「ユーノ。朝食まで時間があるから、少し外に行こう」
「……ライニ、今日は予定があるんでしょ? 休日だし、休んだ方が……」
ジュエルシードを探しに行こう、と手を差し伸べるライニにユーノもそれに頷きかけるがすぐに首を振る。ライニとユーノが出会って一週間。既に集めたジュエルシードは5つ。順調すぎるほど順調だが、その分ライニの日常が崩されている。本人は余り堪えていないようだが、どれだけライニの負担になっているか、ユーノには想像できない。あれだけの魔力を御するのには相当負担がかかっているのではないか。
「しかし……」
「もう5つも集めてもらっているし、たまには休憩しないと」
「……わかった。卿の言う通りだな。香純や司狼に勘付かれるわけにもいかないし、今日は休ませてもらおう」
ユーノの不安が伝わったのか、ライニは苦笑して休息に同意してくれた。それに安堵して、笑みをこぼす。
「ところで、今日はこれから何をするの?」
「ああ。父上がオーナーとコーチを務めているサッカーチームの応援。司狼と香純も一緒にね」
「サッカー?」
「スポーツの一種だよ。僕と司狼も父上に誘われたんだけど、どうにも団体競技は肌に合わなくって」
司狼もライニも個人主義が強すぎるし、何より周りが二人の能力について来られない。率いるのには向いているかもしれないが、チームを重視する競技において強すぎる個は和を乱す原因にもなってしまう。それを自覚して辞退した。司狼は単に練習が面倒なだけだったかもしれないが。
司狼と香純と合流すると三人と一匹で応援席のベンチに座る。観客はチームメンバーの家族や友人でそれなりに賑わっていた。
「二人も試合に出てたら私も応援のしがいがあるのになぁ……。二人共全然スポーツやらないんだもん」
「あー。俺はパス。こういうの全然向いてねぇし。ルールは破ってなんぼだろ」
「言いたいことは分かるが、卿はもう少しスポーツマンシップというものを学んだ方が良いんじゃないか?」
「アンタ昔っからそうだもんね。そういうライニは? 絶対活躍できると思うんだけど」
「僕はどうにも協調性に欠けている。やるのなら個人種目の方が好ましいよ。卿はどうなんだ? 剣道を続けていると聞いているが」
「まあね。身体動かすのは好きだし、剣道選んだのは、恭也さんと美由紀さんの影響かな」
話している間に試合は開始されて、応援のしがいがない、なんて嘯いていた香純が一番声を張り上げているのには司狼もライニも慣れたとは言え苦笑してしまう。こちらのチームが勝った時など、我がことのように飛び上がって喜ぶものだから。
「もー、ライニ嬉しくないの? お父さんのチームが勝ったのに!」
「ああ、いや、すまない。嬉しいことには嬉しいんだが、ふふっ!」
思わず笑ってしまったライニに香純は頬を膨らませる。それに謝罪しながらも再び笑ってしまう。全く、彼女はなんというか……。
「お前が愉快すぎて笑っちまうんだよ、こっちは」
「ちょっとなによそれ!!」
「そう怒るな。卿は全く、本当に……」
彼らが彼女を遠ざけた理由がよくわかる。彼女は関わらせてはいけない。太陽が陰ってしまえば皆が悲しむ。陽だまりの下で笑っていて欲しい。
ああ、よくわかる。今の私にも、理解できる。
「ほら、行こう。昼食は父上の奢りだ」
「よっしゃ! いやぁ、応援しといてよかったぜ」
「アンタ殆ど見てただけじゃん!」
「応援席が空席ってのも寂しいだろ? それだけでも貢献してんだよ」
チームが勝てばチームメンバー全員翠屋で快勝祝いというのが通例だ。本日も例に漏れず、三人もご相伴にあずかるのもいつもの事だ。
テラス席でデザートを頬張りながら、時折ライニがユーノにも分け与えていれば香純が興味深そうにユーノを見る。
