冥界・グレモリー領。
追跡を逃れるためにサイラオーグはここまで無我夢中で駆け抜けてきた。
当てがあっての事ではない、完全に無意識での行動である。
それがこうして親戚筋の領地に逃げ込む形になったのは偶然か
あるいは何者かの運命の糸の手繰り寄せかはわからないが。
かつてグレモリー領を走っていた鉄道。そのグレモリーの経済状況の困窮の煽りを受け
全鉄道が運行休止になったが、その後程なくして経済状況が回復するも
一度止めた鉄道を再度運行するというのも、多大なコストを要求される。
そのため、グレモリーの明るくなりつつある経済状況とは裏腹に
未だに鉄道の運行は再開されていない。
サイラオーグが身を潜めているのは、そのグレモリーの運営していた鉄道の車両がある
列車車庫である。最早再開の目途の立っていない車両が立ち並ぶ
所謂列車墓場とも言うべき場所だが、車両の劣化はまだほとんど起きておらず
列車墓場と言うよりは、車両博物館と言うべき佇まいとも言えた。
(…………)
固唾をのみながら、車両の影に身を潜めるサイラオーグ。
そのサイラオーグの追跡を行うイェッツト・トイフェルやラストバタリオンの兵士。
彼らの追手から逃れるべく、こうして列車の影に身を潜めているのだ。
サイラオーグを追う兵士たちの喧騒や軍靴の音が遠のいていく。
再び静寂が辺りを支配したと同時に、サイラオーグは車両の影から身を乗り出す。
――しかし、その直後にサイラオーグの視界は光に包まれる。
万事休すか、と身構えたサイラオーグだったがその直後にかけられた声は穏やかなものであった。
「ご無事でしたか、サイラオーグ様。
私はレイナルド。元グレモリー鉄道の車掌で、あなたの執事レイモンドの従兄弟にございます」
「レイモンドの……?」
サイラオーグにとっては寝耳に水であった。療養中である母ミスラ・バアルの介護を行っているはずの
自分の執事・レイモンドの名前が出てきたことに驚きを隠せなかった。
「ええ。我が従兄弟レイモンドとのよしみもあるのですが
これはグレモリー夫人たるヴェネラナ様からのきっての願いでもあります」
レイナルドは語る。ヴェネラナはこう言っていた――
「自分はグレモリーに嫁いだ身。最早バアルとは何の関係もない。
しかしバアルの子供達もまた、多くの苦難に立たされることだろう。
そこで、もしもの時にはバアルの子供達の力になってほしい」――と。
「事の顛末は聞き及んでおります。今がそのもしもの時。
あなたの御身は、私がお守りしましょう」
「しかし、まだクイーシャが……」
「あなた様の眷属に関しましては、レイモンドめが必ず救出する、そう言っておりました。
眷属の皆様も、御母上様もご心配でしょうが、今は堪えてくださいますよう……」
思わぬ形で救援を受ける形となったサイラオーグ。
母ミスラ、消息不明の眷属達と心配事は絶えないが
今は一先ずレイナルドの下に身を寄せることとなった――
――――
――同時刻。
冥界・アグアレス内レーティングゲーム会場控室。
グレモリーチームとの試合を控えた人妖チーム。
その試合を前に、神妙な面持ちで駒王学園生徒会顧問でもある
「何だい博士、折り入って俺達に頼みたい事ってのはよ」
「実は、この冥界に取り残された……いえ、厳密に言えば違うかもしれませんが
とにかく、この冥界から保護し連れ出してほしい子供達がいるのです。
唐突に現れた薮田から、二人の子供の保護を超特捜課の二人に依頼してきた。
匙果穂、匙元悟。この二人こそ、JOKER呪いに手を染めた末に
影人間となり、その存在を忘れ去られてしまった匙元士郎の妹と弟である。
「匙……ああ、皆まで言うな博士。それなら俺が行くぜ。
俺たち二人とも席を外しちまったら、今度はセージがマズい事になりかねん」
「……何か、起きたのですか?」
「戦力のがた落ちですね。ビナー・レスザンを名乗る悪魔の離脱と
カムカム・ミケと言う白猫の少女が負傷のために戦線離脱していまして。
自分にはこの勝負の意味は解りませんが
人間が負けるのは将来的にマズいことになることだけはわかります」
薮田の問いに答える形で、氷上がセージ達の現状を解説する。
ビナー・レスザンことユーグリット・ルキフグスはセージの所業のために離脱。
そして、白音もJOKERから受けた負傷のために治療中。
そこで、
匙姉弟の保護を行うことにしたのだ。
「そう言う事でしたら、安玖巡査にお願いしましょう。
二人はシトリー領にいるはずです。案内はソーナ・シトリーの『
彼女ならば、匙元士郎の顛末を正しく理解しているので話が早いはずですよ」
