ナティシア ー平凡幼女はハードモードな世界を生きるー   作:かげはし

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35話 平穏は彼女と共に

 

 

 

 

 

 

 

 ルクレスさんとアリスさんが帝国に向かって数日が経つが、いまだに襲撃などは起きず平和であった。ただ俺がたまに話す前世の記憶を頼りにこういうの食べたいっていう提案をして、いろいろと試食をしているからそのうち太るんじゃねえかなって思える程度にはたくさん食事として、たくさんいろんなことをした。

 

 メリア大森林の外周は戦いに慣れたモンスターたちが警備に周りを見回り、内部になるにつれてアルラウネのモンスターたちが木々を成長させつつ異変がないかを確認し合い、そして中心地では人間と子供のモンスターたちや保護者たちが共に暮らしている。

 

 村はもう一つの大きな集落となっていた。モンスターを含めて50人以上の人たちが木材で壁を作り、一部の出入り口を開けてそこでモンスターの仲間たちと交流し合い生活を共にする。

 小熊のモンスターやケット・シーのモンスターと人間の村の子供たちが遊んで、それを見守りながらも建築作業を行ってそれぞれの住む家を建てていく。

 

 襲撃してくる連中もいないし平和だ。

 ああ、凄く平和だ。

 

 

 

「平和だけどなぁ……」

 

 

 早朝。まだ日も出ていない頃に、村から離れた場所をただひたすら歩く。

 果物や野菜が生えている森を抜け、廃墟と化した人間たちが捨てた集落の向こう側まで歩き、高台を目指して歩いて行った。

 

 幼女の身体だから太陽が出るにつれて疲れも出るしお腹もすくからたまに休憩を兼ねて木陰で座って、オーガになった母さんが持ってきてくれた布に包まれたちょっぴり固いパンをかじって食べて、そしてまた出発する。肩から斜めに背負った布の水筒から水を飲んではまた歩く。

 

 高台に着いた時にはようやく昼頃になった時間帯だった。

 小さい脚だから疲れた。でも来て良かった。

 

 

「まだ自由じゃない。でも自由みたいに、いろいろできる」

 

 

 モンスターになった仲間たちのおかげで食料に困らなくなった。疲労がないモンスターたちがいるおかげで建築作業が進んでいた。

 明るさも、賑やかさも―――――全て、犠牲の上に成り立ってる。

 

 

「終わったら全部元通りなんていくわけないよなぁ……ッ!?」

 

 

 

 ガサリッ、という音が耳に入った。

 

 まさに小さくため息をついた瞬間に聞こえてきた後ろから草をかき分けるような音に反射的に警戒し、体勢を整えた。

 高台だから後ろは崖。ぶっちゃけ幼女の俺に逃げることはできない。

 でも死ぬことだって避けたい。

 

 近くに仲間がいるはずだから、そこへ助けに求めよう。

 母さんだって森全体に仲間たちがいるって分かってるから俺を散歩に出しても良いって思ってくれたんだ。

 

 だから大丈夫なはず―――――。

 

 

 

 

「そこで何してるんですの。お姉さま」

 

「……マ、マリー?」

「はいお姉さま。貴方の忠誠なる奴隷のマーガレットですわ」

 

 

 純白のスカートの裾を両手で持ち上げて華麗に礼をするマリーに苦笑する。

 襲撃かと思ったら普通に仲間だったから、マリーの言葉に突っ込む気力さえない。ここまで来るのに疲れだって溜まってるんだから。

 

 

「お姉さま、一人で高台まで来るだなんて危ないですわ」

「そんなことねえよ……ほら、近くに仲間だっているし」

「それでも万が一ってことがあるんですのよ。そうですわお姉さま、何故ここに?」

 

「……それは俺の台詞だよ」

 

 

 マリーから視線を逸らしてただ森全体を見渡す。

 そんな俺にマリーは小さく微笑み、目を細めて口を開いた。

 

 

「……お姉さま、座ってもよろしいかしら?」

「ああどうぞご勝手に」

「ではお姉さま、勝手ついでにわたくしの膝に座っていただけますか?」

「はい?」

「わたくしの膝に座っていただけますか?」

 

 

 いや二度も言うなっつーの!!

 ってか、思わずマリーの方を見たら彼女はいつの間にか俺の真横に座り、その膝をポンポンと叩いて早く座れと仕草で急かす。

 普通なら、子供が大人の膝に座ってはしゃぐような微笑ましい光景になれただろう。

 

 でも俺は中身男だ。精神年齢重ねたらもう成人してんだよ。普通に心は男なんだよ。身体が幼女であろうとも、女としての身体の実感はないから無理なんだっての。

 いくら見た目魅力的な西洋の女性っていう感じのお姉さんでも無理なもんは無理。

 

 

「悪いけど、俺は隣に座るから――――――ちょっ、うぉッ!?」

「良いですから座ってくださいましお姉さま! 地面は冷たいので幼子の身体に堪えますわよ!」

 

 

 いやいやいや!

