――あーっと、これはどうしたことだぁ!
ステージが霧に覆われて、何も見えなくなってしまったぞぉ!
話は僅かに遡り、セージとナイアの戦いの最中。
ステージを霧が覆い、その姿を包み隠していたところだ。
その中ではナイアの呪縛に囚われた白音がセージにその鋭い爪と牙を向けているが
そんな中の様子など、外部からは知る由もない。
そうなれば――
「……一体どうしたのかしら。あの霧が出てからと言うもの、セージが防戦一方になったわね」
あからさますぎる戦況の変化に、さしものリアス・グレモリーも
疑問を抱かざるを得ない状況になった。
初めこそ自身の「
このように何も見えない状況となると、その不安は加速する。
何せ、この霧は悪魔の視力を以てしても見破れないものだったからだ。
そのため、情報は映し出している――とされる――カメラからの映像のみが頼りだ。
そのカメラの映像では、突如として防戦一方に追い込まれたセージの姿だけが映し出されている。
謎の白い影が、セージを手も足も出せなくさせている。
そう言った映像がただひたすらに流されているのだ。
「おおっ! なんだかわからないけれどナイア先生が勝っているぞ!」
「イリナちゃんは出してもらえないって不貞腐れていましたけれど
やはり先生には先生の考えがあったんですわね」
ナイアの優勢を喜ぶイッセーと朱乃。
その肝心のナイアの姿は見えないが、セージが押されているという事は
即ち、ナイアが優勢である。それは自然な考え方だ。
その一方で、リアスは神妙な面持ちであった。
それを気にかけたギャスパーが声をかけるが
それに対しても生返事が返って来るだけであった。
表面上は眷属に対してべったりなリアスにしては、珍しい対応とも言える。
(お母様のあの言葉が正しければ、何か行動を起こすとするならば
今この場面は好機とも言えるわね……或いは、もう既に行動を起こした結果なのかしら。
それを暴くためなら……この際セージだろうと利用してやるわ)
ヴェネラナからの警告。それが、リアスには気がかりだったのだ。
布袋芙ナイアの行動。それは確かにグレモリー家にとって多大な恩恵を齎していたが
あまりにもあからさまなそれは、逆に疑わしくさえあったのだ。
しかも、物事の基点をグレモリー家ではなく兵藤一誠として考えると
そのあからさまな度合は、更なるものとなる。
犯罪者として捕まった自身を身元引受してくれる美人。
彼女の手引きによって、イッセーはグレモリー家をフリーパス行動可能となった。
しかも、姫島朱乃と紫藤イリナという愛人を囲う事さえ許されている。
そのある意味歪な在り様を、リアスは傍から見ていたのだ。
自身で選び、結果として神器目当ての形になったとはいえ目をかけていた眷属。
それがある日突然、何の前触れも無く現れた顧問を名乗る女教師に攫われたような形なのだ。
明確に三行半を突き付けて出て行ったセージとは、訳が違う。
イッセーの視線に、気づいていない訳でも無かったのだ。
ただ、リアスにイッセーと男女の関係になる意思はほぼ無かっただけで。
リアスが向けていたのは、愛玩動物に対する愛情。
イッセーが向けていたのは、性的対象に対する劣情。
そこに、ナイアが付け入った形になったのだ。
いくらリアスでも、愛玩動物相手に欲情する程の性的倒錯者では無かったのだ。
そもそも、グレモリーが掲げていた情愛は、そうした肉欲的な性愛とは微妙に異なっている。
長い目で見たり、広義の意味で捉えれば同義かもしれないが
少なくともリアスはそう考えていなかった。
このプロポーションも、服の趣味も、あくまでも個人の嗜好や
(悪魔の流儀での)努力の賜物であり、イッセーや他の男子を喜ばせるためのものでは無いのだ。
……「注目を集めたい」「男子を色香で従わせたい」「崇められたい」と言った
承認欲求に起因する部分も少なくは無いだろうが。
そんなリアスだからこそ、初めから反抗的でまだ諦めのつきそうなセージとは異なり
曲がりなりにも自身を性的対象として見てきたイッセーが
