ナティシア ー平凡幼女はハードモードな世界を生きるー 作:かげはし
教会の地下から地上へ出ていく。
あの塵と呼ばれた男はそのまま放置し、マリーの元まで急いで向かう。
合流したらすぐに情報を持って大森林の村にある仲間たちの方へ向かってもらおうかと思っていた。
マリーならば、合流したらすぐに泣くかもしれない。
無事でしたかお姉さま! とか何とか叫んで、そのまま傍にいたいというかもしれない。だからその時は母さんたちに頼んでもらおうかとか、いろいろと考えていたんだ。
町の様子は変わらずと言いたかった。
だがいつもと変わらないはずの景色の中に浮かび上がるは赤色。
マリーと出会った頃の狂気を思い出すほどの、滴り落ちる鉄臭さと壁や地面に染みついた臓物。
町の人間が何も知らずに出歩いて、ふとした瞬間に出会ってしまった害悪に蹂躙されているような錯覚を覚えた。
狂気が見えたのは一瞬。それ以外は全て隠される。
ただすべてを確認する前に、俺をただの幼子と判断したシスターによって目を塞がれてしまった。
「な、なん……なんだよあんたは!?」
「どうしてこのようなことをする! 無関係の人まで巻き込むだなんて……ひ、ひぃっ!?」
「おい! 重傷の者は下がれ!! ぐ、ぐおっ……!」
――――――様々な人の声が聞こえてくる。
それらすべては戸惑いと恐怖と悲鳴が不協和音となって響き渡っていた。
数なんて数えきれないほどの音がする。
何かを引きちぎるような音。貫いたような音。骨が軋んで、砕き壊れていく音。
何が起きているのか見たわけではない。
でも、誰が起こしているのかは分かる。
何をしているのかも理解できる。だから動こうとして――――その足を止められた。
「行っては駄目よ赤毛ちゃん。彼女は正気を失ってる」
「で、でも……!」
飛び出しそうになる衝動に、シスターが俺の身体ごと押さえてくる。
歯を食いしばった。ただ情けない自分に苛立った。
マリーの様子がおかしい。出会った頃のようになっている。
それはなぜ起きた? どうして彼女は殺戮を始めた?
なんでこうなったんだ?
俺はただ、冒険者に捕まって攫われて、それでシスターの話を聞いていた。それだけだ。
だがマリーはどうだった?
目の前で連れ去られた俺を見てどう思った?
これは俺のせいだ。
あの先にいるはずだ。あいつは絶対にいるんだ。
何でこんな状況になっているのかさえ分からないけれど。何で人間たちが殺され重傷になり、そして戦っているのかは分からないけれど、あそこに必ずマリーがいるはずなんだ。
俺を探して、戦っているんだ。
前へ出ようとした俺を後ろへ下がらせていく。
シスターが俺を抱き上げて、そのまま壁沿いへ避難していく。
俺がもっと大人だったらすぐにでもマリーの傍に行けたのに。前世での姿だったなら……シスターの制止を振り切って行くことが出来たはずなのに!
「シスター。このまま放っておけない。俺が攫われたって誤解して……いやある意味合ってるけれど、俺を探しているだけなんだ。人間たちを殺しているのも……たぶん、戦ってるせいだから……!」
「現実を見なさい。ああ、いいえ……見るのは駄目ね。幼い子供に見せられるものじゃない。でもそれをマリーさんはやっているんでしょう? ああ……あのまま町から抜け出さなくて正解だった」
シスターの声が最後は低く感じられた。
あの狂気を起こしているマリーを、マーガレットとして見定めているということなのだろうか。
―――――――敵として、見ているのか。
いやでも、今の声は俺に向けて言っているような気もした。
「シスター。マリーは普通こんなことをするような性格じゃない! 寂しがり屋で俺達と同じ被害者なんだ。彼女は普通の人間で、殺戮を楽しむような奴じゃない!!」
「分かってるわ、赤毛ちゃん」
「だから―――――――えっ?」
何故か、視界を隠されたまま優しげに抱きしめてくる。
血の臭いなど感じさせぬとでもいうかのように、シスターから感じる花の良い香りに包まれる。
未だに悲鳴は聞こえているけれど、シスターの声だけははっきりと聞こえた。
「私はシスターですもの。人を見る目はあるの。だから、あのマリーという女性が殺戮を楽しむような人じゃないのは分かるわ」
「……じゃあ」
「であるからこそ、この状況は大問題よ。狂気に満ちた殺戮。貴方を探しているように見えて戦いを楽しんでいるような、命を食い散らかしているような行動は見過ごせない」
「ちょっと待て。それはどういう意味で言って……」
「ああそうだわ。さっきも言ったけれど、赤毛ちゃん男口調が癖になってるからこういう時でも女の子らしくしなきゃ駄目よ」
「今はそんな状況じゃねえだろうが!!」
言っている意味が矛盾しているように感じた。
というよりも、からかってる?
