ナティシア ー平凡幼女はハードモードな世界を生きるー   作:かげはし

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5話 生きる目的

 

 

 

 

 

 

 

 人間の好奇心というのは恐ろしいものだ。

 実験を行う研究員としてのやりがいはあるが、その実験の恐ろしさに吐き気を起こすことがあって気分が悪い。

 

 ただ、完璧な人間を作ること。

 つまり人間の状態のまま強い力を得られるようにする。魔法とは違う基礎的な能力値の向上。

 

 モンスター以上の攻撃能力を秘めた兵士を作る。それか何か特殊な能力を伴った人間を作り上げ教育し、言うことを聞くようにする。

 それが私達に与えられた仕事。

 それ以外にも研究として他の部門の奴等が連れてきた様々なモンスターを人間の指示で動けるペットにするのもあった。

 

 上の連中のことだ。何か他にも隠しているものがあるかもしれない。

 変に情報規制がかけられているせいで、外から来る連中が実験体を連れてくるが、それがどこから連れて来られているのかはっきりしていないんだからな。

 

 だがこれだけは分かる。私達は実験の為だったらなんだってやっても良いと上が保証してくれているということ。

 なんせ、全く新しい人間を作るという禁忌を犯そうとしているのだから。

 

 そうして最近変わったことがあった。成功体となり得るであろう存在がまた外にいる連中によって実験施設に連れて来られたのだ。私が彼女の研究を担当することになったが、それ故に身近に分かることがあった。

 

 仮の名前として『検体0』と呼ばれているが、私達の誰もが彼女を使った実験に疑問視を感じていた。

 

 ――――――そう、初めの頃は私も思っていたのだ。

 

 

 作られた際の年齢は5歳。性別は女。

 幼女ともいうべき彼女の能力値はすべてが平均値。

 可愛らしい外見に騙された複数の女性研究員が何度か検体0の実験に思うことがあり実験中止を懇願したことがあったが、それらすべてを却下し強行に続けられていった。

 

 何故実験施設に連れて来られたんだと思われるほどに弱かった。

 あっけなく死にかけるし、身体を切り裂くだけですぐに痛みで気絶する。

 それは、完璧とは呼べない失敗作なんじゃないかと研究員の誰もが声を上げたものだ。

 

 だが、一番恐ろしいのは検体0の精神力だった。

 何度も何度も殺されかかっているというのに発狂しない精神力。殺してくれとは何度か言っているが、それでも私達との会話はちゃんと成り立っている。それが異常だった。

 

 見た目に騙されてはいけない。やはり化け物だ。

 

 私には子供はいないが、甥ならいる。

 だから彼女の異様さは際立って分かる。

 他の研究員は失敗だのなんだの議論しているが、私はそうは思わない。

 幼い子供は普通泣くものだろう。怯えて口も聞けなくなるものだろう。私達を見る目が絶望で光を失っているように見えるが、普通じゃないということは感じていた。

 

 ああそうだ。今見ている光景も全てが異様だ。

 ただ精神が頑丈なだけな平均値の幼女であるならば失敗だとして殺処分を下すつもりで実験と称して連れてきたが。

 

 

(ああ、やはり……)

 

 

 実験体の一つである大鬼(オーガ)に抱きしめられ、まるで守られているような検体0に背筋が凍りつくような不穏さを感じた。

 私のような考えを持つ者はおらず、他の奴等は違う考えを持っているようだが……。

 

 研究というのは思わぬリスクを生み出すことがある。

 そこを気を付けてこれからの実験で教育を施していかなければ。

 

 あの幼女が私達に牙を向かないように、今まで以上に躾していかなければ。

 だが、恐ろしいがとても価値のある存在だ。

 

 他のあれらはあまり興味がないが故にそう思う。

 恐ろしいからこそ、惹かれる何かがある。

 

 

 部屋中に歓声と感嘆の声が起きる中で、ただこれからの実験に想像を膨らませた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 オーガに抱きしめられている。