「にしても、この子本当にフェレットなのかな?」
「さあ。僕はあまり動物には詳しくないから……。まあ何でもいいんじゃないかな」
「んー……、でも、気になるなぁ……」
香純がユーノを凝視するものだから、さてどう躱そうかと思っていたところに思わぬところから助け船が入って来る。
「ユーノ、だっけ? ほれ、お手」
「きゅ」
「かわいー! 私も私も!」
差し出された司狼の手にユーノが片手を乗せれば、香純は笑顔を見せてユーノを撫でまわす。
「ま、何にせよ賢いフェレットってことでいいんじゃね? 今は、な」
「……そうだな」
香純がユーノと戯れだしたのを横目に司狼がこちらに視線を寄越す。これはそろそろ話してしまった方が良さそうだ。
「っと、悪い。俺この後ちょっと用事あるんだった。ライニ、忘れんなよあれ」
「無論。近い内に、と約束しよう」
「何なに? なんの話?」
「なんでもねぇよ。それよかお前も今日は何か用事あるって言ってなかったか?」
「あ、そうだった! もうこんな時間! じゃあライニ、おじさんによろしくね!」
「ああ。それじゃあまた学校で」
慌ただし気に身支度を整えて去っていく二人の背中を見送って一息つく。サッカーチームの子供達もお開きとなって各々帰路についていくところだった。
「……?」
そのうちの一人。キーパーを務めていた少年が手に持っていた何かをポケットにしまう。さして気にする仕草でもないだろうに、どうにも何か気になった。
「……すまない司狼。先に僕一人で面白いことになりそうだ」
もしかすると、ああ、なにやらとても嫌な予感がする。漸く楽しくなりそうだ。
「ライニ? どうしたの?」
「なんでもないよ、ユーノ。少し疲れたから、帰ったら夕食まで寝させてもらうよ」
「うん? ゆっくり休んでね」
どうにも上機嫌なライニに首を傾げながらも、ユーノは定位置となったライニの肩に飛び乗った。
◆◇◆◇
眠るライニの傍らで丸くなりながら、やはり慣れない魔法は相当負担になっているのだろうかとユーノは不安気にライニを見つめる。
膨大すぎるほどのその魔力もそうだが、何よりもあの姿。軍服のようにも見える、見たことのない衣服。それから、神気すら感じるほどのあの槍。本来魔法使いの姿は持ち主がイメージした姿を元にデバイスが形成するもの。だとすればあの姿はライニがイメージした姿ということになるのだが、一体どこで見た姿なのか。見たところライニの私生活にはそれに該当するものが見当たらない。本やテレビで見た物という可能性が高いのだが、どうしてだかそうは思えなかった。
(今度、ライニに聞いてみようかな……)
機会があれば、聞いてみよう。それが一番早いし、勝手に詮索するのも気が引ける。
そう決めて、ユーノも休息の為に目を閉じた。たまには休むのも悪くない。
眠りを妨げたのは、今まで感じたどのジュエルシードよりも膨大な魔力。ただの暴走とは思えないそれに二人は飛び起きる。
「ライニ!」
「行こうユーノ!」
ユーノがライニの肩に乗れば、ライニはそのまま部屋を飛び出して外に駆ける。ライニの肩に乗ったユーノからは、ライニが嬉しそうに笑っているその表情を伺うことはできなかった。
「これは……!」
「凄いな。ジュエルシードはこんなこともできるのか?」
街を覆う程の大樹に、ユーノは息を飲む。街全体を見渡せるように学校の屋上に登ってきたが、それでも大樹全体を視界に収めるには無理がある程だ。
「多分、人間が発動させちゃったんだ……。強い想いを持つ人が使うと、ジュエルシードは最大の力を発揮するから……」
「なるほど。……面白い」
「え?」
小さく呟かれたその言葉に、ユーノは瞑目する。今、彼は一体何と言ったのだろう? 街を覆うこの惨事を前に、どうして笑っていられるのだろう?
