第一話
夢を見る。
数年前から毎日のように見る夢だ。
見る場面はいつも違うが、そこに居るのはただ一人。
白い軍服に黒い外套をマントのように羽織ったその姿。
首に掛けた黄金のストラが揺れる。
人体の黄金律と言っていいほど均整の取れた完璧な身体に、笑みを浮かべたその麗貌。
鬣の如く靡く髪は黄金。
総てを見下す瞳もまた黄金。
手には神殺しの聖槍。
一目で誰もが彼に跪く程の圧倒的なカリスマ。
目前に広がるのは、蹂躙とも言える程の戦火の炎。
鉤の十字に燃える炎に黄金の獣は笑みを深めた。
「…………」
そこで少年は夢から覚める。目覚めはいつも最悪だが、数年前から毎日繰り返せば慣れてしまうのが人間だ。溜め息を飲み込んで、少年はベッドから起き上がると学校の制服に腕を通した。
彼の名前はライニ。本名をラインハルト・ハイドリヒ。名前から分かる通りドイツ人の彼が日本にいるのは母親が日本人だったからだ。母を溺愛している父が日本に移住して、ドイツにある自身の企業グループからは実質隠居し喫茶店なんかを開いている。
つまり、彼は日本人とドイツ人のハーフなのだが父の血が濃いのか、金髪碧眼と誰がどう見ても白人の姿をしていた。その見た目からややこしいだろうから、とドイツ人の名前を付けたと聞いている。
そんなライニは小学三年生。ありふれた日常を送るごくごく一般的な少年(自称)だ。彼の一日は騒がしい。何せ友人からして普通じゃない。彼の世間一般が常人とズレているのはこの友人たちにも責任の一端があるのかもしれないが、彼がそれに気付くことは恐らく一生ないだろう。
「おっはよーライニ!」
「ああ、おはよう香純」
「ちーっす、相変らず喧しいなコロポックル」
「誰がコロポックルよ!」
「おはよう、司狼。卿は相変わらず香純を弄るのが好きだな」
同じ制服に身を包んだ二人の友人は綾瀬香純と遊佐司狼。香純と司狼は所謂幼馴染という奴で、香純とライニの家が遠い親戚筋という繋がりから自然と三人一緒に居ることが多くなった。
さて、そこで問題なのが一つ。悪童と名高い司狼とどんな無茶ぶりでも平然とこなす完璧超人のライニが組み合わされると何が起こるかと言うと。端的に言えば手に負えなくなる。優等生を絵に描いたようなライニだが、香純曰く『ノリが良すぎる』らしい。つまり司狼の悪戯にライニが乗るのだ。悪童と超人が手を組めばどうなるか。察しの良いものは分かるだろう。小学生とは思えぬ悪逆非道な計画に超人が加わると完全犯罪が成立してしまうのだ。以前など実験と称して放課後に三人で理科室を爆発させた経緯がある。真っ先に疑われた司狼だがライニと手を組んで完璧なアリバイをでっちあげ未だに犯人は不明。一見共通点のない三人組だが、これで案外相性が良いのだ。
学校が終われば再び三人で帰路につく。今日の授業は特に問題もなく、司狼の悪戯もなかったため比較的平和な日だった。
「ただいま帰りました」
「ああ、お帰りライニ」
家に帰ってまず出迎えたのは、兄の恭也だった。ライニと違い純日本風の名前なのは、彼が母に似て見た目が完全に日本人だから。道場着を着ているということは稽古終わりだったのだろう。
母の旧姓は高町。父が日本への移住を決めたのも、母の家の事情が大きく影響を与えている。彼女の実家は小太刀二刀御神流という剣術を代々継承している家であり、伝統を重んじる父は跡継ぎである母の事情を顧みて日本に住むことを決めたのだ。
現在は兄と姉が家のすぐ隣にある道場で稽古に励んでいる。ライニはまだ身体が出来ていないからという理由で稽古を受けたことはないが、成長すればいずれ兄姉と同じく入門することが決まっていた。三人のうちの誰かが父の後を継ぎ、残った二人のうちどちらかに母の後を継がせるつもりなのだろう。ライニも二人の稽古を見るのは嫌いではなく、いずれ自分も入門することに否はない。どころか今から楽しみにしているほどだ。
「姉上は?」
「彼女はまだ道場にいるよ。そろそろ帰って来る頃だと思うけど」
「そうですか。それは残念です」
出来れば稽古を見ていたかったのだが、二人も学生の身。遅くまで稽古はできないだろう。軽く兄と世間話に興じてから、ライニは自室に向かう。宿題は出ていないが、予習と復習は最早日課だ。
あらかたの勉強を終わらせれば、夕食を知らせる母の呼び声。それに答えて部屋を後にした。食卓を囲むのは父と母に、兄と姉。そこにライニを加えた五人。
変わらない、ありふれた日常。
いつも通りの日常を終えて、ライニはベッドに潜り込む。目を閉じる寸前、今日こそあの悪夢を見ることがないようにと祈りながら。誰に祈っているのかはわからないが。
◆◇◆◇
そんな祈りが通じたのか、その日見た夢は初めて見るものだった。そこに悪夢の象徴であるあの獣の姿は見えない。それにどこかで安堵しつつ、夢とは思えぬ程鮮明な光景に釘付けになった。
どこかの林道だろうか。木々に囲まれた場所で、見慣れぬ服を着た少年が『何か』と対峙していた。懐から取り出した小さな赤い球が光ったかと思えば、緑色の魔法陣が展開される。
(魔導……いや、少し違う……?)
