ナティシア ー平凡幼女はハードモードな世界を生きるー   作:かげはし

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2話 こんにちは、ドラゴン

 

 

 

 

 

 

 黒曜石のように綺麗で黒い鱗が特徴の、以前は建っていた小屋よりも数倍は大きいドラゴン。

 

 周囲の木々を大きな身体で押し倒し、俺を見下しながら鎮座するふてぶてしい様子。

 その視線と殺意に満ちた表情から、ふとした拍子にあっけなく殺されてしまうんじゃないかと思えるくらい身体が恐怖を感じている。

 

 まるで像がアリを踏み潰すかのように、本当にあっけなくあの鋭い牙に噛みつかれるんじゃないか。

 敵意を示しているから、凶悪な爪で切り裂かれるんじゃないか。

 そんな嫌なことを想像し、また身体が震える。

 

 だが、それ以上にドラゴンの頭の傷が気になった。

 ずっとそれを見つめていると、ドラゴンが鋭い目を細めて俺を見下す。

 

 

『ふはは。愚かにも私の傷を凝視し殺せるかと驕ったか、下等生物(にんげん)の分際で』

 

「ち、違う。それは誤解だ。怪我は酷そうだと思ったけど……殺そうとは思ってない」

『ハッ、幼い娘と言えど人間は信じられん。我が宝を盗み出した連中と同じく、塵芥に等しい存在だ』

 

 

 低く唸り声を上げる重低音の声が、脳内で響き渡る。声で直接話しかけているわけじゃない。テレパシーのように、俺の脳内で話しかけているみたいだ。

 ごくりと息を呑む。いろいろと気になる言葉を吐かれたが、それはまあ後で考えよう。今は現状が精一杯だ。どうやって生き延びれるんだろうかと必死に思考を回す。それと同時にドラゴンが俺をどう見ているのか考える。

 身体はドラゴンの殺意の目で震えてしまっていたが、逃げられる状況だとは思えられなかった。恐怖感で気絶したかった。でもそれをしたら永眠する。

 というか、逃げた時点で即座に価値なしと判断されて殺されるんじゃないか。

 

 死にたくはない。

 だから、傷ついたドラゴンという現実から目を背けられない。

 

 

 

「俺はただドラゴン……さんの傷が気になっただけだ。た、宝とかそういうのは……気にならないっていうとウソになるけど、それでもこれだけは言わせてくれ。お前の傷を治したいんだ」

『ふはは。この私の傷を治すだと? 傷を治してどうするつもりだ?』

「何もしないよ」

『……む?』

 

 

 ドラゴンがその巨体のまま小さく首を傾ける。そこらへんはまるで猫が首を小さく横にして「おかしいなー?」と言っているようでちょっとだけ可愛らしかった。可愛いだなんてドラゴンに思いたくないけれど。

 それにそんな風に可愛いだなんて思えたのはほんの一瞬だ。ただの息吹で殺されてしまうんじゃないかと思えるほどに強烈。そして凶悪。

 逃げないのも、恐怖が身体を支配しないのも――――すべてはドラゴンの理性があると分かっているから。

 

 俺は格下だ。ファンタジーな世界だから、俺がどれだけ弱くてあっけなく死ぬのか分かってる。

 だから、傷ついたドラゴンに対して、警戒して持っていた木の棒だけで殺せるとは思えない。

 

 それでも傷つき羽を休めている様子は、ポーションを始めて見た時のような感覚を覚える。

 

 

 

 

「俺は、ドラゴンにまで失望したくないんだ。ドラゴンは最強で伝説なんだから、その通りに生きてほしいだけだ」

『………ほう?』

 

 

 よし。よしよし! いけるぞ!

