ナティシア ー平凡幼女はハードモードな世界を生きるー   作:かげはし

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31話 メリア大森林=攻略戦線 後編

 

 

 

 

 

 

 

 血の匂いがする。騒がしい声が聞こえる。

 誰かが死んだかもしれない。何かの肉が食われている音がするのかもしれない。

 

 メリア大森林の奥。森よりも上に位置する高台のような場所。

 森の中心地に位置するそれは、状況判断をするのに適した監察位置だ。

 それこそホームの二階付近と同じく、メリア大森林を眺めることができる場所へ移動する。

 

 そうすれば、見えてきたのは森の現状を眺める観察者。

 僕の予想通りに、人がいた。

 だから奴に向かって小さく指示を飛ばした。まあそれはどうでもいいけれど。

 

 男は僕を見て嘲笑する。

 

 

「ああ、あなた死んでなかったんですね……」

「僕の身体は普通とは違うからね。……本体は奥に隠しているから、逃げることは可能だよ」

「なるほど、次に行うモンスター変異実験の注目点として留意しておきます」

 

 

 歩いた先にいたのはローブを着た男。眼鏡をかけており、マジックアイテムのような何かを持っているようには見えない。だが魔術師は外見で力量を図ることは出来ない奴等だ。警戒は怠ることは出来ない。だから考えよう。

 冷めた目でこちらを睨みつけながらも振り返った人物について、僕は見たことがない。

 知らない人間だが、確実に国家側の連中の仲間だというのは分かった。

 

 

「少し話でもしないかい?」

「ええいいですよ。あなたの……レッドキラーの対処法は知っていますし、あなたはのお話には興味があります」

 

 

 

 明らかに見下したような目だが、現状としてはその方が都合がいい。

 

 

 

「僕はずっと考えていたんだ。僕たちを使った実験場で反乱が起きた場合、何が起きるのかについてね。僕たちは死にたくはない。だが反撃をすれば必ず痛い目に遭うだろうから、どう防ぐのかずっと予想を立てていた」

「…………」

 

「まず一つに、反乱を起こし研究所を襲った僕たちに対しての対処。だが僕たちは低レベルの下位モンスターだから君たちが僕たちに対して簡単に対処することは可能だ。まあ簡単にさせるつもりはないけれど、でも君たちはそれをしなかった」

 

 

 僕の話を聞いている男は、何も反応をせずにいる。

 ひっそりと行動することもなく、僕を殺そうとするわけもなく、ただ実験での暇つぶしに僕を利用しているだけなのだろう。

 

 

 

「もう一つは、実験を進めることだ。メリア大森林に住んでいる村の人は死亡率が高く実験で有効活用できるだろう。だが人間を使った実験で成果を出さなければ禁忌を犯した犯罪者として汚名を残すことになるだろうというデメリットもあるが、そのためにより多くの実験と成果を残さないといけない」

「おや、そう思いますか?」

「ああそう思うさ。かつて新しい魔術を生み出すために行った四方実験において、人間相手に実験をしていたが有益な魔術を生み出した物として罪はなかったこととして扱われたのだからね。それに、宝玉に関しての研究はまだ途中のように思えた。

 僕たちのように人間からモンスターへ変異する実験以外にも……マーガレットと呼ばれる人間のままに能力を高めた実験体も存在した。それはすなわち、研究する幅は広くあるということだ」

「…………」

 

「戦争で活躍した英雄は時代を間違えば大量殺人鬼となる。それと同じ原理だよ。より多くの研究成果を残して国の為に役に立てば、君たちは歴史に名を残せるようになるだろう。良い意味で」

「ふふふっ……それで? そんなくだらない話をするために自分の元へ来たのだというのですか?」

「いいや、そうじゃない。ただ聞きたいことがあったんだ」

 

 

 余裕ぶった顔で笑う男に、ただ内心で嘲笑った。

 今の反応は図星であったのだろう。実験を進めたいと願う魔術師か。研究に没頭したいが、それをするためにこの森を襲ったのか。

 

 

「ルナたちは僕たちと違って人間のままだが、やはり違いがあるのかい?」

「フフッ……ええ、ここまで来てわざわざ話をしてくれたのですからね。せっかくですから教えてあげましょう。ルナとあの人間たちは潜在能力を引き上げたんですよ。細胞変異実験とは違い、力の限界を高めてやるだけ。

 副作用として理性がなくなり、呪いにかかった生き物になるか、国家が禁じている禁忌の薬草中毒になった人間のようになりますがね。ですが生きている生き物に対して全て殺すことしかできない獣ですから、扱いは簡単ですよ」

 

 

 つまり、マーガレット・ナティシアの実験結果が今のルナたちというわけか。

 マーガレットの実験で想像するに、防御魔術の力を最大限まで上げるのだと思っていたが、それではなく潜在能力の引き上げ。

 それならば、もともとあった力を限界まで上げるということならば、マーガレットの対モンスター防御魔術の力の限界突破も、ルナの異常な攻撃力も良く分かる。

 人間のまま力を上げたから、その枷が吹っ飛んだ影響で思考がなくなったのか。

 

