ダンジョンに首はあるだろうか。 作:初陣の通りすがり
「⋯⋯私は⋯⋯アイズといいます⋯⋯」
おずおずとした態度で、アイズ・ヴァレンシュタインはデュラ・アンデッドへと名乗る。その金色の眼は、しっかりとデュラを見詰めていた。
対するデュラは手を剣の柄から離して一応の警戒を解き、鞄から黒板とチョークを取り出す。アイズに敵対の意思が無いことを確認してのことだった。
先程のエイナと
『貴公、所属ファミリアと、良ければレベルを伺っても?』
「所属はロキ・ファミリア、レベルは6」
少女のその言葉を疑う余地はなかった。デュラからしてみれば、レベル6の自分と同格か、敏捷などのいくつかのステイタスでは負けている予感があった。
『ロキ・ファミリア、勇者フィンのところか。』
「⋯⋯はい」
『そして、貴公はその若さでレベル6と。なるほど。濃い人生を送ってきたようだな。若く良い戦士と見えたが、間違いではなかったらしい。』
「ありがとう⋯⋯ございます⋯⋯?」
黒甲冑からの賛辞にアイズは戸惑いながらも礼を述べる。
まさか、目の前のこの存在から誉められるとは思ってもみなかったのだ。そこで、少女は己の目的を思い出す。
「あの⋯⋯貴方は⋯⋯?」
『失礼、申し遅れた。』
黒板に書き込み始めた黒甲冑を見て、そこで改めて、アイズはデュラの容姿を再認識する。
所々の塗装が剥げたその黒い全身鎧は、作りの精巧さよりも強靭さを感じさせる。何かに殴打された痕のような凹みや、鋭利な爪による引っ掻き傷などもその雰囲気を助長している。しかし、鎧の材質や、鎖帷子、革などそれら一つ一つを取っても、その鎧が元々は第一級冒険者が装備するものとしては何ら劣らぬ品であることが容易に伺えた。
しかしアイズからすれば、何よりもその存在感、気配が違和感そのものとしか思えなかったのだが。
「(何かが足りない⋯⋯? 人として、致命的な何かが⋯⋯足りない)」
『我が名はデュラ・アンデッド。ブリギッド・ファミリア所属。』
「⋯⋯!」
黒甲冑が提示したデュラ・アンデッドという名前を、アイズは知っていた。いつか、己のファミリアの団長であるフィン・ディムナがその名前と、彼の者について語っていたことを覚えていた。
「『
『私をその名で呼ぶか。いや、フィンには相当嫌われているらしい。』
「⋯⋯いえ、嫌ってはないと⋯⋯思います」
デュラ・アンデッドについて語るフィンの様子は、旧友のことを思い出して語っているかのようで、実に楽しげなものであった。デュラの口振りから察するに、何かがフィンと彼との間にあったのかもしれないが、それでもフィンは気にしていないだろう。少なくともアイズにはそう思えた。
『ふむ。とはいえ、首狩り騎士という名はあまり好かぬのでな。貴公も、気安くデュラと呼んでくれて構わない。すまないが、フィンにもその名で呼ぶなと伝えておいてくれると助かる。』
「⋯⋯分かりました」
『感謝する。私はギルドでまだやり残したことがあるのでな。ここで失礼しよう。』
最後に書いて、デュラは黒板とチョークを鞄にしまう。エイナ・チュールをギルドで待たせているのだ。これだけ時間を潰したのだから、もう既に話し合いは終わっているはず。ちょうど良いくらいだろう。
そうしてデュラが踵を返した、次の瞬間。
「
アイズの詠唱と共に、風が吹き荒れる。
その風は、アイズへと纏われると共にその身体を風の刃へと変えた。
デュラに気が付いている素振りは見えない。しかし、気が付いていたとしても、速度なら負けない。
「疾ッ!」
風を纏ったアイズの鋭い回し蹴りが、
