ナティシア ー平凡幼女はハードモードな世界を生きるー 作:かげはし
とある国では彼のことを勇者と呼ぶ。
とある国では彼のことを悪人と呼ぶ。
そのどちらも、彼にとっての答えだった。
彼は英雄だ。しかし人殺しでもあったのだ。
嫉妬の禁忌は、模倣スキル……ある意味、ラーニングスキルと言った方が良いだろうか。人が所持しており使うことができる様々なスキルを簡単に成し得る力を持つという。全く同じ力を使えるというよりは、自分の好きに使えると言った方が良いみたいだ。つまりデメリットは抜きにしてメリットのみを選ぶことができる。
雷魔法のスキルを所持している人間がいるとして、それを禁忌の力で模倣すれば完璧に雷魔法を使うことができる。通常ならば魔法を使うためのスキルを所持するために職業スキルが一定で必要になるらしいが、それを飛び越えて使えるようになるし、一度覚えたらまた使うことが可能になる。
必要なのは観察と集中力。そして俺のために使うという意思。
「……マリー。俺と出会う前までは……その禁忌の力は使えなかったのか?」
「………………使うことは出来ましたわ。ですが、他人のためにではなく自分の為に使えば激痛と寿命を縮める原因となってしまいます。ですからわたくしは使ったことはありませんでした」
「まあそれが普通よね……。赤毛ちゃんはまだ幼いから知らないでしょうけど……禁忌は罪深き人が背負わなければならない業でもあり。契約した証でもあるのよ」
「……契約した証?」
首を傾ければ、シスターは微笑む。
「世のため人の為に生きて罪を晴らせという呪いよ。寿命の短ささえなければ禁忌の力は通常とは違って巨大な力に成りえるわ。でもそれを自分のためにではなく他人の為に使って欲しいっていう神の意思かもしれない……っていうのがシスターとしての意見」
「……シスターとしての? 他にもあるのか?」
「そうねぇ……禁忌がどうして発生するのか、まだ条件が分かってないもの。例えばかつて大昔に大量殺人鬼だった人は禁忌スキルを所持していないにもかかわらず、その罪人を処罰するための国家の処刑人が発現した。無罪が禁忌を背負い、有罪が禁忌を背負わず。……説はもろもろあるけれど、それを実証できるものはいないの
でもこれだけは言えるわ。禁忌の罪は国家にとって大罪も同意義なのよ。あの屑の帝国は違うみたいだけれど、国家は禁忌を罪人と見て処理しようとしている」
思わずマリーの背中に手を寄せてギュッと服を握りしめた。だが彼女はただ俯いたまま俺の肩に顔を寄せてどんな表情をしているのか見せようとしない。
先ほどあれだけシスターを警戒し睨みつけていたというのに、禁忌の話になった途端少しずつ何かを恐れてシスターから背を向けて後ろにいた俺に抱きしめてきたんだ。
だから分かる。彼女は何かを恐れているんだと。
「マリー。なあ聞きたいんだ。何で禁忌を持っているんだ? お前が大罪を背負っているようには見えないから教えてほしい。駄目か?」
「……お姉さま。お姉さまはわたくしを嫌いますか? わたくしの事を恐れて、嫌って、離れちゃうだなんてことないですわよね?」
「当たり前だろ。いろんなことがあったけれど……一緒にいるよ」
恐れているのは俺がマリーから離れることだろうか。それは絶対にないと頷き俯く彼女の頬にすり寄る。
ぎゅっと愛おしそうに抱かれるのはちょっとだけ照れるけれど、まあ嫌うよりはいい。殺気を持たれて殺されたり実験台にされるよりずっといい。
そう願ってマリーに再度問いかければ、彼女はおずおずと口を開いた。
「きっかけは戦争でしたわ。国家との戦争。血を血で争うような戦い。わたくし達は本を守り、知恵を奪われぬように努めてきましたが……あの勇者が……」
「勇者?」
「たぶんあれねマリーちゃん。国家を救うために生まれたと予言しその通りに動く勇者のことかしら?」
シスターの声にちょっと気になることがあったがそれは何も言わずに口を閉ざして話を聞く。
マリーはただ小さく頷いた。
「はい。あの時、逃げゆくわたくしの腕を掴んだ勇者が言ったのです。『知ってはならぬことを知ろうとするだなんてなんと罪深き行動か』と……」
「…………ん? 待て、それで禁忌が発動したっていうことか?」
「はい。勇者の一言で胸が避けるような痛みを発して……それでその後捕虜として捕えられてお姉さまたちが来る前のあの場所へ移動され、散々利用されてきましたわ。禁忌でさえも、奴らは良い実験材料だと思ったのでしょうね……」
何というか。言葉の端々に見える嫌な想像がつく。