「ちょ、ちょっとライニ、何を……?」
「無論、封印する。規模が大きくとも手順は変わらぬのだろう?」
「そうだけど、でも、これだけ大きいのをどうやって……核を見つけるのだってどれだけ大変か、」
レイジングハートを取り出すライニに何をするのかと聞けば、ライニは笑いながら起動させる。
「
軍服を纏い、聖槍を手にしたライニは槍の穂先を街へ向ける。既に変身は終えていると言うのに魔力の奔流は増すばかりで、肩に羽織った外套と伸びた黄金の鬣を靡かせた。
「ライニ……?」
「案ずるな。加減はする。諸共吹き飛ばせば核は残ろう。ならばそれを封じれば手間も省ける」
「え、は? ま、え、ふき、街を!?」
「加減すると言っただろう。大樹のみ吹き飛ばせば問題あるまい?」
「まってライニ! だってそれ、そんなこといくら何でも……!!」
どれだけ魔力が膨大であろうと、そんな無茶ができるはずない。叫ぶユーノを無視してライニは聖槍へと魔力を注ぎこむ。
「Drei, Zwei, Eins──」
カウントダウンを始めれば聖槍が黄金に輝きだす。神気に満ちた黄金の聖槍は、まさに神威そのもの。絶句するユーノの前で、ライニはそれを解き放った。
「Feuer」
黄金一閃。何者より速く、絶対に的を逃さぬ一撃必殺の黄金光。総てを焼き尽くす破壊の黄金は、しかし宣言通り、大樹だけを狙い打つ。その様は凄絶の一言に尽きる。街を覆う大樹は一瞬で文字通り吹き飛ばされ、後に残るは核となっていたジュエルシードとそれに守られた二人の子供。
「見つけた」
少年の手に握られたジュエルシードに、そこにあったのか、と楽し気に口元を綻ばせて街に向けていた切っ先の向きをそちらに変える。
「さて、この距離でもいけるな?」
≪Jawohl,Mein herr≫
当然できるだろう、と確認するライニに呼応するようにレイジングハートが煌めく。それに満足気に目を細めて、封印の呪文を唱える前に。
「なら呪文の変更は?」
≪…………≫
「卿、わざとやっているのか……?」
従順なレイジングハートに今ならいけるのでは、と持ち掛けてみるが返ってきたのは沈黙のみ。それに苦笑して既に馴染んでしまった呪文を唱えた。
「リリカルマジカル ジュエルシード封印」
遠く浮かんでいたジュエルシードを無理やりこちらに引き寄せて、槍に封じる。後に残るのは壊れた街並みだけで住人には何が起こったのか何も分からないだろう。
「うそ……。僕にも使えない遠距離魔法で、それも、こんな威力……」
いや、そもそもこれは魔法と呼んで良いものなのか? 大樹による破壊の跡が残る街を見下ろしてユーノは呆然とライニを見る。これで加減をしたというのなら、全力を出せばどうなるのか。
「ユーノ。ありがとう」
「え?」
唐突に礼を告げられてユーノは困惑する。
「僕は今まで、この力は表に出してはいけないと、ずっとそう思っていた。だが、卿の言葉で初めて知ったんだ。この力は、守るために使えると。今日、それを試して確信した。実を言うと街ごと吹き飛ばしてしまったらどうしようかと思っていたのだけど、どうやらそれも杞憂だったみたいだ」
「え、」
「だから、ありがとう。この力は破壊以外にも使えると教えてくれて」
「ライニ……」
今更彼がどこまで外れていようと、驚くことはないだろう。初めから彼の力は規格外だと見せつけられていたではないか。そう思い直して、ユーノは笑う。
「僕からも、ありがとうライニ。君が善い人で本当に良かった。すべてを破壊してしまうような、恐ろしい人じゃなくて、その力を守ることに使ってくれて、ありがとう」
「それはお礼を言われることじゃないよ、ユーノ。卿のおかげでそれを知れたのだから」
苦笑しながらユーノの頭を撫でる。ユーノがいなければ、おそらく同じ状況に陥った時、ライニは構わず街ごと吹き飛ばしていただろう。それをとどめてくれたのは、ユーノの言葉だ。この力は守るために存在するのだと教えてくれたのはユーノ自身ではないか。
(すまないユーノ。卿は僕を『善い人』と言ってくれたけど、これを楽しむために彼の暴走を見逃したと言えば卿は失望するのかな)
それは、少し嫌だ。被害も思った以上に大きくなってしまったし、今後はもう少し気を付けよう。
今日の出来事は戒めとして覚えておくと心に誓う。どうにも自分を慕ってくれているらしい友人に失望されたくはないと思ったから。
それから、ユーノに言われた言葉に頭が冷えた。
(恐ろしい人、か……。ああ、本来は、そうなのだろうな)
自分のあの姿はまさにそれで、本来なら恐れられるものなのだろう。すべてを破壊する黄金の獣。それがアレだ。自らの姿の元となったその姿を思い出して頭を振る。
(そういえば、最近はあまりあの夢を見なくなったな……)
夢を見なくなるほど疲れているのだろうか。自覚はないが、ユーノの言う通り少し休むべきなのかもしれない。
ジュエルシードが無傷だったのは街を壊さないように手加減に手加減を重ねたおかげです。