ナティシア ー平凡幼女はハードモードな世界を生きるー   作:かげはし

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「……人というのは、こんなにも堕ちていくものなのね」

「お気に召しましたか?」

「そうね……あなたの身体の中はとても居心地が良いわ。だからしばらく貴方の傍に居てあげる。そのために、忠義をきちんと果たしなさい」

「ありがたき幸せ」





30話 メリア大森林=攻略戦線 中編

 

 

 

 

 

 

 

 

 グローリーさんにダメージを負わせる魔術を込めた拳の攻撃は約2秒ほどかかるため分かりやすく躱しやすい。しかし通常攻撃はグレンやカレンさんに大きなダメージを負わせることができるし瞬時に攻撃へ移れるのが厄介だ。

 だが一瞬でも拳を握りしめて姿勢を左右のどちらかに傾けてから攻撃する癖があると見抜いたので、指示をしてすぐに躱してもらえるのならなんとか平気である。

 

 

 問題はレオンに触れた人間に似た獣が吹き飛んだ瞬間の攻撃だろう。

 一瞬で移動し、拳を使わずに体当たりを食らわせたあれは予測できない。

 だがただの体当たりだ。拳を使って攻撃しているわけではなく、突進にも似た自爆技。グローリーさんがいればなんとかなるだろう。ランルークさんにフォローに入ってもらって、グレンたちには周りの人間の獣たちをどうにかしてもらうか。

 

 周りだってかなり騒がしかったのに今や結構静かになっている。それはすなわち避難が完了したか、それ以外が全滅したかという状態だろう。俺達が助ける暇もない。だから何もしない。

 こいつらをどうにかしないと、それ以上の被害が出るかもしれないから。

 

 屋根の端っこへ移動し、そこにある傾いた大木に近づいて飛び降りて何とか下へ移動する。周りは一応獣などはいないが、まあそれでも念には念を入れるか。

 

 

「ランルークさん、レオンを捕まえてこっちに連れてきてください。グレンとカレンさんはこっちに来て、あの人間に似た獣たちがこっちに来たら対処を」

「おイ小娘! 俺様ハ!?」

「グローリーさんはルナに戦いを挑んでいてください! 魔術を使用すると分かったらすぐに言いますから!!」

「フッ良いだろウ!!」

 

 ランルークさんが頷き、グレンたちが俺に近づいて警戒し―――――そしてルナに対してその巨体を使って攻撃を仕掛けるグローリーさんがいる。

 スピードに速く、事態の対処をしやすいランルークさんならばグローリーさんを壁として扱って何とかこちらへ来ることができるだろうと判断したのも要因だ。

 考えてやらなきゃいけない。事態が動いたら、その次を考えて対処する。予想して、その次の段階を考えて、そしてまた考えて行動する。

 

 状況において必要なのは違和感だ。おかしいと思ったら考えなければならない。どうしてそんな行動したのかを予想しないといけない。

 敵には何かをやらかす癖が必ず存在するはずだから。

 俺が全面的に攻撃なんてできず、ただ見ている事しかできないことも。グレンやカレンさんが小さな体で動き周りのフォローをすることは出来るけれどルナのような存在とはまだ戦えにくいのも。

 ランルークさんが剣を好んで使うスピード特化であり、グローリーさんが身体を使って攻撃を好むパワー型の戦闘員なのもそうだ。

 生き物には必ず癖がある。それを見極めることが重要なんだ。

 

 だから思う。

 ルナの行動は最初からおかしかった。

 もしもレオンを殴り掛かったのがただそのままその場所にいてほしいだけだったとしたら?

 大事そうに抱きしめていたのが、彼女の本能だったなら?

