ナティシア ー平凡幼女はハードモードな世界を生きるー 作:かげはし
懐かしい小屋の前。黒い鱗の身体をしたドラゴンが俺を見下ろす光景も、本当にもう慣れた。
これは夢だ。分かってるからこそ嫌になる。
ああくそ。何で俺の夢にお前が出てくるんだよ。
『契約成立してはいるが、貴様がまだ私に心を開いていないのが原因だ。夢を見たくないならさっさと■■■を■■ことだな』
は?
え、悪いけど今なんて言ったんだよ。ノイズが走って聞こえなかったぞ。
というか、宝玉を見つけるのがお前の目的だったんじゃ……?
『いやそうであるが……ふむ。やはり干渉はそれほどできぬか。まあいい。契約はきちんと成立しているんだ。貴様は私であり、私は貴様だ』
だからそれが意味わかんねえんだっての。
俺がお前ってことはさ、俺はドラゴンになれるってことかよ?
ドラゴンの力を自由に使えるって?
『ふ――――――ハハハハハハハッ!! 何をたわけたことをぬかすのだ人間風情が!! 貴様がドラゴンの偉大なる力を使えるわけがなかろう! 人間なのだからな!!』
ああそうかい。じゃあ俺が人間じゃなくてモンスターになったら使えるってわけか?
ルクレスさん達みたいに、モンスターに変異したらさ。
『そうなったら貴様との契約は破綻するしかないな。私は貴様を見込んだのだ。人間として凡庸だが異様な貴様の……血をな』
はい?
いや凡庸で異様で見込むって意味わかんねえぞ。
『いつかは分かる。貴様は平凡だがその精神力は破綻している。貴様にはいつか……』
視界が急激に遠くなる。
ドラゴンの姿が消えていく。
『忘れるな。私との契約を―――――』
ただそれだけが、心の中に残った。
森の中の気温は心地良く服を干したり畑を耕したりする絶好の日であるが、モンスターの仲間たちにとっては微妙な環境。
一応気を使って帝国側から歩いて村へ通っているため、俺達が一度ホームへ帰宅したあと2週間ぐらいは経っているだろう。
ルクレスさんと一緒に他の村へ行って様子を確認したり、畑で耕した野菜や研究員たちの私物を売りとばして交渉したりとなかなかに幼女とはいえない忙しい仕事を行っている。
他の村でもそうだが、一応通りかかる冒険者というのはいるため、怪しい人物だと思われないように荷台に商品を詰めてゆっくりと旅をする。村に交渉して、冒険者たちのくだらない話を聞いて、酒盛りにルクレスさんが参加しているのにお酒などの食事はせずにただ俺用のお菓子を貰って―――――――。
だから、村をいくつか見て回り、その後レオン達のいる村に来たのは本当に久しぶりだった。
「ルクレスさん。妹がどこに行ったのか知りませんか?」
「妹さんですか? いえ、見てはいませんが」
「そうですか……あいつ本当にどこに行きやがったんだ……」
心配そうな表情でため息を吐くレオンはとても疲れた顔をしている。
冒険者たちに料理を振る舞いながら、家の仕事をしながら日々を寂しく過ごしているんだ。
それを同情するつもりはないが、ルクレスさんがその話を聞いた時に微妙に嫌な顔をしたため、違和感があった。
レオンの妹のルナって女は、ダンジョンに迷い込んでしまった経験があるせいか、ちょっと俺たちに対して敵意というものを持っている。
俺達が行く前――――――ルクレスさん達が何かやったのかなって思うけれど、まあ身内が大変な目に遭うってわけじゃないならいいかな。
「何があったのか話を聞いても?」
「え、ええもちろん……」
レオンの話す内容は簡単だった。
ただ、ルナの様子が変わってから数日は部屋に閉じこもってばかりいたというのに、急に帝国の冒険者ギルドへ向かうと言って村から飛び出し、そして数日のうちに帰って来たと思ったらまたどこかへ行くと言って飛びだして、その後帰って来ないというもの。
「あいつ、本当に様子がおかしいんですよ……ギルドで何やっていたのか村に来た冒険者に話を聞いたら、あなたと同じ名前の帝国の戦士ルクレス・ナティシアについて調べてたって言って国家についてコネを持ってたのでそっちで何かやってくるって飛び出していきやがって……」
「何かやってる……というのは?」
「知り合いの魔術師に会って魔術教わってくるって言ってたんですよ。ああ、えっと……様子がおかしくても、一応変な意味じゃないんで。肉が好きなのに肉食わねえし。料理食べる時も上の空になっちまってるし……。
まあそれで、ゴーレム対処法はどうすればいいかってダンジョンで迷って以降ずっと呟いてたので、たぶんゴーレム対策に乗り出たんでしょうね……あいつ、ああ見えて負けず嫌いですから」
「ああなるほど。ゴーレムは魔術を通しての攻撃でないと意味を成しませんからね」
「そうみたいですね……はぁ……」
あーっと……つまりゴーレムのあの騒がしいおっさんであるグローリーさんに勝ちたいってことか?
