お嬢様の収益化とメンバーシップの解禁を祝う配信の翌日。
今日、私はベティとコラボ配信に関する打ち合わせをする事になっている。
配信後の会話中に同期の間でコラボ配信を行う事を決めた後、早速コラボに向けて話し合いたいと言われたからだ。
他の二人は「行動が早い」と驚いていたな。
待機したまま昨日の事を思い返していると、クロスコードの呼び出し音が鳴る。
「少し早いな」
「日本には五分前行動っていう言葉があるでしょ?」
クロスコードを繋いで言った私に、ベティは楽しそうに答えた。
「時間に余裕を持つ事は悪くないな」
「ふふ……じゃあ打ち合わせを始めましょうか」
「そうしよう」
こうして私達は配信の打ち合わせを始めた。
「じゃあ早速聞くけど、クレリアはコラボで何かやりたい事とかある?」
「特に無いな。ベティが何も考えつかないのなら私も考えるつもりだが、もし何か考えているのなら聞かせて欲しい」
「そう?じゃあ聞いて貰おうかしら……」
「考えがあるのか?」
「ええ、やろうと考えているゲームがあるのよ」
「そうか」
「マニオカートって言うレースゲームなんだけど、それで規定の回数レースをして総合得点が高い方が勝ち……と言うのはどうかしら?」
レースゲームか、ゲームをやり始めた頃にプレイしたが……それ以降はプレイしていないな。
「構わないぞ」
「あ、待って。まだ続きがあるの」
「何だ?」
「負けた方は罰ゲームとして激辛焼きそばを食べる事にしたいんだけど……大丈夫?」
それは私に対しては罰ゲームにならないな。
現在の人類が行える行動で、私に被害を出す事は恐らく不可能だろう。
原子爆弾の際は念の為に確かめたが、それも結局私達に何の影響も及ぼさなかった。
「私は問題無いが、そちらは問題無いのか?」
「辛い物は平気な方だから大丈夫よ。それに……駄目ならそれはそれで視聴者は喜びそうだし」
「そうか。では配信はマニオカートで罰ゲームありの勝負、という事で決定だな?」
〖ええ、問題無いわ〗
私の確認に、テラノは良い発音の英語で答えた。
ゲームを購入して配信出来る様にしておかなければならないな、侍女に準備を頼んでおこう。
私はテラノと会話しながら念話でカミラに連絡しておく。
「あ、聞くの忘れてた。お嬢様はゲームは持ってる?」
彼女がそう聞いて来た。
「持っていないがすぐに準備する」
「そんなに急がなくても良いわよ。準備出来るまで待つから、出来たら教えてね?」
「早ければ今夜からでも可能になるはずだ」
「ホントに?ギリギリになって『駄目でした』は困るわよ?」
訝し気な声を上げる彼女。
「それほど長く待たせる事は無いと思う」
こうして話している間にも準備が進んでいるからな。
『主様、マニオカートの配信準備が完了いたしました』
10分程ベティと打ち合わせをしていると、ヒトハから念話が来た。
『ありがとう。月に帰った時に何か礼をしよう』
『かしこまりました。お待ちしております』
その言葉を最後に念話が切れる。
「ベティ」
「ん?何よ?」
「準備が出来た、今からでも配信出来るぞ」
「えーと……どういう事?」
戸惑う様な声を返された。
説明しておくか。
「ゲームが決まったと同時に私が侍女に配信の用意を頼んでおいた。そしてつい先ほど準備が終わった、という事だ」
「侍女!?侍女が居るの!?」
「居るな」
「……何でバーチャルニュウチューバーになったの?そんな事しなくても食べて行けるんじゃない?」
理由を聞かれたが、答えは単純だ。
「やってみる気になったからだ」
「趣味みたいなもの?……まあ、生活に困って無いならそうよね」
「お前は違うのか?」
「私はお金を稼ぐためよ。勿論それだけじゃないけど仕事だもの、第一の理由はそれよ」
「ニュウチューバーはある程度人気が出なければ稼げない仕事だと聞いているが、それは知っているのか?」
この仕事だけで食べて行くのは楽では無いらしいからな、「普通に就職した方が遥かに安定する」という話も聞いている。
「そうね……普通に考えれば卒業後は就職した方が良いんでしょうね。多分だけど、他の二人も分かってると思う」
「それでもやりたかった、という事か」
「そうよ」
その声は、やる気に満ちているように感じる。
「そうか」
何かに挑戦したり、立ち向かう者は嫌いでは無い。
「まあ……楽しみながら成功して見せるわよ」
そう言い放つ彼女は、どこか楽しそうだ。
直接会わなければまだ分からないが、現時点で私は彼女に対して悪い印象を抱いていない。
「しかし、確実とは言えないだろう?もし駄目だった時はどうする気だ?」
私は彼女にそう尋ねる。
それは十分あり得る事。
彼女は恐らく本気だろう。
だが、努力すれば誰もが成功する、という訳では無いのだからな。
「一応……駄目だった時の事も考えてるわ。だから大学に通ってしっかり勉強しているのよ……逃げ道を残しているみたいであまりいい気分じゃないけど、本気で将来の事を考えたらこうしておくべきだと思ったから。たぶん、ナタリアと沙織もそう考えて大学に通っているんだと思う」
彼女はばつが悪そうにそう語るが、悪くない考え方だ。
「逃げ道を用意する事は間違いでは無いと思う。出来るだけ用意はしておくべきだ」
未来に、将来に不安を感じるのは人類として一般的な反応だ。
一つの道に全てを賭ける事を否定する気は無いが、私はしっかりと対策を行っている彼女を高く評価した。
「ありがと」
「もし問題が起きた時は、多少手を貸そう」
「あら、それは心強いわね」
彼女はそう言って笑う。
「さて……行うゲームは決まり、こちらの準備も完了している。行う日と時間はそちらに合わせるつもりだが、どうする?」
私は話を戻す事にした。
「いいの?」
「構わない、お前達には大学があるからな」
「じゃあ……明後日の20時はどう?」
「いいぞ」
「告知とか枠取りはしておくわね」
「いいのか?」
「ええ、これからも時間は合わせて貰う事が多くなると思うし、これ位はね」
ふむ……学生である彼女達の時間は限られている為、確かに私が時間を合わせる事が多くなるだろうな。
その事に対する詫びか、受け取っておこう。
「そうか、では任せよう」
「任せて」
「何かあったらいつでも連絡をしてくれ」
「分かったわ……それで、もう一度確認したいんだけど良い?」
「何だ?」
「本当に侍女が居るの?」
彼女がそう尋ねて来る。
「居る。侍女だけでは無く、メイドや女執事も居るぞ」
「……クレリアさんって何者なの?」
顔を合わせた後は彼女達にも協力して貰う事になるだろうが、現時点で伝えるのは問題があるかも知れないな。
「実際に会った時に教えよう」
「……分かった。気になるけど会う時を待つわ」
その後、私達は軽く雑談をしてから通話を終えた。