少女(仮)の生活   作:YUKIもと

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091-04

 私にメールが来たのは、寝る為にPCをシャットダウンしようとした時だった。

 

 「ん?……仕事の依頼だわ」

 

 そう呟いて席に座る。

 

 これは寝る前に読んでおいた方が良いわね。

 

 私はメールを開き内容を確認する。

 

 仕事の内容は、ブイライブからデビューする新しいバーチャルニュウチューバーのキャラクターデザインだった。

 

 ブイライブさんにはお世話になってるし……あと一つくらいなら仕事を入れても余裕はある。

 

 断るという選択肢は無いわね。

 

 更に読んでいくと、デザインの要望が書いてある。

 

 なるほど……私にこの依頼が来た理由が分かったわ

 

 そこには「服装はゴスロリ風の服で、容姿はアイドルのクレリアに可能な限り似せて欲しい」と書いてあった。 

 

 ……若い頃に色々とあって引きこもっていた時は辛かったけど「ペンだ子」という名前で仕事を始めて、それなりに人気を得られた。

 

 その切っ掛けになったのは彼女……クレリアさんだ。

 

 彼女を知った事で私は立ち上がり、前を向く事が出来た。

 

 彼女の魅力を絵にしてみたい。

 

 私にとって彼女は自分を救ってくれた恩人で、私の書くキャラクター達の原点だ。

 

 今の私にどれだけ出来るかは分からないけど、彼女に可能な限り似せろと言うのなら……やってみよう。

 

 「あ……」

 

 やる気に燃えていた私だが、ふとある事が思い浮かんだ。

 

 私が全力で描いた……彼女に似せたキャラクターを、どこの誰とも知らない相手に使わせる……?

 

 ……それは、駄目だ。

 

 この仕事がそういう物である事は分かっているけど……それでも……駄目。

 

 人に会うのはあまり好きでは無いけど……どんな人が使うのか知りたい。

 

 場合によっては断る事も視野に入れ無くてはいけないかも……。

 

 私はしばらく考えた後、ブイライブさんに「可能であれば、演者さんに会ってから判断させて欲しい」という旨のメールを送った。

 

 数日後、「会えるそうです、場所はブイライブ本社でお願いします。お時間はペンだ子さんが決めて下さい」という返事が来た。

 

 

 

 

 

 

 ブイライブにキャラクター案と設定を送ってから数日後、再びブイライブから連絡があった。

 

 話を聞くと、私の使用するキャラクターデザインに一番向いているイラストレーターに仕事を依頼したのだが、そのイラストレーターが「自分がデザインしたキャラクターを誰が使うのか確認してから判断したい」と言って来たそうだ。

 

 「私は構わないが、ブイライブとしてはどうなんだ?」

 

 今回の事に関わる人間にはアイドルをしていた事を隠さない気で居る。

 

 会うという事はそのイラストレーターに知られるという事だ、

 

 「こちらとしては問題ありません。長い付き合いのあるイラストレーターさんですし、そういった事を洩らすような人物では無いので」

 

 「そうか、では会おう」

 

 私のアバターをデザインしてくれる……かも知れない相手だ、一度くらいは挨拶しておこう。

 

 「分かりました。きっと大喜びするでしょうね、下手をすると気絶するかもしれません」

 

 「どういう事だ?」

 

 「そのイラストレーターさん、我々以上にクレリアさんの大ファンなんですよ」

 

 「なるほど」

 

 

 

 

 

 

 それから僅か二日後、私はそのイラストレーターに会う為にブイライブ本社にやって来た。

 

 相手は大分前に到着しているらしく、既に部屋に居るという。

 

 ブイライブの社員に先導され、視線を浴びながら社内を進む。

 

 「演者の方がいらっしゃいました、入りますよ」

 

 やがて扉の前に辿り着くと、ブイライブの社員がそう言って扉をノックする。

 

 すると、中から返事が聞こえた。

 

 「中へどうぞ、お話が終わったら連絡をして下さい」

 

 そう言われ中に入ると……黒い短髪の、線が細い印象を受ける男が座っていた。

 

 入って来た私を見た彼は、目を大きく見開き、口を開けて固まっている。

 