ダンジョンの中でグローリーさんに勝手に挑んで勝手に敗北したって聞いたけど、もしかして勝ちたいから俺に敵意を向けて……いや、なんかおかしいな。それだったら八つ当たりになるし、あの時感じた視線はそういう薄っぺらいもんじゃなかった。
だからたぶん何かを察して違和感に感じて、俺達を殺したいとか思ってるんだろう。
あっけなく殺されてやるつもりは俺達にはないけれど、誤解させてるのは何とかしたいんだよなぁ……。ああ面倒くせえ。ルクレスさんは俺の立てた作戦だから責任は俺にあるって言ってさりげなく対応策について考えてみろって遠回しに宿題出してるぐらいだし。
つまりルナのあの敵意は俺の責任だ。だからどうにかしてルナの敵意を消すような手立てを考えなくちゃいけない。そのために、どう行動するべきなのか……。
ああくそ、寝不足で頭が回らない。ちゃんとしっかり寝てるのにドラゴンの夢ばかり見るせいだあの野郎……。
「そうだルクレスさん。確か薬草も商売で出してるんでしたっけ?」
「ええまあ」
「ならいくつかもらえませんか? 薬草を料理に入れて食べるというのも健康に良くて美味しいんですよ。疲れもとれます」
「ほう? それは是非とも試したいものですね」
「食べてみますか?」
「ええ、できればアルメリアに。護衛と言ってもやはりまだ幼い子供。長旅で疲れているようですから……」
「ああ、分かりました! なら荷台の方へ行きましょう! ……ええっと、荷台に薬草が置いてあるんですよね?」
「ありますよ」
部屋から広場へと歩いていく俺達。村長は俺達の仲間でありモンスターの蝙蝠を偽ってるブラックバットを可愛がってくれている様子が見えてちょっとだけ笑えた。
あの仲間って確か30代のおっさんじゃなかったっけ? 人間に頭を撫でられているブラックバットは、見た目が蝙蝠なので分かりにくいかもしれないが、盛大に顔が引き攣っているためつい吹き出しそうになった。
それ以外にも男の人たちが畑を耕すために重労働を行い、また獣が寄ってこないように柵を立てている人たちもいてとても賑やかだ。
国家側の俺達の村とは違って、凄く楽しそうだ。
父さんがいたら、あんな感じで楽しく暮らせたのかな。
……まあ今となっては興味はないけれど。
「ルナ!?」
「え?」
聞こえてきた声に反射的に振り向く。
見えた先にいたのは、確かにルナだった
服装も髪型もまさしくルナそのものだ。
ただ様子がおかしい。というか、違和感がある。
森に近い位置にある草むらの前でだらんと両腕を垂らして、ふらっと身体の姿勢を低くしている。
まるで獣のような恰好で、ただそこにいたんだ。
「ルナ! お前どこに居たんだ!? 心配して……おい、ルナ?」
ルナがゆっくりと顔を見上げて分かった。
瞳の色が真っ黒だ。
まるで、正気を失ったマリーの時のように、ただにっこりと笑って――――――――――。
■
とある集落。国家や帝国とは何も関係のない、ただの名もなき村。
モンスターたちに囲まれたメリア大森林から出ることも叶わず、生き残るために必死に畑を耕し獣から身を守るために壁を作って暮らす毎日。
そんな毎日にある生き物がやってきた。
だからもしも神がいるとするならば、当たり前でつまらない日々を覆す癒しが来たことに感謝したい。
ルクレスさん。いやルクレス様。俺にクロスケという癒しをありがとう。
本当の名前は違うみたいだけれど、黒いし丸いからクロスケでいいかなーって思う。元の名前より可愛いからいいよな。
「よしよーし。クロスケー。お前は良い子でちゅねー?」
「ピ、ピィ……」
「ああどうちてこんにゃに可愛いんだろーねー!!」
つい頭を撫ですぎて困る。
そう、こいつが可愛すぎて困るんだ!
