時間が空いた割に閑話です。短いです。
さて、現在ライニ達は旅館のすぐそばの森で随分と騒いでいるわけだが、黄昏の守護者たる彼が止めに入れないのには理由があった。
無論、当初よりこの件はライニに任せると判断を下したのは刹那本人でもあるのだが、様子見すら来ないとは明らかな異常事態と言っても差し支えないだろう。
そして、彼をもってして異常と判断するとなれば事は随分と深刻なものであるということに他ならない。そう、これは黄昏の守護者として絶対に見過ごしてはいけないことであり許してはいけない、場合によっては断頭台としての役目を果たさねばならないことでもある。
これは、黄昏の守護者──否、黄昏の恋人として、絶対に看過することはできないのだ。
「まさかと思って見張っていたが……どうやら杞憂じゃなかったようだな。──メルクリウス!」
「これはこれは。このようなところで会うとは奇遇だな愚息よ。しかし、こんなところで油を売っている暇が君にあるのかね? ほら、すぐそこでは彼らが暴れている。いけないなぁ。女神の睡眠を妨害するやもしれん。止めに行ったほうが良いのではないかな?」
旅館から出てすぐ裏手。横手には露天風呂の柵が聳え立ち反対側の森からはライニ達の魔力が否応なしに流れてくるのだが、蓮はそちらに目をくれることもせず、ただ目の前の覇道神を睨み付ける。
覇道神同士のいがみ合いに比べれば、彼らの戦闘など児戯にも過ぎない。仮にも守護者として同盟相手と言っても差し支えない彼らが何故この場で睨み合っているのか。答えは単純明快である。それは刹那が相対している覇道神が水銀の蛇でありここが温泉であるからだ。ただの温泉ではない。女神のいる温泉。それだけで、彼がここにいる理由としては充分すぎた。
「てめぇ、まさかマリィのこと覗いてたりなんかはしてないよなぁ……?」
「笑止な。女神の沐浴を邪魔することなどどうしてできようか。彼女の裸体など、眩しすぎて目が潰れてしまう。逆に感謝して欲しいくらいだぞ。私は日がな一日ここでずっと女神の美しい玉体を覗き見ようとする不審者が出ないようここで番犬の如く見張っていたのだから」
「なら聞くが、もう露天風呂は入浴禁止時間なんだが何をしようとしていた?」
心底心外だという態度の水銀に、どうやらそこまで馬鹿な真似には走っていないのだと安堵するのも束の間。次の瞬間、蓮は彼の目的を問うたことを本気で後悔した。
「無論。女神の浸かった湯など史上至高の聖遺物! 悪用する輩が現れる前に私が回収するなど当然の義務であろう! あわよくばその湯をこの世界から切り離し留めておきたいものだが断腸の思いでそれを諦めているのだが、ああ、一口、いや一滴でいい、せめて味見を……」
「ふざけんな!! つーかお前分かってんのか、それアンナとか香純とか、他にもいろんな奴が入ってるんだぞ! 変態行為もいい加減にしやがれ! くそ、最近はストーカーの対象がラインハルトに移ったから安心できると思ったかと思えば……」
予想通り、というよりも予想以上の気色悪さに鳥肌が止まない。黄昏の懐の広さは蓮が一番わかっているがどうしてこの変態を野放しにしているのかだけは理解に苦しむ。
「まったく、お前は私を誰だと思っているのかね? 女神の湯から不純物を取り除くなど造作もない」
「よし分かった。お前にはもう言葉は通じないみたいだ。一発と言わず何発でも殴ってやるから歯ぁ喰いしばりやがれ」
「短気は損気だぞ、息子よ。しかし、まあ良いだろう。我が使命の邪魔をするというのなら私も少々本気にならざるを得ない」
まさに一触即発。
ここに刹那と水銀という覇道が激突しようとした瞬間に、感じた魔力に刹那は息を飲み水銀は笑みを浮かべた。
「──っ!」
「これはこれは……」
懐かしい白騎士の気配と、それを凌駕する黄金の獣。
一瞬とは言え確かに感じたその魔力に、蓮は舌打ち混じりに握った拳を降ろして背を向ける。
「悪いがお前に構っている暇はない。これ以上馬鹿やったら今度こそマリィに伝えるぞ」
「残念ではあるが、ああ……実に残念で仕方ないが、今回ばかりは身を引こう。全く、そんな心配などしなくて良いと思うのだがね……」
どうにも信用しきれていないらしい蓮の様子に肩を竦めながら、興が削がれたとばかりに水銀も踵を返す。森に向かって走り出した蓮を見送って、そういえば女神は今部屋で一人なのだろうかと思い至る。
「いけないなぁ……。初夏とは言え夜は冷える。これはいけないなぁ」
クツクツと笑いながら向かった先は……言うまでもないだろう。
(あとがき)
この後危険を察知して戻ってきた蓮によって水銀は殴られました。
水銀の変態具合を文章に起こすのはかなり大変だと学びました。ちょっと水銀の変態度が低すぎたかもしれない……。