ナティシア ー平凡幼女はハードモードな世界を生きるー 作:かげはし
コノエ帝国。一般的には『帝国』と呼ばれているその国。
国家とは違い、外周が帝国の領土に合わせて楕円形のような壁に覆われているのが特徴の城塞帝国である。といっても、城塞となったのは数十年前の話だったが。
ある大きな災厄を勇者と共に乗り越えて壁を作り上げた帝国は、国家と共に友好かつ同盟関係を結んだ。二つの国はそれぞれが対立するきっかけがない限り敵対をしないというもの。国家は帝国を襲わずただ領土を増やすために他と戦争をし、帝国は他の味方には付かず国家からの脅威を退ける。そういう意味で友好を築いた。
災厄でのアレ以外、脅威となるのは国家だと帝国の王はよく言っていたのを僕は覚えている。だから壁を作り上げたんだ。この数十年の間に。
モンスターに襲われることもなく、一定の出入り口以外からの危険はない。これはもしも国家と戦争をすることになったとしても防御壁として使えるだろう。
だから気掛かりだった。国家とはどこまで協力しているのかを。
「久々ね、ルクレスおじサんのそノ姿」
「そうかい? 僕としては全然そう感じないんだけど」
「実際、数か月ぶりでショ」
「ああ……そうだね……」
感覚はないが、糸によって作り上げた両手を見つめる。
しわくちゃだが少し鍛えられたと分かるごつごつの両手。あの若々しくも固く骨ばった手ではない。
アルメリア達と交流して以降はなるべく若い姿になっていたからこそ分かる差だ。
壁を通り抜けるためにはちゃんとした身分が必要だ。だから若い頃の姿はいけない。
身分が証明できるようにするためにはちゃんとした姿になる必要があった。
顔も身体も――――その見た目が若くない姿にスライムのアリスちゃんは懐かしんでいるのだろう。見えてはいないけれど、おそらく身体の一部分を溶かしつつ嬉しそうにしているのが分かった。
どろどろの液体にも固形にもなれるアリスちゃんにはやってほしいことがあるから、僕の仮初の身体の内側に隠している。
僕の仮初の心臓の部分に、アリスちゃんに入ってもらうのは窮屈だろうけれど必要だから仕方ない。
「いくよアリスちゃん」
「うン」
帝国のある宮廷。その一角にある、王から褒美として与えられた領土。
そこにいるであろう友人のもとへ急ぐ。
宮廷には貴族が多い。僕の事を知っている奴らが多いために素通りしてくれるだろうが、接触して来たら絶対に面倒なことになるだろう。それだけは避けなければ……。
そう思っていたら、ふと横を見ると見知った顔があって立ち止まる。
「……あ?」
「ああ、そこにいたんだね」
歩いている先―――――中庭が見える廊下の外にて木陰で座り込む老人が見えた。
渋い顔をした僕と同い年の老人。眉に皺を寄せ、頬に大きな傷をつけた黒髪に白髪が入り乱れつつ若かりし頃の僕と同じく髪を一つに結んでいる男。
老人と言っても鍛えられている身体は変わらず、いまだに戦士たちを圧倒しそうなほどの雰囲気を漂わせているのが見えた。
そんな彼が、僕を睨みつけながら言う。
「……何でてめえがここにいやがる」
「おや、僕はもともと帝国出身なんだよ。いてもおかしくはないだろう?」
「あぁ? そうじゃねえ。てめえは貴族共を嫌ってんだろうが。ここは宮廷だぞ」
「分かってるよ。それでも来なくちゃいけない理由があったんだ」
「はぁ?」
にっこりと笑いながらも、彼に近づく。廊下から柵の外へ。僕にはもう分からないが、雑草や芝生を靴で踏みつける感触と、周りに咲いている花たちの香りを楽しんだふりをしながらも彼の真ん前へ。
彼は木陰で立ち上がり僕を見下ろしていた。
僕よりも身長が20センチほど高く、老いていても猫背にならず姿勢が良いため威圧感に溢れている。
「元気そうに見えるけれど、身体の調子はいつもより平気なのかい?」
「ハッ。良さそうに見えるんだったらてめえの目は節穴だな」
「あはは……そうだね。君の身体は禁忌によって蝕まれているからね……」
平気そうに見えていても、実際は激痛が身体中を蝕んでいるのだろう。
災厄を退けた結果によって起きた咎。世界が帝国が滅びることを運命と称したのならば、勇者がそれを歪めて世界に喧嘩を売ったようなもの。だから刻まれてしまった禁忌のスキル。
見た目では分かりにくいが、相当無理をしているはずだ。彼を見ていると人間の身体が恋しくなるが……まあいい。
僕が彼にとっての最大の地雷である『禁忌』について発言をしたせいか、怒気が感じられるようになる。
そのせいで胸の内にいるアリスちゃんが震えてしまっているのだけれど……うん、大丈夫。彼女が溢れるほど僕の糸は脆くない。
「……おいルクレス。馬鹿にしたいから来たわけじゃねえだろ。何の目的があってここまで来やがったんだてめえは」
「いろいろあってここまできたんだ」
「ああ? 孫娘はどうした。まさか孫娘を嫁に出すっていう貴族共の願いを叶えるためにここまできやがったのか?」
ああ。その言葉は聞きたくなかった。
だが帝国に来た以上必要なことだ。覚悟は出来ていたことだ。
有り得ないだろうというような顔をしている彼に向かって、もっとありえないことを言う。
「………………家族は死んだよ。僕以外はね」
「なっ――――――」
「僕を友人として思っているのなら頼む。僕が去ってからの現状の帝国について教えてほしい。そして国家との関係性についても教えてくれ」
「ちょっ……おいおいちょっと待て。どういうことだ!? お前が付いていながら死んだって一体なにが……」
「悪いけどその話は止めてくれ。いまは僕の頼みを聞いてほしいんだ」
彼の顔を見上げつつも睨みつける。
怒っているという表情を作る。心を揺さぶられては糸がぶれるから、冷静になれるように対処する。
彼は僕を見て―――――禁忌に犯されていなければ頭を豪快に掻いていたと思えるような嫌そうな顔をした。その表情の意味を知っている。もはや友人を通り越して家族同然の付き合いをしている彼だからこそ分かる。
「てめえはいつも問題事を持ってくるよなクソ相棒が!!」
「ありがとう」
「あぁ? まだ引き受けるようなこと何も言ってねーだろうが!!」
「いいや君は頷くさ。何年の付き合いだと思ってるんだい?」
「ハッ」
彼の嘲笑う顔に、ただただ自嘲する。
いいや、自嘲するようなことはもうできないから、人間であったならば自嘲していたと言った方が良いだろう。
仮初の身体による表情は自嘲とは違って愛想笑いを作っていた。アリスちゃんは何も言わずに傍観してくれているから助かったが……。
さて、始めるか。