毎日楽しくないけど生きるために必死に働いてる日々を神様が憂い見て俺にプレゼントをくれたんだなそうなんだな。ああ可愛い。可愛い。
「こら、馬鹿なことやってないでさっさと仕事をしなさい!」
「これも立派な仕事だよ! ナティ商会から大事なモンスターを借りてるんだからさ!! ねークロスケちゃーん」
「……ピャア」
「あ゛ぁー。可愛い!」
まるで都市に置いてある贅沢品のぬいぐるみのようだ。ふわふわだし丸っこいし、普通の蝙蝠に比べて愛嬌もある。
モンスターと言ってもこんなに可愛いのは初めて見た。だからつい頬ずりするのも仕方ないと思うぜ。
なんかこいつで他の村……確か、こいつを通してレオンやルナとかいう帝国で有名な兄妹が住む村やら何やらと行き来できるようになったらしいな。
ちびっこいのに村を行き来して交流することができるだなんてあークロスケってば本当に可愛い!!
「お前はどうしてそんなに可愛いんだろーなー」
「……ピャー」
「どうしたんでちゅかー? お腹すいたのかなー?」
「ピィィ」
ふかーくため息をつかれてなんだか遠い目をしているクロスケ。
人間だったら呆れたような顔で……いや、何もかもに諦めたような顔をしているように見えたけどうちのクロスケにそんな……。
「こら! 早く仕事をしなさい!!」
「ああはいはい! すぐやるよ!!! じゃあなクロスケ。また会いまちょうねー!!」
「ピャー」
ああ可愛いからいいや。
仕事なんてつまらない日々の小さな楽しみが出来たんだからいいや。
こんな森の奥深くにやって来たルクレスさんとアルメリアちゃんの商人は凄く変わっているけれど、そのおかげで俺の癒しが来たんだから何も文句は言うつもりはねえ!
そうだとも。作物を安く売ってくれたせいで畑仕事を中途半端にやっても大丈夫になったことに文句なんてねえさ!!
畑に向かって土を耕す。
集落の畑は広大だ。生き残るために余裕以上に作っているんだから。
さっさと終わらせて、さっさとクロスケを可愛がろうっと……。
「……はっ? あれ?」
なんか森の奥から変な音が聞こえたような気がしたけれど……気のせいか?
いやでもギシギシって変な音が聞こえるような―――――――ッ!?
「ちょっ……おばさんおじさん!! なんか人間たちがこっちきてる!?」
「はぁ? 何寝ぼけたこと言ってるの?」
「寝ぼけてねえよ!! ほらあっち!!」
「あっちって……」
指差した方向をおじさんたちが見てくれる。
森の奥の草むらをかき分けるように人間たちがこちらへ向かってやってくる。
それに目を細めて見ているおじさんたちが警戒心なく近づいていく。それを遠目で観察していた。
人間の姿をしているし、モンスターじゃないことは確か。
ならば、変に警戒する必要はない。
だがやってきたのは十数名もの人間。しかも手ぶらとはどういう……。
「あんた等ルクレスさん達と同じ商人か? それとも迷ってるんだったら……」
「――――――――ぁ」
「え?」
――――――不意に、外から来た人間たちに近づいたおじさんの喉を噛み千切った何かが見えた。
木々の上に立ち、ただ視界と気配を消す魔法を使ってその身を隠す。
すべては研究の為。
すべてはこれから先の身分の為。
「さて、実験を開始しましょうか」
ウィリアムはただ、小さく笑った。