魔法少年リリカルけもの   作:さにり

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第二話

「これは……」

 

 夢で見たのと、同じ場所。同じフェレット。傷だらけのこの子をどうしようか決めあぐねていれば、後ろから香純と司狼が駆けてきた。

 

「ちょっとライニ! どうしたの……て、その子!!」

「あ? なんだ、動物か?」

「あ、ああ。怪我、してるみたいで……」

 

 二人にも見えやすいように身体を退かせば、血だらけのフェレットに香純が息を飲み、司狼も顔を顰めた。香純は大量の血に怯えてのことだろうが、司狼は違う。そこらの動物にやられた傷ではないと即座に看破したからだろう。

 

「ちょ、ちょっと大変、どうしよう!?」

「落ち着けバ香純。取り敢えず病院連れてくぞ」

「そうだな。この辺りで一番近い動物病院は……」

 

 傷に響かないようにそっとフェレットを抱き上げて、三人は近くの動物病院へと急いで向かう。

 

「傷は深くないから、もう大丈夫よ。ただ、すごく衰弱しているみたい」

 

 三人で動物病院に駆け込めば、槙原はすぐに治療してくれた。もう心配しなくて良いと言われて、特に香純は大きく安堵した様子を見せる。呼ばれて治療台に集まれば、包帯を巻かれたフェレットがそこに眠っていた。

 

「これ、フェレットですよね?」

「ええ。そう、なのかしら? あまり見たことのない種類だけど……」

 

 香純の問いに歯切れ悪く応えつつ、目が覚めたフェレットに視線が集中した。フェレットは何度か瞬きを繰り返し、辺りを見渡すとやがてその視線が一点に注がれる。

 

「ライニ」

「え、ああ……」

 

 フェレットがライニを見ていることに気付いた香純がライニを促す。恐る恐る手を伸ばし、フェレットを撫でようとした手は不自然に宙で止まった。そんなライニの様子に香純と司狼は顔を見合わせて苦笑する。

 迷うライニに気付いたのか、フェレットはライニの指先に鼻を寄せてヒクつかせると、ぺろりと指先を舐めた。

 

「あ……」

「ヒュゥ~! すげぇな。ライニに懐く動物とか、初めてじゃねぇ?」

「あれ、ライニどしたの? ……って、感動しすぎて固まってるし」

 

 今までライニが近づいた動物は軒並みライニに怯えて逃げるのが常で、自ら近づく動物すら稀だった。実は動物好きのライニにとってそれは酷く複雑なもので、触れることもできず遠くから見守ることしか出来なかったライニが初めて触れられた動物。

 感動しすぎて固まったライニとは裏腹に、力尽きたのかそのまま寝落ちたフェレットにその場は解散となった。ライニに懐いているから、また明日も来て欲しいと槙原に頼まれて三人は快く了解した。

 

「つっても、どうするかねぇ」

「何が?」

「あのフェレット。引き取るにしたって、俺の家にはもう犬がいるし、そもそも俺が問題起こせばジジババ共がうるせぇし」

「あ~……。私の家も猫がいるしな」

「僕の家は父が飲食店を経営しているから、基本動物は飼えない。けど……」

 

 司狼の問いにそういえば何も決めていなかったと三人そろって頭を悩ませる。既に犬猫を飼っている二人は論外だろう。仲良くできればいいが、怪我をしたフェレットを群れの中に入れれば襲われる可能性も高い。危険すぎる。

 かといってライニの家は飲食店。衛生面的にも厳しいところがあるだろう。が、ライニ自身は初めて懐いた動物ということもあり後ろ髪を引かれる思いがあるのも事実。

 

「預かるだけなら、相談してみようと思う」

「いいの、ライニ?」

「ああ。あのままにしておくわけにもいかないだろうし、見つけた責任もある」

「ていうか、お前は初めて懐かれて嬉しいだけだろ」

「それもある」

 

 一先ず相談してみるところからだと話は纏まって、この件はライニに一任された。ライニの家が無理だった場合は、なんとか里親を探してみようと。

 その日の夕飯の席で、早速ライニは両親にフェレットのことを相談してみた。

 

「父上、折り入って相談があるのですが、フェレットを預かりたくて……」

「フェレットかぁ……」

 

