冥界・アグアレスで人間チーム対シトリーチームによるレーティングゲームが行われている頃。
「――嵯峨だ。ああ、こっちは変わりはねえ。
ああ……何? そいつぁ……本当か?
ああ、すぐに周防の奴を呼んでおく……ああ、それじゃあな」
おもむろにかかって来た連絡を受けていたのはこのマンサーチャー事務所の所長である
JOKERと化した生徒を保護し、ベルベットルームで応急処置をした後
その生徒を南条の管轄下の病院へと運んだのだが
連絡は、その南条の病院からのものであった。
「仕事の依頼……じゃ、なさそうね。どこから?」
「南条からだ。この間運び込んだJOKERのガキに急変があったらしくてな。
どうも要領を得ないから、俺と周防に応援要請だとよ。
うらら、車回しとけ。俺は周防に連絡を取る」
パオフゥの連絡を受け、すぐさま駆けつけてきた克哉。
問題がJOKERとなれば、動かないわけにもいかなかった。
そんな克哉もまた、駒王町から
「急にお呼び立てしてすみません、蔵王丸警部」
「気にすんな。言っちゃなんだがJOKERとなれば超特捜課として動かなきゃならん。
確かに駒王町を離れるのは問題だが、駒王町にいたところで
いいように扱われていただけだろうからな」
JOKERに関して問題が起きた、という事で調査と称して珠閒瑠市にやって来た蔵王丸。
彼としても公安の黄蟹管理官の下から少しでも離れようと克哉の招集は渡りに船であったのだ。
「……それに、安玖と氷上は公安命令で珠閒瑠市に行った後に連絡が途絶えた。
あいつらの事だからうまくやってるとは思うが、消息の確認もしたくてな。
黄蟹の奴は殉職したと言っちゃいるが、俺からすれば信用できねえ」
蔵王丸の懸念通り、安玖と氷上は冥界に飛ばされただけであり、殉職はしていない。
テロリスト追撃の中で殉職した、として黄蟹はテロリスト対策と称し
戒厳令を具申したり、ゲシュペンストの配備数を増やすことで
超特捜課――公安ひいては警察にも自衛隊と同等の戦力を持たせようとしていたのだ。
戦力増強自体はこの非常時においては一定以上の支持を得ていたが
やはりと言うか何と言うか、日本と言う国においては
軍備増強に繋がりかねない事態に対しては、強い反発が起きているのも事実であった。
などと情報交換を行いつつ、克哉らは南条記念病院に収容されている
JOKER化した生徒が治療を受けている病室の前へとたどり着いた。
病室の前に待機していた警官が克哉らに一礼を返し
克哉、パオフゥ、うらら、蔵王丸と病室へと入っていく。
「……患者が突然脱走した、そう担当医師は言ったんだな?」
「ああ。だが見てみろ、患者は普通にベッドに横たわっている」
パオフゥは南条記念病院から「JOKER化して搬入された患者が脱走した」と聞かされて
克哉に連絡を入れ、ここにやって来たのだが、彼らの眼には
しっかりとJOKER呪いを行い、JOKERになった生徒がベッドに横たわっていた。
――存在感こそ、普通の人に比べて異様に希薄になっているが。
「……俺なんかが学校でモテるなんて無理なんだ……学校の女子も、若流先生も
俺なんかには目もくれない……俺なんか…………
…………うぅ…………あぁ……あ…………」
今にも消え入りそうなか細い声で譫言のようにつぶやき続ける生徒の眼からは
明らかに生気と言うものが消えている。JOKERの後遺症にしては、異常であるとも言える。
「おいっ……! しっかりしろ! 気をしっかり持て!」
そのあまりにも痛々しい様子に、思わず声を荒げる克哉。
しかし、その様子を見守っていた蔵王丸は、ここに来てとんでもない事を言い出した。
「どうした周防警部? 誰もいないベッドに怒鳴りつけて。
そこに誰かいるのか? 誰かいたとしても、ここは病院だろ?」
「え……っ!? ちょっ、警部さん!? あのコの事、見えてないの!?」
蔵王丸には、ベッドに横たわる生徒の姿は見えていなかった。
蔵王丸と、克哉、パオフゥ、うらら。彼らの違いは、ペルソナ能力の有無。
それが、生徒の視認の可否と言う形で表れていたのだ。
「……
ペルソナ能力や、それと起源を同じくする