勇者と言ったが、本当にそれは勇者だったのだろうか。禁忌に関しては偶然だったらそれでいいかもしれない。
だが捕まえて捕虜にした時点でダメだ。人を傷つけ実験材料とした時点で俺達の敵だ。勇者じゃない、俺達の復讐対象しかない。
「……シスター。勇者って誰のこと?」
「勇者アレックス・ナティシア。かつて大予言があった時に滅ぼされる世界を救う勇者と言われている男の子よ。名前はその時予言されていなかったのだけれど、見た目も特徴も、人間が得られないスキルを所持していたから分かったの」
「男の子?」
「ええそう。赤毛ちゃんより年上で16歳ぐらいの子供よ」
それはもう男の子というより少年と言った方が良いんじゃないだろうか。いやシスターの実年齢によっては子供に見えなくもないけれど――――――。
「赤毛ちゃん? 何かいやーなこと考えてなかった?」
「アッハイ。何も考えてないですごめんなさい」
女性に年齢を聞くのは禁止だ。とにかく情緒不安定になっているマリーの背を叩いて安心させるようにしながらも、これからの事を考えなければならない。
「……シスター。これから神国にいくんでしょ?」
「ええそうよ」
「勇者に会える?」
「あらっ……」
予想だにしない言葉にシスターが目を見開く。
マリーでさえ反射的に顔を上げて俺を見た。その顔は少しだけ泣きそうに歪んでおり、迷子の子犬のようにも見える。
幼女の俺がするのも微妙だけれど、とにかく落ち着けとマリーの頭を撫でながらシスターの方を向いた。
「勇者ってやつに会って話をしなきゃならない。俺のマリーを捕えて禁忌をつけやがって何してくれてんだこの野郎って……それと同時に、人を何だと思ってるんだっていろいろと言ってやりたい。ドラゴンにも会いたいし、一緒に行きたい」
「……お、お姉さま」
「もしも勇者に会いたくないならマリーが見えない裏側でやらかすつもりだけれど……今回はなるべく表側に立って喧嘩を売りたいんだ。いろいろと、仲間たちの借りも込めて。マリーを傷つけた恨みも込めて……なあ、一緒に行かないか? 一緒に勇者をぶん殴りにいかないか?」
「っ――――――――――はい! 行きます! 行かせてくださいまし、お姉さま!」
何度も上下に首を振って、今度はマリーの方から俺に向かって嬉しそうに頬を摺り寄せてくる。
シスターは何かを考えているかのように無表情で俺達を見つめていたが、何もせずただ観察してきていた。
「――――――あんなにも人を殺したのに、どうでもいいと思っているのかしら」
「シスター?」
「いいえ。なんでもないわ赤毛ちゃん。行きたいなら連れて行ってあげるわ。でも赤毛ちゃんにもたくさん聞きたいことがあるし、隠してる事も全部話してもらわないと駄目よ」
「あーうん……それについては話すけどさぁ」
まずはちょっと森に戻って母さんたちに事情を説明してからでいいかな?
たぶんそろそろ心配になってきてる頃だろうから。
■
神国――――――――そこは全て水の中だった。
前線というべき戦場の死の淵。
水の中で駆け、生きることができる魔術を生まれつき所有する神国の住人は、普通は土地を全て陸地として暮らしていたはずだった。
だがしかし、戦場となったからにはホームグラウンドとして戦うしかないと彼らは皆神国に生きるドラゴンの力で国を全て沈めてもらったみたいだ。
おかげで騎士たちの士気は落ち、釣り堀を彷徨う人のように哀れにも水へ潜ろうとはしない。鎧だって重いし、動きにくいからだろう。
神国が一気に沈んだ様子はとても見事だった。
まるで海の中に生きるアトランティスのように――――――まあそれを知るのはこの世界にはいないだろうが。
オレにはこんな水の中でも生きることはできた。息をすることも容易だった。
そう生まれつき持たされたスキルのせいで何でもできた。オレが欲する者の為には、なんでもやれる。なんでもできる。
「ああ、ああ……何故だ。我らは貴様らに敵対した覚えはない。何故……」
「それが定めだからだよ」
嘆く男の首を刎ね飛ばしたが、血は噴き出ない。水中だから代わりに周り全体が赤く染まって見えにくくなるだけだ。そのせいで神国で飼ってる鮫が襲ってきたけれど、剣で切れないものじゃないので処理できる。
首筋に魚の尾びれのようなものをスキルによって付けた神国の戦士のいくつかを処理して前へ進む。
水中の中だとオレだけしかやれるやつがいないのならば、さっさとドラゴンを潰して秘宝を奪って献上し、世界を統一させるために動こう。世界を全て一つにしてやろう。戦争なんて消え去るために、とっとと勝利を収めよう。
平和を作ればきっと―――――――。