 俺と似た紅い目を細め、考えるように黙り込むドラゴン。ただ小さく発した声には、楽し気で興味をそそられるような色が滲んでいた。

 生き延びたいのと、ほんの一欠けらの欲望。それをただ混ぜ合わせて必死に思考を回転させて言う。それにドラゴンが興味を持った。

 

 

『この私の傷を治せると言ったな。嘘をつくならかみ殺してやるが、どうするつもりだ』

「ポーションを使うよ」

 

 

 薬草を売っている店で俺が初めて来店した時に小さな瓶に入ったポーションを記念に貰ったことがある。

 でかい図体のドラゴンだと小さなポーションじゃ足りないかもしれないけれど、でも少しは良くなるはずだ。

 

 そう思って言ったのだが、ドラゴンは鋭い牙を剥き出しにしたまま俺を嘲笑ってきやがった。

 

 

『ハッ! はははははっ! ポーションなんかで我が傷を治せると思ったか!? 愚かだな人間。貴様が私に失望する前に、私がお前を失望しそのまま殺してしまいそうだ!』

「じ、じゃあ……どうすれば治るんだ?」

『水と食料を持ってこい。一度だけでいい。人間一食分ので構わん。その後私の話し相手となれ』

「みず……と、食料」

『何だ? この私の傷を治してやると図々しくも愚かに発した貴様では無理難題か、小娘』

「……いや、そんなことはない」

 

 

 本当はそんなことはある。

 今の俺の現状だと、人間一人分の食料と水でもギリギリ与えられるかどうかといったところだろう。

 なんか今さらだけど、もっと別のことを言って興味を惹かせたらよかったかな。怪我をして血が垂れているけれど、普通に元気そうだし。でもそれ以外に力ない幼女が生き延びるのって難しそうだしなぁ。

 

 だが、前言撤回なんかすればそれこそ俺に興味を失ったドラゴンに殺されるだろう。

 だから言った責任はちゃんととらないと……。

 

 

「でも、本当に俺の事信じるのか? このまま村に逃げ帰って二度とここに帰って来なかったらどうする? ただの小娘で下等生物の俺を殺すか?」

『当然。貴様が盗人の手先ではないのは理解したが、愚かにもこの私に恩を与えようとするのは初めての経験だ。本来なら殺すが、特別に生かしておいてやろう。約束を破るならば貴様の全てを殺してやるがな』

 

 今だってそれは可能だろう。

 やらないのは俺に対する興味本位か。

 

 

「分かってる……責任はちゃんと果たすよ。それにドラゴンを間近で見られて凄く嬉しいし……怖いけど」

『ハハハっ! そうかそうか。素直に口にする人間は愚かで愉しいものだ。小娘、名は?』

「……アルメリア。アルメリア・ナティシア」

『ほう、そうかそうか』

 

 

 何故か先程よりも上機嫌に笑ったドラゴンが、俺を見下した。

 食料と水がなくても生き延びそうなドラゴンが、楽しげに俺をじっと見つめている。

 

 ただの暇つぶしかおもちゃ代わりか。

 ……でも、最初に会った時の死亡フラグは折れただろう。代わりに食料という難題を与えられたが、それはまあ何とかしてみせよう。

 話を聞いてくれる存在で助かった。何も言わずに逃げ出してたら殺されてただろうから。

 

 

 

 

 

 

 

「あー……でもどうするかなー」

 

 

 トボトボと村の中を歩きながら、深くため息を吐いた。

 村に戻っていい権利は貰った。でもこのまま放置すればいつかドラゴンが村を襲って俺達全員皆殺しとかしそうな気がする。

 食料と水の問題はとてもでかい。村は今働き手がいなくて大変な状況だしな。

 それにその後話し相手になれってのも問題だ。機嫌を損ねたらすぐに殺されるよなー。でも本音を隠して上っ面だけで相手するとすぐに見抜かれて殺されそうな予感もある。どう対処するべきか……。

 

 

「おっと、チビのナティシアじゃんか。働かないでこんなとこで何してんだよお前」

「お前もナティシアなんだからちゃんと名前で呼べよ権助。というか、村全体がナティシアだろ」

 

「誰がゴンスケだ! 俺様の名はグレン・ナティシアだって言っただろアルメリア! それと五歳児のくせに見下したような目で俺様を見るんじゃねえ!」

 

 

 

 

 頬を膨らませて俺の頭を拳でグリグリと地味に痛い攻撃を仕掛けてくる年上の12歳の少年が睨みつけてくるけど、今はそれどころじゃないから抵抗して彼よりも一歩後ろへ下がる。

 