 いや、何で俺は抱きしめられてるんだろう。

 

 絞殺されるほどの力ではない。抱きしめられたせいで発生する痛みは全くない。

 

 優しく愛おしく、か弱い何かを抱きしめているような力の無さで俺の身体を包み込む。

 まるで俺が、オーガにとって宝物であるかのように……。

 

 

 

 

「ほう。ほうほうほう!!……これは素晴らしい!」

「失敗作だと思っていたが何か力があるのか。不安は消えたがどう扱うか」

「もしも操れるのだとしたら、あれを殺してしまうのは勿体ないかと」

「ああ」

 

 

 聞こえてきた声がBGMとなって素通りする。

 抱きしめられているのはなぜだろうか。オーガが俺の身体全体を確かめるように両手で触っていく。その感触は戸惑いを感じるほどに優しい。骨でボコボコしてるし、食べる要素がないほどやせ細っているからか。そういえば最近まともな物を食べてない。

 

 オーガがゆっくりと俺を触っていく。

 頭から肩へ、胸や背中から腹へ―――――。

 

 

「うぐっ」

「オォ……」

 

 

 腹の接触することによって激痛が発生し呻く。

 どうやら俺が触られると痛いと分かったのか、オーガがピタリと腹を触るのを止めて、オーガの巨大な片手が俺の腹から頬へ移動する。

 

 優しく撫でてくる。

 愛おしいと思われるような感触で。その固くて筋肉質な手で。

 

 

 

「オァ……ァ……リア」

 

「えっ?」

 

 

 

 言葉を発したように聞こえて、思わず顔を見上げた。

 オーガが、モンスターがちゃんとした言葉を話すだなんてあり得るのかと疑問に思って。

 

 そうして気づく。オーガが真っ直ぐ俺を見ている事実に。

 

 憤怒と悲しみが混ざり合ったような赤い色。

 その色を、俺は知っている。

 

 

「ァ……メ、リア」

 

 

 かすれた声を、聞いたことがある。

 

 

「かあさん?」

 

 

 ―――――――無意識に発した俺の声に、オーガが頷いたように見えて。

 

 疑惑が、確信へ変わった。

 ずっとずっと一緒だったから、分かった。分かってしまった。

 

 

「あっ……ああ……」

 

 

 そうだ、言っていたじゃないか。

 ドラゴンが、宝玉を使ったと。人間は愚かで滑稽だと。

 

 何をやったんだ。

 あいつらは、母さんに何をした。

 

 ああなんだ。何で。

 死んだんじゃなかった。いや違う。それ以上に惨たらしい所業をやった。

 残酷で、酷く傲慢なことを奴らはやらかしたんだ。

 人間から化け物へ変えた理由は何だ。俺達が何をやった。何もやってないじゃないか。

 

 奴らがそう仕向けた。

 母さんがこうなる理由は何処にある。俺を拷問する理由がどこにある。

 怒りが胸の内からふつふつと発生する。今にも上で見物している連中に向かって怒鳴ってやりたくなる。激痛のおかげで冷静な部分があったが。

 あいつら全員、この事実を知っているのか? だから俺と母さんを会わせたのか?

 

 母さん以外にも、もしかしたら……。

 

 

 

「何をしている検体0。さあそのモンスターを操ってみろ!」

「……ろしてやる」

「何だ? ぶつぶつと何を言っているのか聞こえないが、とにかく早くやれ! その凶悪で醜いモンスターに壁に下がって座るように命じるんだ!」

 

 

 

 連中の言葉なんて聞きたくはない。

 だが、無視した後のことを考えるならばやらないといけない。俺だけだったならこのまま殺されても良かった。もう生きる意味なんてないと思ったから、死んでも良かった。

 これ以上実験されるぐらいなら、死にたかった。

 

 被害が俺だけじゃないなら、このままでいるつもりはない。

 奴らの勝手で殺されてたまるか。

 

 このままで終わらせてたまるか。

 

 

「……お願い……俺か……はぁ……おれから離れてかべ……に、座って?」

「オォォ」

「……おねがい、かあさん」

 