 

 レオンがルナの弱点であるならば、やらなきゃいけない。

 おそらく理性がないからレオンをそのままつかず離れずということはせず、戦いに専念しているんだ。全部終わって脅威が去ったらレオンはどうなるのかちょっと怖いので想像はしたくないが、とにかく今ならやれるかもしれない。

 

 

「ウォォッ!!!」

 

 

 ランルークさんがルナの視界から隠れるように移動し、グローリーさんが一気に彼女の元へやってきて拳を振り上げる。

 それに片手で対処しようとしたので、カレンさんに言って首元に噛みついてもらうよう指示を出す。

 首に噛みつかれたルナが血を吸われまいとすぐに抵抗しようとしたが、グローリーさんの攻撃のことを忘れてしまい、カレンさんが飛んでこちらに戻って来る間に殴り掛かり、ルナの身体が宙に浮く。

 

 

「ひはっはハハッ!!」

 

 

 だというのに、彼女は笑っていた。

 いや、狂った笑みと表現した方が良いな。

 

 

「アルメリア、来るゾ」

「ギギッ」

 

「オーケー。よし、ここからがキツいと思うが頑張って俺を守ってくれよ。俺は一撃ですぐに死んじゃうほど弱いからな」

「ハイハイ」

「ギギィ!」

「いでデ、悪かっタッて姉ちゃン!」

 

 

 なんかカレンさんが羽でグレンの火を消そうとしている仲良しの姉弟喧嘩のところ悪いけど、こっちは大変なんだから集中してもらわないと……。

 

 

「来るぞ!!」

 

 

 

 ランルークさんが一気に隠れた場所からレオンの倒れている地面まで駆け出し、すぐに彼を横抱きにしてこちらへ走っていく。

 それを見た瞬間、ルナが動いた。ルナの真っ黒な目が見開かれ、苦しそうな表情を浮かべて頬を掻き乱す。

 否、実際に彼女は頬を掻いている。血が噴き出るほどに掻いて、苛立ち混じりに歯軋りをしてこちらに敵意を向けた。殺してやると言わんばかりの表情。理性はないが、本能で俺達を敵と認定しぶっ殺すと決めたような不気味なもの。

 

 ああすごく、ゾッとするな。

 

 

 

「いぁァァァッ! かえせぇェッ!!!」

 

 

「ッ―――‐――グローリーさん!!」

「あァ、任せトけ!!!」

 

 

 

 グローリーさんが壁となって立ちはだかる。

 その両手でルナの身体を捕まえて、絶対に離さないように握りつぶしそうなほど力を込めているのが見えた。

 

 

「かえせ。返せ返せかえせかえせ!!」

 

 

 

 大岩に阻まれて、ギリギリと抵抗する音が聞こえる。ルナの抵抗とグローリーの強固な捕縛が対立し合い、不協和音のような嫌な音を奏でる。ルナの骨とグローリーさんの大岩が軋んでいる音だろうか。

 やがて力を込め過ぎたのか、ルナの歯が一つ欠けたのが見えた。

 

 

 

「返せ。返して」

 

 

 

 ぶつぶつとルナから独り言のようなものが聞こえる。

 ランルークさんが俺の近くにレオンを置いてくれた。

 

 起こさないといけないから、その頭に触れて―――――――。

 

 

 

 

「ころす」

 

 

 ゴキッ、という嫌な音が2つ鳴り響いた。

 

 

「ヌぅ……おい小娘! そッチに行っタぞ!!」

「っ!」

 

「アルメリア!!」

 

 

 グレンたちが何とか俺を後ろに庇う。

 俺はレオンから離れず、ただその光景を目にしていた。

 

 ルナは俺達の真上にいる。

 だがしかし、ルナの両腕が折れたようにだらんと垂れ下がっていた。違う、肩から脱臼させたんだ。まさかとは思ったが、こいつグローリーさんの手の中から逃れるために腕を犠牲にして飛びやがったのか!?

 

 赤とオレンジの色の薔薇のような模様が浮かび出ていて、それが一気に光り輝く。

 まさか……いや、嫌な予感がするが……。

 

 

「あっハハっ!」

 

 

 

 筋肉を使ってか、無理やりゴキッと腕の骨を元に戻してランルークさんの真ん前で着地し、体勢を低くして両腕を地面につけ一瞬で彼の顎を蹴りあげて少しだけ宙に浮かんだ身体を掴んで、グレンとカレンさんに向かって殴り飛ばす。

 

 

「ころしてあげる」

 

 

 

 頬を吊り上げて嗤ったルナが、俺の頭を握りつぶそうとしてきた。

 それはまるでルクレスさんの時のようなもの。頭からまた潰そうというのか。俺を殺そうと……。

 

 

 

「いやだ!!!」

 

 

 片手でルナの手を振り払う。

 

 手と手が重なった一瞬、バチリと何かが破裂した音が聞こえた。

 静電気かと思ったけれど、そういうものじゃなかった。

 

 

 

「ッ――――――あれ、わたし……兄さん……何で……あれ……」

 

 

「え?」

 

 

 

 見上げた先にあったルナの顔に理性が戻る。瞳の色が、真っ黒ではなくなって元に戻る。

 いや違う、絵の具でごちゃまぜにしたような色が、瞳を濁らせる。理性が急に消えていく。何かを思い出したように笑う。嗤う。

 

 

 ちょっと待ってくれ。何が起きた。何をやった?