 明らかにその柔らかくて良い匂いのする膝の上に乗るこそ有り得ねえから!

 

 

「おい離れろ! 俺は隣に座るって言ってるだろ!」

「嫌ですわ! だってわたくし、ずっとずっとずーっと我慢しっぱなしでお姉さまの傍に居られなくてさびしかったんですのよ! 添い寝もお傍にいるという約束も何もかもがずっと放置!! 約束は守らなきゃいけませんわよお姉さま!!」

「いやだから……ってか、添い寝についてはルクレスさんの勝手な約束だし! あれ俺何も言ってねえし!!」

「それでも駄目です! わたくしの抱き枕になっていただきますわよ。お姉さま!」

 

 

 な、なんか凄くご機嫌じゃないかマリーさん?

 俺の服ってぶっちゃけ薄い布で作ったワンピースと短パンだから、ぎゅってされると胸の感触とか凄く伝わってきてちょっと気まずいというかなんというか……。

 むにゅって柔らかいのは分かるけど……ああくそ! 俺一応女だから思考が変になる!

 

 

「うぐぐぐぐ……」

「うふふ……ねえお姉さま、ここから見える世界は、凄く綺麗ですわね」

「ふぇ?」

 

 

 

 俺の複雑な気持ちを知らないマリーは、ただ眩しそうに森を眺めた。

 

 

 

「今までは……ただ血で濡れて、人の欲望で薄汚く染まった場所だと思っていましたわ。でも視点が変われば綺麗に見えるものなんですわね」

「………………マリー」

 

 

 混乱していただけだろう。久々の人の温もりに触れたから微妙に勘違いしただけだ。ああうん、凄く恥ずかしくてマリーの顔が見えないレベルで変な勘違いをした。

 ルクレスさんの人としての身体は作りものだし体温は感じないし、母さんのオーガとしての身体の体温は人とは違う。他のモンスターだってそうだ。だから人の暖かくて柔らかな身体なんて久々だったんだよ!

 ……あーもう! 変な方向に考えるのは止め!!

 

 マリーは普通に子供を抱きしめている感覚で俺の小さな身体をギュッと抱きしめて、頭を何度も撫でながら森の景色を楽しんでいる。

 高台からの景色は絶景とは言えないが……それでも、平和の象徴だった。

 

 空に舞う小鳥達の鳴き声。風がほのかに心地よく、太陽が森全体を照らし出す。

 微かに香ってくる果物の甘い匂いはたぶん内部の森全体に実った果実のものなんだろう。

 

 血のあの鉄臭いモノなんて何も感じない。滴り落ちた内臓の腐った臭いもしない。

 人が泣き叫ぶ悲鳴も聞こえない。たまに耳奥で鳴り響く―――――実験場でのあの光景が嘘のように平和だった。

 

 

 

「……こういう世界が外でも作れたらいいな」

「作れたら……ですの?」

 

「うん。ルクレスさん達と一緒に……マリーとも一緒に、ただ共存して平和に生きたい。殺し合いなんてない世界が一番いい」

 

 

 それこそ前世のように、冒険も何もかもない当たり前の日々を過ごしたい。

 血の臭いはもうこりごりだ。でもこの先そう言ってられない状態が続くんだろう。ルクレスさんが帝国を相手している間にも、俺も次を考えないといけない。

 

 何をやってもいいから、覚えていない時の力を使えるようにならないといけない。

 ルクレスさん達が出発してからずっと練習してたんだ。スキルの使い方を村の人間やモンスターの仲間たちに聞いて、いろいろと試行錯誤を繰り返して練習していた。

 でも無理だった。ランルークさんから直接どんな状態だったのかを聞いても何も解決しなかった。

 

 

「……お姉さま、何か悩み事でもあるんでしょう?」

「まあちょっとな。今の俺は力も何もないから、出来ればその現状を変えたいなって……」

「では、わたくしがその力になりますわ!」

「はい?」

「お姉さま。私はお姉さまの傍にいられるだけで大満足ですのよ。ですから傍にいて、協力できることは何でも力になりますわ。お姉さまが現状を憂いているのでしたら、なんでもやります!」

「なんでも……ねえ……」

「はい! もう何でも言っちゃってくださいまし!!」

 

 

