ナティシア ー平凡幼女はハードモードな世界を生きるー 作:かげはし
王に近い存在。
あの災害を退けた帝国をまとめる中枢に位置する人。その者との話を勇者となった友から取り次いでもらうことで会えた人物。
通常の状況であれば会えないだろう存在だ。僕でさえ会うことはもうないと思っていた。
簡単にとは言えないが、会うことができたその意味を僕は知っている。
「久々だな。ルクレス」
「ええ、ご健勝のようで何よりです」
「ふっ……」
微かに笑った表情には疲れが滲み出ているように感じた。
皺も深くなった。白髪も増えて、小さなため息ばかりが目立つようになった。
プレッシャーが半端ないのだろう。帝国の王とは名ばかりの、ただの管理者となったあの方とは違って、失敗をすれば責任重大である立場についた人間だ。
「国家から選択を迫られているのですね。いまだに」
「……ルクレス、そんな昔からの話をするために来たんじゃないだろう」
「申し訳ありません。出過ぎた真似を致しました」
「いいや許そう。君の判断は正しいことが多い。だが正しいことが全てとは言えないんだ。分かってくれ」
「はい」
昔からのやり取りを終えて、小さく酒を飲んだふりをする。本当に飲むことは避けて、地道に液体を吸収し無害に消火させるアリスちゃんへと移動させつつにっこりと彼を見た。
ただ一つだけ確かめることがあったから、一滴だけ口の糸から本体へ移動させ、その液体を舐める。
毒反応はない。自白剤などを入れられた感覚もない。それはつまり裏を暴くために僕をここへ呼んでくれたわけじゃない。
本当に善意で呼んでくれたのかもしれない。まだ確定したわけじゃないが。
「……帝国を捨てて、メリア大森林に移り住んだはずだろう。それなのに君は久々に故郷へ来た。かつての勇者に私と会うように仕向けた意味を教えてくれ。君は私達を陥れるためにここへ来たわけじゃない。そこまで馬鹿じゃないはずだろう?」
「ええ、もちろんですとも」
表情を糸で動かしにっこりと笑うように見せる。
「帝国を独立させたいとは思いませんか?」
「……聞かなかったことにしておこうか」
「いいえ、聞いてもらいます。これは帝国の……僕の故郷として思う気持ちのままに伝えているのですよ、伯爵殿」
「その言い方は好きじゃない。それと冗談もだ。ルクレスよ、あまり私を苛立たせるな……お前は何を言っているのか分かっているのか? あの王と私以外の貴族たちに反逆せよと言っているようなものだぞ!」
「いいえ、いいえ違います。僕が言いたいのはそうではありません。伯爵殿」
「事実言っているようなものだろう! この帝国が国家の栄養分とされていることに対して、反旗を翻し独立を宣言せよ。戦争せよというようなものだ!!」
「伯爵殿……」
「あのような人外の連中を手にした奴等相手に敵うわけがないだろう! 少しは言葉を選べルクレス。君には失望したぞ!」
ああ、その言葉が聞きたかった。
「伯爵殿―――――――――国家がドラゴンの宝を奪いそれを残虐な意味で利用していると知っているんですね?」
「っ!?」
余計なことを言ってしまったというような顔になった素直な伯爵殿に内心で笑う。もともとそうじゃないかとは思っていたんだ。彼の言葉で全てが解決した。
僕の考えはあっていた。
「伯爵殿。このままではいずれこの帝国は全て実験に活用されて滅びます」
「な、何のことかね?」
「素直な反応をしてくださるのはありがたいのですが、僕としては答えが聞きたい。今のままでいいんですか。帝国はあの災害で死んだ方がマシだったと言われたいのですか?」
「っ―――――だから言っているだろう。その言い方は止めろと」
眉をひそめる男に対して、何でもないように言う。
「僕の家族は皆死にました」
「はっ…………待て。……待て、ルクレスよ。今何と言った?」
「僕は全て失ったと言ったんです。国家によって、実験で全て消えた」
「はっ……はははははっ! なるほどなるほどそういうことか! これは傑作だなぁ! かのルクレス・ナティシアは復讐の為に私達を動かそうというわけか! その為に私を騙そうとしているんだなそうなんだな!?」
