家に帰るなり抜け出したことがバレていたのか、兄には怒られたが姉がフォローを入れてくれた。その後すぐに両親にフェレットを紹介して、一通り即席で考えた言い訳と事情を説明し今後フェレットをどう飼育するのか家族会議が終わったところで漸く解放される。
「乱暴に扱ってすまない。怪我は平気か?」
部屋に戻るとフェレットをベッドに寝かせる。起き上がったフェレットにそのままで良いと声をかけて傍らに腰かけた。
「さて、色々と聞きたいことはあるけど、まずは自己紹介をさせてもらおう。僕はラインハルト。ラインハルト・ハイドリヒ。長いから、周りにはライニと呼ばれている。卿もそう呼んでくれると助かる」
「僕はユーノ・スクライア。よろしく、ライニ」
「よろしく、ユーノ」
漸くお互いの名前が分かって、今まで名前も知らなかったことに思わず笑ってしまった。
「ごめんね、ライニ。君を巻き込んでしまって……」
「気にしなくて良い。それなりに楽しめたから、僕はむしろお礼を言うべきなんだと思う」
「た、楽しめた……って、あんな目にあったのに……?」
ライニの言葉にユーノは困惑する。ここは巻き込んでしまったことを怒られても仕方ないことだと思っていたから。
「ああ、あの時も少しだけ話しただろう。僕は危機感というものが希薄でね。まあ僕の友人にも似たようなのが居るから、それの影響なのかもしれないけど……。とにかく、色々と想定外もあったが僕は楽しかった。驚いてくれ、ユーノ。今まで僕はあまり物事を楽しめたことがないのだけど、この先もっと面白いことがあると予感した。今、僕は心を躍らせているんだ。まるで無垢な子供の様に」
「…………」
この先も自分に関われば先ほどのような危機に直面すると理解しているだろうに、子供らしく笑う姿に邪気はない。本当に、この事態を面白い遊びとしか捉えていないのだ。まるで、新しい玩具を見つけた子供の様に。
色々と規格外な少年だとは薄々感じてはいたのだが、小学生にしては少々人格に問題がある気が……。
(いやいや、助けてもらったんだし、それに彼の力は本物だし……!)
「さて、僕は明日も学校だから、そろそろ眠らないと。明日また、色々と話そう」
「あ、うん……」
ユーノの為に即席の簡易ベッドを作り、そこにユーノを移動させる。おやすみ、と互いに挨拶を交わして部屋の電気を消すと揃って眠りについた。
翌朝。学校に行く準備をする傍らライニはユーノに今後について話しだす。
「学校から帰ったら、ジュエルシードのこととか色々と聞きたいんだけど、体調の方は大丈夫かな?」
「うん。ライニのおかげで魔力を治療に回せたからもうばっちり。それに、ライニが望むなら念話もできるから、空いた時間に話すこともできるよ」
ユーノが説得しなければ学校を休むとまで言っていたライニに、そんなに気になるなら空いた時間を使って話し合おうと提案してみる。当然ライニはそれに二つ返事で頷いた。
◆◇◆◇
「ねえ、ちょっと聞いた!? 昨日の夜、あの動物病院の近くで事故があったって!」
「あ、ああ。今朝、ニュースで見たよ」
「あのフェレット、大丈夫かなぁ……」
「それなら心配いらない」
学校に着くなり香純から振られた話題に歯切れが悪くなってしまうが、香純はそれよりもフェレットを心配しているようだ。安心させるように適当な話をでっちあげる。
「ほんと!? よかったぁ……」
「ふーん。つまりお前は? 『偶然』夜中に外出していたときに、『偶然』病院を抜け出していたあのフェレットを、『偶然』見つけて保護した、と。なるほどねぇ」
素直に安堵する香純と違い、司狼はニヤニヤと笑いながらライニを見る。強調される『偶然』という言葉に思わずライニの笑みも引きつった。
「司狼、今度一つだけ言う事聞くから、ここは合わせてくれ……」
「りょーかい。貸し一つな」
おそらくライニが司狼曰く『面白い事』に片足突っ込んでいるのをかぎ分けたのだろう。今は香純にまで疑われることは避けたいから小声で司狼に釘を刺す。代価は痛いが背に腹は代えられない。
片手間に授業を受けながら、早速ユーノと連絡を取った。授業の妨げになるのでは、と心配するユーノに問題ないと答えて、知りたいことを全て話してもらう。
曰く、ジュエルシードとはユーノの世界の古代遺産であること。
曰く、ジュエルシードとは持ち主の願いを叶える宝石であること。
曰く、ジュエルシードは単体では不安定で、昨夜のように暴走する可能性があること。
曰く、ジュエルシードを発見したのはユーノであり、運んでいた船が墜落してこの世界にばら撒かれたこと。
曰く、ジュエルシードは21個あるという事。
曰く、今見つかっているのは2つだけであるという事。
(なるほど。それで発見者である卿は責任を感じてそれを探している、と)
(……うん。昨日は本当に、ありがとう。この先、君に迷惑はかけないよ。あと五日もあれば完全に魔力が戻ると思う。だから……)
(卿は何を言っている?)