 そう言われるとなんかしなくちゃいけなくなる気がする。マリーはちょっと頭のネジが狂ってる女性だけど、俺の事を想ってくれている気持ちは確かだしなぁ。

 ……ルクレスさんは帝国へ行ってるんだよな。帝国側が敵か否かを確かめるために。

 

 

「なあマリー。お前は宝玉がどこへ来たのか知ってるか?」

「忌々しくも、国家の勇者がドラゴンから奪ったというのは聞きましたわ。その献上品として国王に譲渡し、そこからアレクシア一族の手に渡ったのだとか……それがどうかしましたの?」

 

 

 首を傾けて真上から俺を見下ろすマリーに、俺はただ小さく微笑んで彼女の顔がはっきりと見えるぐらいまで顔を見上げてみせた。その勢いでちょっとマリーの豊満な胸に頭が当たって形がはっきり分かったけれど、もうそれはどうでもいい。

 いやよくないけど今はラッキーとだけ思っておく……うん。

 

 

「あのなマリー。俺は普通の人間だ」

「お姉さま、それは――――」

 

「いいから聞け。俺は普通の幼女で、ただの平凡な人間だったんだ。でも実験を繰り返していくうちに覚えのないスキルに目覚めた。それも俺の記憶がないうちにだ。

 ルクレスさんの話だと俺の口調や態度も変わってたって話だけどさ……だから、それが宝玉の仕業なら、もっとよく知らないといけない」

 

 

 スキルに目覚めているのなら普通は無意識レベルで使えるはずだってランルークさんが言ってた。人間が立って歩くのと同じ感覚で、当たり前のように使い方を覚えているもんだって言ってたんだ。

 だというのに何も使えない。普通の幼女のように蘇生魔術も大回復も何もかも使えない。どうやったのかさえ覚えてない。

 ルクレスさんも俺の異常な状態に気付いて使えなくても良いって励ましてくれた。

 

 でもこのままでいるわけにはいかない。

 だから前に進むために、考えないといけないんだ。

 

 

「マリー。俺はドラゴン方面について調べようと思うんだ。できれば国家へ……母さんたちには内緒で行きたい」

「な、何故ですの? 危険な行為はわたくしも見過ごせませんわ!」

「だからマリーもついて来てくれ。護衛としても……傍にいるっていう約束を守るためにも。なあマリー、俺は皆の役に立ちたいんだよ。今は何もできてないからさ」

 

「っ……お姉さま。ああ、お姉さま」

 

 

 俺がそういうと、何故かマリーは悲しそうな顔で俺をギュッと抱きしめてきやがった。

 

 

 

「……お姉さま。お姉さまは凄く役に立ってますわ。この森の平和を作ったのは誰だと思っていますの?」

「ルクレスさんだろ」

「いいえ! 最初はそうだったとしても――――最終的にはお姉さまが考案し、その通りに動いたじゃありませんか! お姉さまの考えがあってこそ今の平和が成り立っているんですのよ!」

「いやだから、ルクレスさんが俺の考えを聞いて修正をかけてくれたから今があるんだろ。実際に計画が進んで――――それで襲撃が来たときはあたふたしてたじゃねえか。ホームの地下一階の計画だって知らなかったし」

 

「それは……畜生。ルクレスあの下郎!!!」

「うぇッ!? ど、どうしたマリー?」

 

 

 なんか急に舌打ちしだしたんだけど何でルクレスさんの悪口言ってんのこいつ!?

 拗ねてるような表情を浮かべて俺の頭に胸を押し付けてくるのやめてほしいんだけど!?

 

 

「マ、マリー? マリーさん?」

「……別に何でもありませんわ。お姉さまいつか覚悟してくださいまし。わたくしずっとお姉さまの傍におりますので」

 

「お、おう? あー……まあいいけど」

 

 

 まあマリーが変になるようなことなんていつものことだよな。

 ホームに帰ったら即座にベッドで俺を正座待機するのなんていつもの事だし。変な言動もいつものこと。なら気にする必要はない。一応心配してくれたってことだけは受け取っておくけど。

 

 

 

「……とにかく俺はこれからもっと役に立ちたいから、ドラゴンの調査に向かう。……マリー、ついて来てくれ」

「ええもちろん。分かりましたわお姉さま! どこまでもついていきます! ええ今度こそ、必ずお傍に。お約束を果たすために!!」

「お、おう……」

 

 

 ちょっと怖いから止めようかなって思っちまったけど、それ言ったら絶対面倒なことになるよなぁ。

 やっぱりもう少し考えてから発言するべきだったか?

 

 ……いや、まあいいか。

 マリーがこうなったのは俺のせいだしなぁ。

 

 責任ぐらいは取らないとな。

 

 

 

 

 

 

 

 

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