 

 奴らに聞こえない声で、小さく頼む。

 村にいた頃とは違う母さんの手を、俺の手と重ねて泣きそうになるのを必死にこらえて懇願する。

 その声が母さんに届いたのだろうか。

 

 俺の頬を撫でる手が止まった。だからもう一度お願いと言うと、オーガの身体が起き上がり、俺から離れてドシドシと歩き、壁際にゆっくりと座った。

 言う通りにしてくれた。言葉が通じた。

 

 母さんに、俺の言葉は届く。俺のことを理解してくれている。

 

 

「おお! やったぞ!」

「これは素晴らしい! 実験を。更なる実験をしなければ……!!」

 

 

 ガラス越しに聞こえた歓声が部屋中に響く。

 腹の激痛は回復していったが、吐き気と自らの拳を握る痛みは止まらなかった。

 

 部屋を強制的に出されるまでの間。

 部屋に入ってきた研究員に襲いかかろうとして、複数のローブを着た男たちによる魔法で無理やり拘束された母さんに駆け寄ろうとして止められて一人の男に腕を引きずられるまでの間。

 

 

 怒りは、生きる目的に変わった。

 

 

 

 

 

 

 引きずられた先は牢屋の中。

 複数の檻が並んだ細長くも広い一室。

 

 その中にいくつか生き物が檻の中にいた。だがどれも醜悪で、俺を掴む男に襲いかかりそうな勢いで檻に体当たりをしているが、頑丈な檻は壊れそうにない。

 獣のような唸り声と、檻にぶつかる騒音。そして鎖が鳴る音が不協和音となって部屋中に響き渡る。

 それに男が顔をしかめながらも俺を引きずって部屋の中へ入り込む。

 

 そのうちの空いている檻の中に放り投げられ、俺はただ抵抗することなく床に寝転んだ。

 寝転んだ俺に檻の天井からぶら下がった一つの首輪を付けてくる。見下ろした男の目はただ冷めていた。

 

 

「今日からお前の部屋はここだ。部屋の中は自由にしてもいいが、首輪は外さないように」

 

 

 一言いった後、奴は部屋の外へ出て行き去っていく。

 男の姿が見えなくなった瞬間。いやそうじゃない。男が部屋の扉を閉めて廊下を歩き去っていった後。

 

 

「あれ……」

 

 

 騒がしかった檻の中が急に静かになった。

 まるで敵がいなくなったと言うかのような不穏な静寂が部屋中を包み込む。

 

 あんなにも騒いでいた化け物たちがじっと檻の中にいる。それらはガラスの檻に入れられたスライムのような液体だったり、鎖で身体中を繋がれた動物のような姿だったりと様々だった。

 だが、それら全員が大人しくしていた。

 

 それはつまり……。

 

 

 

「やあお嬢さん。元気そう……には、見えないかな」

「っ!」

 

 

 反射的に隣りから聞こえてきた声に振り返る。

 瞬間身体に痛みが発生するが、何とか堪えて音の発生源を睨みつける。

 

 檻の中に、15歳ほどの少年がいた。藍色がかった黒髪。俺と同じく真っ裸を隠すための白くてタオルのような一枚の服を着ている姿。

 首輪を付けて俺をじっと見つめているが、さっき檻を見渡した時には人間らしい生き物はいなかったはずだ。

 部屋を去った男と俺以外にはいなかったはずなのに何で……。

 

 そういえば、この人の檻って俺達のような鉄製の隙間なんてない。鉄製の檻に、分厚いガラスが包まれて逃げられないようになってる……?

