな?
:目に見えない物が苦手って事じゃない?システム上居る事が分からなかったり、透明だったり
:本人が早く気づいて早く動けたとしても、キャラの動くスピードとかは限界が決まってるじゃん?
:何となく分かった
:流石にお嬢もシステムには勝てないか
「さて次は……これは私に対する質問ですね」
「凪に対する質問か、では私が読もう」
「ありがとうございます」
私は表示された質問へ目を向ける。
「読むぞ?『なぎちゃんは本当に本物のメイドなんでしょうか?』だそうだ」
「今まで誰も信じてくれませんでしたからね。最初から言っていますが、私は本物のメイドです」
「完璧では無いが、彼女が優秀なメイドである事は私が保証しよう」
この環境で証明する事は難しいが、事実だからな。
:完璧をお嬢様に否定されたw
:でもお嬢様にお墨付きを貰う程に優秀なのか
:メイド(妄想)ではなかったというのか……?
:配信を見ているだけだとポンコツ風味だけど、本当は優秀だったのか……
「私が現在も此処に居る事が証拠と言えますね」
「そういう事だな」
:ん?どゆこと?
:あれだ、駄目だと解雇されるんじゃね?
:ああ、なるほど
:お嬢の所でメイドとして働いている事、それ自体が優秀である証拠って事か
「コメントにありましたが、その通りです。この屋敷でメイドとして働くには相応の能力を求められますので、ここにいる時点でその基準以上の能力があるという証明になります」
流れるコメントに返事をする風香。
その後は質問コーナーを終了して、彼女が雑談を始める。
時々私も口を挟みつつ時間は過ぎ、約一時間半で配信は終了した。