「ま、迷子の保護は警察の真っ当なお仕事だからな。
じゃあ氷上、そっちは頼んだぞ」
冥界と言う、人間にとっては過酷とも言える環境に、子供二人取り残された状態。
そして、ここに来るに至る原因となった匙元士郎に関する記憶は失われている。
つまり、訳も分からぬまま右も左もわからぬ所に取り残された状態である。
――そして何より、匙元士郎と言う存在が喪われたことにより。
シトリーにとって、最早この二人は庇護対象足り得ない、ただの人間である。
シトリーもグレモリーほどではないにせよ、人間に対しては友好的な家系である。
しかしそれは、悪魔基準での人間に対しての友好的である。人間目線で言えば、何をかいわんや。
そのため、匙の存在が喪われたことを受け薮田は早急に二人の保護を画策した。
警察ならば、迷子の身柄の保護と言う点においてはこの上なく適任と言える。
(私が技師ではなく正規の警察官であれば、すぐに事態を解決できたかもしれませんが……
警察官……いえ、公務員の身分で薮田直人を名乗るわけにはいかないですからね。
全く、全能でないが故に人間はここまで進化出来たのでしょうが
全能でないというのも、中々にもどかしいものですね……
……それをもどかしく感じるというのが、既に全能に胡坐をかいた姿勢かもしれませんが)
想い耽る薮田だったが、咳払いを一つし
氷上に向かって改めて向き直る。
「改めまして、氷上巡査。私が来たのはもう一つ理由があります。
ゲシュペンストの整備についてですが、こちらも既に滞りなく万全と言えます。
武装に関しましても、私の権限で承認・搭載可能なものは全て扱えるようにしてあります。
有効に活用してください。
それから……こちらをあなたに預けておきます」
「これは……パーソナル転送システム?
ゲシュペンストの予備機をこちらに回す余裕が出来たのですか?」
薮田から氷上に手渡されたのは、腕輪型のコンソール。
それは、氷上がゲシュペンストを呼び出すときに使っているものと全く同じ仕様であった。
「規格が合わなかった部品と言えど、かき集めれば何とかなるものですよ。
本来なら安玖巡査に渡しておくべきだったのですが、話を聞く限りでは
こちらに用意した方がいいと思いましたので。
こちらに登録してある機体は、ゲシュペンストであり、ゲシュペンストではありません。
ゲシュペンストとのコンペに敗北し、制式採用が見送られた
バージョンアップした特殊強化スーツ。
それの特性を、ゲシュペンストのオプションパーツとして再設計した上で
予備機のゲシュペンストに搭載したものとなります。
従って、運用は従来のゲシュペンストとは大きく異なるものとなります。
なので、現状のゲシュペンストの運用に慣れているあなたが利用するよりは
他の者に利用させた方がいいかもしれません。
ああ、実験機のテストと言う体で報告しておきますので
こちらの情報の漏洩についてはとりあえず、ご心配なく」
「わかりました、博士。確かに拝領いたしました。
セージ君が言っていましたが、次の相手はかなり手ごわいとのこと。
駒王町にいた時から、彼女らの噂は聞いていましたが……
さっきセージ君と話した時、『その噂は、あてにしない方がいい』。
彼は、そう言っていました」
氷上の答えに、薮田は静かにうなずいていた。
彼も少なからず、リアス・グレモリーと言うものを見縊っていた節があった。
しかし、ここまでのグレモリーチームの戦いを見るに
布袋芙ナイアと言うイレギュラーが、グレモリーチームに大きな影響を与えている。
それは、間違いなく事実であった。
彼女がいる限り、決して油断できる状況にはない。
単純なスペックもだが、彼女が何をするかわからないからだ。
「……噂の現実化、についてはご存じですか?」
「
以前
情報量が多すぎて自分には何が何だかさっぱり……でした」
「まあ、妥当な見解ですね。
あの事件自体、多くの闇を抱えたまま解決と言う名の迷宮入りをしたと言っても
過言ではない事件ですから。
私の見解では、あの事件は集合的無意識一つ一つの思い込み。
それがある超常的な存在の手によって具現化していた――そう見ています。
悪魔等がこうして実在し、しかもそれが昨日今日の存在ではない以上
見当違いの見解では無いと自負していますよ。
……つまり、何が言いたいのかと言いますと。
慢心をするのは論外ですが、だからと言って必要以上に恐怖を抱え思い込むこともない。
そうすれば、おのずと道は開ける、という事ですよ。
そのための力は、確かに私が用意してありますからね」
