ナティシア ー平凡幼女はハードモードな世界を生きるー   作:かげはし

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54話 復讐はやがて身を焦がす

 

 

 

 

 随分と長い時間、森の中で娘たちを待つ複数のモンスター達がいた。

 しかし彼らは動けない状況だった。

 

 何かしらのトラブルに巻き込まれたことは知っている。何かあったのではないかとやきもきしているし、アルメリアの母親であるモンスターがいることも知っている。

 

 人というのは、知性がないモンスターとは違っていくらでも狂気へ堕ちることが可能なんだというのを、身をもって理解しているからこそ、何もできない待機時間が恐怖に感じられた。

 

 だが、町へ繰り出すことは自殺行為だ。

 冒険者もしくは数多くの人間たちがいる町へモンスター数匹が赴けばどうなるのかぐらい彼らだって分かっている。

 残虐される可能性があることを、あの実験を経て知っているのだから。

 

「こんナ時に戦えたラなー」

「夢語ってンじゃネエよ」

 

 森の影にてウィスプの炎が微かに赤く染まる。それは明らかに機嫌が下降してきている証拠であった。

 町へ繰り出せるであろう隠密に長けたシャドーバットたちはいない。

 戦闘に長けたモンスター達はメリア大森林の周囲に散らばり、それぞれで森を新しく作り上げている真っ最中。

 こんなトラブルでも大体は解決してくれるであろうルクレスでさえ不在の今、彼らが出来ることはただアルメリアの帰還を待つことのみ。

 

 これでは護衛なんて意味がない。

 いいや、これは護衛ではない。森の中を送り迎えしかできない足手まといになっているかもしれない。

 

「まダアルメりぁの奴帰らねえノかよ」

「時間がかカってンだロ。もウちょっト待っとこウぜ」

「あの子ったら、また寄り道デもしているんじゃナいダろうね」

「おばちゃン。あいつらナら大丈夫だヨ。おばちゃンの娘なんダかラさ」

 

 じりじりと不安が高まっていく。

 何が起きているのか全く分からないが、町の中で上がる悲鳴に騒ぎがあることだけ知ることができた。

 騒ぎがあるということは、まだアルメリアは帰らない。

 

 今はただ、彼女が無事に帰って来れると祈ることしかできないでいる。

 祈る相手はもちろんアルメリアだ。モンスターになった今、神なんて存在は彼らはとっくに信じていないのだから。

 

「あの女が裏切ってル可能性はあルか?」

 

 誰かがぽつりとつぶやいた。

 女の名前は出てこなかったが、それが誰を意味するのか彼らは瞬時に察した。

 アルメリアと共に町の中へ繰り出した女。あのマーガレット・ナティシアのことを。

 

「そレは……」

「あいツはずっトあの地獄にイたって聞イたぞ。でも俺たちトは違って人間のマまだ。本当はあの連中の仲間で、俺たちを裏切ろうトしていルンじゃねエのか」

 

 マリーと同じでアルメリアも人間。

 だがしかし、彼女はマリーとは違って幼くルクレスに教えを受けている精神力が強い幼女だ。何が起きても泣かず、痛みにさえ耐える姿は庇護欲をそそられる。

 

 だがマリーはどうだ? 

 そう考える気持ちはみんな持っていた。

 モンスター達にとってマリーは特別な立ち位置にいた。ルクレスやアルメリアとは違って、別の意味で特別。かつての敵側。実験体の被害者。そしてあまりにも自分のことを話そうとしない怪しい人物。

 ルクレス達が大丈夫だと言った言葉を信じて共にいるだけだ。だが、それを裏切ってアルメリアが無事じゃなかったら?

 

 

「あンた達、アルメリアに懐いテるあノ娘の信用はないのカい?」

 

 

 しかし、彼らの考えを一笑したように大鬼が呟いた。

 それにウィスプが反論する。

 

 

「おばチゃんハ心配じゃネエの!? ずーっと待っテンのに帰ってこナいんダぞ!!」

「分かっていルよ! 私だって心配しているサ! でもアルメリアは一人デまタ町へ向かっタンだ。なラ娘を信じテ待つノが親の筋ってもンじゃなイのかい!?」

「おばさン……」

 

 

 もはや何が正しくて何がいけないのかが分からない。

 マリーが敵なのかどうかさえ、はっきりとしていない。

 

 とにかく早くアルメリアがこちらへ帰ってくればいいのだ。

 そう考えてじっと待っていても、あの太陽のような炎の赤毛さえ見えることはない。

 

「……夜になっテも戻らなかっタラ町へ乗り込むゾ」

 

 その言葉に誰もが頷く。

 アルメリアの母親でさえ、大鬼の大きな腕を振るって何が起きても武力行使してやると態度で示した。

 

 そんな時だった。

 

「っ―――――」

 

 

 がさがさと草をかき分けるような音がする。

 二人ほどだろうか。

 

 会話をしている誰かの声が聞こえる。

 

 条件反射で木の上かその蔭へ隠れていく。

 見つかったらすぐに気絶させることが出来るようにと、本能で身体を攻撃態勢へ整えていく。

 

 しかし、声の片方に聞き覚えがあり誰もが首を傾けた。

 

 森の奥から――――その草をかき分けて出てきた相手に、誰もが目を見開いた。

 

 

「何で君たちがこんなところに……そうか、アルメリアの件か」

「ルクレスさン! ……アれ、帝国に行ってたんじゃナかったノか!?」

 