 

「なるほど、僕たちとは真逆というわけか」

「ええそうですよ。そしてこの実験では人間の姿をしたモンスターと、モンスターの姿をした人間の争いがどう勝つのか見てみたかっただけです。それ以外にもありますが……。実験について自分たちがやったとは思われないでしょう。なんせルナ達はもう壊れてますからね」

「……ルナの理性が戻ることはないと思っているのかい?」

 

「ええ。宝玉の魔力を注入したことによって魂の核がこわれていると実験で証明されましたから」

 

 

 

 魂の核―――――確か、魔術師たちにとっての人間の心臓。物理的な心臓のことじゃなく、精神的なもの。

 ルナ達の実験はマーガレットの実験研究の先を行くための物だとして、魂の核が壊れているのだとしたら、マーガレットがきちんと元に戻ったアレは……。

 

 いや、彼はそれを知らないだろう。

 監視の目はないことはいろんな視野で確かめたんだ。魔術での監視も、ホームに調査しに来た人間についても全て確認して排除した。

 

 だから僕たちのホームについて、知ることはないが……。

 

 

 

「メリア大森林すべてを使った実験は明らかに帝国に喧嘩を売り、国力をある程度低下させるデメリットしかないように思うが、これは必要な作業だったのかい?」

「ええ必要ですよ。自分にとっても、彼らにとっても……」

 

 

 にっこりと笑った男が、横目で森を見た。

 

 

「宝玉は次の段階へ進んでいます。生き物にではなく、もっとより強力な武器とするための実験へ。ですのでここは廃棄します。実験場もメリア大森林に残る爪痕も、そして彼ら実験体も。何か変化があれば連れて帰るのみですがね……。

 どうせあの帝国は領地外のメリア大森林に住む村人なんて気にもしないでしょうし、モンスターの大災害だと勝手に思ってくれるでしょう」

 

 

 自分勝手な考えだ。だが逆に考えれば、それを許される立場にあるということか。

 だがこれで理解する。メリア大森林の全てが実験場であり、何かあればすぐに対処するためにこの男がいるということを。

 宝玉はアレクシア一族が握っていることは分かるが、僕たちを変えたあの強力な力を持った宝玉を国王に知られず永遠に所持することは難しいように思う。実験を行っていることだし、国家の中枢部には知られているのだろう。

 この実験場が連中にとっての遊びの場のように思えるのも、そのせいか。

 

 

「……知られるわけにいかないから、全員を皆殺しにし、ついでにルナたちの力がどの程度あるのか把握するためにやっていると?」

「ええそうですよ」

「何が起きてもいいってことかい? メリア大森林の外にあの実験体が出て行き、町に被害が及ぶかもしれないんだぞ」

「それはあり得ませんよ。メリア大森林の周辺の町へ行く前に彼らは死にますしね」

「死ぬ?」

「モンスターと違って人間は脆い生き物です。能力値を向上させても限界を突破すればやがてその身は滅ぶ。精神である魂の核も壊れているんですから、死ぬのも時間の問題でしょうね。理性ないモンスターに生き残りたいという欲求なんてないですから」

「……ああ、そういうことか」

 

 

 それは、つまりメリア大森林での大虐殺が起きても構わないということか。

 国家がそれを容認した。そして人間がいくら死んでも構わないと彼は遠回しに言った。

 

 ならば、行きつく先は……。

 

 

 

「……ちなみに聞きたいんだけれど、次の実験段階っていうのはなんだい?」

「フフッ」

 

 

 

 何も言わない。だがそれが答えだった。

 人間を使った実験。

 大量に、それも帝国との関係を無視して行った実験での被害を気にせずやるようなもの。

 

 国家は戦争状態へ突入していると聞いた。それだというのに実験を進める理由は何だ。

 宝玉の価値。生き物のあり方を変える力の増幅。

 副作用があっても、実験を続けていけばいつか修正できるかもしれない。そうなれば、国家はどうなる?

 

 

 

「……なるほど、僕たちの敵は国家だけに収まらなくなるってことか」

 

 

 宝玉を一刻も早く手に入れなければならなくなった。

 以前もそう思っていたけれど、今はそれ以上だ。

 

 あれの価値を知れば、必ず狙って来るだろう。

 争いは世界へ発展するだろう。

 争いが起きれば、僕たちが介入する暇はなくなる。

 

 僕たちが宝玉を奪おうとするのも時間が限られている。人間の姿に戻るためのチャンスは少なくなっている。宝玉は力の源。この世界において強者は勝者であり、力をより多く求めるのは当たり前だからだ。助け合いなんてするような暇はない。力がなければ、国は亡ぶ。

 

 ―――――――僕も覚悟を決めよう。

 

 

