艦娘には現代の軍艦と同じでいくつもの名前がある。そしていくつもの種類がある。駆逐艦、潜水艦、軽巡洋艦、重巡洋艦、軽空母、正規空母、戦艦。とにかくたくさんの種類がある。この鎮守府の中で今俺と仲が悪くないのは駆逐艦の一部と、金剛型姉妹。あとは赤城だ。ただそれ以外の人員とは未だに話すことが少ない。だからちょっと関わるのが怖いというのもある。
「そろそろ少しは接点をもたないといけないんだが…」
「それは難しいかも知れないですね」
榛名が「難しい」というのでさらに話す気が無くなった。難しい理由を知りたいというのもあるがそれは会ってみるしか無いのかもしれない。面倒ではあるがこういった内容は提督室に来いというのではなく、こちらから行かないとあまり好印象を持たれないと思っている。面倒ごとでもそれくらいの判断はする。
なんか身の危険をなんとなく感じたので榛名には悪いが着いてきてもらうとしよう。拒否はしなかったのでそこそこ信頼されていると思って良いのだろうか。思い上がっているだけか。思い上がりは戦場で死を招く。普段の生活でも気をつけないといけないな。
榛名と一緒に来たのは空母寮だ。空母に関しては放っておけばとんでもないことをやらかしかねない。赤城がいるにしても制御が効かないなんて事になったら対空射撃をいくら積んでも難しいことは変わりない。空母と戦艦は優先したい。
「入るぞ」
「どうぞ」
部屋の扉が開くといたのは赤城。その奥には正規空母勢が座っていた。1人は俺に対してニコッと笑顔を向けたが、他の加賀を除く全員は俺に向かってとんでもなく殺意に満ちた視線を送っている。履歴書というわけではないが所属等の書類をすべて見てきたからわかるが、俺に対して殺意の視線を向けていなかったのは翔鶴だ。
その他、瑞鶴、飛龍、蒼龍は俺が視線を向けるとそっぽを向いてしまった。ちょっと悔しかった。それと悲しかった。
「ほら、二航戦と瑞鶴さんも提督に…」
「いくら一航戦の先輩のお言葉でもこればかりは受け入れられません」
「なんでこんな奴と…」
「言い過ぎよ蒼龍…でも赤城先輩。私もこの人を受け入れられません」
「みなさん…」
「気にするな赤城。最初はそんなもんさ。榛名だってそうだったしな」
「恥ずかしいです」
俺は空母達に軽く挨拶をした後部屋を出たのだが…異常なほど強いさっきに足がすくみそうだった。というか正直なところ今足がガクガクしてる。榛名も予想以上に怖かったようで、ちょっと冷や汗をかいている。平然を保てているだけすごい。保ててない俺はちょっと、いや普通に情けない。ただ…なんと言うべきなのだろうか…。以前榛名が書いたという書類。あの書類を見たとき、空母の部分だけ数字が異常に大きかった。加賀がほとんどを占めていたが翔鶴の数字もすごかったような記憶がある。
まあ、それを知っているから飛龍達は俺のことを信頼してくれないのだろう。俺は別に恨まれるようなことはしていない。良い迷惑だ。だが、おそらくは俺が標的になっているのもそうだが「人間」や「男」に恐怖と絶望をもっているのだと思って良いはず…。わかり合えるまでにどれだけ必要なのか想像もつかない。
だがそれをなるべく早く済ませるのが提督というものだろう。なんとか頑張ろう。一人ずつでも良い。一人ずつわかり合えればそれでいい。面倒だが人間関係はとても重要だ。
☆
「何でみんなこんな感じなのかなぁ…」
「仕方ない…ではすみませんけど、以前の提督のことがありますからね…。主には戦艦がとても強力な戦力として重宝されていましたから、空母の方々は被弾すると結構な確率で中破しますからね…」
正規空母の奴らは被弾すると結構な確率で大きなダメージをくらい、そのたびに多くの資材が持って行かれる。燃料、鋼材、弾薬、ボーキサイト。大破なんぞしたときは普段より多くの物資が消える。そう、被弾しなければとんでもなく強いのだ。被弾するたびに責任の押し付け合い。主には一航戦が責任をとっていた。だけどその時一航戦がいないばあいは、五航戦。つまり翔鶴がその責任を負っていたのだろう。だからあの表は二人の数字が極端に多かったのだ。
だがそれもすべて以前の提督の仕業。俺に罪をかぶせるなと言いたいところではあるがトラウマというのは消えないものだ。仮に消えるとしても克服するのはとんでもなく難しく、時間と労力を消費する。だからこそ直しにくいのだ。それこそきっかけでも無い限り…。