 事の経緯を説明してそのフェレットを暫く家で預かれないか、と話しを切り出してみたのだが、やはり父の反応はよろしくない。家で預かるのは難しいのだろうか、と肩を落としたのだが。

 

「フェレットって、なんだ?」

「もう、父さんったら」

「小動物だよ、父さん」

 

 砕けた口調で呆れるのは兄と姉。何故ライニだけ口調が堅苦しいのか、と言えば。ライニが生まれる前から日本に住んでいたハイドリヒ家だがライニが生まれたときは父の事業の関係でドイツに居たからだ。ドイツ語で育てられていたライニが日本に戻る際に独学で日本語を学んだのだが、どうやら参考にするものを間違えたらしい。とは言え妙に様になる口調に最早家族からのツッコミは無くなって久しい。

 

「いいんじゃないかしら。ライニが頼み事をするのも珍しいし。ライニがしっかりお世話するのなら構わないわよ」

「そうだなぁ。母さんがそういうのなら大丈夫だろう」

「本当ですか!?」

 

 瞬間、花が咲いたように笑顔になるライニに少なからず家族は驚いた。普段から笑わないと言う訳でもないが、ライニの笑みは愛想笑いじみた微笑が多い。心の底から笑ったところなど、それこそ家族である彼らもまだライニが幼いころに数度見たことがあった程度。友人である香純や司狼ならばもう少し見る機会も多いのだろうが。

 そんな、よく言えば大人びているライニが子供の様に心を躍らせるほどなのだ。悪いようにはならないだろう。

 

『というわけで、フェレットは僕の家で預かれることになった。明日放課後に迎えに行くつもりだ』

 

「送信、っと」

 

 三人のグループラインにこの件については問題ないとメッセージを入れれば即座に既読が付く。次いで二人から了解の返事。それを見てライニは一度携帯を充電器に繋げるとベッドに向かう。

 

「──っ!!」

 

 瞬間、頭に響いてきた不協和音に頭を押さえて蹲る。一体何が起きたのか。耳鳴りのような音が収まって来ると閉じていた目をゆっくり開ける。

 

「いまの、は……? ──ぃった!」

(……けて、助けて! 誰か、僕の声を聞いてる誰か……!)

 

 頭に響いてくるのは、夢と、昼間に聞いた少年の声。再び頭に響く妙な音に頭を抑えながら、ゆっくりと立ち上がる。なぜか、この声の主の元へ行かなければと使命感のようなものが沸き上がってくる。

 ライニの行動は早かった。家人にバレぬようにそっと家を抜け出して、声が聞こえる方向へ駆け出した。場所は分かっている。あの動物病院だ。あのフェレットが呼んでいるのだと何故か確信していた。

 なんとか動物病院に辿り付いた瞬間、言いようのない悪寒がライニを襲う。再び先ほどの耳鳴りのような音が頭に響き、空気が変わった。まるで、異世界にでも足を踏み入れたような、妙な感覚。

 嫌な予感に、病院に入るべきか否か思案していれば、院内からフェレットが飛び出してきた。

 

「あ……!」

 

 駆け寄ろうとした瞬間に本能的に動きを止める。直後、フェレットを追うようにして飛び出してきたのは夢でみたあの黒い『何か』だ。庭に植えられた木に激突して、半ばから木が折れる。圧倒的な物量に息を飲んだ。

 それと同時にそこから吹き飛ばされたフェレットを見つけてそちらに手を伸ばす。

 

「あぶないっ!」

 

 フェレットを抱きかかえて芝生を転がる。アレはどうなったのかと顔を上げれば、木の下敷きになったそれは暫く抜け出しそうにない。それに安堵しながら、不思議と命の危険に晒されている恐怖はなかった。

 

「あれは……」

「きてくれたの?」

「……卿、喋れるのか?」

 

 あれはなんなのか。目を凝らそうとした瞬間、腕の中のフェレットが声を出した。自分を呼んでいたあの声だ。驚いてフェレットを見るが、考えてみれば当然か。このフェレットがライニを呼んだのならば人語を介することに不思議はない。

 こうして話せるのであれば好都合。状況を判断して、ここでは被害が大きくなってしまうとフェレットを抱きかかえて病院から駆け出した。

 

「さて、逃げている間にいくつか聞いても?」

「え、あ、うん。説明する。というか、あんまり驚いてない、ね……?」

「ああ。どういうわけか、僕は昔から危機感というものが希薄でね。まあそれは追々話すとして、今は先ほどのあの黒い物体についてが先決じゃないのかな」

 