 そういえば、クレリアの大ファンだと言っていたな。

 

 固まっている彼を横目に、私は部屋の中を歩き対面のソファに座る。

 

 「始めまして、私が演者を務めるクレリアだ」

 

 まだ同じ姿で固まっている彼に声をかけるが……返事が無い。

 

 そのまましばらく反応を待っていると、彼は深呼吸をしてから口を開いた。

 

 「わ……僕は豊田 優希(とよだ ゆうき)と……も、申します……『ペンだ子』という名前でイラストを描いたり、キャラクターデザインを……し、しています」

 

 「今回は実際に演者を見て引き受けるかを判断すると聞いている」

 

 「う……あ、あの……」

 

 彼は混乱していてまともに話せない様だ。

 

 私はそんな彼の姿を見ながら、違和感を感じていた。

 

 彼からは私を目にした男の多くが向けて来る感情を全く感じない。

 

 それだけなら今までにも存在したし、珍しくはあっても違和感を感じる事は無かっただろう。

 

 問題は、彼の動きに所々一般的な女性の動きが混じっている事だ。

 

 本人は隠そうとしているし、殆どの者は気が付かないだろうが……私には違いがよく分かる。

 

 更に言えば、彼から感じる感情は男が女を見た時の物では無く、女性が憧れの女性に会った時の物と非常によく似ていた。

 

 私は少しだけ深く彼を探る事にする。

 

 ……探ればすぐに分かった。

 

 予想はしていたが彼の心は女性で、恋愛対象は男性だ。

 

 しかし、体は間違い無く男性。

 

 つまり彼はトランスジェンダー、という事だな。

 

 現在はある程度割り切れている様だが、それでも私に知られたくは無いらしい。

 

 否定される事を恐れているのだろうか?

 

 体と心の性が異なる人類に会うのは初めてでは無いし、それで付き合い方を変える気も無いのだが……私がそう考えている事など彼には分からないからな。

 

 彼が隠したいのならば、話題にするのはやめておこう。

 

 

 

 

 

 

 それから私は彼が落ち着くまで会話を続けた。

 

 落ち着いた後の彼は、控えめながらも興奮して私から受けた影響を語る。

 

 ある事が理由でいじめられ引きこもっていた時、私に出会ったという。

 

 勇気を貰い、以前より前向きになれたと話している彼からは、喜びの感情が溢れている。

 

 しばらく会話をしていた私だが、そろそろ本来の目的を終えておこうと話を切り出した。

 

 「優希、先に仕事の話を終わらせておこう」

 

 「あ……」

 

 私がそう言うと、彼は思い出したように声を上げた。

 

 実際、私に言われるまで彼の頭からは消えていたな。

 

 「すいません!舞い上がってしまって……」

 

 頭を下げて謝る彼に私は声をかける。

 

 「気にしなくて良い。さて、私のアバターとなるキャラクターのデザインは引き受けて貰えるのだろうか?」

 

 「はい!絶対にやります!やらせてください!」

 

 前のめりになりながら叫ぶ彼。

 

 「では、頼んだ」

 

 「私の全力を尽くします!」

 

 話していた時は僕と言っていた筈だが……そこまで気が回らなくなっているのだろうな。

 

 その後ブイライブの社員に連絡し、無事に引き受けて貰った事を伝えた。

 

 彼はこのまま残ってブイライブ側と話し合いを行い、その後すぐにキャラクターデザインに取り掛かるらしい。

 

 その話を聞いた私はブイライブ本社を後にし、そのまま帰宅した。

 

 

 

 

 

 

 その後、私の初配信は12月12日に行われる事に決定した。

 

 二か月近くある準備期間の間に、風香から助言を貰う事にする。

 

 更にPCを配信に適した性能が高い物へと買い替え、必要な機器も揃える。

 

 PC周りは多少物が増えるだろうが、元々十分な広さがあるので問題は無いだろう。

 

 準備を整えたら配信テストも行わないとな。

 

 

 

 

 

 

 特に大きな出来事も無く時は過ぎ、初配信まで後10日となった12月2日。

 

 この日、私は自宅の配信部屋でこれから使う事になるアバターを改めて確認していた。

 

