ナティシア ー平凡幼女はハードモードな世界を生きるー 作:かげはし
「ああ……あ……」
項垂れるように叫び、地面に横たわる兄の姿を目にして目の光がまたなくなっていき黒く染まっていく。マーガレットの時とは少しだけ違って、誰なのか認識してはいるが、理性を抑える衝動はないらしい。呆然としていたが、頬はぴくぴくと動いているし、周りの嫌な声も収まらない。
ただ、自分が殺してしまった兄を見つめて、その血に濡れた両手を見て―――――――。
「ころして……コろ……フ、フ……アハハハハハハハハっ!!!」
「アルメリア、こっチへ来イ!」
「う、うん」
先程と同じ狂気に満ちた声で叫び、俺達を睨みつける。
だからそのまま両手をこちらに向けると思っていた。ランルークさんが俺を引っ張って背に隠し、また警戒を高めて前へ出る。先ほどと同じく連携できるような体勢で、あいつが向かってきたらすぐに反撃できるように整えておく。
ルナの攻撃範囲は広い。それだけじゃなく、どう攻撃したらいいのか分かっているし、防御をどう崩してその懐へ入ればいいのかも分かっているプロの戦闘員だ。
近接戦闘特化相手に近接攻撃を挑むもんじゃないってのは分かるぐらいに。
「しんじゃ……な……ら、いっしょがいいな……」
「あっ」
一筋の雫が、彼女の血に濡れた頬を伝う。
ルナはまた正気を取り戻したわけじゃなかった。ただ失ってはいけないものを思い出しただけなんだ。
――――――気が付いたら、というべきだろうか。
彼女は血に濡れた両手で自らの顔を無理矢理ずらして首を折って、あっけなく死に絶えた。死んでしまった兄を追いかけて逝ってしまった。
正気を失っても人間としての機能は働いていたからか、本当に簡単に死んだんだ。
「……なんダ、随分とあっけなイ」
「ギギィ」
「こっチは物足りンぞ。もう少シ何かあっテもいイモのを……」
「戦闘狂は黙ってイろ。アルメリア、無事カ?」
「…………うん」
同情はしないと決めた。ルナの自業自得でレオンは殺されて、あっけなく自害した。それだけのことだ。
だが何故だろうか。気分が良くなることはない。
胸糞悪いものを見た。ただ悪い夢を見た時よりも嫌に心に残るものだった。
ルナは何故、マリーと同じように正気を失っていたんだろうか。病気とは思えなかった。呪いの状態とは思えないほどにマリーの時と同じ感じがした。それはすなわち、宝玉が使われたということ。あの連中だってそうだ。
俺達を攻撃するために力をつけたとしても、何故宝玉の力を使われたんだろう。
宝玉を使われた理由がただの実験だとしたら?
利用されて実験台にされて、今のこの場所が膨大な実験場だとするならば。
周りにいる人間に似た獣たちも俺達と同じ被害者なら、助けてやりたいという気持ちになる。
だが、もたらした被害は尋常ではなかった。
ルナがいなかったら助けてやれたかもしれない。でももうどうしようもない。グレンたちが避難所へ誘導したというのに、みんなが一生懸命生き延びようと動いていたというのに。
俺達だって生きるために必死だった。周りもそうだった。
考えて行動しなければならない。俺がまたこれを戻したらどうなる?
皆が綺麗さっぱり生き返ったとしても、傷が治って綺麗になったとして、それで全て問題解決といくだろうか。
その一瞬を元に戻すことができたとしても……。
「……ランルークさん。あいつらはどうする?」
「捕エてホームに連れテ行く。……村人は避難してイる連中以外ハ全滅したンだ。このまま放っテ置いテモ意味はなイ。それにお前ナらバこいつラを――――――」
「なら、殺そう」
「アルメリア?」
「正気を失っているんだ。これ以上人間じゃないまま生かしていても可哀そうだろ。だから殺そう」
俺の言葉に何故か仲間の皆が驚愕したような雰囲気が漂う。
以前俺がマリー戦において気絶していた時にいつの間にかやらかした出来事を思い出していたからかもしれない。
どうやったのかさえ分からない。どうすればあの時の状態に戻るのか分からない……と思う。
でもどうせ、そんなことをしても救われることはないだろうって分かるから。
ルナは兄を殺した感触をきっと覚えているだろう。生き返らせたとしても、罪はなくならない。
俺達だって正気を失っていてもやらかした事実は変わらない。
どうせ皆おかしいから。死んだままにするんじゃなくて、俺が殺したことにする。
生き返らせれば全てリセットされると思うけれど、それはしてもデメリットが残るから止めておく。
「……生き返らせナいノか」
「ああそうだよグレン。たぶんこの場所は実験場だ。俺たちのことを観察されている可能性が高い。たぶん一人や二人じゃないんだろう。これから先の事を考えるなら、俺の……アレについては使わない方が良いと思うんだ。それにこれ以上俺達のような存在を作っても意味がないって思うから」
村が救われても残った爪痕は深くなる。
俺が生き返らせたとして、それ以上の要求をされる可能性もある。監視の目があったなら俺の事を重要視するだろう。ぶっちゃけ蘇生魔術が使えるかどうか今の俺は分からないんだ。どうやってあの状態にするべきなのかも分からないし、あれ一回だけでもう二度と使えなくなる可能性だってある。
なら、生き返らせることよりも殺したと考えた方が良い。死んだ方が楽になれるっていうのは事実であるんだ。実験中だった頃の俺はずっとそうだった。死んだ方が良いって思ってた頃があった。
だから殺して楽にするんだ。
今必要なのは『モンスターが人間を救った』という事実のみ。避難誘導だってしたし、人間を救った場面もあった。それを変えるわけにはいかない。だからこのままにする。
「……そウカ。お前がそう決めタなら俺達は何も言わナい」
「ありがとうランルークさん」
気分は優れないけれど、結果は残ったんだ。
このまま気絶したい気持ちがあるがやらないといけない。
人間たちにモンスターが助けてくれたという事実を知らせていこう。
「あの人間の獣たちを……被害者たちを殺してから、村の人たちに知らせよう。脅威は全て消えたって。そして恩を作ってから、こっちの要求に答えてもらうんだ」
全部終わってホームに帰ったら、マリー戦の時になった俺のあの状態にどうなれるか検証してみよう。
……蘇生魔術だけでも思い出せたらいいな。
ルクレスさんを生き返らせたいから。
これが終わりだとは、モンスターの中で誰も思わないだろう。
アルメリアさえまだ終わったとは思っていない。
世界中からメリア大森林が注目され、脅威とみなされるのは――――――これより少しあとの話になる。