ダウンフォール3の配信と風香との配信を終えた私は、翌朝まで娘達と過ごした。
その後、朝食を終えた私が次の配信でプレイするゲームを決めようと調べていると、スマートフォンが震える。
私は相手を確認し、電話に出た。
「おはようございます。マネージャーの中里です」
電話をかけて来たのは私達4人のマネージャーである中里 瞳(なかざと ひとみ)だ。
「おはよう、用は何だ?」
「突然すいません。本社で今後の話をしたいのですが、都合の良い日を教えていただけませんか?」
「いつものように翌日でも問題無いし、急ぐのなら今からでも構わない」
「では……明日の13時頃で良いですか?」
私が即応出来る事を知っているブイライブは話が早いな。
「分かった」
「ではお待ちしています」
彼女の返事を聞き、私は通話を切った。
「わざわざ来ていただいてありがとうございます」
翌日、ブイライブ本社の応接室にやって来た私を瞳が迎えてくれた。
お互いに席に座ると、彼女が口を開く。
「早速ですが、『お嬢様はクレリアでは無いか?』という噂がネット上で少し話題になっているようです」
「風香の配信に出ていた時はそのような事は無かったが……今更何故話題になったんだ」
私はそう言うと、彼女は考え込む仕草を見せた。
「……これは私の予想ですが、凪さんの配信ではクレリアさんはあまり話していませんでしたよね?あちらの配信のアーカイブも見させていただきましたが、配信の殆どは凪さんによるゲームに対する反応や視聴者達との会話で占められていて、クレリアさんはその合間に時々口を挟む程度でした。その辺りに今まで気がつかれなかった原因があるのではないでしょうか?」
確かに風香のプレイを見たり手伝ったりしていたが……あまり話す事は無かった気がする。
「一人で配信する事で会話が増え、声に注目が集まりやすくなった……という事か?」
「はい。お嬢様の配信とアイドルのクレリアさんの声を比較して載せている所もあるので、十中八九声が原因でしょう。今の所はそっくりさんだと考えている者が多く、本当にクレリアさんだとは考えていないようです」
「別人だと思っているのならそのままにしておこう」
「現在でも世界的に有名な貴女が、ボイスチェンジャーを使わずに配信に出ている時点でいつかこうなる事は察していましたが……今はそっくりさんだと思われていますが、これからも配信を続ければ意外と早くバレると思いますよ?」
彼女は私の事が発覚した時の影響を考えているのだろう。
「予想よりかなり早いが、問題は無いな」
予想外の出来事も楽しみの一つだ。
「バレた時に何が起こるか不安ですが、貴女がそう言うのならやめろとは言えませんね。……さて、こちらとしてはクレリアさんだとバレてもあくまでも彼女は『お嬢様』であると主張し、誰であるかは明らかにしない、という方針なのですが……良いでしょうか?」
「構わない」
「……いいんですか?」
意外そうな表情をする彼女。
「『中の人など居ない』のだろう?」
「ぷっ……すいません、貴女からそんな言葉が出て来るとは思わなかった物で……」
私の言葉を聞いて俯き、軽く噴き出した彼女は、すぐに謝った。
何かおかしな事を言っただろうか?