敏捷値では明らかに勝っている。このデュラという黒甲冑、フィン・ディムナやリヴェリア・リヨス・アールヴ、ガレス・ランドロックら冒険者の中でも歴戦と呼ばれる類の上級冒険者、レベル6と同程度の実力はあるように思えた。だが、それを鑑みても速さで劣るとは思わない。
そして、あの違和感の正体は首にあると、アイズは当たりを付けた。もしかすればこのデュラという存在を殺してしまうかもしれないという、そんな危惧は欠けらも無い。この程度で死ぬとは、やはり思えなかったのだ。それになんなら、兜だけを蹴り飛ばすことも出来る。何より、この違和感を晴らしたくて仕方が無かった。
もしかすれば、この存在がオラリオに仇なす存在になり得るかもしれない。そんなありえないと一蹴できるような言い訳を頭の片隅に浮かべながら、アイズはデュラ・アンデッドを睨み付けた。
「(取った⋯⋯ッ!)」
自分でも、唐突な己の行いをどうかしているとは思う。
だが、この黒甲冑は
だから、これは挑戦でもあるのだ。
「⋯⋯ッ!? うそ⋯⋯」
しかし、その蹴りは黒い装甲を纏った右腕によって拒まれた。
敏捷では勝っているのに、どうして。黒甲冑は、蹴りを受け止めた体勢のまま、兜
「⋯⋯ッ!?」
その瞬間、アイズはその兜の奥に、ナニカ悍ましいものを幻視した。人智を超えた何らかの現象を、兜の下から感じとった。
「(空洞⋯⋯!? 首が、無い⋯⋯ッ!?)」
兜の前面にある視界確保のスリットから覗けたその内部は、暗く何も存在しない
違和感の正体はこれであったのだ。
何か嫌な気配がする。アイズは、直感に従ってその場から大きく跳び退き、デュラと距離をとった。
デュラはそれを見て、手の動きを中断する。あの手の動きは、間違いなく剣の柄に触れようとする動きであった。
そうして、黒甲冑はその身体をアイズへと向けて再三鞄から黒板とチョークを取り出した。
「⋯⋯どういう⋯⋯こと⋯⋯?」
『私について気になるのであれば、フィンかガレスにでも聞くと良い。だが、リヴェリアは私のことを嫌っているからな。間違っても聞くんじゃないぞ。』
「⋯⋯分かった。攻撃して、ごめんなさい」
『気にするな。それではな、剣姫。』
今度こそアイズは、己に背を向けて、後ろ背にヒラヒラと右手を振りながらギルドの方へと歩いてゆくデュラを見送った。
▽
⋯⋯危なかった。
あの娘、まさか奇襲を仕掛けてくるとは思わなんだ。まるでゼウスのところのあの男のようだ。あの男も、私の兜を蹴り飛ばそうとしつこく攻撃してきた。この兜になんの恨みがあるのか。
⋯⋯しかし、似ていたな。あの娘。あの男と似ていた。英雄になれない首無しの私と、英雄になったあの男。思うところはあるが、もう過ぎたこと。アイズ・ヴァレンシュタインとあの男が父と娘の関係であったところで、今の私には関係の無いことだ。
敏捷値では明らかにこちらが負けていた。五十年数年生きた経験が無ければ、我が兜は道端に転がっていただろう。
⋯⋯あの若さで、私を超えるステイタスを持つ。恐ろしい話だが、なるほど。時代は変わる、という主神の話も本当であったらしい。半信半疑であったわけではないが、こうして実感することで、その思いは強くなったと言えよう。
だが。
⋯⋯久しく感じていなかったこの高揚感は、なんだろうか。
分かっている。私も、まだ若いということかも知れぬな。成長の限界を感じて久しいが、それでも成長することへの渇望は止められないものなのだろうさ。
辺りは大分暗くなってしまったが、ダンジョンはいつでも開いている。少し寄っていくか。
次回はダンジョンかな。