ナティシア ー平凡幼女はハードモードな世界を生きるー   作:かげはし

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3話 不意の始まり

 

 

 大きなドラゴンの真正面にある木の幹に座る形で向かい合う。

 

 ドラゴンは愉しげに俺を見ながら笑った。

 時間をかけて食べるはずの料理を、たった一口で噛み締めながら。

 

 

『ハハハっ。不味いな。泥を食べているような不味さだ。ああだが、これがこの村にとっての普通か』

 

「そうだよ。それが俺達人間の食べ物だよ」

『ふむ、あっという間に食べてしまった。足りないが……まあ、及第点としておこう』

 

 

 ぶっちゃけグレンがこっそり出してくれた猪の肉の一欠けらと山菜だけなんだけどな。

 調理も何もしていないし、素材そのままの味しかしない。

 

 肉は焼いてあるものを。野菜は軽く洗ったものを。

 

 だがそれが良かった。

 食べ物がある時点で俺は幸せなんだと生きていてそう思えるようになった。

 

 及第点と言われても、俺から見たら100点満点以上の食べ物だ。

 前世の俺から見ればほぼ0点と答えるだろうけれど……。

 

 俺が食べる一食分。

 人間一食分と言っても大人の分じゃないから、ドラゴンには足りない量だろう。ドラゴンに与えないなら俺が食べたいぐらいだった。

 不味いと言っていても、肉がある時点で高級な食べ物になっていたから。

 

 ドラゴンのぱっくりと開いた額の怪我はまだ治っていないようだが、自然回復なのか血は止まったみたいだ。

 

 

 あとは話し相手だけだよな……ふむ……。

 

 

「そうだ。ドラゴンなら知ってるかな」

『む?』

 

「はぐれゴブリンって知ってるか? 最近遠くの集落を壊滅させたらしいんだけどさ……たった一匹の力で村って簡単に滅びるのかなって疑問に思ってて……」

 

 

 不意に、何かがピリッと肌を刺す空気を感じた。

 だがドラゴンの俺を見る視線は普通で、地雷を踏んだようではないことに小さく息をつく。

 

 

 そんな俺を気にせず、ドラゴンはつまらないような声色で言った。

 

 

『何を言うか雑食生物が。貴様らのような疲れ切った小動物が元気いっぱいなモンスターに勝てると思っているのか? それとも何か、貴様一人でそいつに敵うと愚かにも考えているのか?』

 

 

 疲れ切ったという言葉に思わず納得しかけたが、それでもまだ完全にとは言えない。

 

 

「俺一人じゃ勝てないっていうのは分かってるよ。たださ、その集落は俺の住んでる村と同じ人口規模なんだって聞いた。武器もあるし、40人くらいのいろんな人間がいる。その中にたった一匹のゴブリンが襲いかかったとして……人間を全滅させることができるのか?」

『ハッ。くどいぞ人間。私は言っただろう。それができると』

 

 

 ……なるほど。まだ実感は湧かないけれど人間とモンスターの強さは圧倒的に違うと考えておいた方が良いのか。

 今目の前にいるドラゴンに勝てる気は全然ないからな。話し相手として話題を振って、暇つぶしになれたらそれでいい。殺されないと保証されるなら、恐怖は感じない。

 

 いや本当は怖いけれど。でも何度か話してみてドラゴンに理性を感じたから大丈夫……だと思いたいな。

 

 とにかく、狩人の家であるグレンに話を聞いたが、モンスターに出会ったらすぐに逃げろと言われているのは事実だ。

 モンスターと戦うのは冒険者と呼ばれるある程度の適性を持った人間だけであり、彼らはギルドで専門的に訓練されているため、ただの村の狩人では戦うことは出来ないとのこと。

 

 適性は……まあ、グレンは知らなかったみたいだし後で村長にでも話を聞いてみようとは思う。

 モンスター専門が冒険者。

 ただの普通の動物を狩るのが狩人。その違いは激しいということだけ分かればいいか。

 

