ナティシア ー平凡幼女はハードモードな世界を生きるー 作:かげはし
身体が痛い。心が痛い。死んでしまいたい。
壊れたような感覚。痛みがぶり返す。これは久々の感覚だ。
何かが壊れて、何かが暴れようとしている。細胞一つ一つの全てがここから逃げたいと暴れている。
忘れてはいけない過去を思い出す。
思い出したくないあの時の惨状を、思い出す。
私が死んで、切り裂かれて粉々にされて、そしてわたくしが生まれて――――今がある。
幸福な今を消し去った存在を許しはしない。わたくしの不注意で起きてしまった不始末は、終わらせてから殺せばいい。ああ、わたくしという存在を消せばそれで終わる。
でも今はただ、お姉さまの為に動かなければ。
「ああ、ああ……お姉さま……」
心臓がある左胸部分を手でギュッと――――それはもう痛いほど押さえつけて跳ねる痛みを我慢する。
「何で……なんでですの?」
わたくしが呟いた声は、他人から聞けば寂しげに響いていたことでしょう。
壁には何かで切り裂かれ、何かがぶつかったような跡が残る。
所々に血が滴り落ち、抉れた地面から何かの肉片が落ちているのが見える。
ただ歩いているだけなのに、わたくしの何かが疼く。何かが動く。
腹の奥底。眼球の裏側。そして心臓。
疼く感覚は嫌いだ。わたくしの心を弄ぶこの感覚は嫌だ。
「わたくしは……」
不意に真下の地面付近を見た。真下はわたくしの胸が邪魔をして見ることは出来ない。だがそれより少し前は見える。
そこに映るのは、血の池。
赤黒く染まったその液体全て誰のものなのか分からない。通りかかった人かもしれない。無害な人がわたくしの前に現れてしまったのかもしれない。
ああ、わたくしはもう止めることができない。わたくしの心を止めることはできない。
血の池に映るわたくしの目には生気のような輝きが消え、その瞳の奥は黒く濁っているように感じた。
「わたくしは私ワタシわたくしはわたしは……」
身体から意思が消える。否、意思を自ら投げ出して本能のままに従う。
そうすれば何かが見つかるかもしれないから。ただそのまま動く。動く。殺す。
何かを叩き、殴り、蹴り飛ばす。
これは本能。
わたくしの魂の奥底に眠っている生きる意味。細胞の中に眠っている情報が呼び起されて、獣のように動く。モンスターではないのに、モンスターのように動く。
一つの何かを守り抜くための、ただの■■の成り損ない。
「お姉さま」
ただの、禁忌。
■
現状をどうにかして打破したいところ。
でもある意味ここにきてラッキーだったかもしれない。教会というところはある意味子供達を育てていく施設だということが分かったのは良かった。
まあ俺が犯罪者と認定されたマリーに攫われた不幸な幼女であると勝手に誤解されていることと、俺がそこへ預けられてしまうことまでは微妙だが……。
教会の中はとても綺麗な聖堂で出来ていた。
西洋のゲームで出てきそうな大きな教会。町の中にこんな場所があるだなんて思いもしなかった神聖そうな場所。
その奥の椅子に座らされて、あの勝手に誤解した愉快な三人が教会のシスターと話をしている。
話を聞く限りこの教会は死にかけている人を助け、捨てられている子供たちを救い、怪我を無償で治療し食事を届ける善意の塊。
俺から見ればある意味偽善だろう。国と繋がっているのは確実。この立派な聖堂の状況から見て、金を多く着服し、派手に使っているんじゃねえかってことぐらい分かるしな……。
まあそれが真実かは分からないが。もしかしたら助けてくれた人が勝手に教会を立派にした可能性も残ってるし。今はどうするかを考えよう。
教会のシスターに対して、あの男たちが俺について説明している今の状況をどう打破するのかを。
「まあそういうことなんですよ。あとは頼みます」
「あらあら、それはとてもお辛かったでしょうねぇ。ええ、私達に任せて」
「それは良かった! ところで今度一緒にお茶でもいかが―――」
にこやかに笑った乱暴な男の首根っこを、他の2人が掴んで出口まで引っ張っていく。
呆れた顔をしながらもどこか仲良く会話をしつつ……。
「ほぉーら行くわよ! あのマーガレットって犯罪者を捕まえなきゃいけないんだから!!」
「行くぞ。計算上まだ奴は町の中にいる」
「だぁぁ! ちょっとぐらい良いだろうが!!」
「良いわけないでしょうがこの馬鹿!!」
「うるせえ爺!」
「誰が爺よ今度それいったら問答無用でアンタのお尻を開通させてやるから!!」
「何を言ってるんだ。計算しなくとも尻はとっくに開通済みだろう」
「あらそういう意味じゃないわよ」
「てめえら好き勝手言ってんじゃねーぞゴラァ!!!」
騒がしく出て行った三人に引き攣った笑みが浮かんだ。
ってかあいつらコント集団かよ。そう言えば静かな時なんてずっとなかったな。あいつら騒がしすぎて騒音かってぐらい会話しまくってたなぁ……。
……さて、これからどうするかな。
教会から出ることは確定だ。マリーのこともあるし、町にいるのも危険。それに母さんたちが何時まで経っても帰らない俺を心配するだろうし、他にも帰ったらいろいろとやりたいことがある。
だから早く帰りたい。そう考えて前を見た。
前を見て、その異様な光景に息が詰まった。
「うふふ、可愛いひよっこ赤毛ちゃんにこんなのはどうかしらぁ?」
「ひっ……」
何故かその手には、縄と首輪があった。
純白のシスターが、腹黒く笑ったような気がした。