ナティシア ー平凡幼女はハードモードな世界を生きるー 作:かげはし
ルナという少女は本来なら世界に選ばれていたはずの■■■だった。
本来なら英雄として選ばれるほどの実力者だった。
彼女は幸せになるはずの運命をたどっていた。
しかし、彼女に悪意を向けるものがいた。
故意にすべてを捻じ曲げた誰かがいた。
彼女を助けてくれる仲間は、誰ひとりもいなかった。
――――――『ルナ』にとって仲間と呼べた彼らはもう、この世にはいないのだから。
動きをよく見て、その先を予測するとはルクレスさんから教わったことだ。
考えて予期して、その先のデメリットを考えて、また行動する。ずっと考えてばかりだと辛いだろうから、たまには先に行動してから考えても良い。でもデメリットだけは考えなきゃいけない。
今俺がするべきことは何だ?
周りは悲鳴と混沌で溢れている。
実験場の時の血のような香りがする。肉が飛び散る音がする。
避難はしているんだろう。メリア大森林に住んでいる村ならばモンスター襲撃用に備えた防御用の建物が一つはあるはずだから。
だがあの人間の姿をしている獣たちのほとんどは、何故かグローリーさん達の方へ向かっていた。
いや違う。ルナが小さく指で示せば、その通りに皆が動く。そう実験によって躾されてるのだろうかと思ったが、違うみたいだ。
獣が本能で強者に従うように、ルナの力は彼ら以上だから従っているように見えた。
それだけじゃない。
彼女の攻撃は拳を使ったものだけだ。だが、スピードが速いため攻撃範囲は広くてそのダメージも大きい。
一瞬ルナの拳にオレンジと赤の光が発生し、その2秒後に攻撃を行う。その攻撃によって地面が派手に抉れ家が崩壊してしまうほどのダメージを負わせてしまう。
だから下位モンスターならば一撃で死んでしまうだろう。
たまに通常攻撃で光が発生することなく殴り掛かったこともあったが、それでもグローリーさんが吹っ飛び後ろにあった大木が倒壊したんだ。
拳の攻撃ダメージは大きい。その一撃一撃が大砲で撃たれているようなものだと思った方が良い。
それと引き換えに、仲間たちの状況はどうだろうか。
今の俺は足手まといにならないよう崩壊した壁近くで隠れて様子を窺うのみ。力もないから何かできるわけじゃない。
グローリーさんはその巨体を生かした突進やら拳での攻撃やらを仕掛けているが、スピードが遅いせいかルナに避けられてばかりいる。それと同時に体勢を崩されて逆にカウンターを仕掛けられ攻撃されてボロボロだ。だがまだ動くことは出来る。
ランルークさんはリザードマンとして体勢を低くし、以前実験室にあった武器を使って攻撃を仕掛ける。だが切りかかる前に人間に似た獣との混戦状態だからか、よく邪魔されてその攻撃を避けている。グローリーさんの体勢が崩された先にランルークさんがいた時もあって、不意に押し潰されそうになって後ろへ大きく後退したこともあった。咄嗟の判断状況で行動しているのだろう。
グレンはシャドーバットとなったらしいモンスターの姉と共に物理攻撃を仕掛けるが、一撃で死んでしまう可能性を本能で感じているのか、攻撃されそうになったらすぐに避けている。姉であるカレンの誘導もあって、攻撃されそうになったらすぐに注意してくれているようだ。しかし戦いの経験値が浅いせいか、逆にその火を利用されてグローリーさんやランルークさんの身体を火傷状態にさせていた原因でもあった。
このままの混戦状態でいいのだろうかと考える。
あの人間に似た獣たちはかつてのマリーそのもの。このままの状態にしていいはずがない。
「ランルークさん。ちょっと!」
「ッ―――――何ダ急に」
ボロボロの身体で一気に後退し、俺の近くに来たランルークさんに話をする。
攻撃で周りが見えていない他と違ってランルークさんだけは冷静に状況判断ができるから呼んだだけだ。
俺にできることはたぶん、これぐらいしかないだろうから。
「グローリーさんとグレンたちに話をしてくれませんか。俺が指示を出します。周りをよく見て指示を出すので、その通りに動いてくれるかどうかって……」
「それハ……いや、今の状況は非常二良くナいかラな。信じよウ」
「はい! あ、その前になるべく高いところ……あの崩壊しかけの屋根の上に乗せてくれませんか?」