 

『だが、モンスターと人間に力の差はあれど、貴様の言ったはぐれゴブリンとやらは多少違うようだ』

「は?」

『私はドラゴンだ。遠くの集落の音も私には聞き取れていた。その際に聞こえた声は複数だったがな』

「……複数の、ゴブリン?」

『いいや違う』

 

 

 ニヤリと嘲笑ったドラゴンが、尻尾を上げて俺の村の方向を示した。

 

 

『人間というのは本当に愚かで滑稽だ。ああ、クソッたれが……』

「は?」

『貴様はまだ、アレがゴブリンの仕業だと思っているのか?』

 

「えっ―――――」

 

 

 ――――――刹那、何かが叩き壊されるような音が村の方向で鳴り響く。

 

 

 何か嫌な予感がしてドラコンの方へ一歩二歩後ろに下がった瞬間、村の方向から閃光が光り輝く。

 ドーム型に村全体を包み込むような大きな光の膜が三秒ほど発生して、五芒星の模様を描いて消えていった。

 

 どう見ても普通じゃないもの。

 ざわざわと肌が痛み出す。

 

 

「悲鳴……?」

 

 

 村が騒がしい。

 木々がざわめいて、木の葉を振り落としていく。

 それと同時に、背後から異様な熱気を感じ取った。

 

 反射的に振り返って見ると、ドラゴンが爬虫類のような目で村を見つめている。怒りと憎しみが混ざったような濁った眼で、村の方を睨みつけている。

 

 それは俺がはぐれゴブリンの話をしてからチリチリと感じていた緊張感。

 ドラゴンが溜めていた怒りを発散する音が、俺の精神をぶち壊そうとする。怒りが嘲笑となり、殺意を込めて俺の身体中を突き刺す。

 

 

『ああハッ――――――ハハハハハハハっ!!! やはり、やはりそうか。使ったか。2度程使用した気配は感じたが、この私の目の前で宝玉を使ったか!!! アレを使うとはどれだけ人間の欲望とは恐ろしいものか! ああ、ああ。ぶっ殺すぞ人間風情が!!!』

 

「ひっ……」

 

 

 何かが俺の心臓に突き刺さったような気がした。

 思わず足から力が抜けて、しゃがみこむ。息が出来なくなる重圧。ビリビリとドラゴンの怒りを感じて意識が遠のきそうになる。

 吐き気がする。失禁しそうになる。怖い怖い怖い。

 

 村で何かが起きてるんだ。母さんたちがいる村で、何かがあった。

 でもそんなのを気にする余裕がない。殺される。殺される。

 心が壊れそうになって、吐き気が――――

 

 ドラゴンが怒りのままに四肢を起こして村の方へ行こうとし、だが何かを思い出したように急に立ち止まり考え込み、ふと俺を見下ろした。

 

 

『行かぬのか』

「ふぇ」

『気が変わった。私は行かぬ。貴様はどうするつもりだ』

「そ、そ……」

 

 声が出ない。

 くるしい。痛い。息ができない……!

 

 

『ああ。先ほどの私の怒りに恐怖で震えているのか? いや、たかがドラゴンの怒りを感じただけで死にかかっているのか。ハハハっ。良いだろう土産だ。回復(ヒール)

「あっ……」

 

 

 緑色の光が身体全体を包み込む。

 肌の痛みも恐怖感もなくなって、ただ気分が落ち着いた。これは魔法……だよな?

