魔法少年リリカルけもの   作:さにり

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第八話

「オラオラどうしたぁ!? 逃げるだけか劣等野郎!!」

「はっ! マジ笑えねぇ……!」

「司狼危ない!!」

 

 人型になったヴィルヘルムの猛攻に辛うじて躱せてはいるが、既に司狼の身体は傷だらけでところどころ血が滲んでいた。笑えないと言いつつ笑みを浮かべる司狼に、ユーノは呆れる余裕も無くしている。

 振りかぶったヴィルヘルムの腕に収縮したその魔力に、躱しきれないと踏んだユーノが慌てて結界を張るが既に結界は罅が広がっている。

 

「くっ……!」

「馬鹿の一つ覚えみてぇにちょこまかとうざってぇ鼠だ。テメェから喰い殺してやるよォ!」

「逃げるぜユーノ! ぼさっとすんな、マジに喰われちまうぞ!!」

 

 委縮するユーノを抱き上げるのと、ヴィルヘルムが結界を破るのはほぼ同時。そのまま振りぬかれた腕は地面を砕き、土煙が辺りを覆う。軽く腕を払って土煙を割って顔を出せば既に近場に二人はいなくなっている様子だ。軽く空気の匂いを嗅いでみるが、温泉地ということが災いしたか硫黄の匂いが邪魔をしてはっきりとした居場所は突き止められない。

 

「逃げ足だけは一級品ってか。ま、俺も狩りは嫌いじゃねぇが、生憎今は遊んでやる時間もねぇしなァ……」

 

 アンナがいるであろう方向を振り向けば、あちらもまだ決着はついていないらしい。先程からアンナの魔力が肌を突き刺すようにビリビリと流れてくる。こちらは幸いにもあの化け物が加減をしてくれているようで今のところはなんとか凌げそうではあるが、時間は掛けられない。

 

「っとに狂犬じみてるなァ。いってー……!」

「司狼、血が……!」

 

 なんとかヴィルヘルムを撒けたはいいが、避け切れなかったのか左腕から止めどなく血を流す司狼を見上げてユーノが狼狽する。傷はかなり深いようで、司狼の衣服を赤く染め上げる。

 

「あ? 大丈夫だよ、こんなもん。ライニと馬鹿やるときはもっとやべぇ怪我したりもするしな」

「取り敢えず僕にも、君たちは非常識ってことだけは分かったよ。じっとしてて。止血くらいならすぐできるから」

 

 目を閉じて意識を集中させる。あまり強力な魔法ではあの狼に見つかってしまう可能性もあるが怪我をそのままにはできないだろう。極力魔力を抑えながら治療魔法を発動させた。

 淡い光が司狼を包み、傷口を閉じていく。身体中のかすり傷はほぼこれで治っただろう。左腕の傷は流石に完治とまではいかないが、血は止まって痛みも大分マシになった。

 

「……なあユーノ。あの狼野郎とお前の結界、相性最悪なんだよな?」

「え? うん。抗バリア魔法……というよりも、なんというか結界の魔力を吸収されている感じだった」

「吸収、ねぇ……。なんつーか、狼男ってよりも吸血鬼じみてるな」

 

 何度か結界を破られて感じた違和感を告げれば、司狼は軽く目を伏せる。考えれば考えるほど、あの男には狼よりも吸血鬼が似合うようで思わず笑ってしまった。

 

「司狼?」

「いや、なんでも。ユーノ。いくつか聞きたいんだが、お前の使える魔法を教えてくれ」

「僕が使える魔法は殆ど後方支援用だ。一番得意な結界魔法は、彼相手には殆ど意味がない……。あとは治療魔法と、捕縛魔法、それからさっきもやって見せた転送魔法。こんなところ、かな……」

「捕縛?」

「魔力で作った鎖なんかで拘束したりするんだけど、多分これも結界と同じで彼相手には悪手になると思う」

「なるほどな。ついでに転送魔法なんだけどよ。それって生き物限定?」

「え?」

 

 恐らく一番役立ちそうにない転送魔法について聞かれて、ユーノは一度司狼を見上げる。そこには悪戯を思いついた子供じみた笑みを浮かべた司狼が、ある一点を見つめていた。

 

◆◇◆◇

 

「ほらどうした犬っころ! 鬼ごっこはもう終わりか!?」

「言ってくれるなぁ、クソガキがァ!!」

 

 再び始まった鬼ごっこを見届けて、ユーノは素早く身を翻す。司狼の作戦が上手く行くかは分からないが、とにかく今はそれに賭けるしかないだろう。先程からライニの魔力ではなく白い少女の魔力ばかりが届く。ライニの事だから心配はしていないが、時折たがが外れたように魔力を出力させるライニだ。大事になる可能性も否めない。

 

『司狼、こっちは準備できたよ』

 

 念話で告げれば司狼が笑うのがわかった。近くから聞こえる轟音は次第に目的地へと近づいている様子で、どうやら司狼の方も順調らしい。

 ユーノの前には、この森の中でも一際大な大木が悠然と聳えていた。

 

 木々を抜けて僅かに開けた場所に出ると立ち止まって真正面からヴィルヘルムを見据える。

 

「どうした? もう諦めたか」

「まさか。犬っころに丁度良い小屋が漸く見つかってな。てなわけで、ハウス!」

 

