ナティシア ー平凡幼女はハードモードな世界を生きるー   作:かげはし

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26話 秘密の茶会

 

 

 

 

 

 深夜。満月がてっぺんで明るく照らす時間帯に、蝋燭を灯さずただ椅子に座って机に置いた紅茶を楽しげに飲む令嬢が自分の目の前に座っていた。行儀正しく、国家の流儀に反しないような綺麗な姿勢で。

 机の上に置かれた紅茶は薔薇の香りがほのかに漂う。それ以外にも机の上にはクッキーや小さいケーキなどが置いてあり、平民たちが厳しい暮らしをしている中でのこの茶会は裕福であることの証を意味していて、少々自分には肩身が狭いと思えるものだった。

 

 だが、ただ真面目に……だが少しだけ微笑みながらも上機嫌にひっそりと茶会を開いて楽しんでいく。

 紅茶を飲んで菓子を食べ、そして静かに語り合う。それが自分たちが計画を決めた時から始めた、レベッカ候のルールであるからだ。

 

 

 

「まさかこんなにうまくいくとは思いませんでしたよ……」

「あら、予想ぐらいはしていたでしょうに」

「それは貴方ぐらいです。レベッカ候」

 

 

 

 温かな紅茶に小さく息を吐いた。ただ思い出すのは昼間の出来事。

 ソファに座っていた自分の友人でもあるルナ・ナティシアを利用してしまったことへの罪悪感と、竜の力を目にしたことによる興奮。

 

 ルナの身体はまだ何も変化していない。いや、()()()()()()()()……というべきでしょうね。

 レベッカ候が考えて利用しただけかもしれないが、ルナの身体はモンスターへ急激に変化することもなかった。報告書通りに肉が腐り落ちるなどの異常もなかった。

 ただあの時宝玉が光り輝き、ルナの瞳全体が真っ黒な色に染まっただけだったのですよね。アレはとても興味深かったのですが。

 それは内部からの変異。瞳が変化するのは、細胞全てが変わっていく状態異常の証でもあり、ある意味悪魔なモンスターと契約を交わした人間の魂が堕ちた時に見られるような光景だった。

 

 

 

「羨ましいものです……ドラゴンの宝玉に魔術を使用する時のような力を使えるレベッカ候が」

「うふふ……そうねぇ。貴方がもっと私に貢献して、この宝玉を貸出ししても良いぐらいの事を成した時には使ってもいいわよ」

「その言葉、忘れないでくださいよ」

「ええもちろん」

 

 

 小さくても魅力的な唇にクッキーを入れて食べるレベッカ候から視線を逸らして窓の外に浮かぶ満月を眺め見た。

 

 

「本当に、興味深いモノよね。宝玉っていうのは……」

「レベッカ候?」

「叔父様の報告書類には変異についての兆候はたくさん書かれていたのよ。ルナにそれを教えるつもりはなかったけれど、つい話し過ぎちゃったわ」

「……よく言いますよ。ほとんど嘘だったくせに」

「あら、ちょっとは本当の事よ。ただ真実は聞かれてないから答えなかっただけ」

 

 

 にっこりと笑うが、心の中でどう考えているのか恐ろしく思う。

 昼間のアレはただの好奇心でルナに力を与えた。宝玉に込められた魔力をルナに直接入れただけの話だ。その力に耐え切れず気絶して、身体を痙攣させたまま床に倒れたルナを地下で寝させて観察しているこの女の考えが読み切れない。

 

 アレクシア貴族にとってはただの実験。人間を使っただけの宝玉の実験だと思っているかもしれませんね。それが残忍かどうかは……この僕も理性のあるモンスターに興味を惹かれている時点で同罪だと思っていますから。

 表は国家を支える巨大な貴族であろうとも、その裏を知らなければ何の意味もない。知らないことこそ無知。ただ自分に助けを求めてしまったルナに同情してはいますが、それでも利用されるのが悪いだけです。この世の中は常に全てが厳しいのですから。

 

 

「ああそうだ、変異についてあなたはどう思うのウィリアム」

「何がです?」

「変異の兆候よ。人間以外の動物にも始めた実験についての報告書は見せたでしょう? アレの素晴らしさは貴方には分かるかしら?」

「……ええ。もちろんですよ」

 

 

 アレイルクス前侯爵による変異の報告書。

 宝玉の魔力を他の動物に与えると急激な細胞変異を行ってモンスターへなってしまうというものだ。

 ネズミはビックラットのモンスターに、蜘蛛はレッドキラーに、熊はグレートベアに。動物はそれぞれ一種類のモンスターに変化すると約236種類もの実験を繰り返して分かった。

 

 だが、人間に対しての実験はそれに限らない。

 

 動物の実験によって、宝玉の魔力を生き物の体内に入れたことによる細胞の突然変異がモンスターへ成る原因だというのは究明された。動物の細胞がモンスターの細胞との情報が似ていることによって起きる進化のような現象なのでしょう。