早くマリーを仲間として止めて、何でこんなことをしたのかを聞かなきゃいけなくて……。
「赤毛ちゃんは、命を尊く感じてはいないのね」
「……えっ?」
「マリーちゃんの事しか頭にないのかしら? 彼らが町の人間を守り、救い出そうとしている冒険者たちの命が狩られることに何も感じない? 血の臭いと悲鳴で子供はすぐ泣いてしまうものだけれど……うふふ。
赤毛ちゃんの中に、一体何が隠れているのかしら」
「えっと、何を言って……」
隠された視界が開けた。
その代わりにと俺の両頬をシスターが手で押さえ、その向きを固定する。
マリーたちの方向にではなく、彼女自身の顔へ。
キラキラと輝く瞳が俺を魂の底まで見定めようとする。そんな意思を感じ取る。
「普通は泣くものよ。子供は怯えて助けを求めるものよ。貴方は一人で戦おうとしなくてもいいの。血に怯えて守られる生き物で当然なの。それが普通じゃない。あなたもマリーちゃんも、普通ではいられない状況にいたのね……」
「あの……シスター?」
「…………赤毛ちゃんは、マリーちゃんを助けたいのよね?」
「う、うん」
「なんでこうなったのか分かってるかしら?」
「い、いや……分からないけれど……えっと、シスター? 急にどうしたんだ?」
首を傾けてシスターを見る。
視界を固定し掴まれているために、悲鳴と狂乱を止めようと思っても身体は動かない。
それにシスターの瞳から逃げれるような気がしない。
俺を見つめる目は真剣で確固とした意思を感じさせる。魂の輝きとでもいうのだろうか。それが揺らがない瞳に魅入られる。
「本当は聞くつもりはなかったけれど、気が変わったわ。これが終わったら全て話してもらう。
禁忌なんて罪深いものを背負わされるほどの事を行った国家にも嫌気がさした。幼子が人の死を見ても何も感じない世の中に憎しみさえ感じるわ」
「……禁忌って?」
「禁忌。世界が定めた十三の冒涜。どれなのかははっきりと分からないけれど……十三の禁忌のうち一つを彼女は背負わされている。シスターだから分かるわ。今の彼女はね、禁忌に堕ちている。狂気に狂い、命を食い散らかす存在に陥っているのよ」
そう言った彼女に愕然とした。それと同時に、安心した。
禁忌というものについてはよく知らないが、言葉だけでも恐ろしいものだとは分かる。
今のマリーが何のためらいもなく人を殺しているのには理由がある。
ただ、やはり悲しいという事実もあった。
ルクレスさん達と同じだ。マーガレット・ナティシアが犯罪者だと言われているのを知らなかった時に感じた感情と同じだ。
ただ、仲間だからこそ。
マリーが隠しているすべてを知りたいと思えたんだ。
「シスター、彼女を止めたい。マリーと話がしたい……だから協力してくれ、お願いだ」
「…………うふふ、もちろんよ赤毛ちゃん。子供の願いを聞くのは当然。私はシスターですもの。神に祈りを捧げる前に、やるべきことをしてあげなくちゃね」