 

 

「ああ、ひょっとして誤解されてるかな。心配しなくていい。僕は敵じゃなくて君と同じ被害者だ」

「……それに、しては……げんきそう」

 

「ははっ。そう見えるかい?」

 

 

 その喋り方に何処か違和感があった。

 だが、にっこりと笑いながら俺がいる檻に背を向けて背座り込んでしまったために違和感の正体が分からなくなる。

 

 

 

「この檻に来たと言うことは、君はあいつらから合格点を貰ったということだ。でも君はそうは思ってないんだろう。ここにいるみんなと同じように……」

「……やっぱり、元は人間か」

 

 歯軋りをして怒りを募らせる俺に対し、少年は朗らかに言う。

 

 

「ああそうさ。理性はあるし、僕たちの言葉もちゃんと分かってるよ。ただ、あいつらには分からないふりをしているんだ。なあ皆?」

 

 

 その瞬間、複数の檻から唸り声が聞こえてくる。

 まるでこの少年の言葉に頷くような声だ。

 

 

「なんで? あのクズ共は理性があることを知らないのか?」

「ああ、そうだ。研究しているくせに知らないとは馬鹿だけど、何故かは分からない。……だが、それは僕たちにとって運がいい。分からないふりをしてただ価値があると証明できれば殺処分にならないで済むからね」

「殺処分って」

「……そうだ。今までにもたくさんあった。僕は最初の村から運ばれたんだ」

「最初の村?」

「被害に遭った村が複数あってね……」

 

 

 それ以上は何も言わずに、ただふと思い出したかのように少年が言う。

 

 

「君のことも聞いたよ。ついさっきの出来事みたいだが、奴らはかなり喜んでいたからね。研究員の連中がモンスターを操れる成功体が完成したと騒いでいたんだ。だからすぐに分かったよ」

「……それって、まずいかな」

「うん?」

「俺のせいで殺処分とかにならないかなって……」

 

 

 理性があることを内緒にしているのは何か理由があるように思えた。

 だから、俺が彼らと関わって何か大変なことをするんじゃないかと思ったんだが。

 

 少年は、そう思わなかったらしい。

 

 

 

「いや、それはあり得ない。むしろ好都合だ」

「ふぇ?」

「この部屋以外にも被害に遭った人が集められた檻がある。でも僕たちはそこへ行くことができない。そして僕も……まあ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。だから君に託したいんだ」

「どういう……?」

「モンスターを操る価値のある幼い子供という名目での実験なら、おそらく奴らは他のモンスター……被害に遭った人たちと会わせようとするはずだ。その人たちと交流してほしい」

 

 

 つまり、他の人たちとの中継地点となれって言いたいのか。

 他の人たちに会いながらも、少年が考えている何かしらの話をして、そして研究員たちにばれないようにするということ。

 それはとても危険だが、やりたいことでもあった。

 

 

「……それで俺は何をすればいい?」

「ふふっ、話の分かる子は嫌いじゃないよ。計画はすぐに話そう……ああだけど聞きたいことがあるんだ」

「へ?」

「名前を聞いてもいいかな、お嬢さん」

 

 

 ああ、そういうことか。

 

 

「……アルメリア・ナティシア」

「ほう?」

 

 

 興味深げに少年が俺を見つめる。

 背中越しにしか見えないが、顎に手を当てて爽やかに笑いながら、何でもないように口を開く。

 

 

「いやそれは……ああ、それは偶然だね。僕もナティシアって言うんだ。この部屋にいる皆もそうさ。まあ『ナティシア』の性は世界中に多くあるものだからね。僕はルクレス・ナティシア。宜しくねアルメリア」

「……ああ。そう、だな」

「さて計画を……の前に、少しだけ眠りなさい。腹が痛いのだろう? 後で起こしてあげるから、回復してから話をしよう」

「いやでも俺は――――」

「幼い子供に無茶はさせられない。この部屋にいる皆もそう思ってる。だから眠りなさい」

「……分かった」

「良い子だ」

 

 

 鈍痛を耐えて目を閉じる。首輪が邪魔だったけれど、優しい子守唄が少年――――ルクレスから聞こえてきて、それにただ偽りの平穏を感じ取った。

 

 これからの目標は決まった。

 あとはどう復讐するべきか決めよう。

 

 少年の計画を聞いて、どう動くのかも考えないと……。

 

 

 

 

 

 

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