司狼とライニが友達になった日の話。
──人を殺したことがある。
殺した数はライニのほうが多かったし、彼は素手で殴ったら死んだ、なんてあっけらかんと言ってきたものだから呆れてしまうが。
対して司狼は銃を使った。ライニと違うのは司狼の場合初めから殺すつもりでそれを使ったという事くらいで、結果に大差はない。引き金を引いたら死んだ。それだけだ。
そんなものだから、互いに今に至るも罪悪感など感じたことはない。
エリーを手に入れた時、武器の形に銃を選んだのも、その形状になんら忌避感を感じなかったのも、つまるところその経験が大きいのだろう。
実際に人の頭を撃ち抜いて、脳髄が破裂する様を見ている。一度見てしまえば案外慣れてしまうもので、汚れる心配のないデバイスなら尚の事、引き金を引くのに戸惑いなど微塵も無い。
当時のことは既に懐かしい思い出の一つになってしまっているが、血まみれになって互いに苦笑した時のことは今でも鮮明に覚えている。思えばあの時、彼らは
◆◇◆◇
家族間の仲が良かったから、香純は転校してきたばかりのライニの世話をよく焼いていた。司狼はそれに付き合わされる形で、けれども友達の友達という一線は保ったまま。香純が居なければ恐らく会話すら交わさない仲だったろう。
それが変わったのは、ライニが来て二ヶ月程経った頃。
家柄、三人が三人とも誘拐に慣れてしまっていたから特に恐怖など感じていなかったし、またこうなったのか、なんて呆れてすらいたくらい。本当におびえていたのは香純一人。
「なんつーか……飽きたな、この展開」
「そうかな。僕は日本に来て初めての誘拐だから、少し楽しみなのだけど」
「二人ともなんでそんなに落ち着いてるのよ~……」
現状は、三人揃って座った状態で柱に縛られている。正面は香純、その左右にライニと司狼。そのせいで互いの顔は見えないが、香純の声は泣いていた。それにライニが苦笑して、香純を宥めようと何か声を掛けていた。
周りを見渡してみれば、時折遊びに来る裏山に廃棄された解体途中の工事現場だと気が付いた。何度か忍び込んだことがあるから覚えている。という事は、助けは期待できないだろう。不良のたまり場になっていたこともあってか滅多なことではここに地元民は近づいてこないことも知っている。
さて、どうしようか。迷っていれば外から大型の車か、トラックの音。次いで大勢の足音が聞こえてきたかと思えば誘拐犯らしき男たちが入ってきた。十人前後の男たちは全員銃を手に三人を取り囲む。
リーダーと思しき一人が前に出てきて、香純を見下ろすと下卑た笑みを浮かべる。
「嬢ちゃんが夜の一族だって? 見た目は普通の人間なんだな」
「──っ、わたし、は……」
「夜の一族? 何それ、ちょーウケる。ギャグがきついぜおっさん」
「血統など関係ない。彼女は皆の太陽なのだから」
蔑んだ男の目に、引き攣ったような香純の声。聞きなれない名称に失笑してしまう。香純の様子からそれが冗談や揶揄ではないことは見て取れたが、あまりにも似合っていないものだから。
香純自身はそのことを隠したい様子だが、そもそも仮に彼女がその一族だったとして何の問題があるのだろうか。
二人が何もわかっていないと知ると男は面白そうに笑うだけで不快感が募る。
「なんだ、お友達に何も言ってないのか」
「お願い、やめて! 私、私は……」
香純の懇願も聞かず、男は夜の一族のことを二人に語って聞かせる。曰く吸血鬼。おとぎ話に出てくるそれの様に太陽で灰にはならないが、人間とは全く違う種族。その本家の血筋が香純であり、彼の雇い主もまたそれだという。
「要するに、化け物だよ」
「いやああああああ!!」
香純の絶叫を嘲うように、告げられた言葉は彼女の心を打ち砕く。
夜の一族。初めて聞いたが、聞けば聞くほどなんて似合わない。似合わな過ぎて笑ってしまう程だ。
香純も一体何を怯えているのだろうか。わかっていないのは彼女と周りの方で、司狼もライニもまるで気にしていないという事に気付いていないのか。