(え?)
それまで休ませてくれれば、すぐに出て行くというユーノにライニは不思議そうに僅かに首を傾げてユーノの言葉を遮った。
(昨日言ったばかりだろう。僕はこの先、もっと面白くなると予感した、と。当然この先も手伝わせてもらう。異論は認めない。『私』が今そう決めた)
(ら、ライニ!? わかってるの!? 昨日みたいに危ない目に……)
(正直昨日、危ないと思った場面はなかったと思うのだけど、僕の思い違いかな)
(あう……。でも、この先もっと危なくなることだって……!)
(願ってもいない)
小さく笑ったライニに、ユーノはもう何を言っても無駄なのだと悟ってしまった。有難い申し出であるのは確かなのだが……。何故だろう。なぜかとんでもない人選ミスをしたような気がしてしまうのは。
帰り道、香純と別れて司狼と二人きりになった途端に司狼は悪い笑みを浮かべてライニを見る。
「そんで? 俺らに内緒で何やってんだよ、お前」
「まだ何も。これから始まるかもしれない、というものだよ」
「それにしちゃ楽しそうじゃねぇの? 俺、お前がそんなに楽しそうにしてるの見るの初めてだぜ、多分」
わざと人通りの少ない道を通りながら、司狼は飾ることなく直球でライニに問う。下手に隠しても躱されるのがオチだと理解しているからだ。
「今は正直、僕も事態の全容を把握しきれていないから、話せることも少ないんだ」
「そうかよ。んじゃ約束しろよ。マジに面白い展開になったら、香純はともかく俺を除け者扱いは許さねえ」
「当然。分かっているとも。というより、卿は自分から首を突っ込んでくるだろう?」
「当たり前だろ。なんだかわかんねぇけど、面白くなりそうなのに傍観なんて俺のキャラじゃねぇっての」
身の安全より命を危険に晒してでも面白いことを優先するのは二人とも変わらない。一見正反対にも見える二人が今まで友人として上手く付き合っていたのは、そういうところが同じだからだろう。二人で笑い合って約束すると、司狼とライニはそこで別れた。
(それで、ユーノ。散らばったジュエルシードを探すにはどうすればいい?)
(発動していないジュエルシードを見つけるのはとても難しいんだ。魔力を振りまいて無理やりジュエルシードを起動させることもできなくはないけど……)
(効率が悪すぎる上に被害も大きくなる、か)
(うん。この方法は、最後の手段にしたい)
(僕もあまり目立ちたくはないから、できるだけ穏便に済ませよう)
正直なところ被害についてはどうでも良いところだが、人前であの姿になりたくもないし、あの呪文を唱えるのにもかなりの抵抗がある。面白そうではあるが、なるべく隠れて楽しみたいものだ。
(司狼には、どう説明するかな……)
(え? どうしたの?)
あの友人のことだから、きっと首を突っ込んでくるだろうし実際に暴走したジュエルシードを見たいとも言いだすだろう。そうなれば、どうしても司狼に見せたくない姿まで見せる羽目になる。
不思議そうに聞き返してくるユーノに独り言だと返して、今は散らばったジュエルシードをどう探すかという事について意見を出し合う。
商店街を歩いていたときに、それは起こった。
(──っ!!)
魔法を扱い始めたばかりのライニでもわかる程の異常。これは、覚えがある。病院で感じたジュエルシードの暴走体と同じ気配。それも、あの夜のモノよりはるかに気配が濃い。
(ライニ!)
(わかっている!)
