少女(仮)の生活   作:YUKIもと

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 この作品は不定期投稿です。





093-01

 

 三人との会話を終えた日の夜、マネージャーから電話がかかって来た。

 

 「お疲れ様です、マネージャーの中里です」

 

 「どうした?」

 

 私は配信部屋のソファに座りながら返事をする。

 

 「確認したい事がありまして」

 

 「今日の通話の事か?」

 

 私がそう言うと少し間が空く。

 

 「……分かりますか?」

 

 「気にしている事は分かる」

 

 相性が悪いと面倒な事になる可能性が高いからな。

 

 後々関係がどうなるかは分からないが、最初の雰囲気を確認しておきたいのだろう。

 

 「正解です……クレリアさんから見て皆さんの仲はどうでしたか?」

 

 「話を聞いていた限りでは打ち解けていた」

 

 「そうですか、安心しました」

 

 「現時点で分かるのはその程度だが、直接会えば更に詳しく分かると思う」

 

 会えばそれぞれが向けている感情を確認出来るからな。

 

 「それはある程度コラボ配信を行ってから……と考えていますが、その前に誰かが会いたいと言い出した時はこちらも考えます。会いたがる程には仲が良いとも考えられますから」

 

 「仲が良いと考える事も出来るが、中には悪意を押し殺してやって来る者も居る。よく見ておけよ?」

 

 私がアイドルであった頃にもそういった事が目的の者達が居た事を覚えている。

 

 「貴女が言うと重みが違いますね……」

 

 彼女の声が少し低くなる。

 

 「そういった事は何処でもよくあるらしいぞ?」

 

 「……クレリアさんにすり寄って来る人は多かったでしょうね」

 

 静かに言う彼女。

 

 「そのようだが、私が『人類史上最高のアイドル』と呼ばれ始める頃には無くなったらしい。プロデューサーとマネージャーがそう言っていた」

 

 「篠原京介さんと高野綾子さんですね。あのお二人はクレリアさんを支えた名プロデューサーと敏腕マネージャーとして業界では有名ですよ。後、声優の水瀬彩さんも……噂ではクレリアさんの引退後に色々とあったらしいですが」

 

 「私の事で面倒にならないように月下グループが動いた事は確かだ」

 

 引退した私の情報を聞き出そうとする連中から目を付けられていたからな。

 

 「噂は本当だったんですか?」

 

 「本当だ。あの三人は私の友人でもあるからな、すぐに対応した」

 

 「何かあってからでは遅いですからね」

 

 彼女は力強くそう言った。

 

 「話がそれてしまったな。話を戻すが……同期の三人と直接会うのはまだ先になる訳だな?」

 

 私がそう言うと、彼女はすぐに切り替えて話し始める。

 

 「はい、もう少し知名度と人気を得てから……具体的に言うと収益化などが通った後になると思います。その際、配信する前に顔合わせもして頂くつもりです」

 

 「そうか。では、同期以外とのコラボはどうなる?」

 

 知名度と人気を得る為にコラボは有効だと聞いている。

 

 私は気にしていないが彼女達には必要だろう。

 

 「確かに有効ですが、あまりにも人気や登録者数に差があると問題が起こりやすいですね。売名などと叩かれる事もありますので、登録者数に差があり過ぎる相手とは行わない方が無難だと思います」

 

 「なるほど」

 

 「人気ブイチュバーの皆さんは基本的にコラボには慎重なんですが、それには理由があるんです」

 

 「そうなのか?」

 

 「はい。『得にならない相手を無視している』などと言われる事もあるのですが……そういう訳では無く、下手に関わると相手が潰されてしまう可能性があるので関わらないんですよ」

 

 「以前に何かあったのか?」

 

 そう言うと少し間が空き、彼女が話し出す。

 

 「……私は当事者では無いので詳しい経緯は分からないのですが、人気ブイチュバーが新人に目をかけ過ぎ、目をかけられていた新人が批判を受けて引退した事があったそうです」

 

 「その程度の事はよくある事だろう?」

 

 「そうですね。それだけならよくある事でしたが、その新人が自殺してしまった事が問題でした」

 

 そういう事か。

 

 珍しい事では無い筈だが、現代の人類社会ではこういった事は大きく取り上げられるようだからな。

 

 「それで色々と考えるようになったのか?」

 

 「そうですね。でも……当時の記事を確認した限り、自殺するほど追い詰められていたとは思えないのですが……」

 

 「人類にも様々な者が居るからな。他者から見れば些細な問題でも、一部の人間には死を選ぶほどの問題である場合もあるだろう」

 

 「私は、死ぬ事は無かったのではないか……と思います」

 

 「表に出ていないだけで、何かされていた可能性もある」

 

 「……そうかも知れませんね」

 

 彼女は静かにそう答えた。

 

 今まで人類を見て感じていた事だが、彼等は問題が起きてから対策をする事が多い。

 

 その為、私の中では「被害を受けなければ動かない」という印象が強くなっている。

 

 だが、全てがそうという訳でも無く、中には事前に対策を進めている時もある。

 

 あるのだが……大抵の場合、様々な問題が足を引っ張り思うように出来ない事が多いらしいな。

 

 確か、魔法人類も初動や対策の遅れが滅びの一端を担っていたはずだ。

 