 ナティシアは前世でいうところの苗字の多い名だ。国に召集をかけられた男以外で合わせて40人程度の規模の村全体がナティシアという性を使っている。

 村にはちゃんとした名前なんてないのに、共通してのナティシアの性があるのは不思議だったけど……。

 まあそれはどうでもいい。今の問題はドラゴンなんだから。

 

 

 

「ってか、お前ついさっき森に入ってなかったか? 何かあったのか? はぐれゴブリンでもいたか?」

「いや、はぐれドラゴンならいた」

「はぁ? ハハッ! 何言ってんだよ嘘つけよ馬鹿!」

「嘘だったらどんなに良かったか……」

「え?」

 

 

 あーやばい。勢いで愚痴っちまった。

 

 

「嘘だよ半分」

「おい待て残りの半分は!?」

 

 

 群れで行動していたか分からないから、はぐれドラゴンではない。

 でもドラゴンはいる。それをグレンに伝えたらどうなるんだろうか。いや言わない方が良いよな……うん、子供達の情報網って意外と怖い部分あるし。

 こいつにあのドラゴンを見せたら騒いで大変なことになる。

 ……よし。半分嘘の『半分』を勘違いさせればいいか。

 

 

 

「なあドラゴンって本当にいるのか? 俺様にも見せてくれ。というか、幼いお前一人で危ないことすんじゃ――――」

「落ち着けよグレン。言っただろ半分嘘だって」

「はぁ? ドラゴンがいないってのが嘘なのかよ。じゃあ誰が……」

「まあ、傷ついて弱ってる生き物を発見してだな……ちょっとサイズが大きくて、人間一人分の食料と水が必要なんだけどさ。グレン家って狩人でもあったよな? 一人分の仕事はちゃんと手伝うから分けてほしい」

 

 

 頭を下げて、懇願する。

 勝手な願いだと思うけれど、約束を守るためにはグレンに悪く思われたってしょうがないと思おう。

 グレンが俺を見下ろして、何かを考え込むように小さくため息をつく。

 

 

 

「弱って傷ついた生き物を、アルメリアが救いたいってことか?」

「ああ」

「食料にするんじゃなくて?」

「……ああ」

「ただ救いたいだけで、おばさんに迷惑はかけてないよな?」

「もちろん。母さんに迷惑をかけるぐらいなら俺は……」

「ああいいよアルメリア。それ以上幼いお前に頭を下げられるとこっちが心痛む。村全体で助け合うのは当然のことだから助けてやるよ。姉ちゃんだってそう言うはずだし。今回だけはな!」

「……ありがとう」

 

 

 爽やかに笑ったグレンにまた一度頭を下げた。

 そんな俺に対して照れたように頭を軽く叩いて「ついて来い」と腕を引っ張るグレン。

 

 頼られて嬉しいのかもしれない。グレンの両親はどちらも国に呼ばれてしまったから。

 

 

「あーそういえばな。最近また『はぐれゴブリン』が発生したらしいから気をつけろって村長から聞いたぞ。ここからちょっと遠い方の集落が襲われて壊滅したんだと。ここより遠くだけど凄い騒ぎになってるし、お前よく小屋に行くだろうから気をつけろよ」

「あ、うん……?」

 

 

 あれ、はぐれゴブリンって女を攫って群れを作ろうとする生き物だって聞いたんだけど。

 村にはモンスターが襲撃した時用の武器が置かれてるし、一匹だけなら皆で頑張って倒せるんじゃないのか?

 

 たった一匹に襲撃されて壊滅。ゴブリンってそこまで凶悪な存在だったのか?

 いや、噂と真実は全く違うはずだ。ポーションの一件もあるし、もっと警戒しよう。

 

 ドラゴンについても、これからの対処を考えねえとな……ああくそ。

 

 

「どうしたアルメリア。幼女にあるまじき顔してるぞ。そんなにはぐれゴブリンの話が怖かったのか? 安心しろよこのグレン様が守ってあげるからな!」

「あーうん。ありがとなグレン。幼女にもいろいろあるから気にしないで」

 

 

 そういえば、ドラゴンに潰された小屋どうしようかな。

 母さんになんて言おうかな。

 

 あー。問題が山積みで胃が痛くなってきた……はぁ。

 

 

 

 

 

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