ナティシア ー平凡幼女はハードモードな世界を生きるー 作:かげはし
昔と今を切り離すことは難しいが、誰も知らないのなら抹消することぐらいは可能である。
しかし、歴史とは繰り返すもの。
似たようなことを起こすから、争いはなくならないのである。
松明に火を灯して歩くシスターの後ろをついていく。
その間になされた会話に、俺はただ頭を抱えた。
「はぁ!? いや待て、もう一回言ってくれないか……えっと、神国がなんだって?」
「現在の神国は海に沈んじゃって入国しにくい状況なの、赤毛ちゃん。だからこの地下から中へ入るのよ」
「海の中って……」
「あら、仕方ないわねぇー。赤毛ちゃんのためにもっと詳しく教えてあげるわ」
「……おう。頼みます」
「うふふ」
怪しく微笑むシスターに対して、少しだけ警戒したようにマリーが俺を抱き上げてくる。背中に感じる柔らかな感触は気にせず、とにかく話に集中した。
どうやら戦争は終盤に突入しているらしい。
神国の状況は勇者のせいで一気に戦線が崩壊し、最低ラインしか生き残っていない状況。
このままだと神国は負ける。国家が勝ってしまう。
敵側の戦力が強化されることだけは避けたい。
そのためにも、早く勇者に会ってぶん殴って、話をして――――いや、話が通じない可能性もあるのだから、覚悟だけは決めなくてはいけない。
ああくっそ。こういう時にルクレスさんがいたら相談できるっていうのに!
「ねえ、お姉さま。ここってなんだか妙じゃありません?」
「ああ確かに」
俺たち三人ぐらいなら広がっても楽々と通れそうなほど大きな地下通路。下水道などが流れている様子はなく、一定の間隔で横へ繋がる通路が開いている迷路のような光景。
でも、モンスターが意図的に作り上げた洞窟のようなものじゃない。簡単に砕くことが出来なさそうなほど壁も地面もコンクリートのように綺麗に固く整えられているというのに、何故か天井から微かに光が差し込んでいる。
シスターの案内によってまっすぐ進むことはできているけれど、俺たちだけだったら絶対に抜け出すことは不可能そうだ。
「なあシスター。この地下ってどういう理由で作られたんだ? それになんか古いような……ここって崩壊しないよな?」
「ええ、わたくしもお姉さまと同じくなんだか嫌な予感がしますわ」
「うふふふふふ 大丈夫よ。もう少しだけ先へ行けばすぐわかることだから……ほら」
シスターが促し、見えた先にあったのは―――――神秘的な壁画と光の世界だった。
天井は円形にくりぬかれており、そこから差し込む太陽の光がまっすぐ壁画へ向かって伸びていた。
壁画と言っても色はない。ただの黒一色で描かれたその絵は、ある部分は苔に覆われ、ある部分は壁が崩壊していて分かりにくいところもある。だがそれが、まるで何千年も経過したように感じたのだ。
「……天使だ」
羽根を背中に生やした天使らしき絵が、空に向けて何かを捧げようとしている。
その何かは、まるで人のように見えた。
その天使の真下には3人の人間たちがいる。それらが右奥に向かって手を伸ばしていて、その先は苔や壁の崩壊でどうなっているのかが分からなかった。
ただ理解できるのは、俺たちが見ている絵にドラゴンなんていないということ。
失われた壁画の一部分に描かれていたのなら仕方ないかもしれないが……。
それにしても、これはいったいなんなんだ?
「な、んだ……これ……」
「わ、わたくしも、こんなの初めて見ましたわ! なんですのこれは!?」
「遺跡よ。大昔に存在していた大切な歴史の一部分なの。ほら、絵の真下を見てみなさい」
「え?」
下にあるのは、小さな池。
水の流れる音がするため、どこかで水漏れでもしているのだろうか。いやそれにしては汚くない。壁の埃が浮かんでいるわけもなく、外から入るゴミさえない池は澄んでいた。
真水のようにとても綺麗な色だから、飲んでも腹を壊さないんじゃないかと思えた。
「ここから神国に飛ぶわよ」
「はい?」
いやちょっと待って。
このシスターは何処を見て何を言った?
「神の国は神聖な水が出入り口なのよ。ここからなら……ええ、私達ならいけるわ」
「……はぁっ!?」
「ちょ、ちょっと待ってくださるかしら! わたくしのお姉さまにずぶ濡れになれと言うのですか!?」
「いやそこじゃねーよマリー! こっから神国に行けるってどういうことだよ!?」
「簡単に言えば水の流れに逆らわず行けばあっという間に神国よ」
「いやそれ溺れてるって言うんですけど!?」
「お姉さまを危険にさらすつもりなの!?」
俺を抱き上げているマリーがじりじりとシスターから離れるように後退していくが、それ以上に彼女は接近してくる。
肩を掴んで、抵抗なんてするなとばかりの迫力ある笑顔を見せてくる。
「大丈夫よマリーちゃん。赤毛ちゃんは心配ないわ。シスターは神に誓って
「……本当ですの? 本当に、お姉さまは怪我もしないと信じれるのですね?」
「ええ本当よ。それに私が嘘をついたら殺してしまえばいい。あなたがずっと抱きしめて……精一杯守れば大丈夫よ」
「……それもそうですわね」
シスターの言葉に自信がついたのか、マリーは俺をギュッと抱きしめて離さない。
あまり力強く抱きしめられると俺としては困るのだが……いや、何も言わないでおこう。
それよりも問題はあった。
「……入国は問題ないってことは、その次がやばいってことか?」
シスターは笑った。
それ以上は何も言わなかった。
「さあ、行くわよぉー!」
「いやちょっと待ってぇぇぇ!!」
シスターがマリーの背中を押して池へ飛び込む。
俺ごと水の中に落ちた瞬間に感じた冷たい感覚に目を閉じる。
必死に息を止めて、マリーから離れないように俺の腹を抱えた彼女の腕を掴んで離さないようにする。
だが、水の中にいる違和感が不意に消えてしまった。
「はっ?」
何故か息が出来た。いや違う。水の中ではなくいつの間にか俺は陸地へ上がっていたのだろうか。
いやそんなわけはない。これはありえないことだ。
マリーやシスターがいない場所に俺はいた。
俺と離れることが難しい禁忌を背負ったマリーと離れて、俺は一人でいた。
たった一人で、その場所に呆然と突っ立っていたんだ。
「あー……ルクレスさんに会いたい……」
服は濡れていない。全身もつめたくなくて、水の中でもないと分かる。
でも、どうして俺はここに立っているんだ?
何でおれはここにいるんだ?
懐かしくも憎らしい場所。
全てが始まったあの――――――
「ああ、ようやくこの時が来たようだな」
「だ……だれっ?」
気が付けば、俺の目の前に一人の男がいた。