「ああ、すまない香純。もっと早くこうするべきだった」
「え……?」
すぐ横にいる香純の身体が糸を切られたようにかくりと落ちた。意識を失った香純を抱き留めて、ライニはそっと香純を柱に寄りかからせると立ち上がる。気付けば彼らを縛るロープは千切れていた。
「太陽を陰らせてくれるなよ」
目で追えたわけではないが、恐らく一歩。踏み込んで跳んだ彼は無造作に相手の顔を殴りつけた。
子供に殴られた衝撃じゃないだろう。まるで大型トラックに追突でもされたのか、なんて勢いで吹き飛んだ男は声も上げられず壁に激突して、ああ、なんだろう。デッサン人形をハンマーで殴れば同じポーズが再現できるのではないか。上から赤いペンキをぶちまければ完璧。
そんな、スプラッタ映画の死体が一つ出来上がっていた。
「おや」
それをやったライニは驚くこともなく、ただ少々加減を間違えたと言わんばかりに自身の握った拳を見つめて小首をかしげていた。
何が起きたのかまるで分らない男たちはただ茫然と少年と死体を見比べるばかりで、そんな男たちを後目に司狼は足下に転がってきた銃を手に取って、とりあえず一発、近くに居た男の頭を吹き飛ばしてみる。
「うわ、きたねえ」
腕がしびれるのは覚悟の上だったが、少々距離が近すぎた。頭から相手の血を被ってしまって気分は最悪だ。
銃声に振り向いたライニと目が合って、笑ったのはどちらが先だっただろう。
「よお。遊ぶなら俺も混ぜろや」
「それはすまない。どうやら僕は、少し怒っていたらしい」
そこから先は単純作業。殴る、蹴る、撃つ。たったそれだけで人が死ぬ。司狼はともかくライニの膂力はあり得ないだろう。人間業じゃない。それでも特に驚きも恐怖もしなかったのは、もしかしたら初めから彼はそういう物だとどこかで感じていたからなのかもしれない。
それに人間業じゃないと言えば司狼もあまり人のことは言えない。初めて扱う銃。子供には大きすぎるそれは、百発百中。「化け物」「助けてくれ」「こんな話聞いてない」「死にたくない」なんて、恥も捨てて叫びながら恐慌状態で逃げ惑う男たちの方へ、特に照準も合わせず引き金を引いているだけにも拘わらず。弾丸は吸い込まれるように彼らの頭を撃ち抜いていく。
十数人の犯人グループを殺すのに5分もいらなかっただろう。カップラーメンでも作るような気安さで気付けば彼らは連続殺人犯になっていた。
「司狼。これ、どうすれば良いと思う?」
「どうって、お前なぁ……」
「卿、こういうの考えるの得意だろう」
「いいけど、お前も手伝えよ。俺大人運ぶとか無理だから」
死体の山を見下ろしながら、いたずらを隠すような調子で話を振られて司狼は笑う。
なんだ、つまらない奴かと思っていたが、これは中々楽しめそうだ。
彼らが友人になったのはこの時で。
彼らが共犯者となったのもこの時。
「バカスミどうすんだ」
「記憶を失くしてくれてると助かるんだが、適当に誤魔化そう」
「別に隠すようなもんでもないだろ」
「私は構わんが、彼が許してくれそうに無いのでね」
そういって肩を竦めたライニは何処か雰囲気が違っていて。『彼』とは誰のことかと思ったのだが、確かに『彼』は怒るだろうと妙に納得してしまったので言及はしない。
原形が無くなった死体は外にあったトラックに轢かれたように見せかけて、銃殺された死体は同士討ちに見せかける。少々おざなりな隠蔽工作だが、幸いにもここにはあまり人は来ないし、そもそもこれらの死体が子供に作れるとは思われないだろう。
仕上げにガソリンを撒いて、今夜あたりにでも火を付けてしまえば多少の不自然さは燃えて無くなる。上手くいけば彼らの雇い主だという相手とも会えるかもしれない。その時は死体が一体増えるだけで労力としては変わらない。
「っと、こんなもんか。最後は俺らの服だな。顔とか髪とかはそこの川で洗えば良いとして、これ落ちんのか?」
