ナティシア ー平凡幼女はハードモードな世界を生きるー 作:かげはし
これがいつも見る夢だとしても、怒りは強く湧いてくる。
夢から目覚めたら忘れてしまうものだとしても、それでも目の前にいるこいつに怒りを抱くことだけは、忘れてはいけない。
『楽になりたいか?』
――――――うるせえよ。
俺を見殺しにしたドラゴンなんかに助けを求めるつもりはねえ。むしろ俺を助ける義理ぐらいあるだろうが。
『ほう? 人間のくせにこの私自らがお前を助けると?』
それぐらいの親切は通したつもりだぞ。食料も軽い話し相手もした。その借りを返せ。
いやむしろお前が人間に宝玉を奪われなかったら俺たちはこうならなかったんだ。
だからなんとかしろよ。
『ふはははっ! なんとかしろか! いやはやどうにも乱暴に任せるものだ。私に責任を取れと貴様は言うのか。ならばもう一度問いかけよう。貴様が応えるのだ。楽になりたいとな』
俺は楽になりたいんじゃない。死にたい訳じゃない。
『……なら何が欲しい? 憎しみ抱いた奴等を殺す攻撃力か。それとも逃げ出す為のスキルか』
皆を元に戻してくれ。
それで、元の平穏な村の生活に戻してくれよ。
『ハッ。それは無理な相談だ』
はぁ!?
おいこら、何でだよ。
お前の宝玉でこんな事態になったんだ。なんとかしろよ。
『力には使う法則があるものだ。いくら私がドラゴンでも世界の定められた秩序を壊すことは出来ないのでな』
チッ。使えねードラゴンだ。
『フハハッ。ドラゴンとなり長い時を永遠に生きているが、貴様のように舌打ちをする奴は初めてだ』
そうかよ使えねードラゴンさんよ。
じゃあ何ができるんだよ。言っとくけど力やスキルを俺に渡してそのままポイってのはなしだからな。
『我が儘な幼子だ。ならば仕方があるまい。貴様と私は繋がりがある故にな。お前が手を伸ばすのなら救ってやろう』
手を伸ばすってすなわち……。
『私のモノになれ。私の所有物となって、宝玉を奪い返す手伝いをせよ』
え、面倒……。
ってか何でそうなるんだよ。お前に食事やら何やら用意したんだから恩を仇で返すようなことすんな。交渉なしで俺を助けろ。
『ふははははっ! それは無理だな。いや、最初はその気もあったがここまで頑固さをこじらせているのなら気が変わるというものだ。拒否権はないぞ小娘! 貴様は楽になりたいと言った言葉に頷かなかった。それに、もう遅いぞ。私はとっくに貴様に手を貸しているのでな!』
ぼんやりと景色が歪んでいく。
ドラゴンの笑い声だけがいつまでも響く。
これが夢だからこそ、なんだか精神的に疲れた。凄く寝たような気はしなかった。
次にまた夢を見たならば、その時はドラゴンの頭に乗って奴の顔面をぶん殴ってやろう。
そう決意しても、もう遅かったらしい。
やばいやばいやばいやばいやばい!!
俺をどこかへ連れて行く。それだけじゃない。モンスターを全員殺す。すなわち、母さんもグレンも、友人もおじさんもルクレスさんも皆みんな殺される!?