 

 しかしいいところへ来た! そう誰もが笑顔を浮かべる。

 これでようやく町の中でどうなっているのかが知ることが出来る。アルメリアを連れ戻して帰ることが出来る。

 そう信じて、ウィスプのグレンが声をかけた。

 

 

 

「ルクレスさん。俺たちずっとアルメリアを―――」

 

 

 しかし、説明はうまくいかなかった。

 

 

「懐かしい気配を辿ってここまで来てみれば……ああ、彼らもそうですか……」

「えっ?」

 

「そうだよ。僕の信頼できる仲間であり、僕と同じ被害者だ」

 

 

 ルクレスの後ろに、金髪の女が立っていた。

 明らかに人間だ。しかしルクレスが反撃もせず会話をしている様子を見る限り、敵ではないのだろう。

 

 十代後半だろうか。シスターのような格好をしているが、教会関連の仕事に携わる人かもしれない。

 ただの平民とは違ってとても品のある立ち振る舞いを見せてくる。そしてモンスターである彼らを見て優しげに微笑んできた。

 

 マリーと同じくとても美しい容姿をした美人で若い女が、小さく礼をとって口を開く。

 

 

「初めまして、あたしはデルタ。最古の力を操る魔女です」

 

 

 

 

◼️

 

 

 

 ―――――――それは、ルクレスが帝国にいた頃まで遡る。

 

 

「ふむ。……君は帝国の勇者と同じく()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 

 その言葉に、ただにっこりと微笑んだ。

 彼が何を言いたいのかを、ルクレスは理解していたのだから。

 

 

「何を今さら。私の禁忌はご存じのはずでしょう?」

「ああそうだ。だから恐ろしいんだよ私は……()()()()()()()()。その身に宿した呪いは己の意思を鈍らせ暴走させる」

 

 

 己が暴走し、帝国を乗っとるつもりかと聞いているのだろう。

 男はルクレスを睨んでいた。その心の内側が覗きこめるかどうか試しているようにも見えた。

 

 ルクレスにとっての守るべき大切なもの(かぞく)がいない今、彼を止めるものなど何もない。むしろそれが原因で暴走しているようにも見える。

 禁忌を背負っている彼は、その膨らんだ衝動のまま禁忌の力を用いて国を乗っ取っていてもおかしくはない。そうルクレスを危険視している目だ。

 

 しかしルクレスは臆しない。

 この男に屈しているようでは、先へ進めないと分かっている。

 

 

「あなたは本当にあのままで良いと思っているのですか? 僕たちだけの被害で済むと、本気で思っているのですか?」

「っ……」

 

 彼は何も言い返せなかった。

 ルクレスが暴走しているかどうかよりも、帝国側の問題の方が大きいのが事実だからだ。

 上はもう国を滅ぼす歯車となっている。

 今はまだ内乱が起きないように男が奔放しているような状況だが、最悪の事態は止まらない。

 実験を知らない民たちは金を奪われ、住処をなくしている者も多い。

 

 帝国は、強いものが生き残るように仕組まれた国家の飼い犬。

 国家に良いように搾取され、その代わりに不戦協定を結んだ支配された国。

 

 ルクレスは全てを覆さなくてはならないと考えていた。

 

「僕はまだ理性がある。忠告する優しさだってある。恨みは深いが、無差別に潰そうとは思っていない。貴方のこともですよ。……でも、このままじゃ最悪の事態になる。このままだと僕以上のモンスターが現れて惨殺し尽くす可能性だってあるんだよ」

 

 あの国を許してはならない。

 あのような実験を平気でする人間たちを許すつもりはない。

 

 ドラゴンが手放した宝玉をあのままにしてはいけない。

 

 

「分かっているのですか。国家はもう―――――超えてはいけない一線を超えてしまっているのですよ」

 

 

 命を弄ぶ行為をした時点で彼らはルクレス達の敵となった。

 しかし、まだ実験は続いていると見ていい。国家がどこと戦争しているのかの情報を得た時点でルクレスは己の考えが当たっているように思えた。

 

「僕達は止まるつもりはない。今回の話だって、あなたに借りを返すために忠告をしたまでだ。……あなたの声がなくとも、国を支配する用意はできている」

「なんだと!?」

 

 

「僕の禁忌はあと一年で終わりを迎える。……だからもう時間がないのですよ」

 

 

 ちゃぽんと、ルクレスの内側でスライムが動揺したように動いた気配を感じ取った。

 それと同様に、男の方も肩を揺らして大きな反応を見せた。

 

「負け戦をするつもりはない。あなたがどちらに味方をしていても、僕たちは止まりませんよ。でも、どちらが賢い選択なのかは分かっているでしょう?」

 

 

 呻く男の声がする。

 必死に思考を回しているのだろう。冷汗をかき手をせわしなく動かして視線を一定にとどめようとはしないが、結論はすぐに出るとルクレスは分かっていた。

 

 ルクレスは彼をじっと見つめる。

 

 長い時間の沈黙のあと。

 ゆっくりとだが、男は口を開いた。

 

 

「……君に紹介したい人がいる」

「ほう、それは一体誰ですか?」

 

「名はデルタ。宝玉の在り処を知り、国家にすべてを話したシスター。君たちにとっての最大の要因であり、殺さなくてはならない敵だ」

 

 

 男の言葉にルクレスは笑った。

 不気味なほどに、表情を歪ませて嘲笑ったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

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