「いいえ違います。復讐の為じゃない。これは帝国の為ですよ」
「何を言うか騙されるつもりはないぞルクレスよ! あまり私を甘く見ない方が良い!」
「ならば何故あなたは現状を理解しようとしていないのですか! メリア大森林の惨状を知っているはずっでしょう! 帝国の領土を実験場代わりにしている国家に対して、何もしないおつもりか!!」
「そ、それはだな……私の権限ではないのでな……」
「……王ですか」
ため息を吐きたくなったが我慢し、考える。
帝国の国は王が血筋というだけで選ばれているのが当たり前だ。王は最初は素晴らしい采配をなさる人だったと聞いた。だが今の王は目の前の甘い汁をすするだけで満足し、その後に起きるであろう地獄に、現状の裏側の真実に気づいていない。
忠告をした良識ある人達を国外追放し、国家の言いなりになっているだけの現状。
一般人であれば誰も知らないはずの帝国の状況を変えようとしているのが伯爵殿だった。
「伯爵殿はいつも言っていたはずでしょう。現状を変えてみせると。災害のあの後に、腐った世の中を変えてやりたいと! 今がその時なんですよ!! このままじゃ帝国は死ぬ。皆が死んでしまう! それを救えるのは貴方しかいない! その為に動かずして何が伯爵か!!」
「……ルクレス」
男はただ小さく歯をぎりっと噛んだ。
「ルクレス、一つ聞きたいことがあるんだがいいかな」
「質問によりますが」
「ふむ。……君は帝国の勇者と同じく
その言葉に、ただにっこりと微笑んだ。
■
ギリギリと何かが鳴る。
何かが喘いでるような声。俺ではなく、他の声が近くで聞こえる。というか真正面で聞こえてくる。
俺が座っている真正面で起きている惨状に、目を逸らして現実逃避をしたかった。
無理だけど……。この現状を見ないふりとかぜんっぜん無理ですけど!?
「あらあらそうだったのねぇー。それは大変だわ」
「はぁ。まあそうなんですよ……」
「実験体にされて、身も心も犯されてしまうだなんて。大変だったのね赤毛ちゃん」
「いや俺アルメリア・ナティシアっていうんですけど……」
「こら、可愛い女の子は可愛らしい喋り方をしないと駄目よ? シスターとの約束はちゃんと守りましょうね?」
「はぁ……えっと、それで俺ずっとこのままっすか?」
「乱暴な言葉遣いはしない!!!」
ピシャリと鞭が鳴る。それにあたって「あふんっ」と喘ぐ人間がいる。
シスターとは思えない強い目線が俺を睨みつけて思わず両肩が跳ね上がった。
「ひっ……すいませんシスター!」
「もっと舌っ足らずに、可愛らしく!」
「す、すいましぇん。しすたー!」
「わざとらしいわよ赤毛ちゃん。そんなんじゃあ女王にはなれないわよ!」
「女王になれなくてもいいです!! というか止めてあげてください! お兄さん可哀そう!」
そう、俺がいる場所は地下牢。何故かそこで俺は壁に繋いだ首輪をつけられ強制的に座らされている。何故なのかは分からない。身体が震えるが、それは目の前のアレなせいだと思いたい。
俺の目の前―――――シスターが足で踏んづけつつ鞭で叩いているのは男。男というか、教会とは全く関係なさそうなちょっと豪華な服を着ている人。幼女の前でSMプレイとかすげえイカれてるよなこのシスター。
それ言ったら俺の方が鞭で叩かれそうだ。絶対に言うのは止めよう。
「うふふふふっ。赤毛ちゃんは今何を考えていたのかなぁー?」
「ヒッ――――た、ただお兄さんが可哀そうと思ってました!」
「ああいいのよぉ。赤毛ちゃんたら優しいのね。この汚い金しか使わない脳のない塵を憐れむだなんて」
「ご、ごみ?」
「ええそうよ。それでこれは記念すべき第一歩よ。でも塵なんて気にしないで?」
「いやでも……」
「ねえ、赤毛ちゃん、もっともっといーっぱいお話しましょうよぉ。国家の薄汚い塵とか塵とかね?」
「は、はい……?」
鞭がピシャリと鳴らされた。
それと同時に地面に這いつくばる男の喜んだ声が聞こえてきた。
いやもう……まじでなんなのコレ……シスターさんめっちゃ怖いんですけど……。