ナティシア ー平凡幼女はハードモードな世界を生きるー 作:かげはし
「ルナちゃん、本当に行くつもりかい?」
おばさんは凄く心配そうな表情を浮かべていた。そりゃあそうだろう。いくら狩人と言ってもモンスターを狩る冒険者と比べてはいけない。攻撃力も耐性スキルも何もかもが普通の動物とは違うモンスターは、一度敵対してしまえば高い確率で人間が負ける。
冒険者だって死亡率8割を超える大変な仕事なんだ。耐性に物理が入っていれば魔法しか使うことが出来ず、また特定の攻撃しか通さないモンスターもある。
だから、モンスターを狩る力があるかどうかを査定するために、冒険者にもランクがある。
私は強い方だ。だから大丈夫。
「ルナちゃん、オークは女子供を特に襲うモンスターだよ。危ないなら村に帰って冒険者に依頼した方がいいんじゃないかい?」
「大丈夫だよおばさん! それに依頼するのにもお金ってかかるものだし、村に近いから襲われる可能性も高いし。私、都市にいた時は冒険者の手伝いもやったことあるから大丈夫だよ!」
「でもオークだよ?」
「大丈夫だよ! むしろ食ってやる!」
「……あははっ。ルナちゃんらしいねぇ」
うん、あのオークを見てるとお腹が空いてくる。
豚の顔だけでも兄さんに渡して美味くしてもらおう。
おばさんが苦笑しているけれど、安心したって顔だ。だから大丈夫。
「ねえおばさん、村に戻ってて。猪の肉を奪って、ついでにオークの肉もたくさん持ってくるから」
「ハハハっ。オークはいらないよ……それに戻るつもりもないさ」
「え?」
ずっと正面を見て警戒していたが、おばさんの言葉に思わず振り返った。
おばさんは背中につけた弓矢を手に、ただ静かに覚悟を決めた目で頷いている。
「ルナちゃんが強いのは分かるよ。でもね、一人で行かせるわけにはいかない。ルナちゃんが村へ無事に戻ってこれるか心配でもあるしねぇ」
「おばさん……でも、あの巣に行ったらおばさんが危険な目に遭うかもしれないよ?」
「私なら大丈夫だよ。熊に襲われたこともあったし、モンスターに遭遇したこともあったけど、狩人としての経験を活かして生き延びたんだ」
「……分かった。でも何かあったらすぐ逃げてね」
「もちろんさ」
私はただひたすら警戒しながらいつもの感覚で洞穴へ忍び寄り、おばさんが私の後ろを歩いていく。
あのオークはどうやら洞穴の奥へ進んだらしい。でもなんか違和感がある。
洞穴近くの出口の壁を触って。そして内部の壁も触って確かめる。砕いた小石を小さく舐めて吐き出して……。やっぱり違う。空気だけじゃなくて、中にちょっとだけ入って分かってしまった。
これって洞穴って言うより―――――――。
「……ここはダンジョン、かな」
「なっ……ちょ、ちょっと待っておくれルナちゃん」
私の独り言を聞いたおばさんが恐ろしいものを見たような表情で言う。
「ダンジョンって、あのモンスターが生み出されていく呪いの場所かい!? まさか、村の近くに住んでるけどこんな場所見たことが……」
「うん。でもね。私ね、結構いろんな修羅場を潜り抜けてきたから分かるんだ。普通の洞穴とは違って、この場所は魔力で満たされてる」
「……だから、ダンジョンだって言うのかい?」
「うん。でも普通なら有り得ないんだ……こんな場所にダンジョンが出来るだなんて……」
そう、普通は有り得ない。
帝国の都市で、ちょっとした冒険者の荷物運びの手伝いでダンジョンと洞窟を通ったことがあるけど、はっきりとした違いがあったんだもん。
だから分かるんだ。この場所はダンジョンだって。
洞穴に魔力が豊富に満たされている。それはすなわちモンスターにとって住み心地のいい場所を作り上げているということ。通常の洞穴ならばこんなことにならない。
自然発生するならば、この洞穴で大量の死がなければ……死肉と血と魂で魔力が洞穴に染み込み、豊潤で気味の悪い魔力が発生しなければいけないはず。