ある日突然、自身に対する興味が薄れて行った(風に見えた)のは看過できなかったのだ。
そして、その際に疑惑の目を向けたのは、ナイアに対してであった。
リアスにとって、言っては何だがイッセーは単純であると言えた。
自身(のプロポーション、特に乳房)を餌にすれば、大抵の事は通る。
ナイアが来る前は、これでイッセーの手綱を握っていた節すらあった。
相手は曲がりなりにも赤龍帝。それを自身の思うが儘に操れるというのは
元来の持ち主以上に快楽を与え、ともすれば中毒にすらなりかねない程だ。
――絶大な力を持つ赤龍帝が、自身の言葉一つで自在に動く。
自身の滅びの力に、赤龍帝の力。正しく鬼に金棒……だったはずなのだが。
――その目論見は、今ステージで戦っている自身の眷属と
その相手によって脆くも崩れ去ろうとしていた。
まず今戦っている相手のセージ。彼は赤龍帝に紛れ込んできた異物に過ぎなかったものが
見る見るうちに力を付けて行った。それはいい。自身の強化にも繋がるものなのだから。
だが、事もあろうに彼はリアスに対し反旗を翻す。
彼女の常識からすれば、これは紛れもなくはぐれ悪魔の所業。
しかし当の本人は「自由を得るため」と一歩も譲らず。
ついには封印されていたはずの旧い悪魔・アモンの力を借りてまで自身の下を離れたのだ。
そこまで拒絶されていたのか。と、表面は何事も無いように装ってはいるものの
この事はリアスに多少なりとも心の傷を負わせていた。
無理もない。はぐれ悪魔は今まで退治するだけの代物だったのだが
ここに来て、自分の下から生み出してしまった事。
そして、眷属にとって絶対であるはずの自身をここまで否定されたことが無かった事。
それらが影響してか、今度はリアスの側がセージに対して強い感情を持ち始めていたのだ。
(……セージが勝てばそれでよし。私自らの手で、セージを地に伏せさせるだけよ。
そのために私だって特訓してきたんだから。でも……)
チームリーダーとして、自身のチームでは無く相手が勝つことを願っている自分。
それはセージを自身の手で倒したい欲求と、敗北を口実にナイアに尋問を行いたい。
そうした私的な感情が、リアスの応援のボルテージを上げられずにいたのだ。
そもそも、リアスはナイアを「父親の推薦」と「駒王学園の教師」という観点から
一応眷属に迎え入れてはいるものの、リアスにとっては目の上のタンコブに近い存在とも言えた。
リアスにとって、オカルト研究部――ひいては、自身を中心とする主と眷属の関係においては
ナイアはセージ以上のイレギュラーであると言えた。
まだセージは今や部外者とは言え、利害が一致すれば協力することもあるし
彼の行動指針は割と一貫している。人間に害を成さなければ、彼は比較的寛容だ。
対してナイアは、眷属であり自身の関係者ではあるものの、何を企んでいるのかがわからない。
そもそも、彼女が来てからと言うものの、イッセーの態度があからさまに変わっている。
近頃は側近であり付き合いの長い朱乃でさえも、長い付き合いというのを抜きにしても
態度に不審な点が見受けられる。
それらの事から、リアスは現状に強い疑念を抱かずにはいられなかったのだ。
……そしてその疑念は、確信へと変わってしまう。
彼女の思い描く、最悪の形で。
ステージの霧が晴れたそこには、ステージを降りて自ら敗北を宣言したナイアと
辛うじてステージ上に立っているセージ。
そして、「何故か」ステージ上に横たわっている塔城小猫――白音の姿があったのだ。
「こ、小猫!? これは一体どういう事よ!?」
同意の下で彼女の
ナイアの下に眷属化という形で渡っている。
つまり、今や彼女はリアス達とは何の関係も無いはずなのだ。
それなのに、この試合のステージ上に、いつの間にか現れていたのだ。
――――
「一体どういうことなのかしら。先生、答えてもらえないかしら?」
「随分な剣幕だね。こっちは善戦虚しく敗北を喫したというのに
待っていたのは労いではなく尋問かい?
