一夜限りの恐怖劇だろう、なんて楽観して観客に徹することに決めていたのだが。
天を穿ち、大地を揺るがした黄金に成り行きを見守っていた水銀の蛇は僅かに顔を顰める。笑みを貼り付けた彼の些細な変化に気付ける者などそれこそ今はいない彼の盟友くらいであろうが、この蛇が僅かながらも笑みを崩すのは珍しい。この事態はその程度には悩ましい事態だと言える。
「ふむ。これは、少々厄介なことになりそうだ」
以前ならばここで一石投じるのが彼のやり方ではあったのだが、ここは女神の治世。故に下手な騒ぎは起こせない。何せ今回は主演が主演だ。敗者の矜持に準じる彼のことだから、簡単に目は覚めないだろうが器に問題がある。今の彼は力の制御も碌にできていない幼子だ。今は自らの力に振り回されてしまう。彼が力を持つには早すぎる。今の彼はいつ暴走するかもわからない爆弾に等しい状況なのだ。
その証拠に、幼いながらも彼が模った姿は黄金の獣そのもの。今までは刹那の日常を楽しんでいたから暴走の兆しは見えなかった。だが、軍神とも呼べる彼の獣皇が、戦の日常を取り戻してしまえばどうなるか。未知ではあるが、女神の脅威に成り得てしまう。
ここは裏で手を回して適当なところで切り上げさせるべきだろう。
そう結論付けた瞬間に。眼下で起きていた戦闘も佳境を迎えていた。
「……かる……っ。リリカルマジカルっ! ジュエルシード封印!!」
「ブフォッ!!」
羞恥に顔を赤く染め上げて、やけくそ気味に叫ばれた台詞の何と可愛らしい事か。
さて、ここで問題なのは今現在の彼の姿だ。幼い美少年が叫んでいれば愛らしい姿であっただろう。しかし、美少年と言えども彼はただの可愛らしい魔法少女……魔法少年ではない。
白い軍服に黒い外套を肩から羽織り、首には黄金のストラ。
手に持つ武器は聖槍そのもの。
溢れる魔力により鬣と化した靡く髪はいくらか短く肩より少し長い程度だが、豪奢な黄金。
敵を見据える双眼もまた、黄金。
かつての盟友をそのまま縮めたようなその姿に、水銀は吹き出した。吹き出した状態で時が止まった。まるでここだけツァラトゥストラが流出したかのように、完璧に時が止まった。
「ふ、ふふ……ふはははははははは!」
再び時が動き出したのは、戦闘が終わり彼らがその場を逃げた後。パトカーやら救急車やらが現場に到着して更に経ってからだ。既に白み始めた空に水銀の笑い声が響き渡る。
一夜限りの恐怖劇?
いつ暴走するかもわからない爆弾に等しい?
未知ではあるが、女神の脅威に成り得てしまう?
ここは裏で手を回して適当なところで切り上げさせるべき?
「否! 断じて否!!」
先程まで考えていたことを愚考と断じて切り捨てる。そのような愚かな行為、どうしてできようか。
「流石は我が愛しの女神の治世! 流石は我が友!! まさかこれほどまでの未知を魅せてくれるとは!! 一夜限りの恐怖劇にするなど、勿体なくて私にはできない。できるはずがないのだ。ああ、すまないねマルグリット。我が愛しの女神よ。だが許してほしい。これは必要なことなのだ。我が友が成長するには、どうしても必要なことだと私は判断した。無論、この責は私が負おう。この世界は必ず私が守るとも」
だから、だからどうか、許してほしい。彼がこの先どうなるのかを、見届けさせて欲しい。
今もこの世界を抱いているであろう愛しの女神に語りかける。言い訳のように聞こえただろうか。真実これは言い訳なのだろう。自身のエゴで、危険分子に成り得る者を放っておくなど、守護者失格と言われても仕方ない。
だが、それでも可能性を見てしまった。この世界で、かつての盟友が人として成長する可能性を見てしまったのだ。だからどうか、貴方にも見ていて欲しい。退屈はさせぬから、と。
──うん。いいよ。私も彼を見守りたい。彼のことも抱きしめたいから。
風に乗って、聞こえてきたその声は幻聴だろうか。
「ああ。ありがとう、マルグリット。私の女神よ」
さあ、恐怖劇を始めよう。
脚本はなく総てが即興。
演出もまた決まっていない。
何もかもが想定外で進んでいく。
それは劇と言うには纏まりのない話かもしれない。
三文小説にも劣る脚本になってしまうかもしれない。
しかし、役者がいい。
至高と信ずる。
「故に、面白くなると思うよ」
かつて怒りの日を演じた演者達が、再び集う。
彼らが奏でる新たな歌劇。
彼らならば、至高の未知を魅せてくれるだろう。
笑いながら、蛇はその場から影のように消え去った。
「と、言う訳でね、ツァラトゥストラ。暫く我が友を見守ろうと思う」
「はあ!? ふざけんなよメルクリウス! ただでさえラインハルトに力は与えられないってのに、まだ子供で、それも、何だ、魔法少年? 冗談じゃない。今すぐ俺達でその問題解決させて、一刻も早くアイツは日常に帰すべきだ」
「でもレン。私もカリオストロに賛成だよ? きっとこれは、彼らに必要なことだから」
「マリィ……。そうは言っても、これは……」
「まったく。我が息子ながら頭が固いな。まあ取り敢えず、ここに事の経緯を録画したデータがある。これを見てからでも遅くはないだろう?」
言ってメルクリウスは空間にとある場面を映し出す。流石ストーカーと言うべきか、そこには先の戦闘が総て収められていた。黒円卓の軍服を纏ったラインハルトの姿に蓮の目に剣呑な光が宿った次の瞬間。
『……かる……っ。リリカルマジカルっ! ジュエルシード封印!!』
「ブフォッ!!」
父と全く同じ反応をしていた。
「素晴らしい未知だろう? ん?? これを摘んでしまうのは余りにも勿体ないと思わぬかね?」
「ちょ、ちょっと待て……! なんだこれ、こんな未知いらねぇ……!!」
「わー、可愛いね~」
ツボに入ったのか悶絶しながら腹を抱えて痙攣する蓮に、幼いラインハルトの姿に笑顔を見せるマリィ。顔を背けて笑うのを堪えるメルクリウス。何ともカオスな空間になってしまったが、その後二人の説得で蓮はしぶしぶ傍観の道に頷いた。
「言っておくが、アイツが暴走しそうになったら即止めるぞ。それこそ、殺してでも、な」
「無論。それは承知の上だ。責は総て私が負おう」
いくら未知とは言えこれが危険な綱渡りであることに変わりない。蓮の条件も当然だと水銀は受け入れる。
「ねえカリオストロ。この子たちのお話、私も見たいな」
「ああ、分かっているとも。友を始めとし、今後彼に関わるであろう人物の監視体制は整っている。これで24時間365日いつでもどこでもどの世界にいたとしても好きな時に様子を見れるよ」
「……言っておくけど、お前それ普通に犯罪だからな」
傍から見ればショタコンストーカー変態野郎にしか見えないことを自覚しているのだろうか。などとツッコミを入れながらも、愛しい女神へのストーカー行為が減るのであれば背に腹は代えられないだろうと割り切った。
「……くしゅっ!」
「どうしたの? もしかして、風邪?」
「いや、違う……と思うけど。何故かな、何か悪寒が……」
(すまん、ラインハルト……。まあお前ら友達だし、自分の友達の暴走は自分でなんとかしてくれよ……)
かつての宿敵に見放されたことをライニは知らない。