「おら、とっとと歩け!」
「……っ」
いや落ち着け。冷静になれ。
こんなのいつもの事だろう。
拷問でも実験でもなんでも、発狂しなかったあの時の感覚を思い出せ。
一瞬で良い。ルクレスさんと話したときの計画通りに。もう実行に移すしかない。本当はもっと長い時間をかけて少しずつ聞いていくつもりだったけど、明日までは無理だ。一気にいかないと。
俺に価値があれば、奴らは俺に目をつける。
それと同時に連中は今俺を恐れてる。
あのアレイ…なんちゃら候が話した内容を聞いてビビっていたから、俺が言えばある程度は……。
「……ねえ研究員さん」
「あ?」
「あの時実験室で聞いてたけど、あのお偉いさんに連れてかれるんだろ」
「……ハッ。なんだ、今さら怖気づいたか?」
「ううん違うよ。むしろ痛い思いしなくて済むなら凄く幸運かな。でもさ、俺の力ってまだ制御されてるみたいなんだよな。モンスターを操るだけじゃないかもしれないという感じかな……?」
「……何故今になってそれを言う」
「だって、向こうで痛い思いしたくないからさ。それと、この施設で制御されてるっていうんなら、向こうで自由になった瞬間何やらかすのか分かったもんじゃないよ?」
この言葉に、研究員の足が一瞬立ち止まる。俺に向かって化け物を見たような顔で見下ろしてくる。
背後にいたローブの男が咳き込みをしたため、すぐにまた歩きはじめるが……。
「制御されているか……検体0の細胞値は人間のままのはずだが。おいお前、核の……彼女の方はどうなってる? モンスターだけに力の制御が効いているはずだろう?」
「さあ知りませんよ。私は管轄外なので……」
「チッ。……一応調べた方が良いか。枯渇されては意味がない。アレの力もまた研究対象だ」
ぶつぶつと呟く研究員の言葉に、さりげなく顔を上げた。
心臓がバクバクとなっているが、それを表に出さないようにごくりと唾を呑んで、口を開いた。
「アレってモンスターのこと? 俺の力を抑えるってことは相当凄いモノなんだ」
「いいや、彼女の力はただの楔。国家の大魔術師が作り上げた膨大な魔術を使用して力を抑える人柱となるものだが」
「おい、それ以上は……」
「ああ」
ローブの男が口止めをしてきたことに内心で舌打ちをする。
もっともっと、情報を集めないと。
「へぇ、それって何処にあるの? どうせ俺はもうここに来ないんだから、最後の記念に教えてくれてもいいだろ? 実験でいろんなことをやった借りとして」
実験のことを話しながらニヤリと笑うと、思わずといったように急に俺を掴んでいる腕を離し、不気味な目で研究員が俺を見る。
背後にいるローブの男がとっさに俺の肩を掴んだが、それについては言及せずに……。
「ねえ、俺が一番痛かった部分って何処だと思う? 一番最初に着た頃、爪を剥がされて指を折られた時の鈍痛実験? 裸に剥かれて抵抗も出来ずに腹を掻っ捌かれた時の事? いろんな攻撃魔法をこの身に受けた時の痛み? それら全部の痛みが、制御されたせいだったら俺は―――――」
「ああ! ああ分かった! 軽くなら話してやるからそれ以上恐ろしい話をするのは止めろ! 私が悪かったから、止めてくれ!!」
「おい、実験体に核の話は……」
「喧しいぞ魔術師風情が! 私の名前も覚える気がない指示待ち人間は黙ってろ!!」
ふぅーふぅー、と息を荒げて研究員が髪を乱暴に掻く。
制御なんてされてないけれど、話しやすい内容はこれしかない。
ルクレスさんの言った通り、男は恐ろしげに俺を見つめて口を開いた。
奴が指差した方向は、俺が行ったことのない薄暗い通路。
「……この先の奥。カプセルの中に入った女が核となって眠っている。それ以上の話をする気はないが―――――」
「いや、充分だよありがとう……なっ!!」
「っ!?」
「ヒ、ギァァァァァッッッ!!?」
ローブの男によって俺の肩を掴んでいる手を無理やり離し、警戒される前にと、奴の視界を指で突き刺す。
激痛を伴ったのだろう。回復魔法をする余裕なんてなく、ローブの男が両目を押さえて転がっているが、研究員は事態の急変さについていけず呆然としているのみ。それは俺にとってすごく良い状況だった。
血とどろっとした何かと水っぽい液体が指にこびりついて汚いと思ったが、俺の実験に比べたらマシな方だ。回復も出来るんだし大丈夫だろ。
とにかく急ぐは通路の先。
研究員が嘘をついていないならそこに核がある。早く壊してしまわないと……。
「ま、待て!」
「ぐっ――――――」
くそっ。手を掴まれた!?
そのまま引っ張られ抱き上げられる。
畜生。幼い身体のせいで抵抗しても意味がない。くそっ、くそっ!!
「離せ。離せ離せ離せはなせっ!!!」
「ヒッ! ……そ、それは無理だ。君を連れていかないと私達は――――――っ!?」
「離せ!!」
抱き上げているから近くにあった顔に大きく拳をぶち当てた。
その瞬間、ぐらりと研究員が倒れて俺の身体は自由になる。でも、何故か違和感があった。
拳が奴の急所を当てた……のか?