慈愛を、情愛を掲げるグレモリーらしくない態度だね」
「そうですよ部長! そもそもセージの奴、反則を働いたかもしれないってのに!」
リアスの質問に対しても、ナイアはのらりくらりと躱すばかりだ。
しかも、そんなナイアの肩をイッセーが持っている。
ここ最近、リアスの頭を痛めている光景が、ここにもあった。
しかしイッセーの言う事も、今回ばかりは一理ある。
……外部からの情報しか持ち得ていないという前提付きで、だが。
「小猫を乱入させたことが? だけど聞いた話だと、小猫は医務室で治療中だったそうよ。
いくらセージでも、そんな状態の小猫を引っ張り出すかしら?
確かにセージの分身は封じられているけど、召喚が出来るってのは見ての通りでしょ?
それにセージの召喚術? については、あなたの方が知ってそうな感じだったけれど?
あそこまで手札を揃えていたセージが、わざわざ怪我人を引っ張り出すかしら?」
意外としっかりセージを観察していたリアスにイッセーは引っかかりを感じるものの
リアスの指摘自体はさほど的外れでもない。
しかし、霧が晴れたらナイアが
「それを言ったら、一方的に押してたナイア先生がいきなり負けてる方がおかしいっすよ!
俺にはセージの奴が反則働いたとしか思えないっす!」
それに対しては、リアスも反論が出てこない。
一体どういう反則を働いたのか、という疑問点はあるにせよ。
「そもそも、なんでサイラオーグさんが出場取りやめになってセージの奴が全勝してるんだ!
あいつら殆ど道具に頼ってばっかりじゃないか!」
そういう考えが根強い悪魔――転生悪魔含む――にとってみれば
それすらも無い人間が、得体の知れない道具を使って
レーティングゲームに参戦しているというのが、そもそもの問題として受け入れ難かったのだ。
辛うじてマスク・ザ・ハチワレやカムカム・ミケ、ゼノヴィアのルックスで許されていただけで。
「サイラオーグは……私にも不可解な点が多すぎるわ。
それよりイッセー。そんなにセージが許せないなら、反則について文句を言うんじゃなくて
自分の手でぶん殴ってやったらどうかしら」
「うふふ、名案ですわね。私も、先生に恥をかかせたセージ君には
これよりもっと恥をかかせてやりたいと思ってましたの。
衆目の下で思いっきり辱めてあげて、先生への意趣返しとしたいところですわ」
笑いながら言う朱乃だが、目は笑っていない。
その底冷えのする声色に思わず背筋を凍らせるイッセーだが
リアスは、そんな様子の朱乃にも少し違和感を覚えていた。
(確かに朱乃にそう言う性的嗜好があるのは事実だけど……ここまでだったかしら?
イッセーにちょっかいをかけているのは前からだし、それは別に今更だけれども
なんか……ナイア先生はもとより、私にも妙な目線を向けてくることがあるような?
朱乃……あなたもナイア先生に何か吹き込まれたの?)
時折見せる友のねっとりとした視線を感じながら、リアスの心には不安が去来する。
セージの反乱を皮切りに、変化しつつある自身と眷属との関係。
そして、決定的とも言えるナイアの眷属入り。
まるで眷属が、自分自身を形成するものがバラバラになってしまいそうな不安を覚える中
部屋の外からがなり声が響き渡る。
その方角を見ると、まだ包帯の取れていない黒歌がリアスに怒鳴りこみに来たのだ。
「リアス! セージから聞いたわよ! また白音をあんたんとこの使い魔に仕立て上げて
あまつさえセージを襲撃させるなんて、とんでもない事しでかしてくれたわね!」
「お、落ち着いてくださいぃ~……」
「ま、待ってくれ黒歌さん! それについては俺もわからないことだらけで……」
必死になって黒歌を止めるギャスパーと、止めようとするも力及ばず
ここまで来る羽目になってしまったセージが、何とか飛び掛かろうとする黒歌を抑えている形だ。
「小猫を使い魔に……? そんなの知らないわよ! 初耳よ!」
「シラ切るんじゃないわよ! あんたんとこの眷属がやらかしてくれたことでしょうが!