 

 いやそれよりも……それよりも……。

 

 

「は……ぁ……あ、ありがとう。でも俺はいかなきゃいけない……から!」

『ふむ。死にかけたくせに精神だけは頑丈だな。いや図太いのか。まあ、それでいい。さあ行け小娘』

 

 

 その言葉がきっときっかけだった。

 

 慌てて駆け出していく。獣道を駆けて駆けて。たまに足に木の根っこが引っかかって転びそうになったが、意地でもバランスを整えて駆けていく。

 ドラゴンが俺の背を見つめている恐怖心はあった。

 でもそんなの気にしていられない。

 

 村に近づくにつれ、聞こえてくる声がする。

 呻き声。悲鳴。何かの痛みに耐えようとする声。

 ブチブチと何かを引き裂くような、奇妙な音がする。

 

 心臓の鼓動が早くなった気がした。

 

 

「はやく。はやくはやくはやく」

 

 

 これ以上走ったことないほどに力いっぱい前へ向かって足を踏み出す。尖った草が肌を傷つけ、血を噴きだしたとしても止まらない。

 

 

「はやく、家に――――――」

 

 

 駆けて駆けて―――――――。

 そうして、視界が開けたそこはもう、俺の知っている村じゃなくなっていた。

 

 

「なっ、ん……」

 

 

 それは、地獄絵図のようだと思った。

 

 かなり遠いが俺の知ってる村のおばさんが腹を押さえて倒れ込んでいるのが見えた。

 その肌が刺青のような黒い模様を心臓がある胸の中心から発生していき、一気に真っ黒に染め上げた。

 

 俺の知ってる結構親切なおばさんだった。

 酒癖が悪いが家族は大事にしてくれるという旦那を待ってるいい人だったのに。

 

 

 

「お、おばさ……」

 

 

「ひぁ……あ゛ぁ゛ぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

 

 真っ黒の墨を頭からかぶったような状態になったおばさんが、痛みを訴えて慟哭を上げた。

 

 断末魔の叫び声じゃない。

 獣のような呻き声で肌をかきむしって身体を仰け反らせた。その肌が溶けていく。綺麗な茶色の髪がごっそりと地面に落ちて行くのが見える。ボトボトと血肉さえも落ちていき、おばさんの骨が見えてくる。

 

 まるで硫酸を浴びたかのようにドロドロになって人間としての原型がなくなる。あっという間におばさんだった人がいなくなって、液体になってしまった。

 

 肉が腐ったような臭いがする。周囲から様々な悲鳴が聞こえる。

 周囲を見渡すと、おばさんのように黒い刺青が肌に浮き彫りになった村人たちが痛みを訴えて肌を掻き毟っているのが見える。

 

 その後の変異なんてもう見たくないと視線を逸らして……。

 込み上げてきたそれを、地面に吐き出した。

 

 

「うぶっ……おえっ……」

 

 

 地面に朝食と胃液を溢して、手で口の汚れを乱暴に拭いた。

 もっと吐きたい。気絶して現実逃避したい。

 

 

「母さん……母さん……」

 

 

 走って自分の家まで前へ進む。その周囲がどうなっていようとも構わないと、前へ進む。

 

 なんでこうなったんだ。

 異世界だからって何でもありだというのか。

 これが、普通の村で起きるようなものなのか……?

 

 小屋よりも大きな建物。

 薬草の香りが鉄臭いものに混じって感じる。

 いつもの時間帯ならば、母さんは家にいて薬草の種を準備している頃のはず。

 

 

 ゆっくりと扉を開いて――――――――。

 

 

「え?」

 

 

 複数の目が扉の先にいる俺へ向けられた。

 母さんじゃない。いや、母さんがいない。

 

 違う。床に広がった血濡れの肉片は、誰のものだ?

 

 複数の人間が俺の家にいたが、村人じゃないのは分かった。異世界で生まれてから見たことのない高級そうなローブを着た5人ほどの男が、驚いたように俺を見てくる。

 

 子供を見るような目じゃない。

 か弱い生き物を見ているような、優しいものじゃない。

 

 

 

「皆の衆、成功体が誕生したようだ」

 

「おお、これは実験のし甲斐がある」

 

「だが偶然範囲外にいたという可能性はないか?」

 

「幼い子供が範囲外にか? それは考えにくいだろうが、とにかく時間だ。全て回収するぞ。この娘も連れていけ」

 

「ああ」

 

 

 

 

 

 

 ――――複数の手が、俺へ向けられた。

 

 

 

 

 

 

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