そう思いながら私は話を続ける。
「凪から演者は表に出ない物だと聞いているからな、隠すつもりは無いが名乗りもしない。何を言われても『演者は不明』で通せば良いだろう」
「『演者は不明』ですと演者が居る事になりますので、『お嬢様はお嬢様である』という事にしようと思います」
……確かに。
「そうだな、その辺りはそちらの判断に任せよう」
「ありがとうございます。もし配信で視聴者達に尋ねられても、正直に答えない様にして下さいね?」
「分かった」
そこまで話すと瞳は私をじっと見つめる。
「どうした?」
私がそう問うと、彼女は少し沈黙した後で口を開いた。
「クレリアさんは凄いですよね……世界中から注目され、存命の内に教科書にまで載るなんて……普通ならばその重圧に潰されてしまうでしょう」
「そうか」
彼女は私に尊敬する様な眼差しを向けて言葉を続ける。
「並ぶ者のいない美貌、歌唱力、身体能力……そして精神力。私は今、二度と貴女のような女性が現れる事は無いと……本気で思っています」
「人類の歴史が続けばいつか同じような者が現れる可能性はある」
未来に現れるその「同じような者」がまた私である可能性も無いとは言えないが……どうなるかはその時の私次第だろう。
「それは一体いつになる事か……どちらにしても私が目にする事は無いでしょうね」
微笑みを浮かべながら、何処か寂しそうに話す彼女。
「教科書に関してはフラワープロダクション側の独断だが気にしてはいないし、契約違反という訳でも無い。そもそも、あれだけ世界中に顔と名前を売っておいて今更教科書に載る程度の事を気にすると思うか?」
「確かに……そうですね。それに、本当に駄目なら月下グループが動きますよね?」
彼女は納得した様な表情で頷き、こちらを見る。
「そうだな」
「世界中の多くの男子の初恋が貴女になるかも知れませんね」
軽い口調で言う瞳だが、かなり本気で言っている事が分かった。
「そういった事よりも先に落書きをされそうだ。友人が小、中学生の頃、よく教科書の人物写真に落書きをしていたからな」
特に、男子はかなりの確率で落書きをすると言っていた。
「親がファンだと怒られそうですね」
彼女はそう言って笑った後、仕切り直す様に真面目な表情を見せた。
「アイドルであったクレリアさんには今更言う事でも無いと思いますが……出来るだけ身の回りには気を付けて下さいね?」
「分かっている」
「行き過ぎたファンの中には、私達には理解出来ない理由で暴走する人達も居ますからね……過去には交際の噂が浮上したアイドルが殺された事件もありましたし」
「そのアイドルにとっては迷惑な話だな」
「加害者はそのアイドルの熱狂的なファンでした。噂もごく一部の掲示板での話で、そのような事実は無かったそうです……私はその話を聞いた時『ファン』とは一体何なのか考えてしまいましたよ……」
「特に気にした事は無いが、状況次第で敵になる事が分かっていれば問題は無いのではないか?」
「分かっていてもどうにもならない時の方が多い気がします。……クレリアさんは引退してかなり時間が経っていますが、それでもまだファンは世界中に居ます。重ねて言いますが、くれぐれも注意してくださいね?」
「注意しておこう」
彼女は私の身を案じて繰り返し言ってくれている様だが、現在の人類の実力では襲った者が行方不明になるだけだと思う。
その後、活動についての話し合いをしてから私は部屋を出た。
「クレリアさんって確か50歳だったわよね?本当にデビュー時と変わってない……美しいまま姿が変わらないのは……いえ、病気を羨ましいなんて不謹慎だわ」
去り際に瞳の独り言が聞こえる。
人類の女性の多くはいつまでも若く美しくありたいらしい。
年が明け、西暦2038年。
年末年始は毎年娘達と過ごす為、私は配信を行っていない。
娘達、そして友人達と過ごしている内に時は過ぎ、気が付けば一月も半ばに差し掛かっている。
そろそろ配信を再開しようかと考えていたある日、私はマネージャーから同期三人とクロスコードで会話をして欲しいと頼まれた。
通話に使用しているクロスコードはゲーマー向けのビデオ通話・音声通話フリーソフトウェアで、私も以前から使っている。
現在のゲームはこういったソフトウェアを使用する事が前提になっている物も多くなっているようだ。
今回の話を受けた時、マネージャーから「同期の3人はお嬢様がクレリアだと思っていない」と言っていた。
ブイライブ側はバレない様に気を遣っているが、確か3人の年齢は20歳前後だった筈。
アイドルのクレリアは彼女達から見れば過去の話だろうな。
そんな事を考えながら、私は配信を再開する準備をし始めた。