そうでなきゃ、白音がセージを襲うなんてありえないわよ! ……発情期入った時はともかく」
「あー……すまんグレモリー先輩、邪魔したな。ほら黒歌さん、帰りますよ」
俺だって疲れてるんだ、と小声で零しながらセージが何とか黒歌を呼び戻そうとするが
黒歌は物凄い剣幕でリアスを睨み続けたままだ。
その怒り様は相当なもので、セージにさえも飛び火しかねない勢いであった。
「セージも知りたくないの!? 白音がなんでああなったのか!」
「再発防止策は打ったんだからそれはもういいでしょう。
ほら次の試合もあるんだから戻りますよ」
再発防止策、についてリアスは深く追求しなかったが
黒歌がこの剣幕でやって来た事と、セージが黒歌が言った事そのものは否定していない事から
黒歌の発言は嘘ではない、と結論付けるに至った。
そうなると、リアスも白音が何故そうなったのかに対する疑問が沸々と湧いてきたのだ。
「待ちなさい。それについて一番詳しい人がここにいるわ。
……説明して頂戴ナイア先生。これは生徒としての頼みでは無く、『
普段のともすれば危機感の足りないとも受け取れるリアスの態度では無く
明確に厳とした態度でナイアに向かうリアス。
そもそも、リアスはナイアを問い質そうとしていた節もあったので
この件に関しては、黒歌は渡りに船であったと言える。
……尤も、本当に彼女が知りたい事を問い質すのはまだ無理そうだが。
「……『王』の命令じゃあ仕方ないね。その通り、あの白猫ちゃんは僕が手懐けたものだよ。
だけど文句を言われる筋合いは無いね。僕はただ、フリーの野良猫を捕まえただけなんだから」
痛いところを突かれた、と言った表情をしているのは黒歌だ。
悪魔の駒を抜いた、というのはそれは即ち、誰の所有物でも無いという事である。
そんな相手を捕まえて使い魔にするという事自体は、別段(悪魔の法規的には)問題はない。
今白音は契約上セージの使い魔という事になっているため、再発はほぼ無いと言っていいが。
「だけどナイア先生には、イリナって使い魔が既にいなかったかしら?」
「別に使い魔を二匹以上擁してはいけない、という法規は無いだろう?
気に入ったから迎え入れた、必要だから迎え入れた。それだけだよ」
(……兵藤のコレクションに紛れ込ませることがか)
セージや黒歌にとっては業腹ものの理屈だが、悪魔の常識はこれだ。
同じ悪魔ではあるが、旧い悪魔であるアモンもこれには頭を抱えていた。
その発想こそが、悪魔が悪い意味で堕落している原因ではないか――と。
「話は終わりだ。僕もまさかあそこまで『
改めて、勝利おめでとうセージ君。だが……本当の地獄は、まだこれからだよ……?」
くつくつと嗤いながら、ナイアは部屋を後にする。
釈然としないながらも、ナイアの言っていたこと自体は正解なのだ。
これ以上追及したところで、もう何も出ないだろう。
邪魔したな、と断りながらグレモリーチームの下を後にするセージと
去り際に唾を吐き捨てていく黒歌。
息まいていたイッセーだったが、肝心のナイアがあっさりと種を明かしてしまったために
攻撃する口実が無くなってしまったためか、大人しくなっていた。
その分の怒りは、次の試合において朱乃が存分に発揮することとなった――
霧の外側から見ていた人達とか。
ポケモン理論で行くなら、悪魔の駒が無い(=眷属じゃない)ヤツって
フリーになるわけで、どう扱ってもいいんじゃね? とか思ってそうで。
少なくとも「ひとのものを とったら どろぼう!」は適用されないはずなので
そこを突いてナイアが白音を攫ってました。
……そう考えてしまうとやっぱクソ。
使い魔については二種族以上確保しちゃいけないってのも確か無かった気がする(でないとザトゥージがすっごいザコに)ので
尚の事酷い話が。
イメージとしては悪魔の駒とは一長一短なのが使い魔契約、と考えてます。
本当にこういうマウンティング的な戦力増強好きよね悪魔……()