 触ったら、元に戻った……いや違う。

 それなら今、腕を触っているのに戻らない意味はないだろう。濁った瞳が晴れることがない。それどころか逆に俺の腕を折れそうな勢いでルナが握りしめてきて―――――。

 

 

 

「あれ……アは……ハハハハハハハハッ!!!! りゅーの、ドラゴンのぉぉぉみぃぃーつけたぁぁァァハハハハッハハハハハハハハハハッッ!!!!!」

 

 

「ひっ!?」

 

 

 

 いやいやいや怖い!! ホラーかよって思えるほど狂気に満ちてて怖い!

 腕握られてるから折られる痛い痛い痛い痛いッ!!

 

 やばい死ぬ怖い! 俺このまま殺される!!

 助けて!!

 だれか助けて!!

 

 

 

「ぬォぉぉ!!!」

 

「グッ……」

 

 

 急に轟音が響いて思わず目を閉じた。

 腕の痛みは消えた。いや、じくじくと鈍痛はするけれど、先程のよりはマシな方だろう。

 

 ゆっくりと目を開けて見れば、そこには巨大なゴーレムが……いや、グローリーさんがいた。

 俺を守るように、グレンたちが背で庇ってくる。ランルークさんが追撃をしていく。

 

 

「し、死ぬかと……思った……」

 

「ハーッハッハッ! まだ終わっとランぞ小娘! さっサと作戦通りに動ケ!」

「分かってる!」

 

 

 身体が震える。死ぬかと思った衝撃が抜けなくて力がうまく出ない。

 けれど、今はやらなきゃいけない。

 

 やるしかない。

 

 

 

 

 

 

 腹がすごく痛い。何故だろうか。

 いや、ここは……。

 

 

「起きてくださいレオンさん!! はやく起きて!!」

 

「うぉっ……は?」

 

 

 

 目覚めたら周りが凄い状況になっていた。

 モンスターと幼女……いや、アルメリアちゃんに囲まれている。

 ルナが真っ黒の瞳でこちらを見つめている。

 

 

 

「何が……どうなって……モ、モンスターたちはアルメリアちゃんが?」

「はい。皆味方をしてくれています。ただ、ルナさんが何かに操られていて……」

「操られて……ってどういうことだ!?」

「以前も彼女と同じ様子が変わった人を見たことがありまして……」

 

 

 

 なるほどと冷静に思う気持ちと、これは夢なんじゃないのかと現実逃避する気持ちが混ざっていく。

 

 確かに瞳の色もおかしいし、頬が血で染まって両腕も変に怪我をしているように見える。

 あいつが身体を痛めつけるような攻撃をするわけがない。せいぜいが拳を痛めることぐらいのはずなのに。何故……。

 

 

「誰に操られてるんだよ……あいつ、そういえば国家にいる魔術師の友達に会って来るって……」

「おそらくその魔術師とやらにやられたんでしょう。人間とは呼べない存在になっていて、どうにかして正気に戻さないといけないんです。でもその方法がなくて……最悪は……」

 

「そんな……。いや、そんなことさせてたまるか! だってあいつは俺の妹で、ずっとずっと苦楽を共にした家族で……大切な、妹なんだ……」

 

 

 前を見ればモンスターたちが絶対に俺とアルメリアちゃんに近づかせないように連携して戦っている。ゴーレムが壁のように阻み、そこを乗り越えようとしたらリザードマンが切りつけて叩き伏せ、細かい点でウィスプとシャドーバットがフォローに入る。

 まるでモンスターと戦う冒険者のようだ。どちらがモンスターで冒険者なのかだなんて、考えるまでもない。

 夢だったら良かった。違う。夢じゃない。

 あの馬鹿は。あの馬鹿妹がやらかした行為は、夢なんかじゃない。

 

