ナティシア ー平凡幼女はハードモードな世界を生きるー 作:かげはし
ぼやけた木漏れ日が居心地良く感じる。
だがそこにいるのは俺にとって嫌いなドラゴンだけ。
いつもの夢だ。慣れたくはないけれど、もうこの状況が普通になってしまっている。
それに少しため息をついて、今までの嫌な気持ちを吐き出した。
『何をボーっとしている。辛気臭い顔をするな貴様』
はぁ? 確かにため息ついたけど、俺そんな変な顔してたか?
……いや……まあ、そうか。ちょっと考え事してたからな。辛気臭い顔とかお前に言われたくねえけど。
なあ、忍者ってこの世界にもいるのか?
『何を言っている。頭でもおかしくなったか』
んなわけねーだろうが。断定口調で言うんじゃねーよ。
ただ見たんだよ。煙玉みたいなもの投げて白煙撒き散らして逃げるような忍者っぽい奴がさぁ。まあ口癖で計算上はぁって何度も口にしてたけど……。
煙玉だけじゃねえ。壁隠れの術みたいなのもあった。まあ壁にそっくりな布を使ってただけなんだけどさ。そういう奴っているのかなって思ったんだ。
俺達すごく驚いて不意をつかれてさぁ。俺を抱きかかえて逃げていって―――――。
あれ、その後どうしたんだっけ。
ああっと……うん。夢だからたぶん忘れてるだけかな。
『……フン。忍術などというふざけた名は知らんな。だが道具を使ってスキルを発動させるというのは知っているぞ。私は昔何度も見ていたのでな』
え、珍しい……。
お前急にどうした?
『むっ、なんだその顔は』
いやだってお前が昔について話すとか有り得ねえだろ。宝玉や居場所も何も口にしないくせに、こういうちょっとしたことで自分の情報を話すとか珍しいなって思ってな。
まあ俺の夢だからお前のことなんか興味ねえし、現実では有り得ねえことだろうけど……。夢だからかな。ちょっとだけ気になるんだ。目覚めたらどうでもよくなるだろうけど。
暇つぶしに聞いてやってもいいぞ。どうせ夢だし。
えっと……昔は忍者が多かったのか?
『フハハハッ! なんとも罰当たりな発言をする上に私の言葉を聞いていなかったな小娘が! まあいい、貴様の脳は幼虫以下。普通より劣っているのは知っているからな。二度目はないぞ人間、ちゃんと聞いていろ。
私は忍者など知らんと言ったんだ。ただ知っているのは道具を使ったスキルが昔存在していただけだ』
道具を使ったスキルねえ。
つまり道具を使わなきゃ力は使えなかったってことか?
『ああそうだとも。道具がなければスキルは使えん。それが当たり前の世界だった』
ふーん……。
じゃあ進化はちゃんとしていってるんだな俺達。というか、文明発展というか、スキル発展?
『むっ。それはどういう意味だ』
いやだからさぁ。昔の人は道具を使わないとスキルなんて使えなかったんだろう?
でも今は道具がなくてもスキルは使えてる。つまり便利になって来たってことだ。
まあ俺はスキルなんて使ったことねえけど……。
人間は進化してるから、スキルもちゃんと道具なしで使えてるって話を聞いてて思ったんだ。
『フ……ハハハハハハハハッ!!! そうかそうか。貴様はそれを進化と呼ぶのだな! 道具なしでも力を使えるようになった現象全てを、進化だと! 貴様はそう解釈するのだな!』
おいなんだよ急にそんな言い方……。
なんか気になるんだけどさぁ、お前から見るとそうじゃねえってわけ?
『当たり前だろう。貴様ら人間はあの時代―――――
はいっ?
え、つまり退化って……何かを通してしか力を使えないってどういうことだよ。
じゃあ忍者はどうなんだ?
『さてな。その忍者とやらに宝玉の力を試してみるか? 我が宝玉の力も昔とは違う。あの世界、あの時代を生きた人間であるならば獣に堕ちずに人として耐えきることができるであろうよ』
……お前さ。ちょっとふざけんなよ。
宝玉について話してなかったくせに、こんな時に話しやがって……。
今と昔ってどういうことだよ。宝玉で母さんたちの身体は元に戻るのか?