 司狼の合図を聞いて、ユーノは転送魔法を発動させる。準備は総て整っているから、ありったけの魔力を使って目の前の大木をヴィルヘルムの真上へと転送させた。

 

「なっ!?」

 

 突如振ってきた大木に、完全に虚をつかれたヴィルヘルムは対処が遅れる。轟音と共に、ヴィルヘルムは大木に押しつぶされる。

 

「司狼!!」

「よくやったユーノ!」

 

 走り寄ってきたユーノを抱え上げると、ヴィルヘルムの状態を確認することもせずに司狼はそのまま走り去る。そろそろライニの方も終わる頃合いだろう。なんにでも興味を持つくせに案外飽きるのが早い友人を思い出して、白い少女に僅かに同情した。

 

◆◇◆◇

 

「やってくれたじゃねぇか、クソガキ共が……」

 

 大木に押しつぶされたヴィルヘルムにほぼ傷はないが、大木の根は地面にめり込んで、間に挟まれたヴィルヘルムは大木の重さ故に動くことも儘ならない。これが捕縛魔法であれば魔力を吸い取って檻を壊すこともできたのだが。

 とは言え、だ。言ってしまえばただの大木に過ぎない。魔力で強化されたわけでもない木など檻にすらならない。狼に姿を変えると力任せに大木と地面を抉ってその檻から抜け出した。

 逃げた二人を追いかけようと足に力を込めた、瞬間に。

 

「──ッ!!」

 

 アンナの魔力が膨れ上がったかと思えば、それすら掻き消す黄金の魔力に身体中の毛が逆立った。圧倒的な強者の魔力に本能が恐怖を訴える。ともすれば地に伏せてしまいたくなるようなその魔力は一瞬で、次の瞬間にはどちらの魔力も霧散していた。

 

「アンナ!!」

 

 動けると気付いた瞬間、先程まで追っていた獲物のことなど忘れて少女の元へと駆け出していた。

 

「アンナ、無事か!?」

「ヴィル……。うん、平気。ヴィルも大丈夫そうだね」

「お、おう……?」

 

 地面に座り込みながら笑みを浮かべるアンナの姿に、思わず鼻白む。どこか嬉しそうなアンナに、どう見ても負けたようにしか見えないのだが何か良いことでもあったのかと首をかしげるばかりだ。

 

「帰ろ、ヴィル。お母さん(ムッター)が待ってる」

 

◆◇◆◇

 

 司狼とユーノが森を抜ければ、丁度ライニもこちらに向かってきていた様子で。合流を果たすと司狼とライニは互いに笑い合う。

 

「それで、此度のゲームは楽しんでくれたかな?」

「まあな。とは言え武器無しってのはハンデでかすぎね? 死ぬかと思ったぜ」

「二人共無茶がすぎるよ……」

 

 血塗れの司狼を見てもライニは顔色を変えないどころか楽しかったか、と聞く始末でユーノはただただ呆れるしかない。

 

「ライニ、怪我はない?」

「僕は見ての通り、平気だよ。それよりも、司狼。随分と男前が上がったな?」

「そうだった。怪我の治療をするから、じっとしてて」

「おう、悪いな」

 

 先程は応急処置しかできなかったから、と。再び治療魔法をかければ司狼の傷は瞬く間に塞がっていく。その様を感心したように眺めながら、ライニは何かを考え込む。

 

「ふむ……。僕もそろそろ魔法とやらを覚えた方が良いのかな……」

「ライニの魔力なら使えない魔法は無いと思う。僕が使える魔法は後方支援ばかりだけど、レイジングハートにはもっとたくさんの魔法が登録されているから。ライニが望むなら僕でも少しは教えることができるかも」

「それはありがたい。僕も司狼も、魔法については疎すぎる」

「それよか俺もデバイスっての? それ欲しいんだけど予備とかねぇの?」

「ごめん……」

 

 ユーノの言葉に司狼は落胆するでもなく、軽く肩を竦めて仕方ないと笑う。

 

「そちらも近いうちに見つけないとな」

「んじゃ俺はそれまでにカッコいい戦闘服のデザインでも考えとくよ」

「とにかく、今夜は帰ろう。見つかったら怒られちゃうよ」

 

 ユーノの言葉にそれもそうかと頷いて、司狼の汚れた衣服もどうにかしないといけないと急いで部屋に戻りだす。万が一香純が起きていたら面倒じゃ済まないだろう。

 

◆◇◆◇

 

「さて、一先ずは順調、といったところか。かつての爪牙も集いつつあるが果たしてこの先どうなるか……。あちらも順調に進んでいるようで何より。彼女と会うのも時間の問題といったところか。ああ、楽しみで仕方がないよ、獣殿。やはり貴方は素晴らしい」

 

 旅館に戻る二人と一匹を見届けて、水銀の蛇は楽し気に笑う。こことは別に進みつつあるもう一つの未知にも想いを馳せて。

 未知に溢れたこの世界に、再び女神に心よりの感謝を込めて。

 

「ああ、未知を見る度、思うのだ。私は再び、何度でも、貴女に恋をする。愛しのマルグリット。我が女神。全く本当に、黒円卓(君たち)は私を飽きさせない」

 

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