 走りながら淡々と告げるライニに面食らいながらもフェレットは矢継ぎ早に状況の説明を行う。

 曰く、彼はこの世界ではない別の世界から来たこと。

 曰く、彼はある物を探していること。

 曰く、ライニには資質があるため協力して欲しい。

 曰く、資質とは魔法のことだという。

 そこまで説明し終えた瞬間、空から黒い『何か』が降ってきた。再び地面を転がるようにそれを避けたライニはフェレットが無事であることを確認する。

 

「お礼は必ずします! だから、どうかお願いです!」

「……」

 

 必死に懇願するフェレットにため息を吐く。人道的に、これを放っておくわけにはいかないだろう。彼の幼馴染ならどうするか。簡単だ。香純ならば無条件で手を貸すと言うだろう。司狼ならば面白そうだと話に乗るだろう。ならばライニも、二人の幼馴染に準じよう。

 

「わかった。礼はいらない。僕は僕の意思で卿の力になろう。それに何より、未知が見れる気がする」

「え……?」

 

 一瞬、ライニの蒼い瞳が金色に光ったような気がしたのだが、気のせいだろうか?

 浮かんだ笑みは、到底子供が浮かべる笑みではないような……。

 そんなことを考えている間にも、体勢を立て直した黒い『何か』が向かってくる。それに気付いたフェレットは慌てて首についている赤い宝石を差し出した。

 

「これを! それを手に、目を閉じて心を澄ませて! 僕の後に続いて!!」

「わかった」

 

 受け取った赤い宝石を握りしめ、言われた通り目を閉じる。心を澄ます、というのはよくわからないが、無心になれということだろうと解釈した。フェレットの声に耳を傾け、同じように繰り返す。

 

「我、使命を受けしものなり」

 

「契約のもと、その力を解き放て」

 

「風は空に、星は天に」

 

「そして、不屈の心は──この胸に!」

 

「この手に魔法を!」

 

「レイジングハート Set up!」

 

≪Standby ready≫

 

 

 最後の一説を唱えた瞬間、黄金の魔力が爆発した。

 

 

「……っ!?」

「な、なんだこれ!?」

 

 ライニの身体から立ち上る圧倒的な魔力に、フェレットは瞑目し振り落とされないようにライニの肩にしがみ付く。彼の魔力はただひたすらに圧倒的で、天を穿ち大地を揺るがした。それがどれほどの衝撃なのか、フェレットはそれを表す言葉を持たない。

 いつかどこかの魔術師はこう語った。『究極に近くなるほど、言葉は陳腐になるものだ』と。これはそういうものだった。そう、ただひたすらに、陳腐なまでに凄まじかったのだ。

 我に返ったフェレットは、呆然と自らを中心に天まで届く、否、天を超える程の光の柱を見上げるライニに叫ぶ。

 

「イメージして! 魔法の杖の姿と、君の身を守る強い衣服の姿を!!」

「強い、姿……?」

 

 そう言われて、真っ先に思い浮かべてしまったのは毎夜夢で見る悪魔の姿。

 白い軍服に黒い外套をマントのように羽織ったその姿。

 首に掛けた黄金のストラが揺れる。

 人体の黄金律と言っていいほど均整の取れた完璧な身体に、笑みを浮かべたその麗貌。

 鬣の如く靡く髪は黄金。

 総てを見下す瞳もまた黄金。

 手には神殺しの聖槍。

 そう、彼はイメージしてしまった。決してなってはならない、この世に存在してはならない獣の姿を。総てを灰燼とかす神殺しの槍を。破壊公(ハガル・ヘルツォーク)愛すべからざる光(メフィストフェレス)を。

 その瞬間、立ち上るばかりだった魔力が収束する。

 

「まて! 違う、今のは……!!」

 

 そこに言いようのない恐怖を感じて、慌てて違うと叫ぶが既に遅い。赤い宝石から放たれる光がライニを包み、先程の姿を具現した。

 

「す、すごい……」

 