なあお前、今どこに居るんだ?
『それは貴様がよく知っているだろう』
嘲笑うドラゴンの声が急に遠くなっていく。
木漏れ日の太陽が眩しく感じる。
嫌な気持ちのまま夢から覚めるんだと自覚した。その瞬間が一番嫌いだった。
■
目を開けるとそこは木造のよく分からない場所。
湿った空気が気味悪く、蝋燭の明かりが部屋の薄暗さを照らしているというのに不気味な雰囲気を増している。
周りを観察してみるが、誰もいないようだった。薄い布を身体にかぶせて、固いベッドに寝かされているだけだが……。
「知らない天井だ……」
こんな言葉を吐くだなんて思いもしなかったぞクソが。
ぐるぐると記憶を辿ってどうなったのかを考える。
つまりあれだ。俺は捕まって気絶し、その後ここへ連れて来られたんだろう。
母さんたちはどうなった。マリーが追いかけてきたのは覚えているが、あれからどうなった?
俺を捕まえたのは何か理由があるのか。……一体、どうするつもりなんだろうか。
まさかまた、俺を使って実験でもするつもりなんじゃ――――――――。
「ッ……」
ギィィ……という扉が開かれる音が聞こえる。
音を立てないように静かに開けようとしているが、古い扉なせいか不気味な音を奏でて誰かが来ると知らせてくれる。
思わずベッドの下に隠れようかと思ったが、もう時間がない。
薄い生地の布を掴んで、ただ目の前の大きな影に向かって、ベッドから飛び上がって噛みつく―――――!!
「うぉっ! いだだだだだだっ!! 何だぁ!?」
目の前の頭に噛みついて、思いっきり髪を引っ張ってハゲになってしまえと思いながら抵抗する。
男は俺の首根っこを掴んで離そうとしているが、そんなもんに負けるつもりはない。隙があったら逃げて……ああクソッ!!
男の後ろからまた誰かがやってくる。これじゃあ逃げられる気がしない……!!
「あらあら、お肉と間違われてるんじゃないの?」
「ふむ、計算上それが妥当か……」
「だれが食用肉だごらぁ!! おいガキ! 俺は肉じゃねえ噛みつくのをやめろ!!」
「むぐぐっ……!」
何か力を使ったんだろうか。
急に男の身体が青く光ったことに驚いて口を離してしまう。
その瞬間、今までの抵抗とは比べ物にならないほどの力で引っ張られそのままぶん投げられて―――。
「うぁ……!?」
「こら、女の子を投げるだなんて乱暴なことをしないの! 大丈夫お嬢ちゃん? 痛いところない? ごめんなさいねあのお兄さん乱暴だから……」
ぶん投げられた先にいたのは、オカマのおっさんだった。
腰をくねらせながらも俺をキャッチし、頬ずりされんのはちょっと嫌なんですけど……!!?