その姿を視認することはできるが、それだけだ。
JOKERに願った際に願いを告げられなかったり、分不相応な願いを告げた者の成れの果て。
……達哉に聞いたことはあったが、実物を見るのは俺も初めてだ」
「パオフゥ、いつ達哉に聞いたんだ?」
今話すことじゃないだろう、と克哉に返しながら
パオフゥは以前に仕入れた影人間の知識と目の前のベッドに横たわる生徒を照らし合わせる。
確かに間違いなく、パオフゥが仕入れた情報通りの症状である。
その仕入れた情報源と言うのはかつてパオフゥが営んでいたネット掲示板由来のものであり
そこに噂されるほど有名な影人間を、パオフゥが今に至るまで実物を見ていないという
不自然な点はあるものの、一同は概ね影人間というものを実物を見ながら理解することとなった。
実物を目視できない蔵王丸は、話に聞くだけであったが。
「影人間になれば、誰からも顧みられない。俺達が気付いたとて、本人に生きる意志が無い。
そうなれば、もはや死んだも同然だ。実際、これも進行すれば徐々に言葉を失っていき
最終的には俺達ペルソナ使いや神器持ちでさえ視認できなくなる……何よりも。
……誰の記憶からも消え、残るのは共有する記憶と記録の齟齬だけだ」
影人間と化した人間は、もはやだれからも顧みられることが無い。
そうなれば、たとえ物理的に死んでいなくとも、生きているとも言えない状態になってしまう。
実際、今こうしてベッドに横たわっている生徒も生ける屍も同然となっている。
なにより、人間の生命維持と言うものには自らの生きる意志と言うものが欠かせない。
生きようという意思が無ければ、心身の健康にも重篤な影響を与えかねないからだ。
「……一つ確認したいんだが、物理的に消滅したわけでは無いんだな?」
「今のところはな。だが俺達からも見えなくなった瞬間
誰もそいつを知る者、覚えている者はいなくなる。
そうなっちまったら、消滅したって言ってもいいだろうな」
現時点では物理的な消滅ではない、と確認を取る蔵王丸。
これが意味するところは、影人間になって誰からも認識されなくなったとしたら
そこに放置される形となり、今の情勢では流れ弾による死傷が十分に起こり得るという事だ。
「こうして助けてもいずれは死に、放置しても戦いに巻き込まれて死ぬ……
願いの代償にしては、随分と大きすぎるじゃねえか。悪魔がかわいく思えるぜ」
蔵王丸が言う通り、影人間は「認識されない」だけで「確かにそこにいる」のだ。
いずれは誰からも認識されなくなり消えてしまうのだが、物理的には存在している。
そこにラスト・バタリオンやアインストの攻撃が加えられれば……結果は明白だ。
「そういやパオ、この影人間って治せるの?」
「達哉の受け売りだが、JOKERに夢見る心……ま、大雑把に言えば心の一部だな。
それを奪われている状態だ。だからそれを取り戻せば治せる……そういう話だがな。
……だが、俺に言わせればそいつは素人考えだな」
「何故だ? 無くしたものを元に戻せば治るんじゃないのか?」
パズルならば、外れたピースを元通りに埋めれば完成する。
しかし、それは複雑ながらも単純なパズルの話だ。
何処から何処までも複雑怪奇な人の心において、パズルのピースのような喩えは通用しない。
そう、人体における臓器移植が困難な術式であるように。
「抜歯した歯をそのまま詰め直そうとしてもうまく行かないのと同じか」
「ま、そんなとこだな。それにな、俺達は方向性は違うがこれと同じようなものを
昔、沢山見ているはずだぜ」
「へ? 昔ってアタシらがJOKER事件追ってた時でしょ?
けどそん時には、こんな存在感が希薄になった人なんて全然……」
うららは首を傾げているが、反対に克哉は合点が行ったように頷いている。
十年前のJOKER事件に携わっていなかった蔵王丸も同席していることもあり
改めて、克哉から十年前に何が起きていたのかが語られた。
「
確かにあれも、JOKERの源となる負の心と言う心の一部を奪い取ってああなった。
そう言う意味では、影人間の同類か。
……しかしパオフゥ。
この少年は、きちんとベルベットルームでJOKERを心の海に還したのだろう?