 私は人類と共に過ごした事で、ある程度人類の事を理解している……筈だ。

 

 現在の地球上で起きる多くの出来事は、人類でも取り返しがつく物が多い。

 

 その為、恐らく危機対策に金や人員を割く事を「無駄」だと感じているのだろう。

 

 そして、人類が無駄を省こうとする理由も察している。

 

 多くの資源は地球から出ない限り限界が存在していて、彼等はその限られた資源の使い道を慎重に選ばなければならない。

 

 起きる可能性が僅かしかない危機の対策に、限りある資源を使う訳にはいかないのだろう。

 

 その結果ある程度の人間が死んだとしても、元々数が多い上にすぐに増える為、全体からすれば被害など無いに等しい。

 

 以前も少し考えたと思うが、人類が魔素や魔力を知る事が出来れば新たな選択肢が多く生まれるはずだ。

 

 しかし、人類がそれを知る日は遠いかも知れない。

 

 何故なら、現在の人類は基本的にそういった物は空想の産物だと考えているからだ。

 

 誰かが極僅かでも魔法を使用し、存在を知れば研究が始まると思う。

 

 今の所はそのような事も無いようだが、出来れば魔力か魔素のどちらか、あるいは両方にたどり着いて欲しいと思っている。

 

 それが叶わなくとも、せめて科学力を高め宇宙には進出して欲しい所だが……人類の未来もどうなるかは分からない。

 

 多くの人類が気にする事の無い様々な小さな出来事の中に、人類では取り返しのつかない何かへの切っ掛けが混じっている可能性もある訳だからな。

 

 どの程度の確率かは分からないが「無い」とは言い切れないだろう。

 

 その時、人類はどうするのだろうか。

 

 気付くのか、気付かないのか、それともいつまでもその時が来る事無く過ごせるのか。

 

 どうなろうとも人類の先が楽しみである事は変わらないな。

 

 「もしもしクレリアさん……?聞こえていますか?もし誰かとコラボをする時は実行する前に必ず私に連絡してくださいよ?」

 

 「分かった、その時は連絡しよう」

 

 スマートフォン越しに聞こえる瞳の確認に、私は先程までの思考を中断して対応する。

 

 「クレリアさんはアイドルでしたから心配していませんが……他の三人はかなり心配です」

 

 他の三人の心配をする彼女、恐らくそういった経歴を持っていないのだろう。

 

 「期待を裏切ることになるが、私は京介と綾子が居なければあれ程上手く活動出来ていなかったと思うぞ?」

 

 人の世界に慣れていたとはいえ、私にはまだまだ知識が足りていなかった。

 

 アイドルとして、歌手として、人間として世界で活動するための注意点を教え、何かあった時に誤魔化してくれたのは京介と綾子だ。

 

 あの二人が居なければ、私はアイドルを続けられなかっただろう。

 

 「……え?」

 

 私の言葉に彼女から少し不安そうな声が漏れる。

 

 「不安そうな声を出すな。あの二人が教えてくれた注意事項を守っていればそう大きな問題は起こらない筈だ」

 

 「それは……問題自体は起こすって事ですか?」

 

 彼女はこちらをうかがう様な声色で問いかけて来た。

 

 「私は超越者という設定だからな、多少人類の常識が無い方が良いだろう?」

 

 「全部それで許される訳じゃないですからね!?何か私、凄く不安になって来たんですが……」

 

 瞳は突然声を大きくし、その後小さい声で不安を口にした。

 

 「当然、設定だからといって全てが許される訳では無いだろう。その辺りは分かっている」

 

 「分かっていなかったら大問題ですからね?」

 

 彼女の声は呆れを含んでいるような気がする。

 

 「いざとなればこちらで何とかする、お前が気にする必要は無い」

 

 「大事にならないようにして下さい」

 

 真面目な声でしっかり返事が返って来た。

 

 「私は意図的に問題を起こす気は無い」

 

 「それならいいで……いいのかな?」

 

 彼女は自問するように言う。

 

 「しかし、場合によっては相手が誰であろうと相応の報いを受けて貰う」

 

 大抵の事はどうでもいいが、実際に私の周囲に手を出したのなら話は別だからな。

 

 私の言葉の後、少しだけ無言の時間が流れ……やがて短く息を吐く音が聞こえた。

 

 「クレリアさんが本気になったら私達ではどうにも出来ないでしょうし……その時は諦めますよ……」

 

 瞳は言葉通り、諦めを滲ませた声を出している。

 

 「そうか」

 

 「ただし、それ以外の事は守って下さい。いいですね?」

 

 「出来る限りは守ろう」

 

 「はぁ……それでも良いです。お願いしますよ?」

 

 ため息を吐いた彼女は疲れた様な声を出す。

 

 先程「心配していない」と口にしていた彼女が、何度も念を押すように確認して来る。

 

 恐らく今の話で不安を感じたのだろう。

 

 「……様子を聞くだけのつもりが話し込んでしまいましたね。配信は規約に反しない限りこれからも自由にどうぞ、また連絡しますのでよろしくお願いします」

 

 彼女はそう言って話をまとめた。

 

 「分かった」

 

 「では、失礼します」

 

 私は通話を終えたスマートフォンを持ったまま配信用PCへ移動し、明日の配信の準備を始めた。

 

 

 


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