薮田の言う事はこうだ。
既に駒王町に流れている噂では、リアスは大したことは無い。
しかし、冥界においてはそのリアスの、彼女が擁する赤龍帝に関する噂については
真逆の物に塗り替えられつつある。
――眷属を装い、全てを舞台裏から眺め、蹂躙する存在によって。
そしてその全てを舞台裏から眺め、蹂躙する存在がかつて仕掛けた罠。
それに対する策は、既に実践され、打ち破ることに成功している。
要は、かつて起きた噂が現実化した事件の黒幕に対し、成し遂げた振る舞い、心の在り方。
それこそが、今ここで新たな力を得たリアス・グレモリーらに対し
立ち向かうための力となり得るのだ。
「ゲシュペンスト……ですか」
「それもありますが、もっと根本的なものですよ。
人間なら誰しもが、その可能性の極致に辿り着けるものです。
本来ならば悪魔や天使もその可能性はあるのでしょうが……
彼らはなまじ力と言うものを持っているが故に、そこに目が行きにくいのでしょう。
そう言う意味では、神器という力さえもない
あなたこそがその極致に一番近いのかもしれませんね。
確認しますが氷上巡査。あなたは、ゲシュペンストが無かったとしても。
或いは、他の超特捜課の装備が無かったとしても、超特捜課の職務に邁進して
人々を護ろうという意思に変わりはありませんね?」
「無論です。怪異が何の権限があって人々を蹂躙するのか。
自分には理解できませんが、奴らの理不尽から人々を護る。
理不尽によって泣く人を、少しでも減らすことが自分の意思です。
それに、ゲシュペンストや超特捜課の装備の有無は関係ありません」
真っ直ぐと薮田の眼を見据えながら、氷上は己の考えを述べる。
今まで、数多くの人々を怪異の身勝手によって葬られたり、攫われたりして来た。
それらの事件は全て闇へと葬られ、それに立ち向かうべく超特捜課は結成された。
「確かに、耳にしました。
その言葉は、口にするのは容易ですが、実践を伴うのは容易ではありません。
ですが、あなたの今までの行いから、それが口先だけのものでは無いと
信頼するに足るものである、と私は信じておりますよ。
……ですが、心してください。そうした可能性は、人間の専売特許ではありません。
そして人間もまた、そうした可能性に溺れては、道を踏み外し
怪異以上の外道や理不尽に成り果てることもあり得ることを」
薮田の言葉に、氷上は静かに頷く。
人の可能性と言えば聞こえはいいが、どのようにも転がり得るからこそ可能性なのだ。
強大な力を得た代償に可能性を狭めたのが悪魔や天使だとするならば。
単体の力は小さくとも、如何様にも大きくすることが出来るのが人間なのだ。
それが光り輝く幸福に満ちた世界として結実するか。
魑魅魍魎と破壊と殺戮が跋扈する地獄絵図として顕現するか。
どちらも、可能性なのだ。
政府に追われてる奴を匿うとかまたヤバいフラグが
>レイナルド
本当は随分前に出た時にそのまま出番終了の予定だったけれど
ヴェネラナ個人の頼みで動いてくれそうな人が欲しかったので急遽ご指名。
アグリッパはジオティクス眷属なので(ネタバレにつき検閲)故に除外。
またグレモリーが経済立て直ししつつある中で鉄道止めてるので
その辺のフォローも兼ねて(フォローになってるとは言って無い)。
>レイモンド
サイラオーグの執事。原作にもいるキャラですが、名前設定は無さげだったので
拙作独自設定にて。元ネタはGガンダムのサンド家執事から。
あのウォーカーマシンもどきを操るジョルジュお付きの執事。
レイナルドとの従兄弟設定は名前の語感。
>匙姉弟
今どういう経緯でここにいるのかがわからない、シトリーの側も何で能力もないガキ二人がここにいるのかがわからない。
なのでいくら何でもこれはまずいと早急に薮田先生が手をまわしました。
ちなみに前回椿姫に医務室行きを支持しているものの、薮田は当然匙の顛末知っているので
このケースに関しては椿姫を信頼し、大人で警察の安玖に匙姉弟の保護を頼みその補佐を頼んでます。
>ゲシュペンストの予備機
どういう経緯で作られたか、は陸ガン理論で一つ。
そんな都合よく規格の合わないパーツがマシン一機分も出るのか、ってのはまあ、ありますが。
尚ここで言及されたゲシュペンストのオプションパーツ。
RVでもXNでもありません。拙作独自のものとなります。
ゲシュペンスト・タイプFR。それが今回用意されたゲシュペンストの予備機。
FR。ゲシュペンストともある意味馴染みがあり、このイニシャルに関連するのと言えば……