即座に踵を返してライニは駆け出した。まるでジュエルシードがライニを呼んでいるように、その気配の元が分かっていた。
◆◇◆◇
「もしこれでアイツが暴走しそうになったら、即座に力を取り上げる。そういうことでいいんだな?」
「無論。しかし力が安定しているようであれば、この件は今しばらく彼に任せる」
駆け出したライニを見下ろしながら、二人の男は言葉を交わす。驚いたことにその顔は親子のように瓜二つ。しかし親子というには剣呑な雰囲気で話す二人の間で、一人の少女が困ったように笑っていた。
「あ、みて、二人共。ユーノと合流できたみたいだよ」
女神の声に二人の視線は再び一人の少年へ。神社の石段を駆けあがっていくところだった。
鳥居をくぐった瞬間に、それはこちらの存在に気付いた。昨夜の不定形な『何か』ではなく、明確に犬とわかるが、犬よりも凶悪なその巨体と内に秘めた狂暴性にライニは僅かに顔を顰める。
「いけない! 原生生物に憑りついている! 昨日の思念体よりも強くなっている!」
「なるほど、それで……」
道理で気配が濃いわけだと納得して、ネックレスにして持っていたレイジングハートを手に取った。
「これ、起動方法は?」
「昨日と同じ呪文を繰り返して!」
ユーノの言葉に呪文を唱えようとした瞬間に、その犬がこちらに飛びかかって来る。
(速い!)
獣の身体を得たそれは昨日とは比べ物にならない程に速い。後ろは階段。横に避けるにしても境内の外にこれを出すことは望ましくない。呪文を唱えている暇もなく、万事休すと思われたのだが。
「
≪Standby ready≫
自然と脳裏に浮かんだ言葉を口にしていた。
手にしていたレイジングハートが黄金の輝きを放ち、ライニの手には聖槍が握られ、衣服は制服から軍服へと変わる。黄金の髪が伸び鬣となり、瞳もまた黄金へ。
目前の獣に視線を移せば、獣は慌てて飛びずさりその場にひれ伏した。怯えるように耳を垂れ下げて鼻を鳴らす。
「良い子だ」
「…………」
大人しくなった獣に笑いかけるライニの肩で、どこからツッコめば良いのかユーノは困惑する。そもそも起動パスワードの変更・短縮など聞いたこともないし、いくら元が生物だとしても暴走したジュエルシードが怯えるなど有り得ないはず。だというのにライニは全て当然のように動くものだからなんだか一々驚いている自分が可笑しいのではないかと思えてきてしまう。
「ユーノ。封印の手順も昨日と同じか?」
「あ、うん。お願い」
大人しく伏せった獣の鼻先を撫でてやるライニと、撫でられるたびにビクビクと哀れにも身体を震わせる獣に同情しながら頷いた。
「時に、封印の呪文の変更とかは……?」
≪…………≫
「つれないな」
無言のレイジングハートにそんな無茶は一度だけ、と言われている気がして肩を竦める。既に腹をくくったのだからこれは我慢するしかあるまい。
「あー、コホン。……リリカルマジカル、ジュエルシード封印」
僅かに羞恥を残しながらも、呪文を唱えて獣の鼻先に槍の穂先を当てたとたんに黄金の光が辺りを包む。光が収まったそこには、元通りになった犬が一匹と蒼い宝石が一つ。浮かんでいる宝石に再び穂先を向ければそれは槍に解けるように消えていく。
「これで二つ、か」
「すごいよライニ! こんなに順調に進むなんて……!」
「僕は僕にできることをやっているだけだよ」
槍と軍服を宝石に戻しながらライニは苦笑する。自分はそう大した人間ではないのだ、と。
「そんなことない! ライニがいなかったら、僕は一つもジュエルシードを回収することが出来なかった。僕の責任なのに……」
「ユーノ。卿は些か責任感が強すぎる。それはある意味美徳なのだろうけど、だからと言っていらない責を負う必要はない。今の卿が行きつく先は破滅しか見えぬよ。つまり、端的に言えば肩の力を抜いたらどうかな?」
「ライニ……」
「先に言った通り、僕は僕にできることをやっているだけにすぎない。それで卿の力になれるのなら身に余る光栄だよ」
「確かに、僕は分不相応な重荷を背負おうとしているのかもしれない。君の言う事も、多分間違っていないんだと思う。だけどライニ。君は君で自己評価が低すぎると思うよ」