 その姿に、フェレットは感嘆する。こんなこと、見たことも聞いたこともない。

 白い軍服に黒い外套をマントのように羽織ったその姿。

 首に掛けた黄金のストラが揺れる。

 切りそろえられていた黄金の髪は、溢れる魔力が鬣となり肩ほど長く伸びている。

 蒼い瞳もまた、魔力と同じ黄金に。

 手には神気すら感じられる程の黄金の聖槍。

 まるで聖剣に槍の柄を付けたかのような、突きよりも斬ることに特化したその槍の、刃の根本にはレイジングハートが煌めいていた。

 それでも尚、ライニから溢れる魔力は留まることを知らない。その場にいるだけで他者を圧倒する魔力は、紛うことなき覇者のそれだ。

 素質はあると思っていた。恐らく、自分よりも強くなるのだろうと予感していた。だが、これは余りにも凄まじい。まるで……そう、まるで、生まれてくる世界を間違えたような存在だった。

 

「これ、は……。ちがう、だめだ、これは……!」

 

 自分の身体を見下ろして、ライニは困惑する。

 これは、本来なってはいけない姿だったはずだ。自ら封じた力のはずだ。今すぐこの力は捨てるべきだ。

 しかし、状況がそれを許さない。ライニの魔力に圧し潰されながらも、黒い『何か』はライニに敵意を向ける。

 

「来ます!」

「……迷っている暇はない、か」

 

 フェレットの声に今は諦めて、こちらに飛びかかって来る黒い『何か』に向かって手にした槍を横に薙ぐように振るった途端、それは轟音と共に四散した。その衝撃たるや、余波で近くの電柱が半ばから折れるほど。

 

「…………え?」

 

 一瞬、何が起きたのか分からずフェレットは瞬きを繰り返す。飛び散った黒い物体とライニを見比べて、次いでレイジングハートを見る。

 恐らく、今、魔法は発動していない。レイジングハートは沈黙している。

 つまり、素の力だけでアレをやったのだろうか。いや、これほどの魔力を持っているのだから、無意識に身体強化をしていたのだろう、そうだ、そのはずだ、そうでなくてはおかしい。

 

「ここは不味い。場所を移そう」

「え? え!?」

 

 無理矢理自分を納得させようと思考を巡らせていたフェレットを他所に、何てことの無いように困惑するフェレットを抱きかかえてライニは再び走りだす。

 勘だが、今の一撃では殺しきれていない。恐らくアレを倒すにはもっと別の方法があるのだろう。そう結論付けて、走りながらフェレットに問いかけた。

 

「つまり、魔法とは魔力を原動力にした科学、という事か?」

「は、はい。デバイスに与まれたプログラムを発動させて魔法を扱っています。必要なのは、術者の精神エネルギーなので使用者によって威力も変わります」

「なるほど。それで、アレの正体は? 正攻法では倒しきれないと踏んでいるんだが……」

「アレは思念体。倒すにはその杖……というか槍で封印する必要があります!」

 

 説明を受けている間にも、妙な気配に振り返れば四散していたはずの塊が寄り集まって身体を再生し始めている。これだけ圧倒的な戦力差を見せつけて尚ライニを狙うのは、アレが思念体であり恐怖という概念すら知らない存在だからだろう。まともな思考ができる生物であれば普通は逃げ出すものだ。だが、今は都合が良い。こちらを目標と定めてくれるのなら被害を最小限に抑え込める。

 

「封印の手順は?」

「呪文が必要です! 心を澄ませて、そうすれば自然と貴方の呪文が浮かんできます!」

「……心を?」

 

 またよくわからないことを、と呆れてしまうが先ほど宝石を起動させることはできたのだから、同じ要領で行えば良いのだろうとライニは目を閉じる。呪文と言うのは、よく司狼や香純とやるゲームにでてくるようなものだろうか?

 意識を集中させれば、脳裏に浮かび上がるのは知らない言葉。だが、どこか懐かしい。

 

 

その男は墓に住み(Dieser Mann wohnte in den Gruften, ) あらゆる者も あらゆる鎖も(und niemand konnte ihm keine mehr,)

 

 

あらゆる総てをもってしても(nicht sogar mit einer)繋ぎ止めることが出来ない(einer Kette, binden.)

 

 

彼は縛鎖を千切り 枷を壊し(Er ris die Ketten auseinander) 狂い泣き叫ぶ墓の主(und brach die Eisen auf seinen Fusen.)