一応人の手で魔力が込められた洞穴を作ることは出来るって知り合いの魔法使いに聞いたことがあるけれど、人の手で作られたダンジョンはモンスターの血肉の臭いなんてしないって言ってた。だから、清潔なハーブのような香りがするって言ってたんだ。
それなのにこの洞穴は血肉の腐った臭いがする。でも、何か肉を焼いているような臭いもする。
「ダンジョンなら冒険者を呼んだ方が良い。帰るよルナちゃん」
その言葉に、素直に頷けない自分がいた。
おばさんはこの洞穴の異常さに気づいて早く帰った方が良いって思ってるんだろうけど、私はこのままでいていいとは思えない。
「……でも」
「でもじゃないよ! ルナちゃんが死んじゃったらレオン君が悲しむだろう! こんなところで無駄死にしなくても良いんだ!」
おばさんが心配して私の腕を引っ張っている。
でもこのままにしていたら、多分いつか村の人間を襲ってくる時期が来るだろう。だって、モンスターにとって人間の肉って美味しいっていう噂があるみたいだもん。美味しいお肉なら食べたいけれど、私は人間の肉は食べたくない。
でもモンスターがお肉を食べたい気持ちを我慢できないって言うのは分かる。
……だから、このままにしてはおけない。
「本当にごめんおばさん! 私やっぱり――――――――っ!」
不意だった。
ただ、足元を洞窟の方へ一歩踏み出しただけなんだ。
「ルナちゃん!!?」
足もとの地面が急に崩れて一気に落下する。
洞穴の出入り口近くの地面が落とし穴のようになっていたみたいで、空中で体勢を整えながらも地面への衝撃に耐えて上を見上げた。
「大丈夫かいルナちゃん! 今すぐそっちにいくからね!!」
「ううん大丈夫だよおばさん! こっちに来なくても大丈夫だから……できれば村の人呼びに行ってよ! 私はここにいるからさ!」
「だ、大丈夫なのかい?」
「だいじょーぶだって! 中位モンスターを倒した私なら全然平気だよ!」
「そうかい……なら、すぐに帰って来るからね!! 待ってるんだよ!」
そう言ってすぐさま駆けていくような足音が聞こえて一息つく。
とりあえずおばさんについてはまあ何とかなるだろう。村からここまでの距離はたぶん離れているから数時間はかかるはず……なら、その間に出口に行った方が良いかもしれないけれど……。
「登ってもいいかな……っと!?」
反射的に背後に振り返って見ると、そこにいたのはリザードマン。
オークではなくリザードマンがいるということは、このダンジョンに数種類のモンスターがいるということ。
でもこのリザードマンの色がおかしい。
通常のリザードマンは緑色をしているはず……だというのに、この目の前にいるモンスターは深い青色。
それに剣のような武器を持っている。あれは相当の魔力が込められてるかな。
なんとなく、中位クラスのモンスターに似た脅威を感じた。
もしかしたらここのダンジョンって、かなりヤバいんじゃ……。
「人間か。何故ここにイル?」
「…………は?」
聞こえてきた声に呆然とした。
というよりも、有り得ない言葉に背筋がぞっとした。
モンスターが喋った。それはすなわち高位モンスターの可能性がある。中位に比べてより戦闘能力が高く、人間と同等の知恵も持っているためにずる賢い力を持つ。
本能でゾッとする。死ぬ。こいつと一緒に居たら死ぬ……!
やばいやばいやばいやばいやばいやばいっ!!
ここはやばい。こいつが戦いを挑んで来たらヤバい!!
私がリザードマンのお肉にされちゃう!!!
「っ!? おイ待テ!!」
喋るリザードマンなんて始めて見た。それにあの武器もヤバい。
あいつは相手にしちゃいけない。本能で分かる。このダンジョンはヤバいって分かる……!!
「おばさん……来ちゃ駄目……兄さん……!!」
早く逃げて伝えないと。
おばさんが村の人を連れて来る前に、伝えないと!!