「……そうかな?」
自己を戒めるようにライニの言葉を噛みしめながら、苦笑気味にユーノは告げる。その台詞にライニは本気で意味が分からないと言わんばかりに首を傾げるものだからユーノは彼を諭すように、ライニの肩から飛び降りて蒼い瞳をまっすぐに見据えて強く頷いた。
「そうだよ! 君の力は本当にすごい! 僕は今まで、君ほど凄い人には出会ったことがなかったんだ! ライニは僕の命の恩人だよ。だから、そんなことを言わないで。自分を嫌うようなことしないで。きっと僕らが出会ったのも、偶然なんかじゃない。君の力は、きっとこの世界を守る為にあるんだよ!」
「……世界の、ため?」
笑いながら告げられた言葉に、目を瞬かせる。ライニは自らを詰まらない人間だと定義しながら、自分の持つそれが常人の規格から外れていることもまた自覚していた。故にこれは封じ、御するべきものだと。この力を使おうなど、今まで一度たりとも考えたことがなかった。
しかし、ああ、しかし、だ。もしこの力がユーノの言う通り、世界の為に与えられたものだというのならば。恐れるだけでは何もできない。
「ありがとう、ユーノ。世界を守る、か。それも良い」
壊すためではなく、この世界を守るために使うべきだろう。それが力を持つ者の責任であり、刹那に敗れた黄金が誇る矜持。
不思議と胸に嵌ったその言葉に、ライニは深く瞑目する。
「卿に出会えてよかった、ユーノ・スクライア。改めて、『私』は卿に敬意を示したい。卿の友人になりたいと思う」
「大袈裟だよ、ライニ。僕も君と出会えてよかった。君の友人として、とても、とても嬉しく思うよ」
再びライニの肩に駆け上って、すり寄るユーノにライニも口元を綻ばせる。
(どっちの君も、君なんだよね、ライニ……?)
『僕』と『私』。
時折混ざる一人称は、傍から見れば子供が口調だけでも大人になろうと背伸びをした結果の混同にも見えるかもしれない。だがライニのそれは根本からして違うとユーノは理解していた。理解した上で、彼の友人でありたいと願った。
黄昏に染まる空の下、二人は笑い合いながら帰路につく。
◆◇◆◇
「それで、此度の歌劇はどうであったかな?」
「……取り敢えず、もう少しは様子見だ。ラインハルトはともかく、あのフェレットは信用できる。それに、アイツらもいるんだし悪い影響にはならないだろ」
予想していた最悪の事態になる心配は一先ずなさそうだと息を吐く。まだ少年の彼に黄金の力は負担が大きすぎるかと思っていたのだが、黄金もまた自ら出張る気はないらしい。その潔さはまさに彼らしいとも言える。
何よりも今の彼は周りに恵まれている。狂気に誘う蛇は大人しくしているし、刹那の陽だまりが近くにいる。快楽主義者とも言える親友がいるのは若干の不安要素ではあるのだが、まあ大丈夫だろう。
誰も彼も皆黄昏の女神に抱かれている。愛する女神を信じているからこそ、彼らの行く末も信じて見守れる。
「言うまでもないだろうが、変なちょっかいかけてやるなよ。マリィの世界だ。お前も馬鹿はやらないと思いたいんだけどな」
例外は動く特異点となった蛇一人。自覚があるのかないのか定かではないが、マリィが一番だとすれば黄金は二番目。それなりの情はあるのだろう。その二番目がかつての親友の言葉を借りれば楽しそうなことに巻き込まれているのだ。いついらない手を出すか分かったものじゃない。大人しくしていろと釘を刺せば蛇は心外とばかりに大仰に肩を竦めてみせる。
「無論。私とて当然弁えているとも。なにより私が出張れば物語はつまらぬ様相を帯びてしまう。今まで通り、私は一歩離れたところで彼らの歌劇を肴にさせてもらうとしよう」
クツクツと笑い始める蛇を横目に、そんなんだから黒円卓の連中に嫌われるんだと呆れてしまった。
「ねえカリオストロ。あの子たちも、逢えるかな?」
「さあ、どうだろうね。だが、ああ、きっと。彼らは再び集うだろう」
「……?」
蓮にはわからない二人の会話。嫌な予感がしないわけでもないのだが、マリィが嬉しそうに笑っているからきっと大丈夫だろう。
(あとがき)
書いてて何ですが司狼と獣殿の組み合わせは色々とやばい気がします。主に周りの被害が。