 モニター内では、黒と赤が使用されたゴスロリ服を着た、長い黒髪の少女が私の上半身の動きに連動して動いている。

 

 本来は表情も変わるらしいが、あまり私の表情が変わらないのでアバターである彼女は無表情だ。

 

 こういった技術も進化しているようで、以前では不可能だった口の動きや瞬きなども連動させているという。

 

 私はこれからこのアバターを使用し、バーチャルニュウチューバー「お嬢様」として活動する事になる訳だが、他にも同じ日にデビューするブイチューバーが三人居るという話を聞いている。

 

 同期と言われる者達だな。

 

 今日、その同期三人の情報がブイライブから送られて来る事になっている。

 

 ……来たな。

 

 予定の時間丁度に、ブイライブからメールが送られて来た。

 

 私はすぐにメールを開き、ブイライブから送られて来た三人の情報に目を通し始める。

 

 

 

 

 

 

 一人目は、猫目 ネム(ねこめ ねむ)。

 

 演者の本名はナタリア・チェルニショワ。

 

 19歳のロシア人女性。

 

 アバターは女性の猫獣人だ。

 

 髪は水色の短髪でパーカーとハーフパンツを着ている。

 

 猫に近い耳と尻尾があり、髪色と同じ水色の目の瞳孔は猫そのものだ。

 

 何となく魔法人類の獣人を思い出す姿だな。

 

 道端で寝ている所をスカウトされたという設定になっているようだ。

 

 後は……言語か。

 

 ロシア語はロシア人なので当然だが、日本語も分かるらしい。

 

 絶対に必要とは言わないが、日本を拠点にしてバーチャルニュウチューバーを行うのなら話せた方が良いだろうな。

 

 

 二人目は、白亜 テラノ(はくあ てらの)。

 

 演者の本名はベティ・オコンネル。

 

 20歳のアメリカ人女性。

 

 アバターは女性の恐竜人。

 

 髪型は金髪の……ウルフカットロング、という髪型だと思う。

 

 ……違うかもしれないな。

 

 彼女は腰のあたりから恐竜の様な太い尻尾が生え、目は金色で瞳孔は縦に割れている。

 

 更に、口には鋭い歯が生えている事が分かる。

 

 服装は黒の……これはボンデージというのだったか?

 

 私が着る事は無いだろうな。

 

 恐竜の遺伝子を組み込まれた女性、という設定らしいが、変わる可能性もあるようだ。

 

 他にも、肉食で野菜が嫌い、という設定も書いてある。

 

 彼女も日本語が話せる所を見ると、ブイライブ側が日本語を話せる者を選んだのかも知れないな。

 

 

 三人目は、神鳥 フジミ(かんどり ふじみ)。

 

 演者の本名は宮内 沙織(みやうち さおり)。

 

 19歳の日本人女性。

 

 アバターは赤髪のボブカットで、背中に羽、腰の辺りに炎の様な尾がある。

 

 目は鮮やかな赤色で、服装は赤を基調としたゆったりとした着物の様な物を着ている。

 

 ある古びた神社から信仰を得る為に表に出て来た、という設定らしい。

 

 彼女が話せるのは日本語のみだが、全員日本語が話せるので問題は無いな。

 

 

 私と同じブイライブ四期生となるこの三人とは、同期という事で色々と関わる事が多くなる予定らしい。

 

 そう考えた時、ふと現在交流を持っている友人が日本人のみである事に気がついた。

 

 日本の環境が気に入り、この国を中心に動いていたからだろうか。

 

 今まで色々な国の人間と友人になったが、日本人は他の国と比べると友人になりやすい気がする。

 

 そこまで考えた私は、メールに意識を戻し続きを読む。

 

 この三人は私と同じ日に配信を行う事になっているらしい。

 

 デビュー時間は被らないようにずらされていて、ネム、テラノ、フジミ、私の順番で配信が行われると書いてあるな。

 

 その他にも、三人との顔合わせはある程度音声通話や配信を通して仲を深めてから行う事など、細かな連絡も書かれていた。

 

 その後メールを全て読み終わった私は、メールを閉じてPCをシャットダウンした。

 

 


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