それなのに何故、レッポジ人間の亜種とも言うべき影人間になるんだ?」
かつての国会議員・
無原罪の世界を作ろうと国家転覆を試みた組織、新世塾。
その手段として用いられたのが、JOKER呪いであり
それによって数多くの犠牲者を生み出したのだ。
「それについては、俺の推測だがな。
……こいつは、JOKERに願わなきゃならない程追い詰められていた、ってとこだろうな。
そこをJOKERを倒したり還したりして前提を崩すと
『JOKERに願いを告げて無い』って判定されるか、 或いは
『分不相応な願いを告げてしまった』って絶望し、夢見る心を手放して
影人間になる条件を満たした……ってのが俺の推測だ」
「うっわ……なんか詐欺みたいじゃんそれ」
外部から追い詰められたか、自分で自分を追い詰めていたかは知らんがな、と付け加えながら
パオフゥがJOKER呪いをした少年が影人間化した理由を推測する。
形は違えど詐欺に遭ったうららが、ドン引きしながらパオフゥの推測に対して感想を零す。
JOKERの力を使い願いを叶える。
JOKERに願いを告げられぬ者は、夢見る心を奪われ廃人と化す。
では、そのJOKERが倒されたり消えてしまったら。
願いを告げるべく縋ったJOKERは無く、無いものに願いは告げられない。
存在しないものが、願いを叶えることは出来ない。
故に、影人間と化してしまうのだ。
「じゃあ、レッポジ人間? ってのにならなかったのは何でだ?」
「そいつは簡単だ。ベルベットルームで行った処置は、JOKERをそいつの心の海に還す――
つまり、JOKERを消したわけじゃねえ。
表層に現れたJOKERを、沈静化させただけだ。
JOKERは、がん細胞みたいに摘出して終わりじゃねえ。
寧ろ、JOKERの摘出は臓器摘出に等しい行いだ」
「JOKERも心の一部である以上、消すわけにもいかなかったんです。
人の心を消すというのは、途轍もなく悍ましい事ですから。
…………このように」
蔵王丸には空に見えるベッドを指しながら、克哉が沈痛な面持ちで俯く。
見えない、という事は想像以上に実感の沸かないことであったが
克哉のその表情から、蔵王丸も今の状況がただ事ではないことを感じ取ったのだった。
「そいつもまだ学生だった。その学生に、夢見る心すらこんなもんに頼らなきゃ持てないような
世界にしちまった。それが俺達大人の罪、なのかもしれねえな……」
「……十年そこらで、劇的に変わりゃしないとは思ってたけどさ。
それでもいざ現物を目の当たりにすると
やっぱアタシら大人が如何に無力かって思い知らされるよ」
犠牲者がまだ学生という事もあり、蔵王丸とうららはこの現状を憂う。
沈痛な面持ちをしていた克哉もまた、同じ考えではあったが
気合を入れ直すようにサングラスを直し、二人に声をかける。
「
警部も、安玖巡査や氷上巡査はきっと無事です。
悪魔を相手に渡り合えるのなら、それ相応の心の強さも持ち合わせているはずですから」
「ああ……そうだな」
JOKER呪いをしたものはJOKERとなる。
JOKERとは、人々の心の中に巣食う穢れ――影そのもの。
影なくして、人はその存在を保てない。
影に取り込まれるか、影を奪うか。
影人間とレッポジ人間は、その実その程度しか変わらない。
JOKER――穢れとは、人々の心の闇に他ならない。
その心の闇に目を背けず、決して屈しないことこそ
夢を叶える効果的な一手である。
……しかし、その境地に至れるものは多くなく。
それどころか、JOKERに縋らなければ夢すら追えない若者。
JOKERに縋った若者の自業自得ではあるのだが、大人はそうは思わない。
夢を追った結果が殺人鬼と化し、末は廃人。
夢を追うのは、それほどまでに大きな罪だというのだろうか。
かつて突き付けられた夢を追う罪と罰は、再び突き付けられようとしていた。
――空間を隔てた向こうにいる少年少女たちにも、等しく。
学校にテロリストが来ることを妄想したり、異世界転生が如くある日突然力が目覚めて学校の人気者になる……
たったそれだけの他愛もない妄想を抱いただけの学生が何をしたって言うんだ!
>影人間の治療法
無いです(一応原作設定、のはず。少なくとも回復した人はP2にはいません)。
……つまり、匙は……
>で、なんでJOKER呪いして影人間になったの?
JOKERに願い事を告げる→JOKERに叶えてもらう
という正規のプロセスが
JOKERに願い事を告げる→そのJOKERが倒される=JOKERに願っても叶わないほど分不相応な願いを告げた→影人間になる
となったわけです。
或いは
JOKERに願い事を告げる→そのJOKERが倒される→JOKER消失によって心の穢れたるJOKERが無くなる→レッポジ人間になる
もありえなくはないですが、こちらはベルベットルームで
JOKERを心の海に還した=JOKERはまだ健在、なのでレッポジ人間は回避されました。
ベルベットルームに連れて行った=JOKERがまだ健在だったから影人間になった、と言えなくもないですが。
影人間とレッポジ人間のどっちがマシか、ってのはありますが。
ちなみにレッポジ人間ってのは言動こそクソ前向きですが
その実良心の呵責とか全く存在しない、ポジティブシンキングと宣いながら
破壊や殺戮と言った反社会的行動も何のためらいもなく実行・賛同できるヤベー人の事。
何もかもが無気力になって喋るどころか歩くことすらできなくなった影人間とは
全く真逆の結末。製造プロセスは然程変わらないのに。
レッポジ人間と影人間が互換と言うのは本作独自設定。
そもそも罰では影人間って概念そのものが存在しない(JOKER呪いの設定的に)し
JOKERになった後ボコられたうららも最後まで健在ですし。
そこに至るプロセスにJOKERが絡むってのは、どっちも同じですけどね。
JOKER呪いも、悪魔との契約もどっちも願いを(一足飛びで)叶える手段。
あなたは、どちらを使いますか?
(こちらアンケートではありません)