「良いだロう」
あそこならば若干距離があっても声が届く。それに高い位置だから状況判断がしやすい。
ランルークさんが俺をそこまで移動させてくれて、そして攻撃を行っているグローリーさんとグレンたちに話をしに行った。
攻撃されて避けつつも、ダメージを与えられつつも怪訝そうな顔でランルークさんを見ている。不意に、グローリーさんが俺の方を見た。
だから大丈夫だという意味で、俺は頷き声を出す。
「今のままだと絶対に負けます! マリーさんの時のように状況が分かってないから、負けちゃいます!! 人間らしい動きしかできてない皆だから、モンスターの力をきちんと使えてないから!!! だから俺の声を信じて動いてください!! 勝ちたいならその通りに動いてください!!」
全員、マリーさんの時のようにモンスターの姿をしているというのに人間らしい攻撃しか出来ていなかった。視野が狭まっていた。だから、遠くにいてすべてを見ることができる俺が指示を出して、奴らを倒してやる。
その意思を感じたんだろう。グローリーさんが珍しく分かりやすいほどに表情を歪ませた。
「くっ……ハハハハハっ!!! 俺様に命令すルか。今回だケだぞ小娘!!!」
「はい!! では指示を出すのでその通りに!!」
――――――さあ前を見よう。
奴らの攻撃はすぐ近く。
ルナは俺達の作戦に気づいているのか否か。ただ目の前のグローリーさんの巨体を粉々にするために拳に赤とオレンジの光を発生させる。その2秒後に奴の攻撃は来る。
今なら隙がある。
周りにほかの人間の獣たちがいてそいつらが噛みついてこないようにするためには……。
「グローリーさんは全身を使って周りを横殴りして! ランルークさんはグローリーさんの攻撃のあとすぐにルナに切りかかってください! グレンとカレンさんは周りの人間の足を重点的に狙って!」
「ぬゥ……なンと酷い指示ダ!!」
「はやく!!」
グローリーさんからの若干の不満はあれど、指示の通りに動いてくれる。
ルナが力を溜めている間に周りの人間の獣たちが噛みついて来ようとしたのをグローリーさんの巨大な横殴りで吹っ飛んでいく。吹っ飛ばされた先でグレンが足を狙って火傷を負わせて、そしてカレンさんが足から攻撃して血を吸いつつも歩けなくさせていく。
衝撃と巨大な腕によって発生した風でルナの体勢が若干崩れる。そこをランルークさんが切りかかり、肩から血が噴き出た。
ルナが攻撃を止めて片手で傷ついた肩に手を置いて、その真っ黒な瞳がランルークさんを睨みつけた。
「ころすころすころすころぉぉぉぉぁあぁぁぁぁああっっ!!!」
ルナの体勢が若干右に寄った。
見つめているのはランルークさんだけ。右の拳に力が入っているのが見える。
あの二色の光はないけれど、このままだと……!
「ランルークさん左に二歩下がって後ろに大きく一歩後退!!」
「っ―――あァ!!」
――――――瞬間、一気にやってきたルナの攻撃が空振りする。後ろに大きく一歩下がったランルークさんの眼前で、その拳がかすりそうになったんだ。
ランルークさんがそれに驚愕し、尻尾を大きく振った。
だがルナがランルークさんを睨みつけているのは変わらない。
追撃で拳に力が入っている。体勢が獣のように低くなる。しかし彼しか見ていないなら。
「グローリーさん、後ろから大きい手でルナを捕まえて大木に向かって吹っ飛ばして!!」
「オお、待っていタぞ!!」
巨大な手がルナを掴んで吹き飛ばす。その動作で抵抗されたように見えたが、2秒ほど時間がかかる魔術込の拳を行うことは出来ず、大木の方へ吹き飛ばされる。
そのまま大木を背にぶつけて倒れる。通常なら死ぬかもしれない攻撃だ。だというのに奴はまだ生きているし、ふらりと立ち上がってこちらを睨み―――――――いや違う。
「え?」
やけどで這いずって血肉を求めていた人間の獣が、地面に倒れているレオンに手を触れた瞬間、体勢なんて関係なく一気にそちらまでいき、突撃をかました。
拳を振ったわけもなく、攻撃をしたようには見えない。ただその身体を使って体当たりをして、レオンの身体を守ろうとしたように見えた。
ああそうだ。
ルナは最初レオンをどのように扱っていた?