 ですが人間は様々なモンスターへ変異を遂げると報告書に書かれていました。

 それはすなわち、人間の細胞には複数のモンスターの細胞情報が眠っているということ。神話と呼ばれる大昔の時代に、人間の始祖がモンスターであるかもしれないという重要な情報が明らかになるかもしれない価値を持っているということです。

 

 それに自分は興味があった。

 大昔の魔術について知ることができるかもしれない。あの頃に自然とあった魅力的で豊富だとされた魔力で作ったすべてがどんなものなのか、自分も出来る用になれたらと思えた。

 竜の秘宝。ドラゴンの宝玉とは重要な情報源でもあった。

 

 それを書類を通して見た時の感動と衝撃と言ったら……実際に宝玉が自分の手の中にあったなら。

 ああ、上機嫌に笑うレベッカ候が羨ましい。愛想笑いを浮かべて紅茶を飲んでいるけれど、つまり自分に自慢したいだけなのですよね、この侯爵令嬢は。

 

 

「ふふふっ! 本当に面白いわよねウィリアム。あの宝玉による変異は凄まじい可能性について私達に真理を問いかけてくれてるの!」

「……はい。動物実験での変異の過程のサンプル。そして人間に対する多種多様な変異の情報。それらすべてはおそらく過去の神話時代にあると思っていますから」

「ええそうよ! 宝玉の実験を始めていけばいつかは私たちが知らない世界の全てを知ることができるわ!!」

 

 

 更に上機嫌になったレベッカ候が紅茶に魔力を乗せてクルクルとかき混ぜていく。

 バラの香りがさらに部屋に漂っていくのを感じる。それと同時に考えるのはレベッカ候が送ってくれたあの変異の報告書の情報だ。

 あれは人間の細胞情報を元にモンスターに変異させてるわけじゃない。それ以外にも魅力的な価値がある。

 

 モンスターは人間以上の力を持っている。だが何処から生まれて何処から来たと言うことは分かっていない。それを、宝玉が教えてくれるかもしれない。

 それに人間もモンスターのように進化を可能とする生き物になるかもしれない。まさしく新時代の幕開けと言えるだろう。

 今は人体実験などをして留めているだけだけれど、いつかはもっと奥深い実験をしてみたいものですね……。

 

 

「ああ、ドラゴンにまた会って倒してほしいわ。宝玉がもっとたくさん手に入ることが出来たなら、我が国はより巨大なものに成れるでしょうね」

「人間をモンスターに変えて……ですか?」

「いいえ、人間をモンスターへ変異させるだけがあの宝玉に秘められた力というわけじゃないのよ。アレイルクス候の実験はただ進化と変異を試しているだけ。今回は違うわ」

「では、ルナに(おこな)ったのは……」

 

「人間の進化。更なる超越した人類の誕生よ。ねえ知ってる? 宝玉の力が最大限まで活かせるのはナティシア一族だけだってことを」

「それは……」

「なんとも羨ましいわよね。ナティシア以外の人間に宝玉の力を与えてもただ身体が破裂するだけで死んじゃうっていうのに、あの一族の名を持つ者だけが力に耐えられるだなんて……」

「……そうですね。それも歴史的な何かの秘密が隠されていそうで興味深いものです」

「ええそうよ。だからルナたちを使って実験をするのよ。もっともっと安全が確立されてから国家の力として使うの。いつか人間の力が職業(ジョブ)やスキルだけに留まらなくなるわよ。人類革命の合図はすぐそこまで来ているの!」

 

 

 人類革命ですか……。

 そのためにルナは利用されて実験を行っているんですよね。

 

 おそらくは今頃ルナの身体は変異――――――いや、レベッカ候が言う『進化』の途中で悶え苦しんでいるのだろう。変異には激痛を伴うと実験報告にあった。

 内臓から生き物としての全てが変わっていくため、肌の肉が崩れ落ちて目玉は抜け、歯が欠けていきまるで急激に老いていくような兆候を遂げた後に身体がモンスターになるのだという。

 

 一般的な人間に比べてとても強いルナはどう変わるのだろうか。村人を研究対象として選んだアレイルクス候とは違って、じっくりと魔力を注いだ結果はどうなるのだろうか。

 肉が好きで兄に執着しているから、人食系のモンスターに似た何かになるかもしれない。

 人としての進化を遂げるのなら、一体どんな生き物になるというのか。

 

 これは魔術師としてではなく、ただの研究者としてとても興味があった。

 

 

 

 

 

 






 無知という言葉は、純粋無垢という意味ではない。
 しかし、知らないから学びたいという意欲でもって……それが残酷な状況へ陥れる場面は多々ある。


 子供が掴み上げた虫を解体している光景を見て、残酷だと思う人や好奇心旺盛だと思う人それぞれがいるだろう。
 しかし、それで犯罪者として取り扱われることはない。



 レベッカは子供のように純粋だった。

 それが悪いことだとは思わない。
 当然だとしか感じられない。


 だから、虫をバラバラに解体しても罪はないという子供のように、誰も責めることはない。




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