「泣いてない……というより、驚いちゃってるのね。ほら謝りなさいよ」
「あぁ? 誰が謝るもんか」
「あら大人げないわねー。子供相手に本気になるだなんて」
「まさに女にモテない原因そのものだな」
「うるせー!! ガキに噛みつかれたんだぞハゲになったらどうしてくれる!?」
「あらいいんじゃない? ある意味注目されるわ」
「ああそうだな。計算上では一部分がハゲたらある意味注目されるぞ」
「お前ら……ある意味ってそれ悪い意味だろーが!!」
プルプルと怒りで身体を震わせている俺が噛みついた男にちょっとだけ罪悪感が出た。
なんか敵対されてる……というよりは、普通の子供の用に接してくれながらも、頭を撫でてしきりに心配してくれているような感じだ。
だが彼らは俺を捕まえて連れてきた奴等。警戒心を解くつもりはない。ただどうして連れてきたのかが分からないだけ。
意味が分からない事態は不安しか残らない。
だから考えろ。考えて行動するんだ。
「お嬢ちゃん。ちょっと聞きたいんだけど良いかしら?」
「……ん」
オカマが俺を地面へ優しく降ろして頭を撫でながら言う。
その声は母親のように優しく、慈悲に満ち溢れている。心配そうな表情。まるで野盗に襲われた女性を心配し同情するような目線だ。
何を聞かれるのか。聞かれたとしても絶対に答えないように覚悟を決める。優しげな男をただ睨みつけて、口を固く閉じて警戒する。
男は俺の様子を見て苦笑しながらも質問してきた。
「あなた、あの犯罪者に攫われて捕まっていたのよね?」
「………………はい?」
え、何言ってんのこの人。
戸惑い気味に首を傾けたというのに、男は悲しそうに表情を歪ませた。
「ああやっぱり! もう大丈夫よお姉ちゃんたちが無事に保護したもの。これからあの女を捕まえに行くし、もう嫌なことなんて何もないのよ!」
いやそういう意味での『はい』じゃねえよ! 肯定してるわけじゃねえよ!!
犯罪者って誰の事だ。こいつらから見れば俺はマリーと一緒にいた。一度助けに入った母さんたちの事を指すのだとしたら、モンスターたちだって言うはずだ。
でもそう言わなかった。ただ犯罪者と呼んだ。
それはつまり……すなわち、マリーの事を言ってるのか?
「計算上我らは協力者を雇う必要があるが、無問題に解決するだろう。もう不安になることはない」
「ケッ……まあそういうことだよクソガキ。あのマーガレット・ナティシアはこの俺達が捕まえてやる! てめえは俺達に最大の感謝しつつこれからの未来を生きるんだな!」
「あらやだ素直じゃないわね。やめなさいよそんな乱暴な言い方。子供が泣くわよ! 大丈夫よお嬢ちゃん。彼は素直じゃないだけであなたの事を一番心配していたんだからね!」
「うるせえよくそじじい!」
「誰が爺よこの童貞!! オネエと呼びなさい!!」
「うるせー!!」
仲良く喧嘩している二人と、それを仲裁する一人の男を見ながらも考える。
マーガレット・ナティシアの名前を言った。つまり犯罪者はマリーということだ。
……そういえば、とふと思う。
俺はマリーの事をよく知らない。あいつの故郷についてはここに来るまでの間に分かったけれど、それ以外は知らない。
ただ対モンスター防御兵器ということ。俺を何故か気に入っている事。それぐらいしか知らない。
それに他の仲間たちだってそうだ。表面上の事しか知らない。彼らは何が嫌いで好きなのか、どんな生き方をしてきたのか。知らないことが多い。
仲間だと思って慢心していた。男たちが犯罪者とマリーを呼んでいたのは人違いだと思っていたけれど、名前を呼んだということは確定したも同然だからこそショックだった。
歩み寄る前に、すでに遠ざかっていた。まだ俺は何も分かってなかった。
ルクレスさんの言われるがままに行動していたツケがいまここで来たように思えた。
俺は自分で動いたんじゃなく、周りに流されて行動していたんだ。何かを成功したら俺がやれたんだって思えたけれど、やっぱり俺は何もできちゃいない。
ルクレスさん達がいないと何もできない。分かってない。
ぐるぐると無表情のまま顔を俯かせ考えている俺に対して、何を勘違いしたのか……。
あの忍者のスキルを使った男が、俺の頭の上に手をポンッと置いた。
「これからの事を心配しているというのなら案ずるな。お前は教会に引き取ってもらうが……そこは計算をしなくても安全な場所だ。犯罪者もモンスターもやって来ない……とても良い居心地のする場所だ」
「……きょう、かい?」
「ああそうだ。町の中にある教会だ」
実験はされないのならいいけれど、でもやっぱり不安だ。
マリーの事も何も知らない。仲間たちのことも何も知らない。
今はただ、マリーたちに会いたかった。
犯罪者とか言ってるこいつらよりも、仲間たちに会いたかった。