殴ったのは気絶させるためにか。でもなんで気絶させたんだ。行動させない為……自分から離れさせない為?
大事そうに抱きしめていた。上着をかぶせて絶対に触れさせないようにここより少し遠めの位置に倒れさせた。だがルナの視界が見える距離にいる。
そして一応は仲間であるはずの人間の獣に攻撃した。ほとんど本能で動いている獣のルナが、兄を守ろうとした。
その意味って……。
「……ランルークさん。レオンを狙えますか?」
「ああ、いいだロう」
俺の考えが分かっているのか、ランルークさんが小さく頷いた。
■
ああまったくもう!
これだからルクレスさんの計画って意外と乱暴なのよ!!
「ギギッ」
「グォォー!」
「がぅー!」
「ほラ子供達、早く二階に避難しなサい!!」
異形になったとしても彼らはまだ幼い子供。
アルメリアだってそうだけど、ルクレスさんはあまり気にせず弟子のようにいろいろと教育するためだって危険な外へ出しているのがちょっとムカつくけれど、いまはそういう不満を言ってる場合じゃない。
一階の窓や扉から一気に来た人間に似た姿をしたモンスターのような何かが私達に襲いかかる。
身体に噛みつかれたと泣き喚いてる馬鹿がいたけれど、そいつアレだから。あんた普通に食べて寝て数日過ごせば身体再生するでしょうが!!
ただこいつら檻の方まで行かれると面倒なのよね。あのクズ共を殺されるわけにはいかない。
人間の血肉を求めているのか、ふらふらと檻の方へ向かって行くし。それを止めるのも難儀する。
一応オーク戦で力をつけた仲間たちが対応して殺しにかかるというのに、奴らは恐怖を感じずただ噛みつこうとするのみ。通常のモンスターだってもう少し知能はあったはずよ。オークだって殺されかけて恐怖で逃げたって聞いたぐらいだし。こいつら感情も知性も何もかもが欠けてる?
それに、なんでこの場所を襲ったのよ。
ああまったく、これを予期していたルクレスさんがムカつく!!
それに同意するように、近くにいたマリーが怒りの形相で声を荒げていた。
「本当に苛立ちますわね!! こいつらわたくしの防御魔法が効きませんわ! ああもう、お姉さまとの添い寝も出来ず殺されてたまりますか!」
「はァ? ちょっと待っテよマリー。防御魔法が効かナイって……」
「こいつらわたくしがやられた時と同じ実験を施された人間ですわ!! モンスターでないのなら、防御も能力低下も効きませんもの!!」
ああこれこの実験場の関係者が襲撃してきたって意味なのね。
そういうことなのねぶっ殺す。
本当に国家に対して殺意が湧くわ。
私は帝国所属だから国家に思い入れなんて何もないし、ただぶっ壊してやりたいっていう思いしかないんだけれど。
私の身体はスライムで出来ているから、何かを溶かすことは得意だ。
奴らの身体を溶かして栄養源にするのは吐き気がするけれど、必要ならなんだってやってやるんだから。
でも必要なのはルクレスさんが考えた、
アンデット達が暴動を起こすほどの超労働で作り上げた巨大な落とし穴に叩き落として生きたまま捕えることが目的なんだから我慢しないと……。
でもやることが多過ぎよ! モンスターの身体が頑丈だからっていっても、子供たちを避難させつつ檻の中の人間を食われないようにさせつつ、落とし穴へ誘導させるだなんて!!
ルクレスさんなら「君たちならできるだろう? それを信じて僕は君たちに任せたんだ」って言って来るだろうけど! 一応無茶過ぎない作戦だけど!!
「ああもう本当に苛立ちますわね!! お姉さまと一緒に居たいというわたくしの気持ちにルクレスが邪魔をしますしなかなか会えませんし!! それにこの作戦を考えたルクレスの寝床に虫が寄ってこないハーブを敷き詰めてやりたいですわ!!」
「ああソれ賛成。私も手伝ウわ、マリー!」
「ありがたいですわアリス! ではとっとと終わらせてハーブを採りに参りますわよ!!」
なんだかちょっとだけ、マリーと仲良くなれた気がする。
でも苛立ちは消えてないからねルクレスさん。後で覚えてなさいよ!!!