ナティシア ー平凡幼女はハードモードな世界を生きるー   作:かげはし

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 無知は最大の罪だと誰かが言った。


 知らない方が悪いのだと、誰かが言った。



 ―――――――では、これはどうなのだろうか?






25話 竜の秘宝

 

 

 

 生まれて初めて味わう程柔らかな感触のソファに座り、目の前で優雅に微笑んでいる貴族のご令嬢レベッカを見つめる。

 いや、もうご令嬢ではないといえるのか。侯爵として跡を継いで、ウィリアムが言っていた……アレイルクス候の役割を果たしているというのだから。

 

 貴族の礼儀作法は私にはよく分からない。国家の流儀についてもあまり知りはしない。

 だが笑われないようにと机の上に置かれた薔薇の良い香りのする紅茶を一口だけ飲んで、何とか緊張をほぐす。

 

 

「ウィリアムから私の話は聞いたのでしょう?」

「え、ええ……まあ……」

「では率直にお話をしますわね……ルナ・ナティシアさん。彼らの野望を止める手伝いをしてくださりませんか?」

「……手伝い?」

「ええ、私の仕事の手伝い」

 

 

 驚いた。貴族の侯爵が手伝いという言葉を使うだなんて。

 貴族というのは普通、私達のような平民に対しては対等の関係を結ぶような言い方はしないはずだ。

 いや、それともそれが国家では当たり前なんだろうか。帝国と国家は交流関係を結んではいるけれど、詳しくは知らない。ましてや貴族の侯爵との交流だなんてよく分からない。

 こういうのは兄さんが得意なもんだけど……。

 

 ううん。兄さんに会いたいけれど、今は兄さんの為にも頑張らなきゃ。

 それに少しだけ興味があった。今までの話をした後に『手伝い』だと話す、その内容を。

 

 

 

「……それは、どういう手伝いなの?」

「ええ、お話します」

 

 

 にっこりと微笑みながらも優雅に紅茶を飲み、後ろに控えていたメイドが手のひらサイズの小さな宝石のようなものを出してくる。

 その宝石は主にルビーのように澄んだ赤色をしていた。だがどことなく魔法のような力の渦を感じる。

 それと同時に、透明なのに光の加減によって七色の色が浮かび上がっていたのが見えた。まるで魔力の源に触れているような……そんな感じ。

 

 それを机の上にある小さなクッションの上に置き、レベッカ候は口を開いた。

 

 

「これがドラゴンの宝玉よ」

「……確かに妙な力を感じるわね」

「ええ、これを奴らは狙っているの」

 

「えっと……それを、私が守れってこと?」

「いいえ、あなたにはあのモンスターたちを倒してほしいの。それとできればアルメリア・ナティシアの姿をした生き物だけは捕まえて連れてきて。それ以外は退治して……素材は好きにして構わないわ。売ってもいいし、武器の材料にしても良い」

 

 

 倒したモンスターの素材を好きにして構わないというのは、かなり破格の条件だ。

 モンスターの素材は武器や防具にできるし、魔術を込めるのに適しているから、中位モンスターの毛皮でも金貨十枚はなるだろう。下位モンスターだとしても、銀貨5枚は確実に貰える。

 だから冒険者はその圧倒的な死亡率にも関わらず、人気な職業となっているんだ。私だってそれで稼いだんだから。

 でも依頼で倒したモンスターは依頼を出した人のモノになることが普通。それをレベッカ候は好きにしていいという。つまり、倒すことが重要となっているんだろう。あの幼女だけは捕まえてほしいと言うが……。

 

 それは、私にできることなんだろうか。

 あのダンジョンで感じた絶望。混乱した頭で考えて、情報を集めようと思ったきっかけ。

 人間に化けたあいつらに、私の力が敵うの?

 

 

「……悪いけどできない。私には倒せない敵もいるもの。それに、もっと強くなるために修行しようと思っていたから」

「無理だって言うのかしらルナ・ナティシア。円形競技場の優勝者」

「そうじゃない。時間が必要だってこと」

 

 

 

 私は物理特化の人間だ。拳にスキルを積み重ねてモンスターたちと対峙することができる近接戦闘の特化型。

 ゴーレムのような魔術の力がないと倒せないモンスターには太刀打ちできない。

 それはあの忌まわしいダンジョンで体験したことだ。何度も何度も、限界を突破してスキルを使用して倒そうとした。普通の中位モンスターだったらあれで倒せたはずだった。

 でも倒せなかった。だから私には勝てない敵もいる。円形競技場の優勝者だとしても、無理なものは無理なんだ。

 

 

 

「強さが必要なの。魔術を覚えてゴーレムを倒せるぐらいに強くならないといけない。兄さんを守るためにも、全攻撃可能(オールラウンダー)となって戦えるようになって、それでようやく手伝いは出来ると思う。だから時間がかかるわ」

「ああ。それなら対応は出来るわ」

「本当に? 期限は何時まで―――――――」

 

「いいえ、あなたに時間をあげるのではなく、強さを与えると言っているのです」

 

 

 

 聞こえてきた言葉が信じられなかった。

 強さを与えるだなんて意味が分からない。神に等しき高位モンスターがたまに加護のような力を人間に与えることがあると聞くが、このレベッカ候も同等の力が使えるということなの?