それに、どこか懐かしさと違和感を感じてしまう。ああ、知ってる。ライニはこれを知っている。だが、知っているモノよりもはるかに弱い。これではいけない。力が足りない。
『妙なる響き 光となれ』
黒い『何か』が向かってくるのと同時に少年が呪文のようなものを唱えだす。魔法陣が更に輝きだした。
(
その呪文に疑問を覚えてしまうのは何故なのか。夢とは絶対関係ないと言い切れる。それに何度考えても読みは合っているはずだ。ならいいだろうと脱線してしまった思考を引き戻す。これは夢なのだから、きっとそのせいだと言い聞かせて。
『ジュエルシード、封印!!』
一際大きく輝いた魔法陣に『何か』が衝突した瞬間、辺りは赤い光に包まれた。魔力の衝突に懐かしさを覚えながらも、これでは足りないと再び先ほどと同じ思いを抱く。手傷を負わせることは可能だろうが、おそらくこれでは倒しきれないだろう。
予想通り、黒い『何か』は身体を引き摺りながらどこかへ姿を消してしまった。一方、少年の方は力尽きたのか、膝をついてそのまま地面に倒れ込む。
『逃がし、ちゃった……』
追いかけなくちゃ、と言いながらも少年の身体からは力が抜けて行く。最後の力を振り絞るように掠れる声で祈る。
『誰か……僕の声を聞いて……力を貸して……』
途端に少年の身体は光に包まれ、その姿は小動物に。傍らに先ほどの赤い宝石が転がった。
◆◇◆◇
「で、二人は将来の夢とかってあるの?」
昼休み。屋上で三人そろって昼食をとるのは最早日常だ。そんな中で香純が問いかけていたのは先ほどの授業で出された課題について。将来の夢についての事だろう。
「夢、ねぇ~。俺は別にそんなもんどうでもいいっつーか。人生楽しく生きたモン勝ちだろ? 計画なんか立てたってつまんねぇっての」
「ま~たアンタはそういう……。ライニはどう? やっぱりお父さんの会社継ぐの?」
「僕も司狼と同じで、特には決めてないな。会社を継ぐのは兄上だろうし。将来なりたいものも……」
そこで思い出すのは毎日のように見るあの夢だ。
獣皇とも呼べる人ならざる者。
あれは、駄目だ。
あれはなってはいけないものだ。
この世に産まれてはならないものだ。
目覚めるべきではない、忌むべき黄金だ。
思い浮かべるだけでも怖気が走る。
魂の底から拒否反応が出る。
あれは己ではないのだと言い聞かせる。
「ライニ?」
「え、あ……」
「お前、たまーにどっか飛んでるときあるよな」
香純に声をかけられて、漸く意識が戻ってきた。ああ、そうだ。自分はここにいた。戦火の中ではない。これが自分の日常だ。そのことに安堵して、苦笑する司狼に謝る。
「すまない。将来のことなんて、考えたことなかったから……」
「そりゃ確かにな。つか、今から考えろって言われてもなァ」
「えー。二人共将来の夢とかないの?」
「んじゃお前はあるのかよ」
「そりゃ勿論。お嫁さんとか?」
「ねーわ」
途端に怒り出す香純と飄々とあしらう司狼。それを見て苦笑するライニ。これが今のライニの日常。守るべき陽だまりの日々。どこか物足りないと感じることもあるが、これは満たされてはいけない渇望だと理解している。
(ああ、ツァラトゥストラはこれを守りたかったのか)
理解しているからこそ、今感じた思いが誰のものであるのか。そこに疑問を挟むことすら許されない。
彼はライニ。黄金の獣には成り得ない、ただ一人の人間だから。
その日の帰り道、司狼が最近見つけた近道があると二人を引っ張って見知らぬ道へと入って行った。
「ちょっと司狼、ほんとに大丈夫なの~?」
「大丈夫だって。もう何回も通ってるし」
昼とは言え薄暗く人通りの少ない道に香純が怯えたようにライニの腕を掴むが司狼はどこ吹く風で、足取り軽く道を進んでいく。ライニはライニで初めての道というのが新鮮なのか、興味深くあたりを見渡しながら司狼の後に続いていた。
(この道、知っている……?)
どこかで見たような道。歩いたことはないはずなのに。事実ここに『既知』は感じない。初めて歩く道。初めて踏む土。初めて見る場所。だが確かに、見たことがある。それは『既知』ではなく、『既視』。当然だろう。永劫回帰は既に幕を下ろしたのだから。
思考の波にのまれかけていたその瞬間に。
(……けて。……たすけて!)
「え?」
不意に聞こえてきた声に、足を止める。どこかで聞いたような声だが、どこで聞いたのだったか。
「ライニ? どうしたの?」
「おい、どうした?」
ライニの腕を掴んでいた香純が異常に気付き、ライニを見上げるが彼は黙って虚空を見つめていた。二人が足を止めたことに気付いた司狼も振り返って二人の元に戻って来る。
「こっちか」
再び聞こえた声に方向を確定すると、ライニは香純の腕からすり抜けるように駆けていた。まるで何かに呼ばれるように。
彼の『日常』が崩れ出す。
『彼』の日常が戻って来る。
今宵の恐怖劇の、幕が上がる。
「これはこれは。さてどうするべきか。貴方はどうされる、幼い獣殿。我が友よ」
それを見ていた蛇が笑う。
かつてのように。
獣を見て笑い出す。
楽し気に、愉し気に。
さあ、我が友よ。
私に未知を見せてくれ。
(あとがき)
やってしまったリリカルけもの。
既に何度か転生しているため普通()の少年なので口調は若干幼いです。
今生での獣殿は蓮にとってのロートスポジション。
ライニは獣殿と根っこは同じだけど半分別人みたいに思って頂ければ。
基本的に本質の獣は寝てます。
反省はしてる。後悔もしてるけど投稿したからには続けます。