「榛名、少し聞きたいことがあるんだが大丈夫か?」
「内容にはよりますが大丈夫です」
「そうか…嫌だったらすぐ行ってくれ。榛名は前の提督に何かされたとかあるか?」
「ッ…」
榛名はそう言うと顔をしかめていた。ちょっと古い傷を開くような発言をしてしまったことを後悔した。別に言わなくても良いと入ったが榛名はその制止を聞かず、話を続けた。
最初は覚悟したが話された内容は特に何かあるわけではなく、というか何もされていないような内容だった。ちょっと怖かった。でもやはり嫌いな人を思い出させたのは失敗だった。次から気をつけるとしよう。
そう、榛名は大丈夫だった。だが問題は榛名では無かった。金剛姉妹は被弾率が極端に低い。高速戦艦という名に恥じない働きをしていたおかげで鎮守府内でも成績はよかったそうだ。でも運悪く被弾したことも少なからずあり、その時は…おそらく榛名ではなく金剛がその責任をとっていたのだろう。なんとなく始めてあった時に目に光がないような気がしたのはそれだと思う。とは言っても金剛は「時間と場所を…」だのなんだの色々言っているけど、ほとんどの鎮守府で提督に対してそう言うことが多いと聞いているので、無理矢理なのは苦手そうだがそこで適当に言い訳をして言っていた可能性もある。…というかそれしか考えられない。それを考えると金剛が榛名の代わりに俺を殺そうとしたのもなんとなくあり得る話かも知れない。
「なんかごめんよ…」
「お気になさらず。昔のこと…で片付けられる問題ではありませんがもう死んでいるのですから。あんな人のことは放っておけば良いんですよ」
榛名も言うので俺もこれ以上なるべくは前の提督のことを聞こうとするのはやめようと思う。榛名達がかわいそうというのもあるが俺としてもあまり暗い雰囲気で話をするのは疲れる。榛名は大丈夫だったとしても俺が大丈夫じゃないし、俺が大丈夫だったとしても榛名が大丈夫じゃ無いかもしれない。彼女らのためにも気になってはいるが諦めた方が良さそうだ。
__________
「何なのよあいつ…」
なんて言えば良いのかわからないけど私は提督が嫌いだ…というか人間という存在が嫌いだ。理由は色々あるのかも知れないが一番の理由はやはり先輩のことだった。自分の先輩があれだけのことをされているのに新しい提督を受け入れろというのもおかしい話だ。それに加え、自分の姉が被害者であるのだ。姉の方は「気にしなくていい」といっているけど姉の願いでも聞けないことはあるし、仮に聞いたとしてもそれを聞き入れるわけではない。
「瑞鶴…」
「蒼龍じゃない…何か用?」
「まさかとは思うけどあの提督に復讐しようなんて考えていないよね?」
それも良いかもしれない。姉の痛みを人間に知らしめてやるのもこれから私達が存在する中で必要な工程なのかもと思うととても実行に移したくなる。だがその寸前で私の手は止まる。いくら私といえど感情は抑えることが出来る。それに無関係の人間に『直接』危害を加えるほど馬鹿なことはしない。復習するならあの前の提督だけどすでに死んでいるからそれは出来ない。この怒りを誰かにぶつけたいのだが仲間にぶつけたいと思ったことはあってもそれを実行したことはない。
「そう…ならいいわ」
「そっちこそどうなの?」
「そうだね…さすがにやらないと思う…」
__________
「どういうつもりですか…」
「どいてください…私はあなたに用はない」
「これは一体どういう状況だ」
俺の目の前にいるのは榛名。そしてその奥にいるのは弓を構えた蒼龍。榛名も艤装をつけて対抗しようとしたみたいだがこんなところで暴れられたら俺もろとも榛名もやられてしまう。咄嗟に命の危険を感じたので俺は二人を止めようと間に入る。しかし蒼龍はそんな俺へ弓を向けてくる。榛名は咄嗟に俺の前へ出てくるが俺は榛名をよけて蒼龍の前へといって立った。
「自ら殺されに来るなんてとんだ馬鹿ですね。でも今回は感謝します」
「提督!」
もしも蒼龍が弓を向けている相手が俺ならば喜んで受けよう。だがそれがもしそれが艦娘を、自分たちの仲間を苦しめるようなものなら俺はそれを止めないといけない責任がある。それは自分の命を守ることにも繋がるんじゃないかと思う。俺しか出来ないことをする。それだけだ。