 それはつまり、レベッカ候は神に等しい存在っていうんじゃ……。

 

 いいえ、落ち着くのよルナ。

 彼女は私と同じ人間。モンスターに偽った人間というわけじゃなく、ちゃんと身分がある貴族の侯爵。なにか考えがあるはずよ。

 震える声を抑えながらも、前を見据えて言う。

 

 

 

「ど、どういうこと? ……強さを与えるって、私をどうするつもりなの?」

「あら、この机の上にあるドラゴンの宝玉を忘れているのかしら。これは力の源。やりようにとっては強さを与えることも可能なんですよ。

 ……まあ、宝玉の力の使い道について私の考えと叔父様の研究内容は異なっていたみたいだけれどね。でも、私なら叔父様の研究内容を通じて、応用することができる」

 

 

 ドラゴンの宝玉を利用して私を強くする。

 それはとても魅力的だけれど、危険は伴っていないのだろうか。

 兄に会えずに死ぬことだけは避けたいから、レベッカ候に遠慮なく質問をする。

 

 

 

「研究内容ってどういうものなの?」

「防御スキルをより変異的に向上させてモンスターの力を抑えられるようにするために、この宝玉――――竜の力を半永久的に与えられるようにした、核となるモノに宝玉の魔力を与えるための実験よ。もちろん叔父様の実験は成功したわ」

 

「ぇっ……ちょ、ちょっと待って! モンスターの力を抑えられるっていうのなら、それをやったらすぐに殲滅できるんじゃないの!?」

「いいえ、それは無理よ。防衛戦で人間側が壊滅した結果から分かるように……奴等には防御なんて効かない。それに核となったモノを奪われてしまったから、この手は二度と使えない」

「そう……」

 

 

 それは凄く残念だ。

 他のモンスターに使えると言うのなら、もしかしたらメリア大森林以外で発生して困っている人たちを助けるために使えるかもしれないと思ったから。

 モンスターを抑えるためのスキルなんて効いたことないし、そんなのがあったら王国か帝国直属の勇者になれそうな気もする。

 

 そう思っていると、レベッカ候がくすりと笑った。

 

 

 

「叔父様は宝玉を使って防御と変異について研究していたわ。それについて詳しく話すことは出来ないけれど……だから私は反対に、攻撃を中心とした力をあなたに与えたいの」

「……人体実験ってこと?」

「ふふふっ、人体実験だなんて怖いものじゃないわ。ただ力を向上させて竜の強さを手に入れるだけよ。叔父様の実験結果があるから、応用すれば簡単にあなたを強くすることができるわ」

 

 

 これはある意味悪魔の囁きに似ているように見えた。

 強くすることができるけれど、代わりに何かを代償にしなきゃいけないみたいに感じる。

 実際そうだろう。ドラゴンの宝玉の力を手に入れたら、世間はどう思うんだろうか……兄さんは……。

 

 

 

「貴方が守りたいと思える人の為に、奴らを倒す大義名分を与えます。だから私の手伝いをしなさい、ルナ・ナティシア」

 

 

 たった一言で迷いは全て消えた。

 ああそうだ。私が守りたい人は兄さんだけだ。彼の為に平穏を取り戻したい。

 モンスター共を殺して、村でいつもの生活に戻れるようにしたいから。

 

 

「……ああ、それなら私はやるよ。強くなって、モンスターを殺してやる」

「ふふっ。その言葉を待っていたわ」

 

 

 

 冒険者だったら握手をしていただろう。

 レベッカ候はただ微笑むだけだったけれど、満足いく結果に終わったからか、少し上機嫌になっていた。

 

 

 

「ああそうだわウィリアム」

「はい、何でしょうかアレクシア候」

「ええ、こちらへ来て……ルナの隣に座りなさい」

「ハッ。失礼します」

 

 

 

 扉近くに佇んでいたウィリアムが近づいて座る。

 そうしてレベッカ候が背後にいるメイドから何かを受け取って机の上に置いたのは、ある一枚の紙だった。

 

 

 

「防衛地にいた研究員と魔術師の関係者や家族の人たちに声をかけて来なさい。復讐がしたいというのなら、手を貸しますとね」

「承知しました」

「ええ、頼んだわよウィリアム。それと安心してねルナ・ナティシア。あなた一人で敵地へ行かせるわけじゃないから」

「え、ええ……」

 

 

 頭を垂れたウィリアムを見ながらも、ふと小さい疑問が頭の中に浮かんできた。

 

 

「……あの、犠牲になった村の関係者……男性はいいのかしら? 国家所属の村があるのなら、力のある男性は戦争に備えて国に召集しているはず」

「あら、どこから聞いたのその話。あなた一応帝国の人間よね?」

「自分が話したんですよアレクシア候。帝国は国家に戦争を仕掛けるわけじゃありませんし、彼女には協力をしてもらってますから」

「あらそう……ならいいわ。それとルナの質問に答えます。村の男性たちは戦争が始まるから都市に召集されているわ。でもそれとこれとは話が別なの。

 戦争だってまだ本格的に始まったわけじゃないし、国だって余裕があるわけじゃない。だから、声をかけて応じれる人だけに留めるのよ」

 

「……そう」

 

 

 

 ちょっとだけ、それは可哀そうだなと思った。

 戦争が始まるから村を出て召集されて―――――――それで、帰ってきたら村自体が亡くなっているだなんてショックが大きくなるだろう。

 私だって、帰ったら兄さんがいないとか考えたくない。早く帰って兄さんの料理が食べたい。

 

 安心するために、早く終わらせないと駄目だ。

 

 

「レベッカ候。早速で悪いんだけど私を強くしてほしいの。早く終わらせて、村へ帰りたいから……」

 

「ふふっ、ええ分かったわ。なら早く始めましょう……ウィリアムも、さっさと終わらせて帰って来なさい」

「ハッ!」

 

 

 

 

 妖艶に笑うレベッカ候が、私の頭の上にその宝玉を掲げて――――――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

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