 

 

「……いや、ないな」

 

 浮かんだ言葉をそのまま続けようとして、目を開く。この姿と同じだ。その言葉は忌避の対象になる。それに明らかに、封印とかそういう優しい呪文じゃないと確信した。なんというか、これを唱えてしまったら辺り一面荒野になる未来しか見えないのは何故なのか。そもそも、こんな長い詠唱を唱える程悠長な場合でもないだろう。

 

「もっと短いのは……」

 

 先ほどのイメージを払拭するように再び目を閉じて、無心になる。今度は忌まわしい悪夢を思い出さないように徹底的に。

 

「…………」

 

 脳裏に浮かんだ呪文は、確かに短い。短い、が。なんだかこれを唱えてはいけない気がする。キャラ的に。

 

「ほか、何か他の呪文は……?」

「危ない!!」

 

 が、迷っている暇もない。フェレットの言葉に顔を上げれば、こちらに飛びかかってきた黒い『何か』は既に目前に迫っていた。

 さて、どうする?

 片方は論外だ。これは絶対に唱えてはいけない。しかしもう片方は色々とアウトだ。沽券に関わる。万が一司狼なんかに見られたら生きていけなくなる気がする。迷いながらも飛びかかってきたそれを槍の柄で弾き飛ばしておく。が、手加減をし過ぎたのか即座にそれは体勢を立て直し、再びこちらに飛びかかろうとしていた。

 

「はやく封印を! 急いでください!!」

「そうは言っても……、いや、『私』のキャラ的にこれは……、ある意味未知ではあるが、しかし……」

 

 どちらを選ぶか。どちらを選んでも地獄だ。最初の呪文は文字通り地獄を作り出す未来しか見えない。かと言っても次の呪文では社会的な意味で地獄だ。前者の地獄は許容できる。まだ許そう。むしろこの選択肢ならば歓迎すらできる。後者はいろんな意味でアウトだ。もし『友人』に見られたら『彼』は絶対この先これをネタにする。そんなこと、キャラ的に許されるわけがない。守るべきキャラというものがある。

 ならば選ぶ地獄は一つしかない。選択の余地はない。はずなのだが……。

 

「敗者の矜持……か」

 

 ふ、と諦めにも似た笑みを浮かべて、ライニは槍を構えた。男なら腹を括るべきだろう。半ば自棄になって、飛びかかってきた『何か』に向かって槍を振り下ろしながら呪文を叫んだ。

 

「……かる……っ。リリカルマジカルっ! ジュエルシード封印!!」

 

 本人はやけくそで羞恥に死にそうになっていたが、これは紛れもなく英断だろう。万が一彼が最初の呪文を使用していたら、今頃地球はグラズヘイムになっていた。ここに彼の爪牙がいたのなら喝采するほどの英断だったのだが、彼には知る由もないことだ。現実逃避のように無心になっていれば、意識の奥底にいる誰かが声を上げて笑っているような気がしたのだが気のせいだろうか……。

 黒い『何か』は黄金の光に包まれ、一瞬で霧散してしまった。後に残ったのは青い宝石。どういう原理か地面から浮いた状態で輝きを放っている。

 

「…………」

「アレがジュエルシードです。レイジングハートで触れて」

 

 意気消沈しているライニを促すように、フェレットは青い宝石に駆け寄る。漸く我に返ったライニも宝石に近づくと槍の穂先で宝石に触れた。途端に黄金の光が辺りを包み、青い宝石は槍に吸収されたかと思えば槍は消え、衣服も軍服から元の服に戻りだす。光が収まったとき槍を持っていた手には赤い宝石が一つだけ収まっていた。

 

「これで終わりかな?」

「はい。貴方のおかげです。ありがとう」

 

 そう言って、フェレットは力尽きたようにその場に倒れ込む。怪我をしていながらこんな戦闘に巻き込まれたのだから当然か。

 

「さて、僕も帰ろうかな」

 

 このままここに居ては色々と面倒だ。既に騒ぎを聞きつけたのか近隣住民が通報したのか、パトカーや救急車のサイレンの音が近づいてきていた。

 

「いくら敗者の矜持があるとは言え、この『私』が、か。ふふふっ! 中々の未知ではないか。ああ、悪くない」

 

 苦笑しながら呟かれたのは誰のモノだったのか。腕の中で眠るフェレットを撫でながら、ライニは小走りに帰路につく。

 

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