「無理だろうな。捨てるしかないか……」
買ってもらったばかりなのに、とライニは白い制服にべったりと張り付いた血を見て嘆く。
「ライニ、お前説教喰らったことあるか?」
「いや、そういう経験はないな」
「んじゃ楽しみしておけ。大目玉喰らうぜ、きっと」
にやりと笑った司狼の顔は悪童のそれで。つられてライニもそれは楽しみだと笑って答えた。
◆◇◆◇
「ん……あ、あれ……?」
「お、起きたか、香純」
「司狼……? 私……」
ぼんやりとした目をこすって香純は起き上がる。一体何があったのか。辺りを見渡すと時折遊びに来る裏山で、どうやら日陰で寝ていたらしい。
いつここに来たのだろう。確か三人で学校を出て、それから、それから……。
「──ぃたっ!!」
何かを思い出しかけて、慌てて身体を起こそうとしたのだが首筋に走った痛みに再びその場に倒れこみそうになる。支えてくれたのはライニだった。
「ライニ……」
「無理をするな。いきなり倒れたから心配したんだ。熱中症じゃないかな」
「そう、だっけ……?」
「覚えてなくても無理ねぇよ。派手に倒れたからなあ」
べしりと顔に冷えたタオルを押し付けられて素直に受け取る。そこの川で濡らしたのだろう。冷たい感触が火照った目元に心地よい。やはり彼らの言う通り熱中症で倒れたのだろう。
ならば、あれは……?
「どうかしたのか? まだ気分が悪いかな」
「ううん。ちょっと嫌な夢見ちゃって。もう少し休めば大丈夫そう」
ありがとう、と告げてから、ふと二人の違和感に漸く気付く。
「って、なんでアンタたち上半身裸なわけ!?」
「あ? しょうがねえだろ、お前倒れたのにビビッてライニがずっこけたんだよ」
「先に転んだのは卿だろ? 僕は巻き込まれた側だよ。おかげで制服が泥だらけだ」
言われて首を回せばすぐ近くの木に二人の制服がかけられていた。川で洗ったのだろうが、白い制服に黒い泥がこびりついてしまっていて、洗濯しても落ちそうにない。あれはもう捨てるしかないだろう。
「お前が先。驚いて俺まで転んだ」
「僕は転んでない」
「あはははは! もー、結局どっちも転んでるんだから、先なんて関係ないじゃない。変なところで子供なんだから」
いつまでもどっちが先に転んだかで言い争っている二人が可笑しくて、夢のことなど忘れて思わず笑ってしまった。
そんな香純に二人はきょとんとした顔をして、次いで揃って笑いだす。
なんて事の無い、夏の思い出。
◆◇◆◇
目立つ血は泥で上塗りし、隠しきれない箇所は破いて捨てた。当然制服はボロボロで着れたものじゃなくなっていたのでその惨状を見て家族から悲鳴を上げられたものだ。
その日の夜に家を抜け出し、思惑通り連絡の途絶えた手下を不信に思ったのか、現場に来ていた雇い主とやらはライニが片付けた。何か喚いていたのだが、くだらなすぎて最初から聞いていないので当然覚えていない。後は当初の予定通り死体の山に火を付けた。夜中に起きた山火事に街は騒然となったが、これで後始末も完了だ。
「どーよ、この完全犯罪」
「完全かどうかは置いとくとして、助かったよ司狼」
「はあ? 完璧だったろ、この隠蔽工作。流石俺。明日のニュース楽しみにしてろよ。ヤクザの抗争で同士討ちとかそんな感じになってるから」
「それは楽しみだ。上手くいっていたら今後も卿に頼むとしよう」
「任せとけ。その代わり、俺にも付き合ってもらうし面白いことあったら絶対俺も混ぜろよ」
「ああ、約束しよう。卿がいれば僕も退屈しなさそうだ」
以来彼らは共犯者として、今に続くも友人として手を組んでいる。
それを友情というのかはさて置いて、互いに今の関係性を気に入っているからこそこうして揃って非日常に足を踏み入れた。
恐らくこの先もこの関係は変わらないだろうし、それで良い。
それが世界にどんな影響を与えていくのか、彼らは何も知らずまたそれを気にすることも無いのだろう。
ただ、『彼』はこの惨状を見て胃を痛めているのだろうが。