いやでも、それよりも前に男の意識がなくなったように見えた。急に身体が硬直したように見えたんだけど……。
「このクソガキ……」
「回復早いなクソが!!」
魔術師が目に血涙をこぼしながらふらふらと身体を起き上がらせようとしてくる。まだダメージが完全に回復しきってないようで、目を閉じたまま立ちあがって派手に転んでいた。
でもすぐにまた回復してくるだろう。それも完全回復かもしれない。
「やるべきことをやらないと……」
「待て……。貴様は、アレイルクス候に……」
手を伸ばされかけたので、すぐに通路の先へ駆けだしていく。
一気に息が上がって辛い。やっぱり体力がなくなってる。休憩を入れながらじゃないと無理だけど、それでも……早く……!
「グレンにも話は通した。ルクレスさんの所は無理だけど、でも……」
モンスターとしての力を思う存分使えるなら、何とかなるだろう。
「緊急事態の……魔法を……」
背後から聞こえてきたローブの男の声。
黄色い何かが背後で光った刹那――――――鐘の音が、施設中に響き渡った。
■
鐘の音が心地よい。
それは、この施設で働く連中にとっての緊急警報の証。
そして聞こえてくる、『検体0が逃げ出した。魔法核の方へ行ったらしい。早く捕まえろ!』というもの。
アルメリアの状況は僕の可愛い子を通して目で見た。だから全てが分かる。
「ギィッ」
「ぐっ。たす……け……」
部屋の中。
僕の可愛い子たちに覆われて、憎たらしい研究員の身体を指示通りに動かしていく哀れな姿。
それらすべてが、ずっとずっと思い描いた状況の通りだった。
「さてみんな。今日は素晴らしい日と思わないかな?」
「そンなことナイわ」
「おや手厳しいな。まあいいさ。アルメリアには軽く手助けをした。後は彼女が駆け回る間にやればいい。鹿が死の淵を駆け回るように。狩人がその鹿を狙っている間に、その狩人を僕たちが叩くのだから」
「やめ、ろ……こんな……なんで。お前ら全員、ただの化け物なんじゃ……」
研究員の身体を動かし、皆の檻の鍵を解く。そして100以上あるような鍵の束の一本一本を首輪や手錠などをつけられている檻の中へ入れていく。
その一本を手に取ったモンスターの皆が器用に首輪を外していく。通常のモンスターだったらできないことを何でもないようにやりながらも、その巨大な手や爪でゆっくりと外へ出てきた。
最後になったが、可愛い子たちが人間を操り僕の檻を外していく。
鍵を外し、ガラスの扉を外し、そしてゆっくりと鍵全てを落とした。
「ありがとう。これで自由になれるよ。そいつは褒美だ。食べてくれて構わない」
「ギギッ」
「ヒッ―――――あがっ」
「ああ、ゆっくりと咀嚼して。一気に殺しちゃ駄目だよ」
「ギィィ」
にっこりと笑って嗤って。そして僕は周りを見つめる。
人型の黒い何かが倒れ蠢いていても誰も気にしない。興味も湧かない。
ただ鍵を持った哀れな研究員がどうなろうと、誰も知ったこっちゃない。
「能力値は通常より半分以下。力も抑えられて一般的な攻撃をしようとしても効かないだろう」
皆が僕の話を聞く。
一見すれば、檻の外で複数のモンスターに囲まれる15歳の少年という異様な光景に、ただ心の中で興奮する。
「何故世界中にいるすべてのモンスターが人間に管理されることがないのか。それは力があるからだ。だが力を抑えられたら一部のモンスターは強制的に飼われてしまうだろう。それは理性がないからだ。頭の良さがなければ所詮、下位モンスターなんて冒険者に簡単に狩られるだけの存在―――――」
「ルクれスおじサん。長ったラシい話ハやめテ」
「ああごめんね。とにかくこれだけは言いたい。力が半分以下でも、僕たちには理性がある。下位モンスターだとしても、どう力を使えばいいのか分かっている。攻撃が出来ないなら、遠回しにぶち壊す方法を知っている」
両手を広げて、ただ自由な今を感謝した。
「アルメリアが囮になってあの腐った研究員共、魔術師共に追われている間に全てを終わらそう。被害者は自由に、それ以外は復讐に。僕たちの傷を奴らに味わってもらおう!!」
『ッ―――――――!!!!』
鐘の音と共鳴しながらも、部屋中にモンスターの咆哮が響いた。