ナティシア ー平凡幼女はハードモードな世界を生きるー   作:かげはし

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モンスターの力の使い方 後編

 

 

 

 

 

 

「ここハ?」

「まあ待って。後のお楽しみにね」

 

 

 

 地下の大ホールから外へ繋がる道があり、そこから連れてこられた場所は実験場からほど近い見知らぬ洞窟だった。

 ゴブリンの巣というわけではない。

 モンスターの危険性もないだろうただ普通の洞窟に見える。

 

 だが、それでも彼らには恐怖はあった。

 グレンにとって外に出たのは久しぶりだ。ずっと実験場の中にいた。

 ずっと外の世界を――――守られていると分かる場所から外へ出ることを恐れていた。

 

 

 空を飛べるシャドーバットなどのモンスター達は、自由気ままな外から密閉空間となる洞窟に入ったことで怯えて、ゴーレムなどの身体にしがみついて離れないという現象が巻き起こっている。

 

 皆は何も言わない。でもどこか緊張し怯えたような目で周囲を警戒して歩いていた。

 

 周囲にルクレスや彼と同郷のモンスターがいようともそれは変わらない。

 

 

 ――――やってきたのは洞窟の最奥にある円形に広がっている場所だった。

 

 

 行き止まりに連れてきたルクレスが、その奥の壁に背を付けて俺たちへ振り返る。

 

 

 

「今日連れてきたモンスター達の中にはいない者がいると気付いているだろうから説明しよう。僕は絶対に保護が必要な幼い子供やまだ精神的に回復していない女性などは連れてきていないよ。もちろんアルメリアもだ」

 

 

 ルクレスの言葉にグレンは首を傾けた。

 いや、実際には傾けたような行動をしたが、身体ごと傾いたと言った方が良いだろう。

 

 

 

「えっト、俺様ハ? 俺も子供なんだけど……」

 

「君はまだ大丈夫な方だろう?」

 

 

 

 人間だったら笑ってない目で、とても綺麗な笑みを浮かべていたことだろう。

 そう思えるような雰囲気でルクレスは言った。

 

 彼の身体は糸で作られているから、笑顔を浮かべるという手間はしたくないからか真顔であるが……。

 それが余計に背筋がぞわりとするような、何か嫌な予感がした。

 

 

 

 

「僕はね。このままじゃいけないと思っているんだ」

 

「ハっ?」

 

 

「モンスターとしての力がうまく使いこなせないのは分かるよ。でもそれだけじゃなくて行動に移さないのが問題なんだ。恐怖があるのは分かるよ。でも非常事態の時に動けないのは僕としては駄目だと思うんだ」

 

 

 

 周囲にいる、ルクレスの同郷のモンスター達が壁まで下がる。

 広場の中心にいるグレンたちは何が何なのか分からず困惑し、引き攣った笑みで話し続ける彼を見た。

 

 嫌な予感が膨れ上がる。ここに居てはいけないかもしれないと察する。

 

 

 

 

「生きるか死ぬかの瀬戸際に、戦えないかどうかは僕が決めたいと思う。

 

 ―――――だから君たちを、試させてくれ」

 

 

 

 しかし、逃げようとした瞬間だった。

 ルクレスの近くにいた大きなゴーレムが、その太い腕を振りおろし地面に亀裂を与える。

 

 いつの間にか出来ていたのか、大きな穴が瞬時に出来上がりグレンたちを落とした。

 

 

 空を飛べるシャドーバットたちはなんとか逃げようとしたようだったが上にいる彼らに物理的に突き落とされる。

 どうあがいても上には逃げられない。

 

 しかも穴の中にいたのは―――――。

 

 

 

「ここは元ゴブリンの巣の最奥。そこにいるのは、僕たちを襲い、過去様々な人間を食べてきた理性のないモンスターたちだ」

 

 

 

 ゴブリン達が、涎を垂らしてグレンたちを見つめている。

 

 

 

「ギギィ」

「ギ……ィィ……」

「ギィッ!」

 

 

 

 まるで餌が来たとでも言うかのような目。

 だらだら垂れる涎と、ぎらつく歯。

 

 周囲に漂う腐った臭いに吐き気がする。恐怖で身体が固まる。

 

 

 

「さあ戦いなさい! そのままでいたら死んでしまうよ!」

 

 

 

 声が響いた瞬間、誰もが死の気配を感じ取った。

 

 

 

「ひっ! うあァ……」

「ギュァァ!」

「嫌ダ! 私ハ死にたくナい!」

「た、助けテくレ! お願いダ! 俺たチが何をしたっテいウンだ!!?」

 

 

「何を言っているんだい。君たちが何もしてないのが悪いんだろう?」

 

 

 

 ルクレスは冷めたように言う。

 とても落ち着いた声で、周囲の悲鳴によって聞こえなくなると思えるぐらいの音量で言ったというのに、逃げまどい、ゴブリン達の歯から逃げようとしている彼らの耳に届いた。

 

 

 

「僕は戦争を体験したことがある。戦いを、その先の絶望を――――すべてを見たことがある!」

 

 

 

 ルクレスは身体の糸を解いて本来の蜘蛛の姿となり穴の淵に立ち、彼らを見下ろした。

 

 小さくてグレンでさえ殺せてしまいそうな虫の一匹が、ルクレスが叫ぶ。

 

 

「君たちは今の僕よりも強い! その気になればちゃんと戦えるんだ! 必要なのは前へ出る意思だ。生きたいと願う行動力だ! 守られているだけでは何も始まらないぞ!!!」

 

 

 

 

 叫ぶ。

 彼らのために、己自身のために。

 

 彼は心を鬼にして、生き残るために叫ぶ。

 

 

 

「思い込みで戦えないのは弱者のやることだ! 最初から何もしないから生きることはできなくなるんだ!

 

 ―――――君たちの力はその程度のものじゃないだろう!?」

 

 

 

 

 ルクレスの声に、魂から響き渡るような慟哭に誰もが身体を動かした。

 

 恐怖はあるが、生きたいという気持ちの方が大きく働く。ここで動かなければ死ぬ。

 あの時のように。身体が溶けてぐちゃぐちゃになっていくあの頃のように。

 

 

 

『ッ―――――――――!!!!!』

 

 

 

 悲鳴が雄叫びへ。

 生きたいと願うモンスター達が、それぞれの拳を握り、それぞれの身体に合わせた攻撃を放つ。

 

 グレンはただ願った。

 できないと思う気持ちをなくしたいと。

 

 

 もう何もできず死ぬようなことだけはしたくはないと。

 ただのちっぽけな幼女のアルメリアに、年下の女の子に守られるようでは何が男か!

 

 グレンが衝動を目の前にいるゴブリンへぶちまける。

 

 

 

 

「あぁアあァあアアァぁッッ!!!!!!」

 

 

 

 生きたいと願うごとに己の炎が熱く燃え上がる。

 目の前にいて襲い掛かってくる理性のないゴブリン相手に、燃やすという行為が―――できる!

 

 

 

 

「ああ、上出来だよ」

 

 

 

 蜘蛛の姿だというのに、ルクレスの表情はとても嬉しそうに笑ってるように見えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 







「っテことがあったンだ」
「いや怖えよ鬼指揮官かよ。いや鬼蜘蛛……」


「どうしたんだいアルメリア。僕が何だって?」


「何でもないですごめんなさい!」


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