「……いろいろと面白い話をしてくれたのだから、僕を逃がす気はないのかい?」

「ええもちろん。あなたは下位モンスターといえども元は帝国の戦士。それも英雄に位置する人だ。あなたにはルナ以上の魅力があるんですよ。ですから―――――」

 

 

「連れて行くって?」

「ええ。抵抗はしない方が良いですよ」

 

 

 にっこりと笑いながら火を僕に向かって放つ。

 それに人間としての身体が火で燃えてしまうので、一気に蜘蛛の身体となって木の枝へ飛び上がる。

 

 

「逃がしませんよ!」

「そりゃどうも。僕をそこまで価値があると思ってくれてるのはありがた迷惑だね!!」

 

 

 確かに炎は僕の苦手なものだ。蜘蛛のモンスターとして弱点である火に振れればすぐに人間として作り上げた偽の身体となった糸部分が燃えてしまうし、火傷を負えばしばらく身体が動けなくなる。

 それに体力だって普通のモンスターよりもないんだ。若い頃の人間だった時に比べても少ない。一撃で日に当たれば死んでしまう。だから躱す。何度も走って飛び上がり、木の枝に向かって伸びた蜘蛛の糸を掴んでそこまで飛び移る。

 

 

「そこまでです!」

 

 

 飛び移った枝が燃えて、僕の身体が地面に落ちた。

 もう一度飛び上がろうとして、僕の身体を捕まえようと男の手が伸びた。

 

 

「さあ、もう観念して……っ?」

「ああ、やっと効いたんだ」

 

 

 男の身体ががくりと倒れた。

 それに糸で結んで、身体全体を木で固定し、無理やり立った状態のまま吊るし上げる。

 抵抗しているのか糸がギシッと妙な音を立てるが、力が抜けているために逃げ出すことは不可能。いくら通常のモンスターより弱い僕の糸であったとしてもだ。

 

 

「なっ……にを……」

「僕は下位モンスターだよ。でも、知能はある。弱いモンスターであろうとも、普通の昆虫なら使役をすることだってできるんだ」

 

 

 最初に出会った頃に小さな蜘蛛に僕の毒糸を奴の身体に触れさせるように仕向けた。それだけじゃなく、睡眠作用のある毒で噛ませた。

 だから毒が回ってようやく倒れたんだ。時間経過は予想以上にかかってしまったけれど、計画通りではあるため気にはしない。

 小さく舌打ちをしている魔術師に向けて、僕は木の上へ登ってから糸で下がり、宙ぶらりんのまま奴の眼前へ身体を向ける。

 

 

「じ、ぶんを……どうす……」

 

「君をどうするつもりかって? ハハッ……そうだな。一つ面白いことを聞かせよう。モンスターはどうやって進化を遂げると思う? 人間のように一つの身体でしか成長できないのとは違い、どのような要因が重なって進化をすることが出来るんだ?」

 

 

 

 僕の問いに呆然と男が見つめる。それに思わず笑いそうになった。

 覚悟は決めている。世界が敵になるかもしれないと思えば、強くならなきゃいけないのは当然だったから、だから恐怖はあっても必要だと思えば感情は関係なくなるんだ。

 

 それに、モンスターの進化には様々な用途が絡んでくる。命を取り込み強くなるということも必須条件になるが、それ以外にも進化の過程において必要なものがたくさんある。

 ゴーレムならば周りの魔力が溜まった大岩を身体に取り込むこと。ブラックバットなら血を大量に飲みこむこと。それ以外にも、様々な死が必要になるが、下位モンスターが少しだけ強くなるための進化には必要ない場合も多い。スライムだって環境によって進化する方法が異なるぐらいだし。

 

 そして僕は――――――。

 

 

 

「レッドキラーの名の意味は『赤い殺人鬼』というもの。下位モンスターとしての攻撃性は弱いが強くなるために貪欲で、生き残るためにその身を赤く染める性質を持っている……まあ、どういうことか魔術師の君なら分かるだろう?」

「な、ま……ぁっ……ま、さか……待っ!?」

 

「レッドキラーの進化は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()というもの。赤い殺人鬼という名前は、進化とその次の残虐なモンスターの恐ろしさからつけられたものだ……さあ」

 

「ヒッ。や、やめ……やめて……!!」

 

 

 糸で顔を全て縛り付ける。周囲の木と男の顔を固定させ、抵抗されてもすぐに動けないように頑丈に、多重に縛り上げていく。

 頬を吊り上げさせ口を開かせる。

 涙を浮かべる男に同情なんてしない。ただずっと感じていた胸の内の怒りがすっとするだけだ。

 

 

 

「僕の為に、すべてを捧げてくれ」

 

 

 

 男が必死に口を閉じようとしていても、糸で頑丈に縛って、蜘蛛達の毒で麻痺した身体にはもう何も抵抗は出来ない。

 だからそのまま、その状態のまま。

 

 

 ―――――――その中へ、入っていった。

 

 

 

 

 

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