蒼龍の腕に少しずつ力がこもっているのがわかる。俺は榛名を下がらせようとするが榛名は俺を押しのけてでも前に行こうとする。そこで仕方なく無理矢理腕の袖?を机の脚に縛り付けた。「ほどいてください!」といっているがこればっかりは聞き入れられない。俺はそこで榛名に言った。「提督命令だ」と。提督の命令は基本逆らえない。普通ならこれに関しては受け入れてくれるはずなのだが榛名は「いくら提督でもその命令は受けません!」と袖を引きちぎろうとしている。
「さあ!俺で気が済むなら打てば良い!」
そう言って蒼龍はついに矢を放った。この至近距離だ。確実に当たる。艤装をつける必要は無い。普通の弓で十分に殺せるからだ。放ってから一秒しないうちにその矢は俺に刺さった。ただ、胸だったというのに死んでいない。心臓に刺さってはいないようだった。心臓の少し上肺の間辺りを通過したのだ。少しよろけるがまだ生きている。生きている間にしないといけないことが俺にはある。
蒼龍は心臓に当たらなかったことで気がぶれたのか何度か打ってきた。その矢は心臓には当たらなかったものの俺の体中に刺さった。約3発、腹と足だ。腹を打てば人間廃棄が出来なくなるとかなんとか言われているらしいし、足を刺せば逃げることも出来ない。ここで確実にとどめを刺せる状況だ。
そしてさらにもう一本矢が放たれる。その矢は今度は俺の手のひらを貫通してそのままの勢いで壁へと刺さった。もちろんそれに引きずられるように壁に激突する。何故手のひらを狙ったのかはわからない。俺を痛めつけたかったのか拘束したかったのか、あるいはそのどちらでもないのかは知らないが。そう考えている内に今度は左手を矢が貫いた。そういえばどこかで見たな。キリスト教の神様、キリストが処刑されたときも十字架に貼り付けになった時に両手に杭だか釘だか打ち付けられていたな。これはそれ関連なのかな…。そう思った。
「ゲホッゲホッ!」
気道を含む場所を貫かれたおかげでなんか意識が遠のいてきた。ああ、そういえば前にもこんなことがあったな。その時の記憶がはっきり鮮明に思い出される。いわゆる死人が死ぬ前に見る走馬灯というものなのだろうと初めてわかった。
「あなたも終わりですね」
__________
「提督…嘘…ですよね…?」
「」
提督は反応しない。手と胸から血を流し、白い軍服は血で赤く染まっている。まだ袖はほどけないし、引きちぎることも出来ていない。早くしないと本当に間に合わなくなってしまう。
「あなたも今から彼の元へ連れて行ってあげますよ」
そう言って目の前で弓矢を引く蒼龍さん…いや、こんな人殺しさん付けする意味は無い。
「あなたも1度はこいつを殺そうとしたんです。当然の報い…というのもおかしいですがまあ、そうですね。同じように死ぬのが一番ですかね」
すると蒼龍は懐から一つの袋を取り出す。それには見覚えのある白い粉状のものが入っていた。それを見て私はすぐに思い出した。それは私と金剛姉様が以前提督の飲食物に混入したことのあるテトロドトキシンを改良して作った毒薬だった。彼女曰く「深海棲艦用に明石さんに作ってもらった」らしい。だが実際はこの人を殺すためだけに作ったのだろうと思う。それを今私に飲ませようとしている。
「いやっ…やめてください」
「やめろといわれて素直に止めるとでも?」
すると蒼龍はそれをちょうど私がさっきいれたお茶にいれてかき混ぜる。溶けたのを確認して彼女はそれを手に取った。そしてそれを持ちながら私の口を強引に開き、口内へそのまま注ぎ込んだ。普通に飲んでいるわけではないのでむせてしまう。咳き込む前に少し飲んでしまった。その少しも量としては半分ほど。だけどその薬は前に私が使った物とは少し違ってすぐに効いてきた。体から力が抜けていき視界がかすみ始める。袖をほどいたり引きちぎったりするつもりだったのにそれも出来ず、刻一刻と自分の終わりが近づいているような感じがした。
蒼龍は私の方へ近づいてくると口を開いて言った。
「どうですか薬の気分は」
「あ…う…」
声が出せない。
(なんで…どうして…)
手を伸ばそうとしても伸ばせない。そのもどかしさと一緒に私はとても深く暗い海の底へ沈む。