 

 嫌な想像をして息が乱れる。心が締め付けられる。視界が変に歪む。

 腹を痛めたせいか、そういえばあいつ俺に殴り掛かってきたんだったな。ルナが俺を殴るだなんてことありえないってのに……。

 

 ああ、こいつが魔術師に会って来るっていった以前のことを思い出す。

 思い出して思い出して、後悔する。

 何で俺はあの時ちゃんと止めなかったんだ。ようやく兄離れしてくれるかとか思ったからか。大事な妹が自立してくれるんじゃないかと思ったせいなのか。

 

 

「ごめんなさい。俺にはどうしようもなくて……」

 

 

 アルメリアちゃんが謝るようなことなんてなにもない。

 ただ、俺が情けないだけだ。

 

 

「でも、ルナさんの大事な兄であるあなたなら、彼女を正気に戻ってくれる可能性があるんです。ですから……」

「いや俺には無理だ。妹を止める力なんて……情けない兄だから……」

「そ、そんなことないですよ! だってあんなにも仲がいい兄妹なのに!」

「あいつは俺を失望してる! だから殴って来たんだろうが!!」

 

 

 苛立ちに任せて怒鳴ったあとに後悔が先走る。

 こんな幼女に八つ当たりなんてするつもりはなかった。

 

 でももう遅いんだ。

 ルナは俺から離れた。そして俺を殴り掛かった。

 正気のない妹を誰がした。俺だろう。

 そう思っていると、アルメリアちゃんが急に立ち上がって俺の目の前に立って。

 

 ――――――俺の頬に向かって、平手打ちをしてきた。

 

 

「っ……え?」

 

「馬鹿かアンタは! 今だってずっとルナは返せって呟いてるんだぞ! 失望なんてするわけがねえだろうが! 自分の殻に閉じこもってねえでちゃんと妹を見ろ! どうしてこうなったのかを見ろ!! 兄が大事だからアンタを攻撃したんだろうが!! どこにも行かないようにってな!!!」

 

 

 

 幼女の可愛らしい声で、男の子のような乱暴な口調で俺を諭そうとする。

 苛立ちと焦りとモンスターたちの戦況を見て、俺の情けない様子に喝を入れる。

 

 

 

「妹が失望したんじゃない。アンタが妹に対して逃げようとしているんじゃねえか! ちゃんと向かい合えよ。妹の正気を取り戻すためにやってみせろ!! レオンにとってルナは血の繋がった実の家族だろうが!! 家族から逃げようとすんじゃねえよ馬鹿野郎!!!」

 

 

 

 そうして気づく。妹は何で魔術師に会いに行こうとしたのかを。

 俺を守ろうとしてくれたからじゃないのか。

 

 守ろうとして、それで、俺を……。

 

 

「ギギッ!!!」

 

「あっ、ヤバい。危ない!!」

 

 

 シャドーバットの警告音を聞いてアルメリアちゃんが俺の腕を引っ張ろうとして逃げようとしてくる。

 よく見れば後ろから俺に向かって……いや、憎しみの込めた真っ黒な目でアルメリアを睨みつけている。

 

 拳を握りしめているのは敵と戦う時のあいつの癖だ。

 家族だから分かる。あいつが、ルナが何をしでかそうとするのか。

 

 

 だから―――――――。

 

 

「ガハッッ!」

 

 

 

 握られた拳がアルメリアちゃんに向かう前に、彼女を背に庇ってその攻撃を受けた。

 腹に受けたダメージは先ほどの比ではない。

 

 激痛がする。下を見れば、ルナの腕が俺の腹を突き破って背中まで貫通している。

 血が流れ、込み上げてきた吐き気で吐血し、ルナの顔に当たった。

 

 目の前にいるからか、妹の瞳が一瞬だけいつもの色に戻った気がした。

 

 

「にい……ちゃ……?」

 

「ルナ。お前は生きろ……殺すん……じゃない……救って……」

 

 

 

 視界が見えなくなっていく。

 息がしづらくなる。何もかも、はっきりとわからなくなる。

 

 

 

「ああああああッ!!!!」

 

 

 

 なにも、きこえな……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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